余命三日の異世界譚

廉志

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第三十二話 墜落

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雄一は鐘の塔を登る。
ミリーを退け、アミックを下し、自らの身体に複数の怪我を負いながら、数えるのも億劫なほどの階段を踏みしめる。
アミックが協会跡で言っていたことが本当のことならば、絶滅教団はすでに全滅。つまり、三日目の惨劇はもう起きない。
とは言え、城の人間の被害は甚大だ。各区画から兵士や使用人と思われる声が響いているため、全滅ということはないだろうが、それでも数十人、百人余の死人は出ていたはずだ。

――そう言えば、ダイクリッド達はどうしたのだろう。

塔の中腹で、雄一は仲間のことを思い出す。
疲労困憊。精神的にも限界に来ている雄一は、無意識に塔を登っていた。だが、よくよく考えれば、ダイクリッドやルトゥカ、フランやルティアスの事を気にかけるのが先に来るべきだ。
特にダイクリッド達ブラザーフッドは、教団の迎撃に向かったり連れ去られたりと、ろくな目に合っていない。
だが、すでに塔の頂上は間近。今更引き返すというのもためらわれる。
目的は、教団が目標としていた鐘を確認すること。彼らがコレほどの惨事を引き起こしてまで果たしたいこととは何なのか。
タイクリッド達を探しに行くのは、それを確認してからだ。

「ぜぇぜぇ…………くっそ、エレベーター位用意しとけよ、ファンタジー」

それこそファンタジーに似つかわしくないであろう機械文明を求め、雄一は軽い悪態をついて、その言葉に自ら笑った。
こんな軽口を叩けるのも、全てが終わった証拠である。
死人が多数出ているのだから不謹慎と言われるかもしれない。しかし、雄一が居たからこそ、ここまでの被害で収まったのである。そのささやか過ぎるご褒美として、このくらいの軽口は叩いてもいいだろう。

塔の頂上へとたどり着く。そこにはかつて、フランとともに清掃した鐘が吊り下げられている。
どうやら誰もいないようであり、早速鐘を調べてみることにした。
アミック達が目標としていたのは、鐘そのものでは無く、『ぜつ』と呼ばれる、内部にある鐘を鳴らす部品であった。
ブラザーフッドに依頼してその居場所を確認していた上に、塔の下までやって来たのだから間違いない。
身をかがめて鐘の下に入ると、鐘の中央に下げられた、棒に球状の金属が備え付けられた物が目についた。

「コレが舌ってやつか……日本のとは違うんだな」

除夜の鐘などで目にする日本の鐘。こちらは撞木と呼ばれる叩き棒を用いて鳴らすもので、雄一はどちらかと言うと、こちらの方が馴染みがあった。
初めて見る西洋風の鐘の完全体。美術品としても一級品であろう様相に、雄一は少しばかりの感動を覚えた。
舌と呼ばれる部分を観察してみる。
機構自体は、知識を持たない雄一からすれば問題ないといえるだろう。鐘を揺らし、この部分が当たれば鐘の音が響くのに支障は無い。
だが、その見た目は中々に特徴的である。
球体金属の下部分。地面に向くように、があったのだ。

「何だこれ、気持ち悪っ!」

思わずそのような評価を下した雄一。
目玉と表現したが、生々しい眼球ではなく、エジプト壁画のような黄金色の、デフォルメされた瞳のオブジェと言うべきだろうか。
それでも不気味な様相なのは間違いない。金色の瞳をかたどった縁の中央で、ガラス状の玉がキラリと光った。

「鐘にぶつける部分にしては、随分立派な造りだな……割れるんじゃないか、コレ?」

金属にぶつけるのだから、やわな造りでは仕方がない。修理に出されていたという話だが、この仕組であればさもありなん。
もしかすると、自分には理解できない美術的な勝ちがあるのかもしれない。雄一はそんな風に考えた。


ゴーン!


「……っ!?」

雄一の耳に、重低音の鐘の音が届く。
今まさに、鐘を調べている最中にも関わらずだ。
もちろん、この鐘は動いていない。鐘を揺らすロープには誰も触れていないし、舌だってピクリとも鐘に触れていない。
それでも鳴った鐘の音。雄一は鐘の内部から飛び出ると、城と街を見下ろした。
煙が上がり、火柱があちこちで見られ、悲痛な叫びがこだまする。
城の内部も同様だ。こちらは未だ戦っている人間が居るのか、剣を打ち合う音と共に、兵士のものであろう声が聞こえた。

「よせっ! 味方同士でこんな……っ!」
「賊が何を言うか!」

なぜか城の兵士が互いに戦っていた。身を乗り出して建物内を見てみると、同士討ちも多く見られる。
戦いにくそうに消極的な動きの一団と、遠慮もなく全力で動く一団に分かれているようだ。

その様子にも疑問はあるが、それよりも雄一を襲った違和感は、それと並ぶほどに違和感があるものであった。

「なんで俺……この様子に気が付かなかったんだ?」

気がついてみて分かる。あちらこちらから発せられる音は、聴き逃して良い領域ではない。
いかに雄一が戦闘後で、軽く放心状態にあったにせよ、これらの大きな音が鳴り響いていれば流石に気がつく。その部分に、雄一は強烈な違和感を感じたのだった。


「雄一!」


塔の頂上で呆ける男の名を呼ぶ声がした。
振り返ってみてみると、そこには見知った顔がある。
別行動を取っていた、ダイクリッドと言う青年の姿が、そこにはあった。
雄一と同じく、体中に切り傷を蓄えているものの、致命的な深手は負っていないようだった。
そんな様子に、ホッと胸をなでおろして、ダイクリッドのもとに駆け寄った。

「ダイクリッド! 良かった、無事だったか!」
「君の方もな。どうだ? 『死神の瞳』は見つかったか?」
「死神の……何?」
「『瞳』だ。鐘に備え付けられては居なかったのかね?」

おかしい。このダイクリッドはおかしい。少なくとも雄一が知る限り、このような雰囲気を放っている人物ではない。
やけに冷静に、かしこまった喋り方。そして、『死神の隻眼』と言う謎の単語。

「…………拐われたリトゥカはどうした?」
「ん? 心配するな。あいつならちゃんと助けて……」
「どうやってだよ? 拐われたのは――――ルトゥカだろうが」

ダイクリッドは、アミックが協会跡から逃亡する際、マントから出てきたルトゥカを即座に名前で呼んだのだ。
雄一は未だ、双子の見分けが全くつかない状態であるが、ダイクリッドが二人を間違うわけがない。
カマをかけてみると、アッサリとボロを出してくれたものである。

「――――ああ、やはり未だ馴染んで居ないようだね」
「――――痛っ!?」

警戒するのが遅すぎた。
ニタリと笑ったダイクリッドは、近づいていた雄一の腹部に向かってナイフを突き立てたのだ。
数歩下がってよろめいて、段々と膨らむ腹の痛みに、雄一は声も出ない。鐘に手をついて支えとし、なんとか立っていられる程度の有様となった。

――――洗脳?

思えば、ルトゥカがテレポートを持って、教団を城の内部に移動させたのは、何かしらの洗脳を受けてのことだったのだろう。
ならば、目の前のダイクリッドも同じく洗脳を受けているのか。城の中の、同士討ちをしている兵士たちにも合点がいく。
しかし、雄一は見た。ダイクリッドの背後から現れる二つの影。

絶滅教団、ミリーとアミックの姿である。

「……な……んで」
「いい夢……見れた?」
「流石はミリーさんにオリーさん! お二人が居ればこその仕事でございました! ああ! シドさんがこの光景を見れないとは悲しくも嬉しいと言わざるをえません!」

雄一の呼吸が早くなる。
ミリーは下で、再起不能で横たわっている。アミックに至っては、自らの手で殺したはずだ。
にも関わらず、二人はピンピンしてこの場所にいる。そのおかしな光景に、雄一は混乱していた。


ゴーン!


二度目の鐘が鳴った。相変わらず、目の前の鐘は動いていない。
腹から流れるおびただしい量の血液に、雄一の体は段々と凍え始めた。視界がぼやけ、膝が笑う。
そんな様子を満足気に見る絶滅教団。そしてアミックがうんうんと頷いて、

「旅立つあなたにご説明してあげましょうか! 一体何が起きたのかを知って、その内容に歓喜の声を上げるべきなのです!」

アミックがそう言って、ミリーに話すように「どうぞ」と促した。

「ギフト……『ドリーム』って言うの……見せたいものを見せて、見たいものを見れる…………投げられたの、ちょっと痛かった」

自分は夢を見たのだ。教団に勝ち、世界を救ったという望ましい夢を。儚い夢を見ていたのだ。
突きつけられた現実は、ミリーを地面へと投げた直後から夢へと変わっていたらしい。
ミリーにとどめを刺し、アミックを殺し、塔を昇って鐘を見る。そんな夢を見ていたのである。

雄一は静かに涙を流した。悔しさを言葉に乗せたくとも、腹の傷がそれを許さない。
激高しようにも、血が流れすぎて頭に血が昇らない。
ただただ、無力さと悔しさが涙となってこぼれ落ちていくだけだった。

次にダイクリッドが口を開いた。

「私のは彼女のものとは別物でね、『ポゼッション』と言うギフトなのだよ。噛み付いた相手に精神を憑依させて乗っ取る。まあ、完全掌握までは時間が掛かるがね」

精神の乗っ取り。つまり、ダイクリッドのフリをしているだけではなく、体そのものはダイクリッド本人のものだと言うこと。
ならば、本人の精神はどこに行ったのか。この状況で答えが出ることは無いだろうが、すでに手遅れの状況である可能性は高い。
疲労困憊な上に致命傷を負い、敵は一人を除き全快の状態で立ちふさがる。
最悪の状況。勝利を宣言したと思った矢先のこの有様。雄一は思わず、乾いた笑いを漏らして、とうとう膝をついた。

「あ、そうそう。役目を終えたことだし、この子も君とご一緒させて上げてほしい」

オリーがそう言って、階段の影から連れ出した人物。
未だ意識がハッキリしていないのか。もしくはミリーの能力が解除されていないのか。
ボーっとした表情のルトゥカがその姿を表した。

「ル……トゥカ……」

力なく名を呼ぶも、返事は一切帰ってこない。
ミリーが一歩前へ出ると、鐘の塔の外側。何もない空中を指差して、

「……逝って」

そんな風に指示を出した。
すると、ルトゥカは途端に駆け出した。全力で地面を踏み込んで、何のためらいもなく、頂上の縁へと向かっていった。

「……おぉっ!!」

最後の力を振り絞り、雄一は頂上から空中へ身を投げたルトゥカの腕を掴んだ。
そして反対側の手で、塔の縁を掴む……が、

ズルッ

腹を抑えていた結果、血まみれの手のひらが、二人分の体を支えることを拒否した。
滑って離した塔の縁。雄一は身の竦むような高さを落下し始めた。

――――畜生……もうちょっとだったのに! もうちょっとでみんなを助けられたのに!

もはや言葉を発することができない体。かわりに吐き出すどす黒い血が、せめてもの雄一の反撃だった。
ルトゥカを抱き寄せて体の前へ。この高さを落下して、それで助かるとは思えない。それでも、せめてもの抵抗としてルトゥカを守る。

「――――……あああああああああああああああぁっ!!」

雄一の叫びはそこまでだった。
地面へと激突した彼は、ルトゥカもろとも爆散し、もはや原型を留めること無く――――死に絶えた。


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