余命三日の異世界譚

廉志

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第二十四話 獣人

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雄一が知る彼女の姿は、メイド服を着込んだ使用人。あまり家事全般が得意でないが、華やかな職場で働いていたはずのその少女が、何故かこんな裏通りにいる。
なんでこんな所に……と考えた所で、今日が召喚されてから二日目であることを思い出す。
この日はフランの休日である。街に降りるという行動は、ある程度決まった出来事であり、それ自体に不思議はない。
問題は、なぜこのような裏通りで、しかもダイクリッドと一緒にいるかということである。
それはともかく、絡まれているフランを見過ごすことは出来ない。雄一はダイクリッドへと指を刺し、再び大声を上げた。

「誘拐! ダメ! 絶対!」
「さっきから何言ってんだよお前」

呆れた顔を浮かべるダイクリッド。加え、その影から苦笑いを浮かべるフランの顔も見て取れた。

――あれ? 俺、もしかして空気読めて無い?

二人の視線は怪訝なもの。雄一は自分の場違い感に顔が熱くなった。
そんな雄一を見ていたフランは、ふと何かに気がついたように首を傾げた。眉をひそめて数秒の間。ハッとしたように口を開いた。

「あ! もしかして、牢屋に繋がれていた人ですか?」
「ああ、そう言う認識なんだ……」

この周回でのフランとの面識は、牢屋に繋がれていた時の一度きり。食事を運ばれた時に、一言二言話した程度である。

「なんだフラン、知り合いか?」
「いえ、少しお城で……」
「――と言うかその前に、ダイクリッドとフランって……どういう関係?」

やけに距離が近く、親しげに話す二人。そんな間に割って入って尋ねた。
ダイクリッドはフランの頭に手を乗せてわしわしと撫でる。気安いその態度は、知人や友人といった風ではない。

「こいつは俺たちの仲間の最後の一人。今は身分を隠して城で働いてるんだ」
「ちょ……止めて下さい、ダイクリッドさん! 帽子取れちゃう!」
「大丈夫だフラン。こいつは、俺達が獣人だと知ってるし、それでも平気な変態だ」
「おい、ちょっとそれはどういう意味だ」

変態という言葉に反応する雄一だったが、それと同時にショックを受けていた。
真面目な印象を受けていたフランという女の子が、こんな裏通りで盗賊とつるんでいるのだから、それも仕方がないだろう。雄一は若干体を引きながら、

「フランもブラザーフッドの仲間ってことか? …………盗賊なの?」
「い、いえ! 私は違います! ちゃんと真面目に働いていますから!」
「フランは随分前に足を洗ったんだ。それに、多少なりともまともな教育を受けているからな。表で働けるのもこいつだけだ」

なるほど、大きめのメイド帽やハンチング帽も、獣耳を隠すためのものなのだろう。

「はっ!? ということは……フランにもケモミミがあるってことか!?」
「うおっ! なんだ急に! そりゃあるだろ……獣人なんだから」

雄一は真剣な顔つきをしてフランを見据え、

「見せていただいてもよろしいでしょうか」

などと言って一礼。
困惑するフランはダイクリッドを見る。肩をすくめて「良いんじゃないか?」と答えられると、フランは恐る恐る帽子を手に取り頭を晒す。
恥ずかしがり、帽子を胸の前で握りしめる。そんなフランの頭の上には、髪の毛と同じ金色の、フワフワな獣耳が生えていた。

「猫耳……だと?」
「あ、あの……やっぱり、変……」
「――――神様ありがとう!!」

良いものが見れたことを、信じてもいない神様に向かって感謝の言葉で表した。
急に空を仰いで大声を上げた男。文字で表現すれば『変態』と言う一単語に収まるであろう人間である。

「な、変態だろ?」
「はは……」

乾いた笑い声で茶を濁すフランであった。


「おかえりフラン!」
「フランおかえり!」
「ただいま、ルトゥカ。リトゥカ。二人共元気だった?」


家にたどり着いてドアを開くと、双子が待っていたかのようにフランの胸へと飛び込んだ。
双子が窃盗の帰り道、明るい顔をして駆け出したのは、フランが帰ってくると知っていたからだろう。
しばしのハグを堪能した双子は、フランの手を引いて居間へと進む。

「「みんなで部屋の掃除をしたんだ!」」
「へぇ? すごいです……ね!?」

居間の様子を見るや、フランの動きが固まった。
……ああ、そうか。と、雄一は納得した。家の家事をやっていたという、仲間の一人と言うのはフランだったのだ。
そして知っての通り、彼女は家事というものに関してはポンコツだ。かつて荒れ果てていたこの家の惨状を思い出し、雄一はなおさらそう思った。
口をあんぐりと開けて呆けているフランは、視線を部屋から雄一へと移して、

「こ、これは……ユーイチさんがやったんですか?」
「一応な。ちなみに双子の「みんなで」ってのは嘘だ。全部俺が一人でやった」

双子とダイクリッドは、雄一が掃除をしている間中、手伝うこともせず昼寝を堪能していたのだ。
雄一が答え終わると、フランは彼の両手を掴み上げて、

「あ、あの! 私にも家事のやり方を教えてください!」
「い、良いけど……なんか、前にもこんなことやってたなぁ」

一周目のフランとのやり取り。今と同じように、家事全般を教える約束をした。結局それは果たされることはなく、ループを経て反故となったのである。
首をかしげるフランの様子に、何やら小さな笑いが溢れる。
難度世界を巡った所で、人の本質が変わるわけではない。雄一自身がどのような行動に出ても、フランという人間がまるっきり変わってしまうことなどあり得ない。
雄一は片手をフランへと掲げながら、

「良いぞ。鐘の音でも聞いてみるか?」
「――はいっ!」

明るい笑顔を浮かべて嬉しそうに、フランは雄一の手に自分のものを重ねた。











*    *

時は過ぎて二日目の夕暮れ。庭でフランと双子が遊んでいた。
片や盗賊。片や使用人。形は違えど、双子もフランもすでに働いている人間だ。雄一の常識上、まだまだ遊んでいてもおかしくない年齢の彼女たち。
そんな彼女たちが、年齢相応に遊んでいるという光景は、ほのぼのとしてなんとも居心地の良い物だった。
しかし、そんな光景を見る雄一の手は震えていた。
どんなに平穏な様子を見ていても……いや、そんな様子を見れば見るほど、三日目の惨劇の酷さが際立って思い返される。
血の海と表現すべき光景は、今でも瞼を閉じれば鮮明に映る。

――今度こそ、こいつらをあんな目に合わせるわけにはいけない。

震える手を握りしめて、共に彼女たちを見守るダイクリッドの顔を見た。

「ダイクリッド、絶滅教団についてなんだけど」
「……またか。随分とご執心のようだが、あいつらに何かされたのか?」
「…………」

雄一は何も語らない。何かされたのか? そのような問いに、彼が答えることは出来ない。
口にするだけでもおぞましい。筆舌に尽くしがたい経験を、雄一は他人に伝えるつもりはなかった。

「ま、言いたくないなら良いがな。そんなのは誰にだってあることだ」

ダイクリッドは雄一の態度を察しつつもため息を付いて、

「――明日の朝。絶滅教団への達成報告がある」
「っ! 本当か!?」
「食って掛かるな。言っておくが、金をもらうまで暴れてもらっちゃ困るぞ? 俺らの仕事が台無しになる」
「…………なんで金がいるんだ? 飯でもなんでも、盗めば事欠くことは無いだろ?」

食料にせよ、生活必需品にせよ、昼間のように盗んでしまえば問題ない。
盗み自体を肯定するつもりは無いが、それでもダイクリッド達が困窮するようには見えないのだ。

「俺達はな、表の衛兵たちにこそ面は割れていないが、裏の人間たちには顔も素性もバレてるんだ。そんで、そいつらに金を払って助命を乞うてる訳だ」
「助命?」
「獣人ってのは、王都にいるだけで重罪だ。もちろん賞金だって出てる。つまり、俺達のことを知っている連中全員に、賞金よりも高い額を払い続ける必要があるんだよ」

獣人への差別。いや、ほぼ違う種族としての『分別』である。
裏の人間たちでさえ、彼らを同じ人間としては見ていないのだろう。せいぜい、賞金の掛かった獣ぐらいの認識か。
そんな彼らの気持ちは、雄一には理解できない。嫌悪からくるものではない。あまりにもピンとこないのだ。
それは自分の無知から来る無関心であると、雄一は考えている。例えるなら他人事。常識の外側にある情報を、彼は飲み込むことが出来ないのだ。
それでも、雄一の友人知人が侮蔑されるというのは心苦しい。多少ではあるが、雄一の表情は曇りを見せた。

「俺は、フランやルトゥカ、リトゥカを吊るさせるつもりはない。絶滅教団だろうが、死神だろうが、利用できるならなんだって利用してやる」

フランたちを見つめるダイクリッドの表情からは、真剣さと決意が見て取れた。ダイクリッドの組んだ腕は、力強く握られている。

「――分かった。ダイクリッドの邪魔はしない。取引が済むまで、何もしないと誓う。だから……」
「はっ、自分も連れてけって言うんだろ? 良いぜ。人手があるならむしろ助かる。いきなり襲いかかられないとも限らないからな」

そう言って、ダイクリッドは雄一へと手を差し出した。

「あ、ありがとう……って言ったほうが良いんだよな?」
「――久しぶりだったよ」
「え?」
「他人から『人間』って呼んでもらったんだ。久しぶりに、自分達が人であることに気がつけた」

ダイクリッドは目を閉じる。今まで彼や、フランや、双子たちにどれほどの苦労があったのか。それらを思い出している様子だった。
息を深く吸い込んで、同じ位に深く吐き出して、ダイクリッドは雄一の目を真っ直ぐに見つめた。

「――だから良いって! 気にすんな、ユーイチ!」

雄一はそんな彼の手を、力強く握り返した。



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