余命三日の異世界譚

廉志

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第二十話 盗賊

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シンメトリー調で出来上がるモントゥ王国の王城。その中央部にそびえ立つ高い塔は、数え上げるのも億劫なほどの階段を経なければ、その頂上にはたどり着かない。
何とか誰にも見られず、その塔にたどり着いた雄一は、トレーニングでもないのに階段を全力で駆け上がっていた。

「ぜぇぜぇ……と言うか、夜明けっていつからいつまでだよ。下手すりゃ、もう手遅れなんじゃ……」

ブラザーフッドと言う盗賊団を目当てに塔を登っている雄一。三週目にルティアスが言っていた、夜明けに鐘のある塔で発見されたという盗賊団。しかし、登り始めたばかりとは言え、すでに太陽は顔を覗かせている。
可能性としては、すでに侵入を終えて逃亡すら終わっていることもあり得る時間帯。
汗だくで体力も限界に達した雄一は、登りきって頂上にだれもいないことを確認し、階段近くで突っ伏した。

「頼むから、帰った後とか言うなよ」

乱れる呼吸を整えて、雄一は鐘の影へと隠れて階段を見張る。出口はそこ一箇所だけで、それ以外となると壁をよじ登る必要がある。
外庭に面した客室の壁をよじ登るのとは訳が違う。城の中心地にあるだけに、その周りは各施設が並んでおり、当然人目も多い。流石にそんなところから入ろうとする馬鹿はいないだろう。
吊り下げられた鐘を見る。巨大ではあるが、特に変わった特徴のない鐘だ。違和感と言えば、内部の鐘を鳴らす『舌』と呼ばれる部分が、修理の為に取り外されているくらいだろうか。

「こんな所で、ブラザーフッドは何をしてたんだ? 何かの下見?…………あ、もしかして!」

三日目の惨劇。それが起きる時間、ちょうど『舌』が取り付けられるのと同じ時間だった。
そして、教団と関係のあるブラザーフッドがここに来た理由。つまり、『舌』があるかどうかの下見に来たということだ。
それならば、盗賊団が何も取らずに侵入したということの理由になる。ここの状況を絶滅教団に報告する。それが目的だと言って良いだろう。
すなわち、ここでブラザーフッドの足取りを掴むことが出来たなら、それは絶滅教団の足取りを掴むのと同じこと。

「全部繋がってるんだ」

あらゆる出来事は、無関係に見えても繋がっている。
鐘の事、教団の事、盗賊団の事。ミーシャとルティアス、そしてアミックのこと。
些細と思う情報であっても、きっと何かと繋がっている。それはループから抜け出すための手がかりにきっとなる。


「何が繋がってるの、お兄ちゃん?」
「繋がってるって何が、お兄ちゃん?」


急に目の前に映った二人の顔に、盛大な大声を上げて飛び退いた。危うく塔から落ちかけた雄一は、体勢を立て直して暴れる心臓を手で抑えた。
全く同じ顔をした双子。歳は十歳にもなっていないであろう幼い顔つきと、大きめのお揃いのニット帽。そんな二人が何もないところから出現し、屈託のない笑顔を浮かべて雄一を見ていた。
雄一は困惑する。鐘に気を取られていたとは言え、入り口から視線は一瞬たりともそらしていない。と言うよりも、この双子は雄一の背後から現れたのである。

「ど、ど……どっから!?」
「えー? 普通に来たよね、ルトゥカ?」
「うん。普通に来たよね、リトゥカ?」

互いの名前を呼びあって相槌を打つ双子。名前すら似通った二人に、まるで鏡でも見ているのかと錯覚すら覚える。
ケタケタと楽しそうに笑う双子を前に、雄一は警戒心を解いて問いかける。

「えーっと何から聞けば良いか……とりあえずお前ら誰だ?」
「ルトゥカだよ」
「リトゥカだよ」
「…………分かった。双子と呼ぼう」
「「諦め早っ」」

うるせぇ、と悪態をついて、

「お前ら城の人間か? なんでこんな所に……と言うかどうやってここまで来た? 途中で誰かと出会わなかったか?」

矢継ぎ早の質問。途中から面倒くさそうな表情を浮かべる双子だったが、少し悩んだ後で口を開いた。

「「ここには……」」

「おい! その辺にしとけ!」

鐘の上から男の声が聞こえた。見上げると、雄一よりも少し歳上かと思われる大男が鐘の上に立っていた。
それなりの高さにあるその場所から飛び降りたその男は、着地と同時にかすかな振動を塔の上に響かせる。立ち上がって雄一の目の前にまでやってきた。
見上げる顔面は雄一の頭上より高い。二メートル近いであろう巨体に加え、鋭い三白眼と光る八重歯。凶悪な面を更に歪めて雄一を睨みつける。

「お前ら、自分らの名前を教える盗賊団が何処に居る。ちょっとは自重しろ」
「ゴメンね、ダイクリッド。ルトゥカ反省」
「ゴメンね、ダイクリッド。リトゥカ反省」
「うぉいっ! 俺の名前まで出すんじゃねぇ!」

何なのだろうかこのズッコケ三人組は。そんな風に苦笑い。
恐らく目の前の三人が、例のブラザーフッドと言う盗賊団なのだろう。絶滅教団などという、凶悪なテロ集団と関係しているなどとは、まるで見えないような連中であった。

「で、そんな盗賊団が、こんな場所になんの用なんだ?」
「ぬっ! てめぇ……なんで俺らが盗賊団って事を知ってる!?」
「いや、今自分で言ったじゃん」

雄一の言葉が図星であったことから、ダイクリッドと呼ばれた男はしまったという表情を浮かべた。
なんだかなぁ……と頭をかいて、マヌケな盗賊団を眺める雄一。目を押さえてうなだれるダイクリッドは、双子に慰められて気を取り直し、改めて睨みつけた。

「と、ともかく! てめぇなんぞに関わってる暇はねぇんだよ! おい双子! てめぇらも余計なことは言うなよ!」
「分かった! 絶滅がつく教団の依頼ってことは秘密だな!」
「分かった! 鐘に異変がないかって依頼なのは秘密だな!」
「双子ぉ!!」
「お前らお笑い芸人か何かなのか?」
「うるせぇ!」

凶悪な面が台無しである。ダイクリッドはごまかすように雄一に向けて指を刺し、

「知られたからにはてめぇ! ただで済むと思うなよ!?」
「逆ギレだよルトゥカ。これだから最近の若者は」
「逆ギレだねリトゥカ。最近の若者はこれだから」
「誰のせいだと思ってやがる!」

少なくともお前だって原因の一人だろ。そんなツッコミを心のなかにしまい込み、

「で? 俺としてはコントを見に来たんじゃなくて、お前らをふん縛って話を聞きに来たわけだけど」
「てめぇに話すことなんて何もねぇよ。そんなことより、自分の心配をしたらどうだ? これから少なくとも、二、三日は口がきけない体にされるんだからよ」

指をポキポキと鳴らし、雄一へと歩み寄る。間が抜けた奴ではあるが、その雰囲気は常人が放つようなものではなかった。
全身の毛がざわりと逆立って気圧される。拳を構えてゴクリと唾を飲み込んだ。
ダイクリッドは、雄一の攻撃が届かないギリギリの距離で停止。腰に刺した短刀を抜く気配を見せないまま、先手を打ったのはダイクリッドだった。
回し蹴りが凄まじい速度で放たれて、雄一の胴体へと吸い込まれた。てっきり剣を抜いて攻撃されると思っていた雄一は不意を疲れ、防御に一瞬遅れてしまう。
それでも間に合った腕による防御。きっちりと決まったその行動だったが、想像の遥か上を行く重さのケリに、雄一の体は一瞬宙に浮かんだ。

「うおっ!?」

その威力を前に、浮いた体はそのまま鐘を支える支柱へとぶつかった。防御に使った腕は悲鳴を上げて、もう一撃同じ攻撃を食らってしまえば、間違いなく折れてしまうことだろう。
とにかくまともにダイクリッドの攻撃を受けてはいけない。間の抜けたやつであっても、実力は本物のようである。
次いでダイクリッドの追撃。前蹴りをすんでのところで躱して、ダイクリッドの死角側へ。横腹へ拳を叩き込む。
しかし、ダイクリッドの手のひらに収まった雄一の拳。図体と力任せのスタイルかと思いきや、ダイクリッドのテクニックは雄一を驚嘆させるに余りあるものだった。

「ほぉ? やるじゃねぇか糞ガキ」
「お前こそ、ただの間抜けかと思ったぜ」

十数撃の攻防。油断した最初の一撃限り、それ以降の雄一に、ダイクリッドの攻撃は当たらない。だが、逆に雄一の攻撃も、有効打を与えることはできなかった。
数発を命中させたものの、筋肉の壁に弾かれ、急所から外れた攻撃は有効打足り得ない。ほとんどノーダメージと言って良いだろう。
雄一は考える。自分の実力は、この世界ではどの程度のものだろうかと。
思えば、今まで本気で戦った相手はミーシャのみ。彼女の実力は、恐らくこの世界でもかなり上位に入るのではないだろうか。それも、彼女のギフトの能力によるチート具合を含めたものであり、単純な体術での戦いならば、もしかすると雄一に分があるとすら思える。一度であるが、ミーシャを組み伏せたことすらあるのだ。
目の前の男も、身体能力は雄一の比では無い。単純に腕力での勝負となれば雄一に勝ち目はないだろう。しかし、技術面での勝負であれば、雄一に勝ち目が無いわけではない。

「まともに戦えば俺が勝ぁつ!」
「ぐふっ!?」

とうとう加えられるまともな一撃。みぞおちに入った雄一の拳に、ダイクリッドはよろめいて後ずさった。
チャンスと見るや、体勢を取り戻す前に追撃に向かう。しかし、気配もなく目の前に現れた人影によって、それは阻止された。

「ピンチだね、ダイクリッド」
「ピンチだぞ、ダイクリッド」

現れたのはルトゥカとリトゥカ。視界の端にいたはずの双子が、一瞬の内に、手をつなぎながらダイクリッドの前に出現したのである。

「うるせぇ! ……撤収するぞ!」
「「了解!」」

双子は雄一に背を向けて、ダイクリッドの服を掴んだ。

「なっ! おい、逃げんな!」
「「あ」」

追いすがって双子の片割れの服を掴んだ。
しまったと言う表情を浮かべ、双子は光りに包まれる。おまけにその光は、ダイクリッドと雄一まで巻き込んで、一瞬の内に視界がホワイトアウトした。

「ぶはっ!?」

次の瞬間、雄一の鼻に強烈な腐敗臭が襲いかかった。
光にくらんだ目を開けてみれば、先程までいた塔のてっぺんではない。なぜだか雄一は、陽の当たらない裏路地の、ゴミ捨て場に倒れていたのである。



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