余命三日の異世界譚

廉志

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第十六話 考察

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二日目の昼頃。雄一はルティアスの自宅で療養を取っている。
彼女から紅茶と果物をもらい、彼女のベットで横になる。意識は戻ったはいいものの、いまだに足は全く動かない。
数時間彼女と過ごし、もはや彼女に対する恐怖の大部分は消え去っていた。
雄一の知るルティアスは、半日一緒に過ごしただけであり、それだけで彼女のすべてを知った気になっているとは、雄一自身思っていない。
しかしそれでも、ルティアスがミーシャのような襲撃者であるとは、微塵も思うことができなかった。
ナイフを手にするのは人を刺すためでなく料理を作るためであり、微笑むのは自らの快楽のためでもない。
そんなルティアスを見ながら、雄一は再び現状についてを確認する。

「ここが全く同じ三週目の世界なら、タイムリミットまであと丸一日無い程度……でも足は動かず、逃げ出すこともできない」

深いため息がベットのシーツを揺らす。
窓の外を見れば、行き交う人々の営みが見えた。真夜中に走り抜けた時のような閑散とした場所でなく、賑やかしく明るい街。こちらが本来の王都の姿なのだろう。

「……本当に起きるのか? 平和そのものじゃねぇか」

街の様子は、あの惨劇とは無縁の様子である。起きた惨劇を城の中でしか見ていない物の、そんな様子を見てみれば、ループ前の現実味が薄れてゆく。
本当にあんなことが起きたのか? 実はループなんてしていなくて、夢を見ていただけじゃないのか?
太陽の光に目がくらむ。自分は何をやっているのかと頭をかいて、枕を自分の顔面に押し付けて一度冷静になろうと視界を遮る。

――ぬ、いい匂い……

なんてことを思いながら、逆に興奮してしまう始末。
が、視界を遮ったことにより、雄一の脳裏にとある自分つが映りこむ。

「……フラン?」

慌てて身を起こし、窓の外を見る。
人ごみの中に、メイド服姿ではないが見慣れた顔。大き目の帽子をかぶった私服姿のフランが歩いていた。

「あら、どうかしたの?」
「今外で……」

話しかけるルティアスに、窓の外を指さすと、すでにそこにはフランの姿はなかった。人ごみに紛れて見失ってしまったようだ。
思えば、召喚されて二日目。この日はフランの休日である。街に出て孤児院の手伝いをしていると言っていたはずだ。
すなわち、街で行動していてもまるで問題はない。思いがけず見かけたために、少しうろたえた雄一だったが、すぐに冷静さを取り戻した。

「いや、なんでもない」
「あまり起き上がらない方が良いわよ。今は安静にして、ご飯をたくさん食べなきゃね」

手に持つ皿には、オートミールが入っているようだった。できれば米のお粥が良かったとつぶやく雄一だったが、どうやらこの世界には米が無いらしく、我慢して麦の粥を口へと含む。
あまりおいしいものではなかったが、ほぼ強制的に喉の奥へと押し込まれ、皿の中身は空になった。

「うぷっ……ありがとう」
「どういたしまして。これだけ食べられるなら、体調に問題はなさそうだけど……足の具合はどう?」
「……まだ動かない」
「原因は何なのかしらね? 怪我をしているってわけじゃなさそうだけれど」

足が動かなくなった原因はわかる。例の人影が関係していることは間違いない。
しかし、その因果関係は分からなかった。あの人影が何を目的にして雄一をこんな目にあわせているのか。
あの人影は自分に何をしてほしいのか。何をやってほしくないのか。ループについて話したことと、街から逃げ出そうとしたことに、どんな関係性があるのか。
何も分かってはいないのだ。

「三度やっても、これか……何のために繰り返してるんだ?」
「何か言った?」
「いや……」

とにかく今は療養に専念するしかない。窓の外にフランがいても、足が動かなければ追いかけることもできないのだから。

「でも、体は動くようになったのだから、もう少しかしらね」
「……せめて間に合えばいいんだけどな」
「あ、そうそう。明日はお城に仕事に行くから、しばらくはお留守番をお願いね。一応、ごはんは作っておくから」

ルティアスの言葉に雄一はハッとした。
ルティアスとミーシャの関係性はいまだにはっきりしていない。そんな中で、彼女を城に行かせてもいいものだろうか。
惨劇が繰り返される。絶滅教団とミーシャによって。
でも、ミーシャと疑っているルティアスを城に行かせなければどうだろうか? この二つの名前が同一人物ならば、少なくとも彼女による被害を防ぐことができるのでは?
雄一はそんなことを頭で考える。そして体は、頭で考えるよりも早くに行動出ていた。
皿を下げようとするルティアスの袖を掴み、

「あ、明日も休めば良いんじゃないか?」
「…………もしかして心細いの?」

見当違いの答えを返されて、思わず苦笑いを浮かべた。
雄一は、ならばどんな理由ならば彼女を止めることができるだろうと考えながら、彼女の見当違いの答えに乗っかることにした。
顔を赤らめながら、観念したようにルティアスに言う。

「――ああ、そうだよ。ほら、病気になった時とかって、すごく心細くなったりするだろ? まさしくそれだ。明日も付き添ってくれるとありがたいんだよ」
「とてもそんな風には見えないけどね」
「俺はポーカーフェイスなんだよ。悪かったな」

もちろんこれも出鱈目だが、事態の大きさに比べれば些細な嘘と言ってしまっていいだろう。
恥ずかしさに赤くなる雄一を見ながら、ルティアスは悩むように口に手を当てた。しばらく考え込んで、どう答えるのか導き出したのか口を開く。

「分かったわ、城には行かない。これでいいかしら?」
「…………良いのか?」
「あまり良いとは言えないけれど、誰かさんが城から逃げ出したおかげで、しばらく仕事もないからなぁ」
「……悪い」
「ふふっ、冗談よ。仕事がないのは本当だけれど、ユーイチ君のせいってわけじゃない。気にしないで」

袖を放すと、ルティアスは台所へと皿を戻しに行った。
今後、自分には何ができるのだろう? そんな風に頭をひねる諸問題。雄一は改めて事の顛末を考えてみた。
三週のループを経ても、得るものが少なすぎる。「三週しかしていない」と人は言うかもしれない。しかし、普通の人間の人生は一度きり。二週目コンテニューなどはあり得ない。
死ぬ事は、どんな人にとっても一度きりの経験だ。そして経験を経て、その次を持つ者などいるわけがない。
死に対する恐怖と言えば、言葉の上ではよく聞くセリフだ。しかし、それを経験しているかしていないかで、絶対に越えられないほどの壁がある。
情報収集のために、一周犠牲にして次に賭けてみれば? そんな恐ろしいことを、誰かが気軽に聞いてきたならば、雄一は間違いなくそいつを殴り伏せることだろう。
死んだことのある人間が、まさしく死に対する恐怖を叫んでいるのだ。雄一は二度と死ぬことなど経験したくなかった。

――――?

死んだという嫌な経験を思い出していた時、雄一はあることに引っ掛かりを覚えた。
一週目は喉を掻っ切られたことで、自身が死んだという状況が理解できる。のどの痛みは、今でも鮮明に思い出せるほどの激痛と苦しみだったのだ。
しかし二週目は? 思い返せば、二週目に死んだ覚えなどなかった。鐘の音が鳴り、そこで記憶が途絶えていたのだ。

「やっぱり、鐘の音がタイムリミットって事なのか?」

三回目の鐘の音の際、何かが起こった。それによりループが発生して、次の周回へと戻される。
死んだことによる原因と、時間が来たことによる原因。どちらか片方でも発生すればループが生じるのか、両方がそろって初めてループに入るのか。
なんにしても、ループ二回では少ないと言えるだろう。何かしらの結論を出すためには、少なくとももう一度のループを経験しなければならない。
と言っても、雄一は死ぬつもりは無い。生き残ることを最優先して悪いとも思わない。
だから城へ行くつもりは無い。ここで成り行きを見て、逃げ回るのだって選択肢の一つだ。
先ほど考察した内容にも当てはまる。死ぬことがループの原因ならば、避けることによって繰り返しは起きない。タイムリミットがあるなら、時間が来た瞬間に次の周回に移行する。

雄一は、今できることの最善手。このまま推移を見守りつつ、何もしないことを雄一は選択した。








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