余命三日の異世界譚

廉志

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第九話 再開

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全身から流れる汗が気持ち悪く滴り落ちて、その感覚から雄一は目を覚ます。
折られた右腕と、切り裂かれた喉元に手をやって確認した。
未だズキズキと痛む感覚が襲っているものの、そこには傷跡はなく、右腕はちゃんと動いて喉で呼吸も可能だった。

――――夢?

随分と現実味が有りすぎる夢である。雄一はホッとすると同時に、額の汗を拭った。
体の痛みも去ることながら、絶滅教団と自称していた連中の、イカれた言動も鮮明に思い出せる。蔵書室で調べた衝撃的な名称が、無意識に夢へと影響を与えたのだろうか?
乾いた笑い声を上げながら、雄一はもう一度目をつむった。


「……大丈夫か?」
「うおあっ!?」
「うわぁっ!?」


雄一を覗き込むシルフィの瞳。寝起きに美少女の顔が目の前にあれば、驚くのにも無理はない。
驚いた声にシルフィは思わず尻餅をついた。抗議の声を上げるシルフィだったが、雄一はそれどころではない。辺りを見渡して、おかしな違和感に苛まれていたのだ。
デックスと共用の狭苦しい部屋ではない。噴水の縁で眠りこけ、目を覚ましたというわけでもない。
豪華絢爛な広い部屋。少しだけ見覚えのあるその部屋は、雄一が召喚された時にいた場所だった。

「……なんで、こんな所で寝てたんだ?」
「痛たた……まったく、何を寝ぼけているんだ。勇者…………では無いのか?」
「はぁ? お姫さん、何言ってんだよ。そのくだりはもう終わっただろ」

雄一は勇者ではない。これはシルフィ自身の言葉である。
そんな彼女が、何故か首を傾げて再度同じことを確認した。意味のないその行為に、雄一は眉をしかめるも、一方のシルフィも顔をしかめて彼を見ていた。

「そっちこそ何を言っている。貴様と妾は、初対面のはずだが?」
「……はぁ?」
「ともかく、うーむ…………一度妾の部屋に来てもらおう。詳しい説明はそこでしよう」

シルフィは室内にいた部下たちを下がらせて、雄一の腕を取って部屋を出る。
時刻は真夜中らしく、魔石が揺らめく廊下を歩く。そしてふと、夜空を見上げて、雄一は驚愕した。


「月が…………二つ?」












*    *

この世界の月の数は三つ。雄一が召喚された日の夜は、そのうちひとつが新月で隠れていた。
しかし、それ以降の夜は三つの月が基本の状態。すなわち、新月からたかが三日程度で、再び新月になることは考えられないのである。
シルフィの部屋へと連れられた雄一。
混乱する頭を抑えながら席につき、シルフィが出した紅茶を一口含む。

「では、何から離したら良いものか……貴様、名前は何と言うのだったか?」
「…………雄一」
「うむ、ではユーイチ。妾はシルフィ・ド・アラム・モントゥ。モントゥ王国第三王女にして、魔導師の位を持つ魔法使いである」

その後もこの世界についての説明。魔力がない雄一は勇者ではないこと。今後、召喚魔法を研究して、必ず元の世界に帰すことなどを話すシルフィ。
一方で、雄一はその説明をまともに聞いていなかった。
なぜシルフィが、こんなにも同じ説明をしているのだろうか? からかっているという雰囲気ではない。確かにシルフィは、雄一と初対面と言った感覚で話していた。
雄一は考える。そして一つの仮説を思いついた。

この世界はループしているのではないか?

ミーシャに殺害されたことで、召喚直後に時間が巻き戻ったのである。だからこそ、シルフィは同じセリフを繰り返し、夜空の月は数を二つに戻したのだ。
異世界召喚というだけでも異常事態なのに、よりにもよって頭を使わなければならないループ世界。
勉学が不得意な雄一にとって、これはあまりに大変な世界観であった。

「……というわけだ。巻き込んでしまってすまなかったな」
「オーケイ……まあ気にしないでくれよ。また、使用人として頑張ってやるさ」
「? 言っている意味は分からないが、なぜ使用人なんだ? ユーイチは変える方法が分かるまで、客分として持て成すつもりだったのだが……」

シルフィは首を傾げ、つられて雄一の首も傾く。
思い返せば、ループに入る前。雄一が召喚されて直後、シルフィとこのように話などしていない。
頭突きをシルフィの額へ食らわせて、気絶させた直後に牢屋行き。二つの月を臨んだのは、牢屋に連行される途中の出来事だった。
だとすれば、シルフィに頭突きをしたか否かによって、ルートが分岐したということか。

「ひとまず、今日はもう夜更けだ。部屋を与えるから、そこで休むと良い。ルティアス! 入れ!」

シルフィは手を叩いて扉の向こう側に声をかけた。
扉を開いて中に入ってきたのは、フランと同じメイド服姿をした女性。
深い紫色の短い髪。左耳にピアスを付けて、紫色の口紅をつけた、雄一より少し歳上程度のお姉さんである。



スカートを少し持ち上げて一礼した。

「ルティアスと申します。どうぞよろしく」
「ユーイチ、彼女はルティアス。彼女が部屋まで案内する。その他、困ったことがあれば、ユーイチの専属である彼女に申し付けると良い」
「あ、ああ。分かった…………はっ!? 専属メイド……だと?」

健全ではあるが思春期の男子高校生である雄一。美人な専属メイドなど、邪な妄想が頭の中を占領してしまう。
あれやこれやと命令すれば、大抵の願いは叶えてもらえるだろう。つまり、ベットメイキング……いや、ベットの上でのメイキング行為を頼んでも、もしかしたら快諾してもらえるかもしれない。
ゲス顔を浮かべながら妄想に浸る雄一。彼の目には、その姿を見て呆れ果てる二人の美女の姿が見えていなかった。

「シルフィ様、アレのお世話をするんですか?」
「アレと言うな……いや、まあ。お偉い様ではないからな。多少砕けた接客で構わん」
「かしこまりました。では一つ、お願いが……」

妄想に浸って独り言。小躍りをする雄一は、彼の部屋へ案内しようとするルティアスの言葉が聞こえていない。
呆れ果てたルティアスがシルフィに耳打ちをすると、同じくため息を付いたシルフィが雄一の元へと歩み寄る。手のひらをかざし、何やらブツブツとつぶやくと、青色の光が手のひらから発生。

「まさか齢十七で美女メイドに世話をしてもらえるとは! 生きててよか…………はれ?」

突如として体を襲った強烈な睡魔に、雄一の意識は暗転した。







*    *

雄一の目にうつるのは知らない天井。背中に感じる感触は、元の世界でも中々味わうことの出来ないフワフワのベットだった。
辺りを見渡すと、女の子の趣味が散りばめられたシルフィの部屋ではなく、落ち着きのある広い客室に雄一は横たわっていた。

「うおっ!? 瞬間移動!?」
「じゃなくて、魔法で眠らせて連れてきたのよ。ちなみにもう朝だから、そろそろ起きても良いんじゃないかしら?」

カーテンが開いて朝日が室内へと照らされる。雄一は眩しい陽の光に目を細めながら、今の声がルティアスのものであると確認した。
昨夜までのかしこまった接客ではない。まるで知り合いのお姉さんのような砕けた話し方。丁寧な話し方よりも、雄一はこちらの方が好ましく、思わず頬を染め上げた。
ニッコリと笑いながらルティアスは、クローゼットの中から男物の服を引っ張り出した。
シンプルながら高級な生地が使われた黒を基調とした礼服。ベットの上に整然と並べられ、ルティアスは雄一の学校指定の制服に手をかけた。

「え、何?」
「その格好では目立つから、お客様用の服に着替えてもらうわ。さあ、脱いで」
「い、いやいや! 着替えるくらい自分一人で……って、ちょ……止めてよして! ひん剥かないでぇ!」

雄一の抵抗むなしく、慣れた手つきで雄一はパンツ一丁に。並べられた礼服を着せられて、ダボつく箇所を採寸された。
再びひん剥かれてパンツ一丁。ルティアスはその姿の雄一を放置して、備え付けられた椅子に座って服の調整を始めた。

「……砕けた接客って言っても、程度があるんじゃないか?」
「あら、聞いてたの? これくらいが丁度いいかと思ったのだけれど、嫌だった?」
「いや、実際このくらい砕けた態度のほうが落ち着いてありがたいよ。俺にも針と糸、貸してくれ」

もう一つの椅子に腰掛け、雄一はルティアスと共に服を調整し始めた。

「男の子なのに縫い物が出来るの? 感心しちゃうわね」
「今時男子は何でも出来るんだぜ? あ、勉強は全く出来ないけど……裁縫ならお手の物だ。半分は自分でやるよ」
「早速矛盾が生じてるけど、ふふっ……じゃあお願いしちゃおうかしら」

メイドと半裸の男が黙って裁縫作業に勤しむというシュールな光景が、客室の中で発生している。
流石に気恥ずかしくなった雄一は、とりあえず口を開いて沈黙から脱出した。

「そう言えば、ルティアスの事は見たこと無いんだよなぁ。いつもはどこで働いてるんだ?」
「見たこと無い……って言葉の意味はわからないけれど、私は王族やお客様を相手にする専属メイドだから。お客様が居ない時はそもそも休みが多いの。ユーイチ君が召喚されてなければ、家でのんびり過ごしていたわ」
「あれ、なんか俺責められてる?」

使用人として働いていた一周目。客としての立場ではないのだから、その時はルティアスは休暇をもらっていたのかもしれない。それならば、ルティアスの顔に見覚えが無くとも納得だった。
仮に城で働いていたとしても、そもそも使用人はかなりの人数がいるのだから、単に覚えていないだけかもしれないが。

「ハックショイ! ……あ」

流石に半裸であるためか、雄一は冷えた体を震わせて、盛大なくしゃみを放った。
不運なことに、その拍子に指先を針が貫いており、痛みとともに血がひとしずく流れ落ちる。

「った~~……やっちまった」
「大丈夫? ちょっと待ってて」

ルティアスはすぐさま部屋の棚へと向かい、救急箱を取り出した。
フランと違い、メイドスキルの高さに感心する。包帯の準備は完了。指先を舐めるのをやめろと言って、ルティアスは雄一の手を取った。
傷口から血が出ている。表面張力で半円状になった血の塊を見て、雄一の頭のなかで一周目の惨劇がフラッシュバックした。
フランの体を裂いた剣の一撃。雄一の首を破ったナイフの感触。
ループした直後の感覚を再度思い出し、雄一は椅子をはねのけて立ち上がった。

「わっ!? ど、どうしたのユーイチ君」
「何やってんだ俺は……」

こんなのほほんとしている場合ではない。自分がどれほど愚かなのか、心のなかで罵倒しながら、雄一はルティアスを見据えて口を開く。

「ルティアス! お姫さんと話がしたい! 取り次いでもらえないか!?」
「し、シルフィ様に? もちろん出来るけれど、今から会うのは無理じゃないかしら。今日は国王会議の打ち合わせがあるっておっしゃってたから……」
「なら、なるべく早く頼む! 大事な話があるんだ!」

必死の形相に驚くルティアス。雄一が必死になるには理由があるが、それを知らなければ急に騒ぎ出したようにしか見えないだろう。
それでも、雄一は伝えて置かなければならないことがある。異世界召喚から三日目の惨劇。絶滅教団による襲撃事件について。

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