余命三日の異世界譚

廉志

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第三十四話 移動

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なんとか屁理屈をこね、ハッタリをかましてシルフィを説得した雄一は、朝食を軽く取ってから、いつまで続くかわからないほどの城壁内の通路を進んでいた。
単調で飾り気のない通路は、城の内部のような華やかさは欠片もない。
合間合間に設けられる関所のような空間を、アエルの顔パスで通り抜け、また単調な通路を進み行く。
雄一はそんなアエルの様子を見ながら、

「やっぱり、アエルって凄いお偉いさんなんだな」
「凄いでしょぉ? えっへん」

服からこぼれそうな胸を張り上げて、冗談交じりに自慢するアエルから目をそらす。
アエルの言動を見る限り、重要な役職を持つ人物には見えない。しかし、王宮魔導師と言う役職と、彼女を見て慌てて敬礼をする兵士たちを見ると、その考えを改めざるを得なかった。
そもそも、王女であるシルフィでさえ、「先生」と言う敬称をつけて敬語で話すのだ。本来はその時点で判断すべきである。
一時間ほど歩いただろうか。通路を横切る兵士たちの服装が、完全装備の鎧姿から、ややラフな物に変わる頃、ようやくアエルはその脚を止めた。

「はい、到着」
「良かった、ちゃんと進んでたんだな。同じような通路が続いてたから、無限回廊にでも迷い込んだのかと思った」
「今は解除されてるから、大丈夫だよぉ」
「え……じゃあ普段は無限回廊なの? 怖っ」

下手に入り込めば、自力で脱出することは難しいのだろう。
ちょっとしたホラー要素に、身をブルっと震わせる雄一であった。

たどり着いたドアの前。アエルがガチャリとドアを開けると、その先には薄暗い小さめの部屋があった。
生活用の部屋ではなく、石畳と石の壁。武器や鎧などが整然と並び立てられている、兵士用の詰め所のようだった。

「こんにちわぁ」
「あれ、アエレシス様? 今日は面会のご予定では無かったはずですが……」
「ゴメンねぇ。ちょっとお客さんが会いたいって言うものだから、急だけど開けてもらえるかなぁ」
「まあ、開けるも何も、鍵を持っているのも入室権限も、アエレシス様しか持っていませんしね」

アエルが手を振りながら、部屋にいる兵士に挨拶をする。アエルを挟んで見た兵士の顔に、雄一は見覚えがあった。

「…………デックス?」
「は?」
「デックス! お前……見ないと思ったらこんな所に居たのかよ! なんだよ久しぶりじゃねぇか! 元気そうで良かったなぁオイ!」
「うわっ! なんだなんだ!? 誰だお前は、馴れ馴れしい!」

部屋に居たのは、一周目のループ以降出会うことがなかった知人。赤色の短髪と、顎に走った傷跡が特徴的な青年。デックス・テンバーであった。
知人と言っても、この世界では雄一視点の一方的なもの。デックスは雄一に見覚えなど無く、言葉のとおりに初対面の馴れ馴れしい他人である。

「あれぇ? 知り合い?」
「い、いえ知りません! 誰ですか彼は」
「ああ、いや。悪い、テンションが上った。初対面で間違いないから心配するな。俺雄一。よろしくな、デックス」
「初対面なのになぜ名前を……」

怪しむ瞳を雄一に向ける。初対面で馴れ馴れしく、なおかつ自分の名前を知っているのだからそれも無理はない。
だが、その言い訳を考えるのは時間の無駄である。雄一はそう判断して、勢いとノリに任せてこの場を凌ぐことにした。

「そ、そういやアエル。その専門家っていうのはどこに居るんだ? 随分歩いたけど、街の外って訳じゃないんだよな?」
「うん。ここから出て少しした所に入口があるから、デッ君に案内してもらうんだぁ」
「あの……アエレシス様。いつも言っていますが、その呼び方はちょっと……」

苦笑いを浮かべつつ、デックスは外へと通じる扉を開く。
詰め所から出てみると、そこは街の外と面する城壁の内側。壁によって陽の光が少し遮断された、少し薄暗い場所であった。
やや見覚えがあるその場所は、街の暗部であるスラム街。アミックたちと会った、協会跡がある地域である。

「こんな所に、専門家が居るのか?」
「ここから少し歩くけどねぇ。あんまり長居しないほうが良いし、早速だけど行こっかぁ」

そう言って、デックスの先導のもと歩き始めるアエル。なるほど、デックスは案内役というよりも、護衛と言ったほうが正しいようだ。
見るからに治安の悪い貧民街。道すがら出会うのは、物乞いか犯罪者風の人間たちだ。デックスという衛兵がついていなければ、確実に絡まれていることだろう。
ちらりと視線をそらしてみれば、通りの端々に横たわる子供たち。

「……随分と、表通りとは違うんだな」
「コレでも、かなり改善はされているんだぞ? 陛下が開明的なお方で、貧民街の再開発にも積極的だからな」
「それでもこの有様ってことは、あんまり上手くいってはいないんじゃないか?」
「あんまりねぇ、開発しすぎるのもまずいんだよぉ」

そう言ってアエルは、横たわる子供たちに指差した。
子供たちは薄汚れ、判別がつきづらいが、どうやらその中に獣人と思しき子供が複数人居るようだった。

「あ、そうか。逃げ場所……なのか」
「この世界の獣人は、それはもうひどい扱いを受けるからな。こういった、国の管理に属さない場所ってのが、どうしても必要なんだよ」

必要悪。この世界においての倫理観について、深く追求しようとは思わない雄一であったが、やはり現実を見てしまうと、複雑な心境は隠せなかった。
貧民街を解体し、まともな街として機能してしまうと、獣人の逃げ場所がなくなってしまう。
その人種であると言うだけで捕縛、最悪の場合はその場で断罪されてしまう世界。デックスの言うとおり、こういった場所は必要なのだろう。

「…………複雑だな」
「まあねぇ……あ、着いたみたいだよぉ?」

嫌な気分に視線を落としていると、いつの間にか目的地に着いていたようだ。
足を止めて顔をあげる。すると、雄一の目に、冷や汗をかくような見知った光景が見て取れた。


「協会跡!?」


建物の外見を見て、雄一は思わず叫んだ。
その唐突な叫び声に驚くアエルとデックス。慌てつつも取り繕った雄一は、呼吸を落ち着かせながら、

「も、もしかして目的地ってここなのか?」
「そうだが……なんだ、来たことがあるのか?」
「まあ……ちょっとな。あんまり良い思い出がなくて……」

首を傾げながら、デックスは協会跡の崩れた扉をゆっくりと開く。
悠々と中に入る二人を他所に、雄一は物陰に隠れつつ、中の様子をうかがった。
荒れ果てた内部は、かつて雄一が教団と戦ったときと同じ状態だ。天井には今にも落ちそうなシャンデリア。石造りの暖炉に、指で突けば崩壊しそうな教壇。
もしや絶滅教団が根城にしているのではないかと、しばらく様子を見てみるも、特に何も起きないようだった。

「何してるの、ユーくん?」
「いや、ちょっと安全確認を……」

恐る恐る中へと入る雄一を他所に、アエルが教壇へと向かっていった。
床に散乱する木片を弾きながら、教壇の中心に立ち、ヒールで床を数回叩く。

ガコン!

アエルの動きに合わせたかのように、何かが動く音がした。徐々にメキメキという軋みの音が聞こえ始める。
数歩後方へ下がると、アエルの目の前の床が割れた。
崩壊した、と言う意味ではなく、張られた複数の床板がまるで意思を持つように動き、パズルのピースを外したかのごとく、空間を作り上げたのである。

「なにこれカッコイイ」
「見つかっちゃうと困る人だからねぇ」
「まあ、どのみちアエレシス様の鍵がないと開きませんが」

開いた床の先には階段があり、螺旋状の階段をしばらく下ってゆくと、荒れ果てた協会跡とは違い、立派な扉が構えていた。
取っ手の部分には大きな錠前。胸の谷間から取り出した鍵を取り出して、錠前の穴にさす。

――そんな仕舞い方をする人間がこの世に実在するとは思わなかった。

と、顔を赤らめつつ、アエルの一連の動作に釘付けの雄一だったが、扉を開いたことによって、その視線は即座に扉向こうへと移された。
埃っぽい空間で、空気の循環など無いむせ返る空気。
そんな地下室の雰囲気を一気に払拭するような風が、雄一たちにぶつかった。


「なんだ……こりゃ……」


思わず呆然とする雄一が見た光景。
地下室から扉を抜けた先に待っていたのは、同じく地下空間……では無かった。

一面、はるか遠く地平線の彼方まで続く花畑。せせらぐ小川が花畑の合間を縫って、蝶々がパタパタと羽ばたいている。
明らかに地下の空間ではない。上を見上げれば天井ではなく青空が広がり、肺を満たすのは埃ではなくマイナスイオン。

一歩踏み出して、すぐさま戻る。

雄一はあまりの出鱈目な光景に、思わず元いた場所と花畑を行ったり来たり。
何度か繰り返してようやく、自分が見る光景が現実のものであることを理解した。

「……なにこれ、まるで魔法じゃねぇか」
「と言うより魔法だよぉ? 詳しくは企業秘密だけどねぇ」

デックスは見張りのため、協会跡に残ると言って階段を登っていった。
一方のアエルは、驚き顎が外れそうになっている雄一を他所に、花畑の土を踏みしめる。雄一も置いていかれ無いように、慌てて後を追った。
小川を挟んだ向こう側。そこにはレンガ造りの家が一軒建っていた。水車や煙突という、その場の雰囲気に合わせて作られたいかにもな建造物だ。
そしてその建物の隣。何に使うかわからないが、何やら雄一にとって見覚えのある塔がそびえ立っている。
アエルが向かう先は、どうやらその建物らしい。そして、しばらく歩いたところで、その建物から人影が現れた。


「やあ。今日は訪問予定が無かったはずだけど、何か御用かな、アエル?」


人影をよく見てみると、丸メガネをかけた短髪の男性が、籠に満載された野菜を抱えた状態で、泥だらけになりながら手を振る姿であった。
一見して農家の人と見えなくもないその男性に、同じく手を振って返事を返すアエル。

「もしかして……あれが?」
「ふふっ、見えないでしょ? 彼が絶滅教団の専門家。イグルサム・ダマスカ君だよぉ」

おかしな風貌に、惨劇回避の糸口になるのか、不安に思う雄一であった。



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