余命三日の異世界譚

廉志

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第二十九話 反射

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ルティアスをアミックと会わせるわけには行かない。せっかく二人まで減らした絶滅教団が一人増え、それが誰の手にも負えないような人間なのだ。
なんとかこれまでの行動により、被害は城のごく一部に留まっているようだ。ならば、すぐにルティアスを安全な場所へと移し、その上で双子を救出に向かう。
すべてを救おうとして、どっち付かずの行動かも知れないが、自分が考えうる中では最善手であると雄一は考えていた。
客室のある建物を走る。使用人たちの避難も大分済んで居るのか、すれ違う人数はかなり少ない。
兵士の殆どは、教団の迎撃と要所の警備にあたっているのだろう。彼らの姿もほとんど見れない。
剣撃の甲高い音が城内に響き、今が非常事態であることを知らせてくる。

「くそっ! 探すつっても、どこ探せば良いんだ!」

何せ城の内部は広い。探す場所はその一区画。それでも全体の五分の一あり、闇雲に走って探していては日が暮れる。
雄一は頭を押さえて考えた。

――思い出せ! 思い出せ! ルティアスが行きそうな場所! 三日目にあいつは何してた!

頭をフル回転させてこれまでの出来事を思い出す。
三日目にルティアスとまともに話などしていない。彼女と出会ったのは二週目と三週目。いずれも人影に出会って、まともに動くことさえできなかったのだ。
唯一の接点と言えば、彼女の自宅で療養をしていたくらいである。


『ユーイチ君のために休んだのだから、これくらいやっても罰は当たらないんじゃない?』


ふいに、ルティアスの声を思い出した。
雄一は思い出した。彼女の自宅で、彼女が本来城でするはずだった仕事をしていたことを。

メイド服の修繕作業。

それさえ思い出すことが出来たなら、後は向かう場所は決まっている。
服類が集められた部屋がある。かつてフランに服の繕い方を指導した場所。衣裳部屋である。

「は、ははっ。思い返せば全部つながるんだ!」

本来、服の修繕作業はルティアスの仕事だったのだろう。しかし、雄一が下男として働いていた時は、彼が仕事を上手にこなすため、ルティアスの仕事が雄一に移されたのだ。
二週目と三週目は、雄一が下男として働かなかったため、そのままルティアスの仕事に。だからこそ、彼女の自宅で同じ仕事をしていたのだ。
だとすれば、このループにおいてルティアスの本日の仕事は修繕作業。そしてその場所は衣装室。
おまけに、あの衣装室は服を傷めない為に分厚い扉で仕切られている。かつて、外の惨劇を一切気づかず、作業に没頭していた本人がここにいるのだ。

衣装室の前までたどり着いた雄一は、呼吸を整えて扉へと手をかけた。
しかし、中々扉を開けることは無かった。
もし……もしも手遅れだったなら。アミックはすでにこの場所へとやってきており、ルティアスは殺害されていて、中にいるのがアミックとミーシャになっていたのなら。
この扉を開くのは自殺行為だ。
脂汗がじっとりと額を流れる。熱い唾液をごくりと飲み込んで、

「ここで怖気づいてどうすんだ!」

扉を勢い良く開いた。


「ふんふーんふーんっ! ふふんふーんふーん! ――――わっ!? い、居たなら言ってよ! 恥ずかしぃ……」


上機嫌に鼻歌を歌いながらメイド服を繕う女性。ルティアスは雄一の存在に気がつくと、驚いて赤くなった顔を覆った。
不意の平穏に、緊張が解けて雄一は壁に体重を預けた。

「はぁ……無事ならまあ良いか。緊張感の欠片もねぇけど……」

そんな風に鼻で笑った。
顔を手のひらで隠していたルティアスはちらりと雄一を見た。いなや、再び驚きの表情を浮かべて、雄一を指差した。

「ゆ、ユーイチ君!? 今まで何処にいたのよ! 君が消えてからシルフィ様と城中探し回ったのよ!?」
「あ、そう言えば無断で出ちまったんだったな……悪いルティアス。でも、今はその説明は後だ。とりあえず安全な場所に……」


「オウッ! こんな所に居られたのですか! 探し回ってようやくお目にかかれたことを喜びたく存じますよ、ミーシャさん!」
「っ!」


ルティアスの手を引いて、衣装室を出ようと振り向いた時。衣装室唯一の出入り口を塞ぐようにアミックが立っていた。
長身をかがめて室内に入り、ルティアスに対して礼をした。
雄一はルティアスを背中に隠し、心のなかで悪態をつく。
最悪のタイミングだ。出口は一つ。おまけにここは衣裳部屋。アミックのマジックアイテムに必要な、反射物の鏡には事欠かない。
圧倒的に不利な舞台。ここで戦う訳にはいかない。
雄一はアミックに向かって拳を構えつつ、とにかく部屋からの脱出手段を考える。

「おや! 貴方までここに来られていたのですか! 神の試練を共に受けていただけるということは、ワタクシは感無量と表現できる状況です!」
「お前! ルトゥカはどうした!」
「あの子でしたら、ミリーさんが城門前で子守の真っ最中であるとお答えしましょう! ワタクシには出来ない芸当であることですので!」

だとすれば、城門近くに向かったダイクリッドは、残る絶滅教団のミリーと出会っているだろう。
ダイクリッドの実力ならば、ミリーに遅れを取るとは思えない。実質、教団の半数を葬ったのは彼なのである。

――だとすれば……こっちはとにかくルティアスに専念だな。

カツカツと靴を鳴らしながらアミックが歩み寄る。雄一は視線を少しずらし、タイミングを見計らって大量の衣服が掛かる、ハンガーラックへと手を伸ばした。

「ふんぬ!」
「オウッ!?」

ハンガーラックを力いっぱい引き倒す。衣服とともに、ラックはアミックに向かって倒れゆく。
ラックの直撃を受けたアミックは、ダメージこそ無いようだが、衣服が覆いかぶさったことによって動きが緩慢になった。
その隙きを見逃さず、雄一はルティアスの手を引きながら衣裳部屋から脱出した。











*    *


「ちょっとユーイチ君! 一体どういうことなの!? あの人誰!?」
「そりゃ説明はするけど! まずは安全な場所に行ってからだ!」

手を引きながら城内を駆ける。何処もかしこも、外に面する壁には大きな窓がひしめいている。
窓があればガラスがある。反射物が大量にある以上、こんな所で戦っては衣裳部屋よりも更に不利である。
衣裳部屋を飛び出したことに、今更ながら後悔する。これならば、あの部屋で戦ったほうがまだましだ。
頭を回転させてガラスや鏡のない場所を思い返す。窓がない場所……言うのは簡単だが、建物である以上、そんな場所はかなり限られてくる。
ちらりと窓の外を見た。
かつてデックスと共に訓練をした場所。シルフィと共に、月を見上げた場所。中庭である。
かなり広い上に、中央まで行けば、窓ガラスからはかなり距離を取ることが出来る。

「とりあえずはあそこだな……ルティアス! もう少しで――――のわっ!?」

目線をルティアスに移した瞬間、雄一は何かに躓いて地面へと転がった。手を繋いでいたルティアスも道連れである。
地面にぶつけた肩をさすりながら起き上がり、何に躓いたのか確認する。

「――――っ!」

雄一が躓いた物体は人間だった。鎧に身を包み、何故か兜だけ外した、苦悶の表情で息絶える兵士の姿。
しかも躓いた一人が倒れているだけではない。見ると、廊下には大勢の兵士や使用人の死体が転がっていた。
血の一滴も流さず、全員が苦しみ悶えた表情をして倒れ伏す。

――やっぱり、アミックのギフトか。

二週目の惨劇の際、同じような死体を見た。あれは、アミックが戦った兵士の死体だったのだろう。
逆に今回、血まみれの死体がないのは、恐らくルティアスを保護しているからである。ミーシャが出現しない上、教団を半壊させた以上、流血を伴うような殺し方をする人間がいなくなったのだろう。
それでもこの有様なのだ。
アミック一人に、何十人もの人間がすでに殺されている。
自分が教会跡で、きちんと倒せていたなら防げたはずの犠牲者だ。そう考えると、雄一の怒りは更にこみ上がって唇を噛んだ。

「ゆ、ユーイチ君……この人達…………し、死――?」
「とにかく、中庭に行こう」

おびただしい死体を目にして、ようやく異常事態に気がついたのか、ルティアスの表情は恐怖に青ざめていた。

中庭の中央部。大きな噴水が鎮座して、周りに訓練用の木剣が並べられている場所に、雄一とルティアスは到着した。
途中、息絶えた兵士の剣を拾い上げて、構えながらアミックを警戒する。

「ユーイチ君。さっき衣裳部屋に来たあの人は……」
「絶滅教団の幹部、アミックって奴だ。あいつの他に、もう一人ミリーってやつが、この城を襲撃してる」
「たった二人で? いえ、でもこの有様は……目的は? 何か分かってるの?」
「詳しいことはわからないけど……あの塔の上にある鐘が目的らしい。それと…………ルティアス、お前も狙われてる」

雄一の放った言葉に、数秒を呆けて首を傾げ、目を数回瞬かせて息を呑む。そしてようやく、ルティアスは「はぁ!?」という疑問符を吐き出した。

「なん――なんで私が!?」
「それは…………」

ルティアスは、ミーシャという名前について知らない。絶滅教団とも関わりがない。
今の穏やかな人格はあくまでルティアスというメイドのものであり、人殺しであるミーシャという人格のことを、彼女は何も知らないのだ。
そんなルティアスに、どうやって説明すればいい? とっさにその答えが出るほど、雄一の頭の回転は早くない。
そして、その考えを巡らせている内に、アミックが追いついてきてしまった。
手には兵士の兜を持ち、カツカツと床を鳴らし、長い足を素早く動かして、小走りのような速度で歩きながら、雄一たちの元へと到着した。

「素晴らしい! 素晴らしい日であると、ワタクシは歓喜に打ち震えて泣きそうなほど喜ばしく思います! 特に貴方! 抵抗に抵抗を重ねるその姿! さぞかし神もお喜びになっていることでありましょう!」
「そんなに余裕釜してて良いのか? ここには窓も鏡もないんだぞ? それとも、お前自身が俺に向かって来てみるか?」

ルティアスを背中に隠しつつ、剣を構えて牽制する。
しかし、そんな雄一の言葉を聞いて、何故かアミックはぽかんとした表情で、

「…………そこまで気がついていながら、なぜそこに立っているのですか?」
「……はぁ?」

雄一が呆けた声を吐き出した。その時、アミックは手に持っていた兜を、空高くへと放り投げた。
攻撃のためではない。明らかに、落下地点に雄一達はいないのだ。雄一のやや後方。噴水に向けて投げたようだった。
兜は頂点にたどり着くと、弧を描くように落下する。そして、噴水へと着水するまさにその瞬間、雄一はその意味を理解した。

――――反射物……水!?

水は物体を反射させる。子供でも理解できるそのことを、今更ながらに気がついたのだ。
おまけに、背中に隠したルティアスは、噴水の水面のすぐ近くに立っていた。
雄一は声をかけるよりも先に、ルティアスの腕を引っ張った。勢い余って、彼女が尻餅をついたのと、水面に兜が着水して水がはねたのは同時だった。
はねた水しぶきが雄一を映す。無数に別れ、空中を漂う水泡から、アミックのものと思われる腕が出現した。



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