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第三十一話 終劇
しおりを挟むミリーの攻撃は、軽い身のこなしから生まれる多彩な物であった。
頭上から襲い、足元から襲う。武術を嗜むものとしての動きではなく、単純な運動能力にあかせた攻撃である。
それ故に先読みが出来ない。フェイントがフェイントとして機能せず、目線は次の一手を示さない。
非常にやりにくい相手。雄一が表するミリーの戦闘は、そのようなものであった。
だがしかし、雄一は「それでも」と付け加える。
――――それでも、今まで戦った奴らほどじゃない。
次から次へと飛び出る暗器や、才能の一種であろう圧倒的な運動能力。それらを合わせても、真の実力者たちには劣ると言える。
ミーシャのような怖さがない。ダイクリッドのような力がない。そして、雄一ほどの技も無い。
「せあっ!」
「……っ!」
流れるように腕を取り、関節を決めようとする雄一に対し、ギリギリの所で身を翻して脱するミリー。
その一連の動作を数度繰り返し、ミリーの額には汗が滲み始めていた。息は荒れ、動きは見るからに鈍くなる。
「……っ!?」
とうとうミリーの動きを完全に捉えた。
右腕の関節を極めて、なおかつ気道を締め上げる。動脈を締め上げられたミリーの意識は、数秒の内にブラックアウトしてしまうだろう。
しかし、ミリーは地面を思い切り踏みしめると、つま先に隠したナイフを取り出して、そのまま脚を振り上げる。
股関節の可動域をめいいっぱい広げ、ナイフの切っ先は雄一の顔面へと襲いかかった。
「ぬっ!?」
雑技団かのような動きに、思わずのけぞる雄一だったが、すぐさま次の攻撃に移った。
腕の関節と首絞めは外したものの、ミリーの体を投げ飛ばして地面へと倒す。接近して馬乗りとなり、ミリーの顔面へと狙いをつけて拳を構えた。
ぷっ!
口の中に仕込んでいたのだろう。ミリーは極小の針を吐き出した。
極小と言えど、眼球に刺さればただでは済まない。雄一はたまらず飛び退いた。
終始優勢なのは雄一である。しかし、中々決定打を与えることが出来ないままに時間が過ぎる。
しかし、ニヤニヤと笑いながら雄一たちを見るアミックは、それだけの時間と隙きがあるにも関わらず、彼は決して動こうとはしなかった。
余裕の現れか、それともミリーへの信頼感か。彼のそんな様子が、雄一をますます激高させる。
一瞬アミックへと逸れた雄一の視線。ミリーはその隙きとも言えない一瞬を見逃さず、手元に隠していた投擲ナイフを数本投げつけた。
滑空するナイフは一本、二本と捌かれる。皮膚を切り裂き、血を流す雄一だったが、まともに攻撃は喰らわない。残りの数本も防ぎ切ると、再度攻撃へと転じた。
関節を極めても脱出される。気道を潰しても反撃が来る。
ならばと下した次の一手。投技による昏倒である。
ミリーの袖口と胸ぐらをつかみ、腰を入れつつ投げ飛ばす。
硬い石畳へと背中から叩きつけられて、ミリーの目は左右へとブレた。
世界が回り、天と地が逆転する。ミリーはもはや、自分がどのような姿勢を取っているのかさえ分からない。
それでも敵は眼の前にいる。雄一めがけ、暗器としては長い直刀を懐から突き出した。
「悪いけど終わりだ」
ミリーにとっての最後の一撃。完全に不意をついたはずのその攻撃は、雄一の腹の横をかすめて空を切った。
反撃を受けることは雄一にとって想定内。しかし、ミリーはその行動に混乱していた。
反撃のタイミングと攻撃手段。それらを知ることは、いくらなんでも不可能である。
しかし、雄一はコレを成功させた。攻撃手段を予測するのではなく、そうせざるを得ないように持っていったのだ。
その瞬間しか無いタイミング。その攻撃しかできない行動範囲。それら以外を制限し、最後の一撃を誘導する。
もちろん、頭で考えていては、確実に体が追いつかないことだろう。
しかし、物心ついた頃から休みなく鍛え上げた雄一の技術は、無意識的にそれらを行えるほどまで進化しているのである。
切っ先を外した直刀はすでに意味をなさず、逆に雄一の拳がミリーの鳩尾へとめり込んだ。
「がふっ!?」
血と唾液が入り交じった液体が飛び散った。
常人ならば悶絶をうつようなダメージであるが、ミリーはなおも動き続ける。
緩慢ながら腕を伸ばし、自らの腹にめり込んだ雄一の拳を握った。
「ふぅっ!」
その行動を雄一は許さない。すぐさま彼女の手を払い除け、とどめの一撃。
今度は顔面へと振り下ろされた雄一の拳は、ミリーと言う女の顔をひしゃげさせた。歯は折れ、鼻は曲がり、頬が陥没して青ざめる。
容赦のない一撃は、今度こそミリーを戦闘不能へと陥らせた。これ以上動くためには、ミーシャ並みの回復力が必要であろう。
拳からミリーの血を滴らせ、雄一はアミックを見る。その表情は光悦に満ち、未だその表情は崩せない。
残る絶滅教団は一人。そのような状況でさえ、アミックの態度は変わらなかった。
「素晴らしい! 無慈悲な一撃に加えてその殺気! 思わず見惚れていたと言わざるを得ません!」
「最後はお前だ。やっと……やっと…………ここで終われる!」
兵士の剣を再び拾い上げ、アミックへと突進。アミックは手袋を外し、それを迎え撃った。
触れるだけで人を死に至らしめる『デス』と言うギフト。そのような即死能力を持つアミックに、素手での拳闘など挑めない。
剣を用いて中距離を保ち、アミックの射程に入らないように心がけた。
剣の切っ先がアミックに向かう。すでに負傷している左手を掲げると、切っ先はその手のひらにめり込んだ。
ズブズブと肉を裂いてなおも進む切っ先は、手の甲を貫いてその動きを止めた。
アミックは剣を、刺さったまま左手で握り締めたのだ。剣はピクリとも動かない。
「っ!?」
「いざ死神の元へ!」
残った右手が雄一の顔面へと襲いかかる。
飛び退くというのも一手であるこの場面。しかし体勢が悪く、一歩後退するだけではアミックの魔の手から逃れられる保証がない。
雄一はそれならばいっそと、その場で後ろに倒れるように姿勢を崩し、そのまま脚をめいいっぱい伸ばしてアミックの顎を蹴り上げた。
「うごっ!?」
攻撃は浅い。しかし顎に当たった足蹴りの威力は高い。脳みそを揺らし、よろめいたのはアミックだった。
地面へと転がる雄一は、すぐさま体勢を立て直して剣を振る。
横薙ぎにした剣はアミックの片脚を捉え、両断した。
踏ん張る片脚を無くしたことで、アミックはそのまま尻餅をついた。
左手は負傷。片足も無くし、体勢も悪い。雄一はアミックの胴へと強烈な前蹴りを食らわせて、強制的に地面へと横たわらせた。
そして切っ先を下に向け、間髪入れずにアミックの心臓へと突き立てた。
「ひぐっ…………ああ、なんと心地よい……」
心臓を貫かれたと言うのに、アミックはなおも生きている。剣を更にめり込ませつつ、少しずつ雄一の眼前へと近づいて、
「きっと神も…………お、喜び……に――――」
最期の言葉を呟いて、アミックはようやく果てた。
眼前で笑みを浮かべながら、勝ち誇ったように死に至ったのである。
グラリとアミックの体はバランスを崩して、剣を心臓に受けたまま地面へと転がった。
数歩。雄一は後ずさり、地面へと腰を落として、
「う、おえぇっ……」
静かに嘔吐した。
人を無慈悲に殺したこと。緊張の糸が切れたこと。それらが合わさって、雄一の精神が限界を迎えたのだ。
口で殺すと宣うことと、実際に行動に起こすのでは雲泥の差がある。しかし雄一は、それを確かに実行したのである。一介の男子高校生であったはずの雄一が、人を殺したのだ。
そのストレスは尋常ではない。オリーにシド、ミリーにアミック。いずれも凶悪な人殺しである。
だからこそ「殺す」と宣言して、剣を突き立てたのだ。
それでも雄一は嘔吐を繰り返す。涙を流しながら、自分がしたことの重大さに打ちひしがれる。
腹の中のものを全て出しきって、雄一はようやく天を仰いで拳を握りしめた。
その表情は嬉しさと虚しさが入り交じった複雑なもの。そんな風に顔を歪めながら、
「終わった……」
声を震わせて、そう宣言するのであった。
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