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第十五話 邂逅
しおりを挟む甘い香りがする。誰かが台所で紅茶を入れているようだ。ポットのお湯が蓋をカタカタと鳴らし、カップに入った紅茶が湯気を立てていた。
そんな香りに誘われて、雄一は薄らぼんやりと覚醒した。未だブレのある視界に目を瞬かせながら、辺りを見渡してみる。
豪華絢爛な城の客室ではない。下男をしていたころの古ぼけた部屋でもない。
生活感があり、狭いながらも質素な装飾や、機能的な雑貨が並べられている。雄一にとって、これまでで最も落ち着く空間と言えるだろう。
横たわるベットのそばには窓があり、まぶしく雄一の顔を照らしていた。
――どこだ、ここ?
まるで心当たりのない部屋に、自分が死んでループに陥ったわけではないと察した。
もしループしていたのなら、目覚めるのはシルフィと会った最初の部屋のはずだ。それに、死んだという記憶もない。
それよりも思い出すのは人影の事。これまでで二度遭遇したそれは、正体など何もわからない。
二度の経験でわかるのは、出会った途端に体調を崩し、最悪その場で気絶してしまうこと。
雄一はその人影が出現する理由を、ループについて他人に話した事が原因だと考えていた。しかし、今回出現した際には、他人になにかを話したわけではなかったのだ。
「……待て、今いつだ!? あれからどれだけ経った!?」
一度目に遭遇した際には、初日から数えて一日半もの時間を昏睡状態で過ごしていた。
もし今回も同じほど眠っていたなら? 惨劇の日まで何も出来ず、眠っていただけだったなら?
そう考えるだけで、雄一の背筋に悪寒が走る。
腕を支柱に身を起こそうとするが、なまりにからめとられたように重い体はうまく動かすことができなかった。
「ちょっと! 無理しちゃだめよ!」
女性の声が聞こえ、崩れそうになった雄一を細い腕が支えた。
未だ視界がはっきりしていない雄一の瞳には、ぼんやりとした人の輪郭が見えた。うっすらとぼやけるその人間は、しぐさや体形、声の高さから女性であることが見て取れた。
その女性は雄一の体をベットへと戻し、台所から紅茶の入ったティーカップを持ってくる。
「まずは気を落ち着かせないとね。お茶、飲める?」
「あ、ああ。ありがとう……どこのどなたか知らないけど、なんか迷惑をかけたみたいで……」
「迷惑って言うならそうだろうけれど、一応見知った顔ではあると思うわよ?」
女性の言葉を受け、雄一はぼやける瞳をこすった。
徐々にはっきりと見え始める光景。そして目の前でニコニコと笑う女性の姿。
「…………ミーシャ?」
メイド服は着ていなかったが、そこには紛れもないミーシャ・ルティアス・インフィニティの姿があった。
ようやく動き始めた雄一の体は瞬く間に緊張する。城から逃げ、すなわちミーシャから逃げてきたにもかかわらず、目の前にその女はいた。
ここが城でないことは、先ほど見渡したことにより把握している雄一。しかし、ならばなぜミーシャがこんなところにいるのか。
混乱する頭と動かない体。全身に冷や汗をかきながら、雄一は眉を顰める彼女の顔を見つめているしかなかった。
「うーん、残念ハズレ」
「…………は?」
「私、名前はルティアスって言うのよ? ミーシャ……って誰? 君の恋人か何かかな?」
「…………とぼけてるってわけじゃ……ないのか?」
「何を私がとぼける必要があるのかしら?」
そもそも雄一の記憶でも、初日のルティアスは何も凶悪な雰囲気を放ってはいなかった。絶滅教団の襲撃のタイミング以外では、本性を現すこともないのだろうと、雄一は生唾を飲み込んだ。
しかしそれならば、彼女のことをミーシャと呼んだのはまずかったかもしれない。雄一が彼女の名前をミーシャであると知る機会は無かったのだから。
「いや……なんでもない。気にしないでくれ」
「そんなことを言われれば、余計に気になってしまうのだけれど……まあいいわ。所で勇者さま? 城から逃げ出して、こんなところで何をしているのかしら?」
「勇者……お姫さんから聞いたのか」
「あら、その辺りは覚えているのね。あなたが抜けだした後、ちょっと大変だったんだから」
ループを経験している上に、精神的にまいっていた瞬間だったため、雄一は気に留めていなかったが、シルフィにしてみれば大事件。
召喚した勇者が、管理下にあったにもかかわらず行方不明になったのだ。ミーシャが言う大変さは、雄一が想像しているよりも上だった。
「召喚されたときに会っていたと思うのだけれど、思い出したかしら?」
「まぁ、一応……」
「良かった。で、なんで逃げ出したりしたのかな? おかげで仕事は休みになっちゃうし、街へ降りてみれば捜索対象者が倒れているんだもの。お姉さんびっくりよ」
「それで……手当してくれてたのか?」
「ええ。さすがに目の前で死なれでもすれば後味悪いものね。あと、さっきの答えだけれど、君が逃げ出してから数えて、今日で二日目になるわ」
二日。日の出とともに召喚されたため、そこから数え始めたのなら惨劇の日の前日と言うことになる。
何とか惨劇までに起きれたことを喜ぶべきか、貴重な日数を減らしてしまったことを嘆くべきか。
そんな複雑な表情を浮かべる雄一に、ルティアスは顔をすぐそばまで近づけて、不機嫌そうな顔でにらみつけた。
「な、なんだよ?」
「……約二日間」
「は?」
「さっきの説明で察してくれないのね。私は約二日間、君にベットを占領されて、上司に君のことを報告せずに、ほとんど寝ないで看病していたのだけれど?」
「ご、ごめん。悪かったよ……」
「じゃなくて。こういう時はどう言えば良いのかしら?」
「…………ありがとう」
「ん。お腹空いてる? なにか持ってくるわね」
満足そうな表情を浮かべて、台所へと向かうルティアス。そんな彼女に雄一は気が抜けてしまった。
ミーシャがシルフィと戦う前。つまり二週目の初日に感じた、ルティアスと言う気の良いメイド。今の彼女も、その時と同じ雰囲気を放っている。
本性を現していないだけなのか、本当に二重人格者なのか。実際はミーシャとルティアスは別の人物なのか。
ルティアスが台所にいる間に、雄一は頭の中で、とりあえず今ある情報をまとめてみた。
「別人……って線は薄いのか? 二週目じゃ、会ったこと無い俺のことをちゃんと認識してたみたいだし」
二週目では、城の中で雄一の名前を知っていたのは、シルフィやルティアスを含めてごく少数だったはず。
誰かから情報が漏れた可能性がある以上、別人であるという可能性はゼロではないが、今ある情報では可能性は低くなると判断した。
では、残る可能性は二つ。本性を現していないか、二重人格者である可能性。
後者は証明することが限りなく難しい。よって、ひとまず本性を現していない可能性について、少し調べてみることにした。
「ルティアス、さっき上司に俺のことを報告してないって言ってたけど……なんでだ?」
「単純に私が非番だってこともあるけれど……そうね。仕方がないと思ったから、かしら」
果物とナイフを携えて、ベットのそばへと戻ってきた。
「仕方がない?」
「だって、異世界からいきなり召喚されて、びっくりしちゃうなんてことは当然でしょ? それで逃げ出したのだって、私でもそうしたかもしれないわ」
「…………だから、秘密に?」
「ええ。君は……えっと名前なんだっけ?」
「あ……雄一だ。佐山雄一」
「そう、ユーイチ君。君、歳はいくつ? 十四、五ってとこかしら?」
「…………一応今年で十七歳になるんだけど」
雄一がそう答えると、ルティアスは息を吹き出した。ごまかすように数度せき込む真似をする。
「そ、そう……お姉さんとそう変わりなかったのね……と、ともかく。そのくらいの年頃なら、冷静にいられなくなるのも無理ないと思うのよ」
「でも、そんなのはルティアスとは関係ないことじゃないか。街で見つけたって、放っておけば……」
「……私もね。ユーイチ君と同じような境遇だったの……あ、召喚されたわけじゃないわよ? 行き倒れてたって意味で」
ルティアスは器用に果物の皮をむきながら、
「数年前に、城の前で行き倒れてた私を、シルフィ様が……あ、君を召喚したお姫様ね? あの方が拾い上げてくれた。実はその前の記憶が全然なくてね? 最初は随分とうろたえた物なの。でも、そんな私を……シルフィ様が救ってくれた……」
「……お姫さんが」
「だから、せめて私も、同じ境遇の人には優しくしようって思ったわけ。お礼なら、シルフィ様にも言ってくれると、お姉さんうれしいわ」
ルティアスの表情は、嘘をついているように見えなかった。
シルフィのことを話す彼女は終始はにかみ、それだけで、彼女のシルフィに対する深い尊敬の念が見て取れる。
こんな顔をする人間が、その尊敬の対象であるシルフィを切りつけることができるのか? 雄一には、とてもじゃないが出来るとは思えなかった。
ルティアスは、今発言した内容が今更気恥ずかしくなったのか、顔を赤くしながら笑い、ふと思い出したかのように、
「あ、でも。体調が良くなったら、自主的に城に戻ってくれるとありがたいかな。シルフィ様、すごく心配してたみたいだから」
「…………ありがとう」
「どういたしまして」
「……今のはお姫さんに言ったんだよ」
彼女はルティアス。雄一の知る、気の良い城の専属メイド。
城では彼女から逃げ出した雄一だったが、居心地の良さに思わず笑いを浮かべていた。
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