余命三日の異世界譚

廉志

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第八話 停止

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フランの腕を掴んで、真っ暗の廊下を駆け抜ける。
窓の外も室内同様、夜と変わりないほどの暗闇が広がっている。暗闇は不安感を増大させて、雄一とフランは今にも泣きそうな表情をしていた。
何よりも、廊下に散らばる死体の姿。誰一人生きている者はいない。走りながら横目に見ているだけだが、腕や足がちぎれ飛び、胴体が真っ二つ。頭が体と分離している人間が生きていられるわけがない。
ならば逃げることに専念だ。恐ろしいこの状況を考えるのは、安全な場所についてから。そして、後ろを追いかけてくるフード姿の女から逃げ切れてからだ。

「ゆ、ユーイチさん! どうなってるんですか! あの人誰なんですか!」
「分かんねぇよ! でも、少なくとも良い奴じゃないだろ! ナイフを持って追いかけて来てんだぞ!?」

不気味な笑い声とナイフの切っ先が雄一たちを追いかける。もはやそれだけで、逃げる理由としては十分だ。

広大な城の内部を走り続けるも、生存者は一人として見当たらない。世界で生き残ったのは、雄一とフランの二人きりと言われても、納得してしまいそうな雰囲気だ。
体力の限界が近づいてくる。二人の目に止まったのは、本来今の時間帯、食事を取っていたはずの食堂だった。
食堂の入り口は、膨大な人数の使用人を収容するために、両開きの丈頑丈な扉で出来ている。
正面に見えるその入口は、人が通れる程度の半開きで放置されていた。
二人は食堂の中に入り、すぐさま扉を締めて椅子を閂代わりにして封鎖した。

「と、とりあえずこれで入ってこれないだろ……フラン、他に出口はあるか?」
「キッチンの裏手側に勝手口が有ります。そこから…………っ!?」

扉に向かって話していた二人の背後に気配があった。
振り返えると、食堂の奥側に複数の人影が見える。廊下で散らばっていた死体ではなく、全員が生きて雄一たちを見つめていた。
全員ではないが、使用人やメイド服を身に着けた人間も何人か居る。そのことから、彼らは城の人間であると、雄一は判断した。

「き、君たち生きていたのか!? どうやってここまで……」
「アンタたちこそ! ……生き延びたのは、ここに居るアンタらだけなのか?」

見渡してざっと数えた所、二十人に満たない人数。雄一は、これだけ生き延びたと言うべきか、これしか生き残りがいないと言うべきか迷った。
恐らく最後の生き残りであろう雄一とフランを見る目は驚きに満ちており、生存者の中から一人、フラフラと二人の元へと歩み寄って肩をたたいた。
そしてその手は力強く……いや、尋常でないほどの力を込めて、雄一の肩を握りしめた。

「痛っ!?」
「どうして…………どうして生きているんだね君!」

尋常でない力と、悔しさと悲しさが入り交じったような異常な表情を浮かべた、白髪交じりの中年の男。
雄一は思わず手を振りほどき、その男を押しのけた。

「何しやがる!」
「ユーイチさん! この人達……使用人じゃありません!」

フランが雄一の影に隠れて、男たちを指差した。
男たちは俯いてブツブツと何かを呟いている。よく見ると、彼らの中には数人、先程追いかけてきた女が羽織っていた黒いローブを肩にかけているようだった。
雄一の警戒感が一気に最大に上がる。使用人の服を奪い取った侵入者であると、思い至らなかった自分の頭に悪態をついた。

カキンッ

金属音が響いた。
音の出処は雄一とフランの背後。すなわち、頑丈な両開きの扉からである。

「危ねぇっ!」

フランを抱えて横に飛ぶ。
次の瞬間、幾つかの筋が扉に走り、バラバラに切り裂かれた扉が食堂内へとばらまかれた。
悠々と食堂へ入場するのは、雄一たちを追いかけてきた女。フードに隠れてわかりづらいが、その瞳は雄一たちを見つめながら、口角を最大まで上げていた。
食堂内にいた男たちは、女の姿を見るやすぐさま膝をついて平伏した。

「ミーシャ様、おかえりなさいませ」
「やっほーみんな。お元気そうでお姉さんガッカリよ」
「申し訳ありません。一同、使命を果たすために、恥辱に耐えながら今日まで生き延びてまいりました」

やけに違和感のある挨拶に、雄一は口をはさむタイミングを失していた。
とりあえず、ミーシャと呼ばれた女が、男たちよりも上の立場であることはわかったが、彼らの目的などはさっぱり理解できないでいた。

「さて、使用人君とメイドちゃん? 抵抗してくれても良いし、もちろん死ぬことを受け入れてくれても良い。お姉さん、どちらでも歓迎しちゃうわよ? くふっ、くふふっ」
「…………フラン、机の影に隠れてろ」
「ゆ、ユーイチさん?」

避難を言いつける雄一は、暴れる心臓を深呼吸にて落ち着ける。
武道に通じ、元の世界では喧嘩だって数多くこなしてきた彼は、自分の強さに自信を持っている。そんじょそこらのチンピラに負けるとは全く思っていないし、この世界でも組手とは言え、屈強な兵士たちをなぎ倒してきた実績を持つ。
そんな雄一でも実戦は怖い。人殺しを相手にするのは恐ろしい。当たり前の話であるが、彼は目の前の女……ミーシャにビビっていた。

「そちらの選択肢ね? お姉さん感激しちゃうわ……っ!」
「ぬんっ!」

開始の合図など無い。戦うと決めた雄一に、ミーシャはすぐさまナイフを飛ばす。
それを見切った雄一は、顔面前で合掌。手のひらを切り裂き鮮血がほとばしるが、ナイフを受け取ることに成功した。
その行動に、ミーシャや男たち、もちろんフランも驚愕した。明らかに、使用人が行う動作ではなかったからだ。
すぐさまナイフを持ち替えて、ミーシャに向かって駆け出した。ミーシャは腰に備えたもう一本のナイフを取り出して迎撃態勢を整える。
とにかくこの女をどうにかしないと! 立場が上のこいつが倒れれば、その隙きに脱出出来るかもしれない!
ミーシャの迎撃。ナイフの切っ先が雄一の頬をかすめた。
しかし彼女の行動はそれまで。彼女の腕を掴み、ねじり、床に組み伏せて喉元にナイフを当てる。
あくまで使用人の抵抗と思い、油断していたこともあるだろう。そこに来てプロフェッショナルな動きをされたのだから、ミーシャは本来の実力を発揮できていなかった。
だがそんなこと実戦には関係ない。彼女だって、合図もなしにナイフを投げたのだから、お互い様と言えるだろう。

「お前ら動くな! この女の命が惜しかったら道を……開け……」

脅し文句のはずだった。雄一に、人を殺す度胸など無い。彼の中では、組み伏せた時点で勝負は決していたのである。
なのに、そんな雄一の目に飛び込んできたのは、何故か羨望の視線。男たちは、実に羨ましそうにミーシャのことを見つめていた。

「ああ……なんと羨ましい! 羨ましいですぞミーシャ様!」
「君、早く殺しなさいよ! ミーシャ様を殺す様を私たちにに見せて頂戴!」

雄一の腹から、強烈な吐き気がこみ上げる。こいつらは何を言っているのだろう? 彼には全く理解できなかった。
羨ましい。殺されるのが羨ましい。殺すことが羨ましい。
欠片も共感できない言葉の数々は、現実味が無く雄一の頭を混乱させた。

そんな異常な状況の中、雄一の体勢が突如として崩れた。
ミーシャの腕を完璧に極めていたのだが、ミーシャは意図的に肩の骨を外して可動域を広げたのだ。
体勢を崩した雄一を襲ったのは顎への一撃。ミーシャの掌底が的確に脳みそを揺らし、立場は逆転。今度は雄一が組み伏せられて、右腕を極められてしまった。

「とどめ刺さずに油断しちゃ駄目よ。その程度だと思われてたなんて、お姉さんショックだわ。せめてこれくらいはやっておかないとね?」
「っ! ぎあああああああぁっ!?」

ミーシャは、何のためらいもなく雄一の腕をへし折った。肉を突き破り、折れた骨が空気に触れて、尋常でない痛みが雄一を襲う。
食堂に響き渡る絶叫。未だ押さえつけられているものの、そうでなくとも彼はもう動けない。
そんな彼の耳元で、ミーシャがボソリと呟いた。

「私たちは”絶滅教団”よ? 『死ねよ殺せよ』の教義の元、人質なんて羨望の対象でしか無いわ」

外した腕の関節を平然と元に戻す。
脂汗が止まらず、うめき声を上げて床に突っ伏す雄一の髪を掴み、顔を上げてフランを指差した。

「さぁ、君も見て。素晴らしい光景よ?」
「……ああ?」

雄一に見せる光景。
男たちの中から一人が進み出て、床に転がっていた剣を手にする。そのままその男は、怯えるフランの元へと歩み寄った。

「お、おい……何を………おいっ! 何する気だてめぇ!」
「ああ、いい表情。二人共、きっと神様に大いに歓迎されるわね」

ウットリと二人を見つめるミーシャ。艶めかしいが状況が状況。今の雄一にとっては、気持ち悪さしか無い。
折れた腕の痛みに耐えながら、必死にミーシャの拘束を外そうともがく。しかし、華奢な女性にしては異常な腕力を持つ彼女からは逃れられない。
男がフランに近寄るのを、罵倒して見ている他に出来ることがなかった。

「ゆ、ユーイチさん……助け」

一閃。
男が振るった剣は、フランの首筋から胴体へと入り、鮮血を撒き散らして体を抜ける。フランは糸が切れた人形のように崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。

「てめぇえええっ……がひゅ」

フランが事切れる場面を見せたミーシャは、叫ぶ雄一の喉元にナイフを当てて、横へと撫でた。
喉元を駆け抜けるナイフは、重要な器官をいくつも切り裂いて、大量の血を辺りへと噴出させる。
空気が喉から漏れて肺に届かない。

痛い痛い痛い痛い。
苦しい苦しい苦しい苦しい。
熱い熱い熱い熱い。


ゴーン!


三度目の鐘の音が鳴る。
そして彼の感覚はやがて消え失せ、全身から熱が抜け出てゆく。寒さと同時に、雄一の意識は途絶した。

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