余命三日の異世界譚

廉志

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第二十五話 前説

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運命の三日目。未だ陽が登る事もなく、辺りは薄暗闇に包まれている。
太陽が顔を覗かせない時間にも関わらず、雄一は目を覚まして、すでに活動を始めていた。
と言っても、惨劇に対して何かが出来るわけではなく、ただ単純に、緊張からこれ以上眠りこけることができなかったからだ。
埃だらけのベットから起き上がって部屋を抜け出してみれば、先に目をさましていたフランがそこに居た。
どうやら、城での仕事のために準備をしていたらしい。
雄一は少し待てとフランに伝え、台所においてあるパンを切り開く。いくらかの材料を挟み込み、清潔な布で包む。

「ほれ、朝飯。時間があるときにでも食べてくれ」
「あ、ありがとうございます。ユーイチさん」

朝食を手渡す手が少し止まる。
果たして、このままフランを城に向かわせて良いものだろうか。惨劇を防ぐために、今日の朝方には教団の人間と会うことにはなっている。
しかし、それで被害を完全に防ぐことが出来るかは断言できない。そもそも、敵が何人いるかさえ、具体的に分かっていないのだ。
それでも、城よりは街にいるほうが安全だ。恐らく、教団の目的であろう塔の上の鐘。それが城にあるのだから当然だろう。
三週目のルティアスは、説得して街に残らせることが出来た。ではフランはどうであろう?
雄一は朝食を手渡すと同時に、フランの目をまっすぐに見つめて、

「仕事……休めないか?」
「はい? えっと……何かご用事でも?」
「いや――たまにはさ、仕事サボってのんびりするってのも、悪くないんじゃないか? ルティカとリトゥカも喜ぶだろうし」
「さ、流石にそんなわけには……」

雄一が言っていることは滅茶苦茶である。フランを呼び止める嘘を、すぐには思いつかなかったのだ。

――今日のことを言うことが出来たら……。

そう考えて頭を振った。そんなことをすれば、惨劇の最中を眠って過ごすハメになる。
そもそも、惨劇について説明した所で、それを誰が信じるというのだろうか。嘘八百を並び立て、説得が出来るかどうか分からない。
出会って一日足らず。信頼も何もあったものではない。自分が彼女たちをどんなに親しく想っていても、その逆はあり得ない。

「悪い! なんか変なこと言ったな。寝ぼけてるみたいだから、気にしないでくれ」
「――――帰ってきますよ」
「え?」
「約束……しましたからね。また次の休みの日に、ちゃんと帰ってきますから。その時に色々と教えて下さいね」

浮かべる笑顔は、何の心配もなく未来を見据えるものだった。問題なく、明日が必ず来るものだと、輝く瞳を持っていた。
それで良いのだと、雄一は小さな笑い声を上げた。
町の人達も、城の兵士たちも、フランたちだって、何も知らずに笑っていれば良いのだ。
弱気になるな。雄一は自分にそう言い聞かせた。すべての決着は、自分一人でつける。ループもこれが最後!

フランを見送って、雄一はもう一度ベットに入った。今できることは、その瞬間に向けて体を万全にしておくこと。
後数時間であろう平穏な時を、寝て過ごすというのは聞こえが悪いが、雄一は後もう少しだけ、眠ることにした。












*    *

「起きろ」

ゴン!
と言う鈍い音とともに、雄一は目を覚ました。非常に不快な目覚めは、その鈍い音の正体。すなわち、雄一の頭頂部を襲ったダイクリッドの蹴りによるものだった。

「痛ってぇ!?」
「寝すぎだ、ユーイチ。そろそろ行くぞ」
「行くって……はっ!? もうそんな時間かよ!」

慌ててベットから飛び起きる。おかしな時間に一度起きてしまったものだから、二度目の就寝は随分と長い時間寝ていたようだった。
すでに陽は登り、薄暗かった辺りは光りに包まれていた。

「も、もしかして遅刻か!?」
「遅刻ってほどじゃないが、もう出発しないとダメだな」

学校指定のブレザーを羽織り、寝ぼける脳みそを顔を叩いて覚醒させた。

家を出発して数分。目的地が近づくに連れて、雄一の手のひらは緊張の汗にじっとりと濡れた。
絶滅教団と会う。それだけのことが、雄一にとってはトラウマだった。
ミーシャに喉を掻っ切られ、アミックにギフトによって苦しみの内に殺される。
死ぬほどの恐怖をもう何度も繰り返し、実際に死んでいるのだから、雄一の恐怖心は相当のものであった。
心臓の鼓動数は尋常ではなく、そのくせ血の気は失せて今にも倒れてしまいそうだ。

「あれ? そう言えば双子はどうした? 家にも居ないみたいだったけど」
「あいつらなら、表通りで食料の確保だ。こっちには来ない」
「ああ……盗んでるのね」

昨日だって相当な量を盗んだはずだったのだが、ほぼすべてを昨日の内に平らげてしまったものだから、今日の分は殆ど残っていない。
三日続けてあの八百屋さんから食料を盗むのか……考えるだけでおっちゃんの苦労が忍ばれる。

「っと、着いたぞ」

ダイクリッドが指差すのは、彼らが住む家からは少し離れた場所。裏通りではないが、街の中心地からかなり離れた、閑散とした地域。
一種のスラム街といえるような場所にある、今にも崩れ落ちそうな廃れた教会のような建物だった。
なるほど、裏稼業に従事する人間たちがたむろする場所としては、これほど似合う場所もないだろう。
そんないかにもな建物の扉に、ダイクリッドが手をかけた。

「ちょ、ちょっと待った! いきなり行くのか?」
「あん? ノックでもしろってのか?」
「いや、そうじゃなくて……心の準備と言うか……」

胸を抑えて深呼吸。訝しむダイクリッドを静止して、時間を置いて息を整えた。

「――――行こう」

意を決して扉を開ける。
長年積み重なったのであろう埃が外へと放出されて、薄暗い室内に入ったことで、一瞬視界がブラックアウト。
瞼を細めて徐々に目を慣らして見てみると、どうやら教会の中には、数人の人間がいるようだった。


「どうも! お目にかかるのは初めてであろうはずなので自己紹介をさせていただきたく存じます! ワタクシ、絶滅教団幹部! 神の諸目! アミック・ハッパー・デス! と! 申し上げますです、はい!」


仰々しく礼をするアミックと、彼を中心とした三人の教団員。
片側には、フランを切り裂いて殺し、街中で自爆した白髪交じりの中年の男。
もう片側には、目の下に大きなクマを蓄えた、手入れのされていないくせ毛を無造作に腰まで伸ばした若い女。
そしてアミックの後ろ側。顔面をすべて仮面で隠し、優に二メートルを超える身の丈と、膨らみきった筋肉の壁。大柄なダイクリッドが小さく見えるような大男がそこに居た。

――絶滅教団っ!

全身の毛が逆立った。殺気が漏れているのが自分でもよくわかったが、それを抑えようとは、雄一は考えもしなかった。
アミックを殺すと宣言してから、それを実行に移すというのは、雄一にとっての一つの指標だ。
それを無くしてしまえば、この狂った世界で生きていく自信がない。原動力が怒りや憎しみとは言え、前に進むためには、雄一にとって必要なことなのだ。
そんな殺気を漏らす雄一の前に、ダイクリッドが一歩前に進み出て、

「ブラザーフッド団長、ダイクリッドだ。こっちは連れだが、気にしないでくれ」
「問題ないと言ってしまっても大丈夫です! こちらも教団員をすべて連れてきておりますので! 申し訳なく存じ上げますが、この後すぐに、大事な用事が控えております故ご容赦いただきたくお願いしたい!」
「こちらも構わねぇよ」

アミックの言葉に、雄一は違和感を覚えた。
街の広範囲に渡っての攻撃。それに加えて城への襲撃まで行った絶滅教団が、目の前の四人だけ? 予想ではもっと大人数だと思っていたが、アミックの言葉を信じるのならば、ここにいるのが教団の全戦力。
ルティアスの二重人格、ミーシャが加わったとしても、アレほどの惨事を起こせるとは到底思えなかった。

「おいユーイチ。昨日も言ったが、金をもらうまでは……」
「分かってるよダイクリッド。金をもらうまでは……何もしない」

小声で雄一と意思を疎通させ、ダイクリッドは改めてアミックを見た。

「あんたらが欲しがっていた城の鐘の情報は持ってきた。ちゃんと金は持ってきたんだろうな?」
「もちろんお金は大事であると考えておりますからして! ミリーさん!」
「はい…………これ」

ミリーと呼ばれて前に出たのは、片側にいたクマを蓄えた女。
腕の中に抱えた袋からは、ジャラジャラと金属音が漏れている。どうやらその中には、今回の報酬が入っているらしい。
その様子にコクリと頷いたダイクリッドは、城で得た情報を口にする。

「城の鐘だが、あんたらが様子を見てこいと言ったゼツって部分は無かったよ。だが、城の中にいる仲間に聞いたんだが、修理に出されていたものが今日の……多分今頃、鐘に戻されるそうだ」
「おお! なんと素晴らしい情報でしょうか! ついに、ついに! 悲願の我らが神を取り戻せる瞬間が訪れるのですね!」

絶滅教団の目的。それは、修理中であった鐘の部品。鐘を鳴らすための重要部分である、舌と呼ばれる物だった。
一体何のためなのか、それは未だに分からないが、城を襲撃した理由がわかったのは大きい。

「そんじゃ、知りたい情報はこれだけで良かったんだよな?」
「ええ、もちろんですとも! ミリーさん! お金を差し上げてくださいますでしょうか! 最期の時まで、そのお金で思う存分愉しんでいただけると我らも嬉しく思います!」

ミリーは袋を持ったままダイクリッドへと歩み寄る。
警戒しつつ袋を受け取ると、ダイクリッドは中身を確認して、満足げに微笑んだ。

「そんじゃ、俺らはこれで。ユーイチ、出るぞ」
「ああ。でも、俺はこいつらと話があるから、先に行ってて欲しい」
「――、一人で大丈夫か?」

雄一の迫力に押されつつも、彼の危うさを感じ取ったのか、ダイクリッドは尋ねた。
しかし、雄一は彼に返事をしなかった。
大丈夫か? 大丈夫なはずがない。これから絶滅教団が起こそうとしていることや、今から雄一が彼らに何をするのかを、ダイクリッドに説明するつもりはなかった。
巻き込まず、戦い、勝ってループを終わらせる。
ダイクリッドを教会外へと見送って扉を締める。足音が遠ざかるのを確認して、雄一はアミック達に体を向け直す。

「心地よい殺気です! 思わず身震いを起こしてしまいそうになります! はて!? 貴方とは何処かでお会いしたことがありましたでしょうか!?」

首を四十五度傾けて、おかしな姿勢でアミックは考えた。

「面識が出来た方々は出来得る限り殺してきたはずですが! 身内を殺したならば、一族郎党皆殺しがワタクシのモットーでありますからして! 恨みを残すというのはいささか……」

「黙れ」

雄一の一言で、早口なアミックの口は閉じられた。それだけの迫力が、たった一言に込められていた。
雄一は奥歯を噛みしめる。思わず息をするのさえ忘れるほどに、体中の筋肉が凝り固まって、沸騰するかのごとく頭が熱くなった。
此処から先、雄一は大した考えもなくセリフを吐く。怒りと憎しみに気が変になってしまったのだろう。

「お前らは……殺すのが好きなんだろ?」
「――モチロンです!」
「お前らは、殺されるのも好きなんだろ?」
「至上の喜びです!」

――だったら……。

彼の表情は、もはや常人の物では無かった。
気狂い。乱心。気が違えた人のソレ。
目を瞑れば浮かび上がる。惨劇の被害者たち。血の海の中を漂う、人々の亡骸。
そんな光景を現実にさせないためならば、気が狂ったと言われても問題ない。雄一は、そんな風に考えながらアミックを睨みつけた。

「――だったら……喜べ! 俺がお前を! 絶滅教団おまえらを――――皆殺しにしてやる!」
「――本当に、心地いい」


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