余命三日の異世界譚

廉志

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第十七話 発生

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あれこれ考えているうちに二日目は終わり、いつの間にか眠りについた雄一は、運命の三日目を迎えていた。
ルティアスとともに裁縫道具を広げ、チクチクとメイド服の修繕作業に勤しんでいる。


「――って、何してんだ俺っ!?」
「何って、私の仕事の手伝いでしょ? ユーイチ君のために休んだのだから、これくらいやっても罰は当たらないんじゃない?」


本来、本日ルティアスが城へと赴いてやらなければならない仕事。
雄一の足はいまだ動かない物の、上半身は健康そのもの。そこに来て裁縫が出来るということをルティアスに知られ、手伝う羽目になったのだ。
裁縫をすること自体を嘆いているのではなく、覚悟を決めなければならない惨劇の日に、のんきにこんなことをやっていて良いのかと言う嘆きであった。
とは言いつつ、ルティアスの発言には反論しない。無理に休ませた後ろめたさがあるからだ。
ここまで来て今更思う。
自分はルティアスと言うメイドを守るために城へ行かせなかったのか。
それとも、自分を殺させるために、ミーシャと言う殺人犯をそばに置いているのか。
どちらにせよ、選択してしまったのだから仕方がない。死にたいなどと微塵も思っていない雄一だが、鐘の音が鳴る昼過ぎまで、こうして時間をつぶすほかないのである。

「ユーイチ君、意外と手先が器用なのね。出した果物だって、自分で剥いちゃうし」
「家事一般は男のたしなみだ」
「人は見た目によらないのね」

どういう意味だと反論したかったが、確かに見た目はただの男子高校生。異世界では高校生と言う肩書すら取れて、ただの男子。雄一は言い返しづらかった。
身を乗り出して窓の外を見てみる。街の様子は変わらず、活気に満ちてテロとは無縁の様相だ。
とはいえ、惨劇の時間まではまだ少しある。油断はできない状況だろう。

「ルティアス、その……最近城で何かおかしなことって起きなかったか?」
「……それは随分と抽象的な質問ね?」

例の人影が、どれほどの情報を他者に与えれば出てくるのか分からない以上、発言には慎重にならざるを得ないのだ。

「最近……と言うと、特になかったと思うわ。誰かさんが私のベットを占領している期間中は、知らないけれどね」

ルティアスはその言葉に「でも」と付け加え、

「そう言えば、城壁の衛兵さんが噂をしてたんだけど、”ブラザーフッド”って言う盗賊団が城に忍び込んだかもしれないって」
「”ブラザーフッド”?」
「獣人で構成された盗賊団。団と言っても、数人のグループらしいけれど、王都じゃとても有名なの。で、その盗賊が忍び込んだ形跡があったそうよ。盗まれたものは無かったそうだけれど」
「盗みもやらずに……忍び込んだだけ?」
「それ自体も定かではないそうだけれど、ユーイチ君が召喚された日の夜明け頃、鐘が吊るされてる塔に不審な人影が見えたんだって。侵入経路も、脱出経路も分からないから、見間違いの可能性もあるそうよ」

それは果たして忍び込んだと言っていいものだろうか。侵入したか分からず、脱出したのかも分からない。盗られたものも無い。
ルティアスが言うには、その他におかしなことは無かったそうだ。やはり下男として仕事をしていたころと同じく、物騒なことは何もない。平和そのもののようだ。

「…………絶滅教団の動きとかは?」
「……行き倒れる前に、随分詳しく調べたものね。物騒な名前が出て来たけれど、最近王都での活動は無かったはずよ? と言うか、どうしてそんなことが気になるの? 召喚されたばかりなのに」
「こっちとしても色々あるんだよ。でもまぁ、教団がそうそううろついてないって言うなら……」
「あ、そう言えば、最近ブラザーフッドと絶滅教団が関係してるって噂があるの。だから街の衛兵さんなんかは、結構ピリピリしているらしいわ」

絶滅教団が三日目の今日、城を襲撃することには間違いない。すでに二回のループでそれは確認済みだ。
そんな中で新たな情報。絶滅教団と関係しているらしい、ブラザーフッドという盗賊団が城へ忍び込んだという話。関係ないと切り捨てて良い情報とは思えない。
しかし結局のところ、絶滅教団の目的がわからない以上、現状でどんな仮定をした所で想像の域を出ることはない。雄一はモヤモヤしながら頭を掻きむしった。

「どのみち動けねぇしなぁ……ああ、もどかしい!」

平和な街を見る。すなわち窓を隔てた外側。行き交う街の人々を見た。
何の変哲もない朝の風景。彼らにとっての日常で、何の変哲もない毎日の営み。そんな景色が見えている。
しかし、そんな忙しそうに歩む人ごみの中でただ一人。一歩も歩かずに立ち止まる男がいた。
頭にかぶった黒色のマントを外し、空を見上げて一呼吸。さらに両手を空に掲げて、何かを叫んだ。
雄一にその叫びは聞こえない。窓の向こう側で距離は離れ、行き交う人々の声が何重にも重なって、雄一の耳に届く前にかき消えてしまうからだ。
しかし、一瞬だけ見えたその男の表情は……喜びが満面に表されている。そしてその顔を、雄一は見たことがあるような気がした。

一閃

目のくらむ光。遅れてやってきた音と衝撃波が人々を吹き飛ばし、血しぶきが石畳と家々の壁にまき散らされる。
窓のガラスは破れ、室内にいた人にさえ悲劇が起きた。むろん、それは雄一やルティアスにも例外ではない。
いくらかのガラス片を体に浴びて、衝撃波でベットから転げ落ちる。床に頭をぶつけてよろめいた。そこまで来てようやく、雄一は爆発に巻き込まれたのだと理解した。

――絶滅教団の……自爆?

雄一は思い出した。一瞬見た男の顔は、かつてミーシャとともに城の中で見た中年の男だった。すなわち、フランを斬り殺した張本人。
そんな男が嬉しそうに何かを叫び、自爆するのを彼は見た。

街から悲鳴が巻き起こる。老若男女問わずの声。怪我をして苦しむうめき声や、大切な人が傷ついたことで助けを求める声もする。
耳をすませば、街のアチラコチラから複数の爆発音も聞こえた。どうやら、攻撃は城下街全体で行われているようだ。
ルティアスの家は半壊。窓から入口にかけてが吹き飛んで、外の様子が詳しく見えた。
転がる死体の数は、数え上げるほどに恐ろしくなり、とてもじゃないが直視できない有様になっている。
そんな中でも生きている人たちは多い。体には傷跡。必死に生きようと強い意志をもって、這いながらも爆発現場から逃げようとしていた。
そんな彼らを、マントを羽織った者たちが殺し始めた。
どこから湧いたか分からない教団員。彼らはなんとか生き延びた人たちを剣で刺し、魔法で焦がし、瓦礫で頭をつぶして回る。
丁寧に一人ずつ。散らばった生存者たちを確認しながら殺してゆく光景。身の毛もよだつ光景に、雄一は制止する言葉も出なかった。

――ルティアス。

床に打ち付けた頭がようやく覚醒した。
そばにいたルティアスはどうなった? 雄一は周りを見渡した。すると、瓦礫に半身が埋まった彼女を発見した。
すぐさま這って近づいて、通りの教団員にばれないように小声で話しかける。

「ルティアス! しっかりしろ! 今助ける!」

瓦礫から彼女を引っ張り出した。瓦礫による頭部の打撲。それに加え、致命的な怪我が一つ。腹を木片が貫いていたのである。
痛々しいその光景に、思わず叫びそうになった雄一だったが、声を喉の奥に押し込めて口をつぐんだ。
どうやら生きてはいるようだが、ルティアスの呼吸は浅い。すぐに医者に見せないと危険な状態だろう。

「くそっ、俺は馬鹿か!」

鐘の音に気を取られ、その音が鳴るまで何も起こらないのだと思い込んでいた。
しかし、鐘の音が鳴ったのはあくまで惨劇の最終段階だ。それまで何事も起こらずにいるわけではない。そんな簡単なことに気が付いていなかったのだ。
ルティアスの腹から血が大量に流れ始める。とにかくすぐに止血して、運び出さないと命は無い。
傷口を抑えようと両手を伸ばす。しかしその瞬間、木片が傷口から抜けて血が止まった。

「……なんだ、これ」

腹に空いた大きな傷跡。大量に流れていた血が逆流し、ルティアスの体内へと戻り始めたのだ。
傷口は巻き戻されるように修復されていき、瞬く間に傷口は消え去ってしまった。傷があったという証拠は、、木片で切り裂かれた衣服しか残らなかった。
雄一の心臓は跳ね上がる。この現象は見たことがあったのだ。
ミーシャのギフト”インフィニティ”。
すなわち、肉体が負った傷を無尽蔵に回復させる能力。ルティアスの傷が回復したのは、まさしくその能力と同じものだった。

「……うぅ」
「ひっ!」

先ほど喉の奥に押し込めた悲鳴が漏れた。ルティアスはうめき声をあげると、体をよじりながら目を覚ました。

「い、一体何が……あ、ユーイチ君! 大丈夫!? ケガは無い!?」

目を覚ました瞬間。あの凶悪なミーシャになっているのではないかと警戒していた雄一。
しかし、自分に声をかけてきたのは、自分のことなど構わずに他者を心配する、間違いなくルティアスであった。

「ミーシャじゃ……ない?」
「だからそれ誰?」

ギフトは全く同一のもの。アエルがかつて言っていた。同じ時代で同じギフトを持つ人はいない。
ならばやはり、ルティアスとミーシャは同じ人間だ。もはや疑いの余地はない。
様子を見る限り、本性を現しているとも思えない。つまりは残る選択肢。彼女は二重人格なのである。ミーシャに変わるきっかけは分からないが、少なくとも今は、ルティアスと言う優しい人格なのだろう。

「ケガは……無いみたいね。私も運よく無傷みたいだし、とにかく外に……」


「オウッ! こんなところに居られたのですか! 報告で城に居ないと聞き、街へ探しに出て正解でした! 正解でしたのですね!?」


かつてこの家の入口があった付近で、男にしては高い声が響く。
そこに立っていたのは、細身の長身。ギョロ目の視線をあちらこちらに散らせながら、教団のボロボロのマントを身にまとう。両手に白い手袋をつけて、胸元に金色のロケットのような物をかけた、四十か五十ほどの歳に見える男がいた。
足が動かない雄一の前に、全回復したルティアスが立つ。全身で彼をかばい、入口の男をにらみつけながら言い放った。

「あなた誰!? 物取りって言うのなら、襲う家を間違えてるのでは無い!?」

男はキョトンとした表情でルティアスを見る。状況を飲み込めるまで数秒。そしてその男は口を開く。

「オウッ! 誰かと言われれば自己紹介がまだでした! 大変礼を失したことを、深くここに申し訳なく思う所存であります!」

めちゃくちゃな言葉の使い方。男は仰々しく、まるで役者のように振舞って、深い一礼をした。

「ワタクシ、絶滅教団幹部! 神の諸目! アミック・ハッパー・デス! と! 申し上げます、はい!」

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