余命三日の異世界譚

廉志

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第三十三話 説明

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佐山雄一が目を覚ます。
何度目かの同じ状況に、いい加減うんざりしながら、異世界へと召喚された。
惜しいところまで行ったというのは間違いない。しかし、結果を見れば惨敗だ。結局は誰も救えず、自分すら救えず、こうやって五週目のループを行う羽目になったのだ。

シルフィの計らいで、客室へと案内された雄一は、気を静めてこれまでの状況を振り返った。
四週目で得た情報といえば、教団の目的が明確になったこと。各自の能力。ブラザーフッドと教団の関係性といったところだ。
だが、情報が増えるに連れて、いよいよ雄一一人では手が回らないと言う結論に至る。
ルティアスをかくまい、ルトゥカを救い、襲撃を防ぎ、アミックを止める。
たかだか三日程度では、全てを消化することなど不可能だ。しかし、それでもどれかを見捨てて満足ができるかというと、そんなことは絶対に無いと首を振る。

嘆いていても始まらない。雄一は今後のことについて考え始めた。
まずは絶滅教団について調べること。彼らがなぜ、鐘の『ぜつ』と言う部品を目的にしていたのか。
ひょっとすると、それさえ分かれば、最終日までに彼らの足取りがつかめるかもしれない。
三日目の惨劇を起こしてまで、彼らが欲するものがなんなのか。
残念ながら今現在、修理のために何処か他所に持って行かれているため、それ自体を調べることは叶わない。
雄一は少しでも情報を集めるために、夜中の内に客室を抜け出して、お化け蔵書室へと足を運んだ。

「えーっと、それでぇ……君はどちら様なのかなぁ?」
「俺のことは気にしないでくれ、怪しい者じゃない。召喚されたてホヤホヤの勇者様だよ」
「ん~……よく分かんないなぁ」

蔵書室には、夜中であるというのにアエルが本を読んでいた。
そんな所に怪しげな少年が一人現れたのだ。怪しむなと言う方がおかしい。実際にアエルは、雄一のことを訝しんで見ていた。

――――ああ、そうか。召喚直後だから、シルフィに俺のことを聞いて無いんだ。

出会うタイミングが違うなら、受ける印象だって当然違う。
これまでは、召喚された勇者まがいの一般人と言う情報を、アエルが事前に知っていたから話がスムーズに進んだのだ。
だが今回は違う。初対面の怪しげな少年と言う印象しか持ち合わせていない。客分としての身分を示す衣装も着込んでいないのだから、普通の兵士に見つかっていれば、即捕縛であっただろう。

「あー……重ねて言うけど怪しい者じゃない。お姫さんが召喚の儀って言うのをやって、その結果召喚された一般人だ。なんなら、直接お姫さんに聞いてくれ」
「確かにそんなことをするって言ってたような…………でも、確信が持てないから、この部屋から出る時は言ってねぇ? 一緒に聞きに行くから」

当然の反応であった。むしろ、アエルだからこそコレほど甘い措置が取られたと言って良いだろう。
しばらくこの部屋で教団について調べるのだから、その措置は有り難い限りであった。
本棚から大量の本を机へと積み上げて、本の目次を確認して、教団と関係ある物と無いものを仕分け始める。
普段から本など読まない雄一は、それだけでもかなりの重労働である。
そして、その作業は驚くほどあっという間に終わってしまった。なぜならば、教団について書かれた書物は、その絶対数が少なく、前回読んだ本を含めて五冊にも満たなかったからだ。
関係のない本は、アエルが魔法で棚にしまってくれた。彼女に感謝しつつ、本の中身を精査する。
だがしかし、目次に教団と書かれていた本についても、やはり大したことは書いていなかった。大抵は知っている情報であり、特にこれと言った収穫は無いようだ。

「なんでこんなに記述が少ないんだ? 縮小傾向にあるってルティアスが言ってたけど……やっぱその関係か?」
「……絶滅教団について調べてるのぉ?」

ますます怪しげな目で雄一を見るアエル。いつの間にか背後を取られていたことで、雄一は驚いて本を閉じた。
かつてルティアスも同じような眼差しを彼に向けていた。教団について調べる行為は、この世界においてはそれなりに非常識なのである。

「…………知らないことって、調べたくなる質なんだよ」
「そんな風には見えないけどぉ……」

もちろん口から出任せである。実際、雄一は勉学というものは大が着くほど嫌いであった。

「教団についてなら、ここには大した資料は無いよぉ? まとめて他所に移してあるからぁ」
「え……なんで?」
「教団についての専門家がいるの。資料はその人が管理してるからねぇ」
「専門家……その人って、この城の中にいるのか?」
「城の中じゃないかなぁ。街に降りて城壁まで行く必要があるから」
「ってことは、街の外まで行かないと会えないってことか?」
「街の外……でも無いんだけどぉ、街の中でも無いというかぁ……」

説明がしづらいのか、アエルは顎に指を当てながら考える。
城の中ではなく、城壁へ行く必要があり、街の外ではなく、街の中でもない。
何かのトンチかな? と思うようなおかしな表現であった。

「直接行ってみないと分からないかなぁ。説明するにはややこしい場所だしねぇ」
「今から……は流石に無理か。夜中だしなぁ……朝方に、その専門家って人と会うことは出来ないか? 色々聞いてみたいことがあるんだよ」
「え? うーん……どうかなぁ? 一応私に一任されてることだけど、流石に部外者は…………最低でも、シルちゃんの許可がないとダメかも」
「逆に言えば、お姫さんの許可があればオーケイなんだな?」
「おーけい?」

言葉の意味に首をかしげるアエルを他所に、雄一は新たなる手がかりが見つかったことに安堵していた。
限られた三日と言う短い期間。そんな中で、少しでも時間を無駄には出来ない。
とにかく行動を起こさなければ、事態は決して好転しないのである。逆に悪化する可能性ももちろんあるが、最終的に周囲に巻き起こる惨劇に比べると、大抵のことは霞んでしまうことだろう。
まずは今できること。絶滅教団についての情報収集。
鐘を目的とする理由。現在地や行動予定などを知ることができれば、事前に惨劇を防ぐことも可能かもしれないのだから。











*    *

一度蔵書室から自室に戻ると、そこには鬼の形相をしたルティアスと、腕を組んでベットに鎮座する、シルフィの姿があった。
勝手に部屋を抜け出したことを散々怒られて、ようやくまともに話を聞いてもらえる頃には、すでに夜が明けていた。
絶滅教団について調べたいため、城の外に出て専門家に会いたいと、怒りを沈めたシルフィに説明した。

「教団についての専門家……? ああ、そう言えばそんなのがいたな。アエル先生が管理しているのでしたか?」
「うん。古い知り合いだからねぇ。今、直接彼を知ってるのは私だけなんだぁ」
「絶滅教団を専門にする学者など、酔狂な者もいたものだ……で、ユーイチはなぜそんなものに興味を持つんだ? ハッキリ言って、この世界では関わる人間はたいてい悪人か狂人なんだぞ」

三日という短い期間でのループ。「なぜ?」と聞かれるたびに、雄一は言い訳を考えてきた。
何処でそのような情報を得たのか? なぜそのような情報を知りたいのか? 前のループのことや、惨劇についてを説明できたのなら話は早い。頭のおかしな人間として、哀れみの視線を向けられることだろう。
しかし、例の人影の件もあり、まともにそれらのことを他人に漏らすことが出来ない。
だとすれば、ない頭を捻り上げて、それらしい言い訳を考える他に、手段がないのである。

「俺が帰る方法を、ギフトって能力で出来ないか調べようと思うんだよ。お姫さんって、魔導師って言うくらいなんだから、魔法のエキスパートなんだろ? だから、俺は別の視点から探れば、効率も上がるんじゃないかってさ」
「それで教団についてか? 確かに、ギフトを用いる人間が多い組織ではあるが……」
「そもそも、ギフトの持ち主の確認例が少ないんだろう? そのあたりは、蔵書室の本で調べた。だったら、ギフトのノウハウが多い組織について調べるのも、まあ合理的と言えなくも無くもない」
「どっちなのだ」

自分で言い訳を説明しながら、段々と自分が言っていることに、説得力があるか疑問が募っていったのだ。

「ふむ、ユーイチが言っていることも……一理あると言えなくも無くもないな」
「どっちなんだ」
「その、専門家に会いに行くことは、アエル先生は了承しているのですか?」
「一応、明後日に行く用事があって、その確認に今日行っても良いかなぁって」

アエルのその言葉に、雄一はハッとした。
シルフィがミーシャと戦う前、アエルが惨劇の際、街に出ているという話だった。恐らく、彼女が城にいなかった理由はコレなのだろう。

「明後日、城にいないのか?」
「え? うん。多分午前中いっぱいはいないかなぁ。お昼までには戻る予定だけど……何かあるの?」
「いや……」

惨劇が起きたのは三日目の昼過ぎだ。アエルの言う「お昼」と言うのがどの辺りの時間を指しているかは分からないが、少なくとも惨劇の瞬間にアエルは城にいない。
その理由として、単純にアエルが言う戻る時間が、惨劇の瞬間に間に合わなかったか。それとも、何かのアクシデントで予定が狂ったのか。
何にせよ、今のアエルにそのことを問うても仕方がない。彼女にとっては、それはあくまで未来での出来事なのだ。

「ともかく、アエル先生が一緒に居るなら良しとしよう。専門家がいる場所も、街から出るというわけではないしな」
「ではシルフィ様、私も彼と一緒に……」
「あ、いや! ルティアスは気にせず、自分の仕事をしててくれよ! なんなら、早上がりして、家でのんびりしていてくれてもいいぞ!」

思わず声を大きくしたのには理由がある。
まず、ルティアスを絶滅教団に関わらせたくないということ。アミックと出会い、殺されることでミーシャへと人格が変わってしまうのだから、少しでも遠ざけておきたいのは間違いない。
次に、ルティアスに関しては、下手に雄一が接触しないほうが、事が上手く進むかもしれないという現実である。
雄一が使用人として働いた時、もしくはみんなに事の真相を打ち明けようとした時。街から逃げ出そうとした時。
全て、間接的にでも雄一がルティアスに関わっていた。そしてその全てにおいて、ルティアスは何かしらの要因により、ミーシャへと変わってしまっていたのである。
一方、前回のループではほとんど雄一が関与していない。図らずも城から抜け出てしまい、以降惨劇の瞬間まで会ってさえもいなかった。
他にもいろいろな要因はあるのだろうが、雄一が関わらなければ、少なくとも惨劇の瞬間まで、彼女は無事に、自らの仕事に専念しているのである。

「ちょっと、ユーイチ君。まるで厄介払いみたく聞こえるけれど?」
「いやいや、俺って女の子に優しい性格だから。ルティアスに気を使うのも、男として当然サ!」

歯を光らせながらサムズアップ。雄一としては決めポーズだったのだが、残念なことに、やや棒読みであった彼の言葉に、心打たれる女性はこの場にいなかった。
むしろ、かなり不審がられる始末である。





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