余命三日の異世界譚

廉志

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第二十八話 侵入

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「ではお二人! サヨナラの時間になったようです! これより神の試練を取りおこなければなりませんので、これにて失礼させていただきたく存じます!」


教団員のうちにすでに半分が倒れ、残るはアミックとミリーだけ。雄一もダイクリッドも、実力から言えば相当の手練れである。
そんな二人を前にしても、アミックは表情を崩さない。むしろさらに笑みを強めながら、嬉しそうに両手を広げて仰々しく礼をした。
そして声高らかに、別れの挨拶をしたのである。言葉は否定したが、逃げ切る自信がアミックにはあるのだろう。
彼は指を一本立てると、雄一を指さして、今までにない落ち着いた口調で、

「最後に一つ。貴方、随分と死のにおいが濃くなっていますね? 多くの『死』に触れてきたような――――貴方、絶滅教団わたしたちみたいですねぇ」

口角をめいいっぱい挙げて笑うアミックは、随分と嬉しそうに雄一を見ていた。
そんな視線を向けられた雄一は、一瞬視界が真っ暗に。端的に言えば……キレたのである。
言うに事欠いて、自分を絶滅教団と同じだと言い放ったアミックが、何を言ったのか理解できない。いや、理解しようと頭を巡らせて、その結果としてキレたのだ。
キレたのだから行動に出る。雄一は床に転がっていた折れた剣を手に取った。シドを貫き、ダイクリッドによって倒された表紙に腕から抜けたものだ。

「俺を! お前らと! 一緒にするなぁっ!!」

振りかぶった剣は直線距離でアミックへと投げられた。
シドの血があたりへとばらまかれ、剣がアミックの胴体へと突き刺さる寸前。雄一はある物を見た。

「ルトゥカ!?」

ダイクリッドが叫んだ。アミックがマントを翻したその中に、、一つの小さな人影があった。
ニット帽を目深にかぶって同じような姿かたち。見覚えのあるそれらは、ブラザーフッドのメンバーである双子。その片割れの、ルトゥカであった。
ここにいるはずのないルトゥカは、うつろな目で立ち尽くしてアミックとミリーの手を繋いでいた。
そしてルトゥカのギフトが発動。絶滅教団と双子はその姿を煙のように消し去った。
飛んで行った剣は宙を裂き、そのまま協会の壁へと突き刺さった。

「――チックショウッ!!」

もはや影も形もない教壇を前に、雄一は大声で悪態をついた。
絶滅教団を取り逃したこと。双子を連れ去られたこと。そのほかすべてに怒りを覚えて地団太を踏んだ。

――ブラザーフッドに依頼を出した理由はこれか!

鐘の調査と言うのもおそらく教団の目的だったのだろう。だが、それをブラザーフッドと言う小規模の組織に依頼したのは、ルトゥカのギフトを狙ったものだったのだ。
一種のデモンストレーション。実際に城の内部に忍び込ませ、その実績を提示させる。
なぜ国家の中でも、おそらくもっとも堅牢である王城を瞬く間に制圧できたのか。雄一が抱えていた謎の一つがこれで消えた。
ルトゥカのテレポートさえ確保してしまえば、城だろうがどこだろうが、誰にもバレずに侵入できるのだ。
そんな雄一の考えを、同時にダイクリッドもしていたらしい。
先ほどまでアミックたちが居た教壇で立ちすくむと、教壇をけり砕いて雄たけびを上げた。

「クッソォ!!」

肩で息をするダイクリッドは、両目に手を当てて呼吸を整えたると、血走らせた目を雄一へとむけて、

「あいつらは俺の……ブラザーフッドの敵だ。だが一応聞いておく。――お前は一緒に来るか?」
「――――当たり前だ」










*    *

絶滅教団は城を狙う。三週目のループでは街を襲っていたが、その時間はすでに過ぎている。
おそらく、教会で教団と戦ったことによって、街まで襲う余裕がなくなったのだろう。
ならば教壇の目的地は知れている。ブラザーフッドに調査させ、双子を連れ去って入り込む場所。城の内部、鐘がある塔のてっぺんである。

「でもどうする? ルティカがいないんじゃ城に入る方法がないぞ?」
「時間がねぇし、仕方がない。手段は選ばず、壁をよじ登って無理やり入る」

城門すらないただの壁。裏通りの陽が差さない場所で、ダイクリッドと雄一はそれを見上げていた。
ダイクリッドの身体能力は雄一も知っている。わずかな足場を頼りに、ほとんど足だけで建物の壁を駆け上がったのを見ている。
それでも目の前の城壁は、彼が駆け上がった壁の軽く倍以上の高さはある。加えて、配水管や窓の縁などもないフラットな壁だ。

「さすがに……無理じゃないか?」
「言ったろ? 手段は選ばないって」

肩にロープを巻き付けて、ダイクリッドは大きく息を吸った。
シドを葬った時のように、獣のようなう鳴き声をあげて髪が逆立った。筋肉は膨れ上がり、よく見ると両手の爪も鋭く尖っているようだった。

「ガアァッ!!」

最初の跳躍。これだけでも数メートルの驚きの跳躍力だが、そこからダイクリッドは爪を壁へと突き立てて体を固定させた。
そして次の跳躍、さらにまた次へ。あっという間に城壁の上へとたどり着いたダイクリッドは、しばらくしてからロープを雄一の元へと降ろした。

「……ファンタジーだな」

もはやその言葉でしか表現できない雄一だった。
ロープを頼りに、数十メートルもの壁を上る。下を見るなと自分に言い聞かせながらも、結局は下を見て身がすくむ。
何とか登り切った雄一を待っていたのは、数人の兵士が倒れている姿と、手を伸ばすダイクリッドであった。

「悪いな、兵士さんたち。説明してる暇はないもんで……」
「気絶してるから謝る必要はないぞ? それより、急いで塔に向かう…………つっても、どうやって行けばいいか分かるか?」
「はぁ? 一回忍び込んで……っと、その時はルトゥカが居たのか。なら着いてこい、こっちだ」

何度ものループを経て、雄一は城内部の構造をあらかた網羅していた。
もちろん王族や重鎮しか入れない場所も多々あるが、塔がある場所や使用人が住む区画などは問題ない。
雄一の先導をもとに、二人は城内を駆け抜ける。使用人たちがあわただしく動いている。そんな様子だからか、雄一たちの姿に驚く人間は少ない。
加えておかしなことがある。かつて使用人として働いていた時は、この区画は兵士が大勢闊歩していた使用人区画のはずだった。
しかし、兵士の姿はほぼ見えない。城壁の上と合わせても、数人としか出会っていないのだ。
アミックを追うには好都合だが、雄一はなぜだか嫌な予感がした。

「――あ、フラン!」

城内を駆け抜けながら、ダイクリッドが叫び声をあげた。
視線の先にはメイド服姿のフランがいる。どうやら、ほかの使用人と同じように走り回っているようだった。
そんな彼女を見つけて呼び止めると、彼女は驚きの表情を浮かべ、二人の元へと駆け寄った。

「ダイクリッドさん!? ユーイチさんまで!? なんでこんなところに……」
「フラン、悪いけどこっちの質問が先だ。この様子はなんだ? なんで兵士が居ない?」
「へ、兵士さんたちは侵入者の対応に……ま、まさか! ダイクリッドさん達が侵入者なんじゃ……」
「いや、俺たちもそうかもしれないけど、たぶんもっとやばい奴がここに来てるんだ。だからフランは安全な場所に……」

そこまで言いかけて、雄一はフランの姿を見てハッとした。
あまりに様々なことが起こりすぎたために、失念していた重要事項。ルティアスの存在である。

「フラン! ルティアスは……あいつは無事なのか!?」
「る、ルティアスさん? あの方は接客担当で、こちら側にはいないはずですが……」

ルティアスを絶滅教団と会わせてはいけない。それこそ、この混乱がさらに大きくなって、収集がつかなくなる可能性もある。
ルトゥカとリトゥカを救うこと。惨劇を防ぐこと。ルティアスを教団と会わせないこと。
いくらなんでもやることが多すぎる。どれもが優先順位としては最上位にあり、取捨選択など雄一にはできなかった。
力いっぱい眉間にしわを寄せる雄一を怪訝に感じながら、ダイクリッドはフランに問いかける。

「フラン、侵入者ってのはどのあたりに出たんだ? 兵士たちは戦ってるのか?」
「城門前で防衛戦を張っているそうです。ただ、それ以上のことは……」
「――聞けユーイチ。その、ルティアスって奴が気になるんだろ? ならお前はそっちに行け。俺は中庭に先に行って、ルトゥカとリトゥカを助ける。その後で合流しよう」

ふいに出た双子の名前に、どういうことかと尋ねるフランを制止して、ダイクリッドは雄一の返事を待った。
雄一は血がにじむほど手のひらを握りしめながら、

「……ぐっ、ダイクリッド……俺はルトゥカがどうでも良いとは思ってない。でも……こっちも重要なことなんだ」

俯く雄一の肩をたたいて、ダイクリッドは少し微笑んで、

「何が起きてるのか、俺にはわからん。だけど、お前には考えがあるんだろ? だったら迷うな。やりたいようにやれ」
「――――悪い」

まともな説明ができないことを歯がゆく思いつつ、雄一はダイクリッドとフランを残して、自分が生活するはずだった客室がある区画へと向かった。



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