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第三十五話 技師
しおりを挟む「いやぁ、思わぬ訪問で嬉しいけど、散らかっててすまないね。来ると分かっていれば掃除しておいたんだけど」
家の中に招き入れられた雄一とアエル。
室内は大量の本が山積みとなっており、雄一には理解できないような、金属製の部品がそこかしこに散乱していた。
お世辞にも綺麗とは言えないような室内である。
「適当に座っておいてくれるかな。すぐにお茶を淹れてくるよ」
「急に押しかけたのはこっちだから、お構いなく」
せわしなく動くイグルサムに、雄一は肩透かしを食らった気分でいた。
こんな男が絶滅教団の専門家? 雄一が想像していたのは、マッドサイエンティストのような変人狂人の類であったが、実物を見てみれば、随分と無害そうな人間であった。
それぞれバラバラのコップにお茶を淹れて、客用の机に並べると、イグルサムは改めてアエルと雄一を見た。
「それで、今日はなんのご用事かな? 君は……会ったことは無かったね?」
「あ、はい。俺は佐山雄一って言います」
軽く会釈をすると、イグルサムも同じく礼で返して、
「ボクのことはイグルと呼んでくれ。よろしくね、ユーイチ君」
「えっと……イグルさん、絶滅教団についての専門家だって聞いて来たんだ。色々教えてもらえると助かります」
「絶滅教団についてかい? アエル?」
キョトンとした表情を浮かべたイグルサムは、経緯を求めるようにアエルを見た。
「ユーくんね、異世界から召喚されたんだって。それで、帰る方法を調べるために、ギフトに詳しい教団について調べてるとかなんとか」
「召喚者…………なるほど、オーケイ。僕にできることなら、協力してあげるよ。教団について知りたいんだったね?」
イグルサムは快諾する。随分とアッサリ自分の願いが叶ったことに、いささか拍子抜けしてしまう雄一だったが、同時に喜びもあった。
惨劇までの期限は三日。スムーズに事が済むなら、コレほど有り難いことはない。
席を立ったイグルサムは、本棚から本を引き抜くと、積もったホコリを払い除けて、机の上へと置いた。
表紙には異世界語で『絶滅教団の歴史』と書かれている。そしてそれ以上に目を引くのが、作者名であった。
作者:イグルサム・ダマスカ
「って、アンタの本かよ!」
「いやぁ、自費出版で何冊か作ったんだけど、流通前に発禁されちゃってね。良ければ一冊、持っていくかい?」
「駄目よぉ、イグル君。それやっちゃうと、私が怒られちゃうんだからぁ」
絶滅教団について、公共の場で宣伝すると途端に逮捕されてしまう。ならば、その知識を広めることも、あまり推奨されることではないらしい。
イグルサムは本を開いてページを捲る。
「アエルに会っているという事は、蔵書室の本は読んだと言う認識で良いかな?」
「ああ。簡単な成り立ち程度は知ってるつもりだけど……」
「じゃあこの辺りからかな。ギフト関連だと、聖遺物が関わっているものから知ると良いよ」
――聞きたいのは、そこじゃないんだけどなぁ。
ギフトで元の世界に戻る方法を探るというのは、あくまで建前である。惨劇さえなければ、純粋に調べるのも良いだろうが、今は変える方法よりも、三日間を生き抜くほうが先だ。
すなわち、雄一が知りたいのは、絶滅教団が城を襲う理由であって、イグルサムが言う聖遺物やギフトに関してではない。
それでも建前上、ひとまずは説明を聞いたほうが良いだろうと、雄一はイグルサムの話を素直に聞くことにした。
「絶滅教団が指定している聖遺物は五つ。『死神の肉体』『死神の脳』『死神の血液』『死神の瞳』『死神の心臓』これらが彼らが切実に欲するものなんだ」
「死神の復活のため……だったか?」
「その通り。最終的な目標はそこだね。死神のこの世への顕現。コレが果たされることによって、全ての命が絶え、新たなる世界を作り上げる……と言うのが、教団の存在意義だと言っていいだろう」
「全世界を巻き込んだ無理心中かよ。最低だな」
「いわゆる死神教と言うのは、死ぬことによってこの世の罪を洗い流す。と言うのが根幹にある。生きている限り、罪を持たない人間はいないと考え、罪のある両親から生まれてきた赤子もまた、罪人とみなす……だから、一度全人類を一斉に死なせることによって、この世の罪を一掃しようとしているらしい」
雄一からすると、極めて自己中心的で傲慢な宗教に見える。実際、大多数の人間からすると、人の生き死にを勝手に決める宗教など、受け入れがたいものだろう。
「話が少しそれたけど、実は死神とギフト。そして聖遺物には非常に密接な繋がりがあるんだ。ギフト、つまり贈り物。誰からのものか、分かるかい、ユーイチ君?」
「誰って…………うーん、神様とか……って、まさか!?」
「うん。「持たざりし者への祝福」と呼ばれるギフト。コレは、死神によって与えられた贈り物なんだよ。だからこそ、教団員にはギフト保有者が多いんだ」
「ギフトが……死神の?」
死神。ひいては絶滅教団について、雄一は良い思い出がない。惨劇の元凶なのだからそれも仕方がないが、それは宗教への憎悪ではなく、あくまでアミック達、人間に対しての悪感情だ。
しかし、彼らの力の源であるギフトを、死神が意図的に与えているのだとすれば、その感情の矛先は、死神それ自体に向けざるを得ない。
雄一は無意識の内に、歯を強く噛み締めていた。
「そして、聖遺物はギフトと関連して、様々な効果を及ぼすことを確認しているんだ。例えば『死神の瞳』。コレはギフトの力を増幅する効果が……」
――――あれ?
雄一は、自分の中に芽生えた疑問点に気がついた。
何か重要な情報を聴き逃している気がする。これまでのループの情報と、今イグルサムが話している内容。
二つを照らし合わせて、疑問点がなんなのか考える。そして、イグルサムが次の話に進もうとした時、その疑問点が何なのか気がついた。
「次に死神の心臓についてだけど……」
「いや、待った! その前に、さっき言った『死神の瞳』ってやつ!」
「ん? ギフトの力を増幅させる効果があってね。他にも魔法を……」
雄一はその名称について聞き覚えがあった。
そしてそれは、まさしく雄一が知りたかったことであり、恐らく惨劇についての根幹。
絶滅教団の目的。鐘がある塔の上で、オリーが口ずさんだ、『死神の瞳』と言う言葉とその意味。
「塔の上の鐘に……『死神の瞳』があるのか?」
「あれ? いつの間にそこまで調べたのぉ?」
アエルからすれば、雄一は召喚されて半日と経っていない人間である。
そんな人間が、聞くところによると非常に重要なアイテムであろう、死神の聖遺物について知っているのか、疑問に思うことだろう。
実は異世界生活は半日程度の経験ではないのであるが、それを雄一以外が知る由もない。
「なんか、部品を修理に出してるって話だけど」
「うん。ちなみに、このイグル君が修理屋さんなの」
「どうも、修理屋さんです」
ドヤ顔を決めるイグルサム。
だが、そんな顔をする彼を無視して、雄一は顔を伏せて考え込んだ。
修理に出している物が『死神の瞳』だというのは間違いない。そして、イグルサムへ会う権限を持つ人間はアエルだけだと言う。
だとすれば、惨劇の日にアエルがいなかったのは、この場所に来ていたから、と言うのが理由なのだろう。
しかし、それでもやはり疑問は残る。
『死神の瞳』を受け取りに来て、それを塔に戻したならば、アエルは城にいなければいけないのではないか?
疑問は解消するたびに、さらなる疑問として湧き上がる。それならばいっそと、直接聞くことにした。
「アエル、さっき明後日にもここに来るって言ってたけど、それも『死神の瞳』が目的だったのか?」
「修理が終わるのがその日だからねぇ」
「まあ、訂正して正確に言うと、修理ではなく調整だけどね。壊れてはいないから」
「その……現物って直接見れたりする? ギフト云々じゃないんだけど、単に知識欲というか……」
意外そうな顔を浮かべる二人を他所に、その意外さを自覚する雄一の居心地は悪い。
知識欲など、自分には最も不釣り合いな欲求だろう。苦笑いを浮かべつつ、内心がバレないように、雄一は二人と目を合わせようとしなかった。
「まあ良いけどぉ……大丈夫、イグル君?」
「君が良いなら僕は構わないよ? じゃあ早速見に行ってみようか」
椅子から腰を上げて、イグルサムは雄一達についてくるように促した。
辺りに散乱していた金属製の部品を携えて、雄一達は家の外に出る。そして、イグルサムが指差す空を見上げると、そこには家の中に入る前に見た、塔がそびえ立っていた。
見上げてようやく確信を持つ。初めてのはずなのに、何度も見上げたことのあるような気がするその光景。
高さこそ違えど、それは鐘のある塔と、全く同じ物であったのだ。
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