36 / 38
第三十六話 調査
しおりを挟む協会跡の地下室の、扉を抜けた先の花畑。そこにポツンと建っている家の横に塔がある。
城の中心にそびえ立つ、登るのが億劫になるほどの高さではないが、作り自体は全く同じ。
階段を登った先に、やはり同じような鐘が備え付けられていた。
「コレって……」
「うん。城にあるやつと同じ物だよぉ。ここまでやるのは苦労したなぁ。まずはお城の……」
ニコニコと笑いながら説明するアエルをよそに、雄一は身をかがめて鐘の中に入った。
中には『舌』が垂れ下がり、前のループで見た時と同じように、瞳を象ったオブジェの真ん中に、キラリと光るガラス玉が埋め込まれている。
初めて見た時は気持ちの悪い飾りとしか見えなかったその形も、今となっては惨劇の最重要アイテムである。
雄一は恐る恐る、舌を指でつついてみた。
ズブリ
「うおっ!?」
「ああ、それは触れないよ? 正確には、この場所には存在しない物だからね」
「え……ど、どういうこと?」
気持ちの悪い感覚が伝わった指先を撫でながら、クスクスと笑うイグルサムに尋ねる。
イグルサムは同じく鐘の中に入ると、腕を大きく振って舌にぶつけた。
ヴンッ
イグルサムの腕は舌に当たり、何の衝撃も与えること無く反対側から飛び出した。
舌は映像がブレるように乱れて見える。激しく動いているわけではなく、蜃気楼をつかもうとしている感覚であった。
驚きの表情を浮かべる雄一を見て、イグルサムはしたり顔で胸を張る。それは後方に控える、アエルも同じであった。
「色々な魔法が重ねがけしてあってね、ここに投影されているのは実物ではないんだ。本物は今も、城にある塔の上にある」
「でも、あそこには何も無かったはずだけど」
「もっと正確に言うならぁ、『死神の瞳』はここには無いし、塔の上にもない。今はねぇ」
哲学か! と心のなかでツッコんで、雄一は再び『死神の瞳』を触った。
たしかに触っているはずなのに、何の抵抗も持たないそれは、存在感が極めて希薄で、ここにあると思えない。
「そもそも、安全策もなしに、召喚者とは言え他人をここに呼び入れることは非常識だろう? なぁ、アエル?」
「え? ああ、うん。そうだね。その通りだよぉ?」
「絶対何も考えてなかっただろ」
目線をそらしつつ後ろ頭を掻くアエルに、雄一は呆れのため息をつく。
なるほど、実物がここにないというのならば、安全策としては最上級といえるだろう。盗る物がそもそも無いのであれば、どうしようもない。
しかし、ならばと雄一は首を傾ける。修理なり調整なりを請け負っているイグルサムが、実物がない状態でどうやってそれらを実行するというのだろう。
「これが偽物……幻覚? そういうものだとして、イグルさんはこれをどう扱ってるんですか?」
「まあ当然の疑問だよね。見ててご覧」
イグルサムは、家から持ってきた金属部品の一つ。棒状のものを手に持つと、『死神の瞳』に軽くぶつけた。
通り抜けること無く、金属音を響かせる。と同時に、雄一達がいる場所を中心に、突風が吹き荒れ、花びらを大量に撒き散らす。
「――――とまあ、こんな感じだね。調整中は、この道具を使わないと触れることは出来ないんだ。ちなみに、同じ道具でも僕以外の人間では触れることは出来ないよ」
「……ギフトは何でもありって思ってたけど、魔法も負けず劣らずなのな」
「魔法が凄い……と言うよりも、アエルが凄いと言ったほうがいいね。ここまで複雑な術式を組めるのは、世界広しと言えども、アエルを含めて何人も居ないから」
鼻を鳴らしながらアエルが胸を張る。実際、自慢するのも無理からぬ技術力である。
「それとアエル、この様子だと、やっぱり納品は明後日になりそうだね」
「うん、分かったぁ。じゃあその日にもう一度来れば良いんだねぇ?」
頷いたイグルサムは、そのまま作業に取り掛かる。
幾つかの道具を用いて『死神の瞳』をいじる光景は、専門知識を持たない雄一からすると、遊んでいるようにさえ見えた。
「アエル、本物が今も城の塔の上にあるって言うなら、調整が終わった後にここに来る意味はあるのか?」
「魔法の解除はここからじゃないと出来ないからねぇ」
「その……魔法の解除っていうのは、明後日以降じゃ駄目なのか? 明後日の夕方以降とかでも……」
「? その日に何か用事でもあるの?」
アエルの問いに、口をつぐむ雄一。やはりここでも、例の人影が邪魔をする。
凄腕魔法使いアエレシス。彼女は王宮魔法使いであり、かなりの実力者であるシルフィの先生。高度な魔法を組み立てることができる、世界でも指折りの人物だ。
城への攻撃が行われる際に、彼女がその場所に居てくれたならば、コレほど心強いことはない。
三日目に彼女が居ない理由が判明した今、その障害を取り除くことができれば、強力な戦力になってくれることだろう。
「ゴメンねぇ。ここに入るのはタイミングも大事だからぁ。今と同じ時間帯じゃないと扉が開かないんだぁ」
「じゃあ別の日に……」
「それだと僕が困るかな。向こうしばらくは他の研究で引きこもることになりそうなんだ。なにせここしばらくは、『死神の瞳』に付きっきりだったからね」
その割には野菜の収穫などもしていたようだが、もしかすると、それは彼の生活に欠かせないことなのかもしれない。
一見して、自給自足をしているイグルサム。研究や修理調整とは別枠なのだろう。
やはり、これ以上は理由を話す事ができなければ、確実な助力を得ることは難しい。
そもそも現時点で、雄一が知り得ている情報や、これからの予定の理由など。アエル達が疑問に思ってあれこれ尋ねてきた場合、返答に困ってしまう。
――流石にこの辺りが引きどきだな。
「いや、悪かったな、色々言って。よく考えれば、いつ元の世界に帰れるのかも分かんねぇし、また別の機会にするよ」
「いつでも……と言う訳にはいかないだろうけど、また何か聞きたいことがあったら、アエルに言って来ると良いよ」
「あ、じゃあ最後にもう一つだけ聞いて良いか?」
もちろん、と笑顔で答えるイグルサムに、雄一は真剣な表情を浮かべながら、
「絶滅教団って――――王都の何処に居ると思う?」
「――――君がどこまで知りたがっているのか測りかねるけど……そうだね」
顎に手をやり、少しばかり考えを巡らせてから、
「それに関しては、僕はわからないと言っておこう。僕はここから出られないからね。教団の現況については、表の衛兵諸君のほうが、よほど知っていると思うよ」
「衛兵? ってことは、デックス辺りに聞けば……盲点だったな」
そもそも一周目のループ以降、デックスと会うことさえ無かったため、彼の本来の職業について失念していた。
衛兵とはすなわち、城や街の治安を維持する役職だ。ならば、絶滅教団というテロリスト集団についての情報を、いち早く手に入れるのは彼らだろう。
「デッ君なら、戻った協会跡で待っててくれるはずだからぁ、聞きたいことがあるなら帰りに聞こうかぁ」
「ああ、悪いな、わがままに付き合わせて」
「なんのなんのぉ。一応シルちゃんの頼みでもあるしねぇ」
「お姫さんの?」
「うん。「帰る方法が見つかるように、出来る限り協力してあげて欲しい」ってさぁ」
雄一は思わず頬を紅潮させた。
思えば、色々と融通を効かせてもらっている上に、城にいる間の衣食住も保証。元の世界に帰る方法も探ってくれている。
召喚に巻き込んだのがシルフィであるため、その贖罪と言ってしまえばそれまでであるが、それでも自分のために尽くしてくれることは嬉しい。
感謝の印に、何もない宙に向かって一礼。御礼の言葉を述べた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる