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第十二章 まるで終わらぬ年の暮れ
CASE95 パンデミック②
しおりを挟む「それじゃあ自分らはこれで。養生してくださいッス」
「アヤセさん、ありがとうございました」
パプカの住むアパート。冒険者ギルドが稼働し始めたのちに、不足していた冒険者の住居を補うべく建てられた場所である。
女性のプライバシーを守るべく、パプカの陣頭指揮のもと女性限定でしか住むことが出来なくなり、その通称は【女子寮】。男子ご禁制の花園である。
俺は扉の開閉もなく外へと通り抜けたアヤセと合流。
村が風邪の大流行でほぼ全滅しているため、見舞いと風邪薬の配給を行っているが、女子寮に関しては俺が気軽に立ち入って良い領域ではないので、アヤセに代わりを務めてもらっているのだ。
「で、どうだった? 皆無事そうか?」
「はいッス。それほど高熱の方もいなかったですし、後は薬を飲んで寝てれば良くなるんじゃないッスかね。とりあえず汗を拭いてあげるくらいの事しかしてませんし」
「それは羨ま……ご苦労だったな。さすがに俺が女性の部屋に入るわけにはいかないし、アヤセが居て助かったよ」
「同性相手ならどんとこいッス」
さて、これで女子寮の見回りに関してはパプカを残すのみとなった。
そう言えば、雪合戦の時の言い訳に喉が痛いだの寒気がするだの言っていた気がするが、今思えば言い訳では無く本当に体調が優れなかったのかもしれないな。
パプカ宅の扉の前に到着すると、俺は管理室から借り受けたマスターキーを使って扉を開け放った。
「おいーっす、パプカ生きてるかー?」
「ちょっ、支部長さんさっきの台詞はいずこへ。パプカさん女の子ッスよ? せめてノックくらい……」
むっ、確かに礼を失してしまったか。
宅飲みとかでよく出入りしているためか、この辺りの感覚が麻痺してしまっているようだ。
パプカの事だ。無断で入ったことをこれでもかと糾弾してくることだろう────と思っていたのだが、
「…………あれ? パプカ?」
カーテンで閉め切られ、昼間と言うのに真っ暗な室内。
空気がよどんで少し蒸し暑いその中から、パプカの返事は一向に帰ってこなかった。
「……留守ッスかね?」
「……あり得るな。治ったからと言って飲み歩きして風邪をぶり返すようなタイプだろうしな」
「好き……勝手…………言って……くれます……ねぇ」
室内の灯りを点け、カーテンを全開にしたところでパプカの声がようやく聞こえた。
ベットに横たわるその姿は、汗にまみれたパジャマ姿。息は苦しそうで頬は赤く、目も半開きでぼんやりと俺たちを見つめていた。
「……大丈夫かパプカ? 辛そうだな」
「ふふふ……風邪を引いてしまうとは……我が一生の不覚…………ゴホゴホッ」
「ダメそうだな。熱が上がってるのかも……とりあえず体温計咥えてろ。その間に風邪薬を……」
ガシッ!
弱っている割には力強い握力で、パプカの手が俺の手を握りしめた。
「おぉ……サトーではありませんか。こんな時に現れてくれるとは……嬉しいものですねぇ……」
「わぁっ! 弱ってるパプカさんめっちゃ可愛いじゃないッスか! 支部長さんも隅に置けないッスね!」
「ぬぅ……っ! 風邪の時は気も弱ると言うが、さすがにこれは気恥ずかしい……」
普段から人の神経を逆なでしまくる奴だし、見た目も子供だが性別は間違いなく女。そして美少女である。
しかも弱っているその姿は、火照った体と相まって不謹慎ながら色っぽかった。
そんなパプカが俺の手を握りしめているのだ。
……女の子の手って、こんなにも柔らかいんですね。
「サトー……いつもありがとうございます。いつもこれぐらい素直になれればいいんですけど……ふふっ……ダメですねぇ。普段は恥ずかしくってつい当たりが強くなります……」
「うっ……可愛……いやいや! それは気の迷いだパプカ。弱ってるから心にもないことを言ってるだけなんだろう?」
「すみません……疑われる言動を普段からしてるわたしが悪いんです……こっちが本音ですよ、サトー」
その目は潤んでいる物の真剣そのものであった。
気が弱っていると言うのは間違いないだろうが、ゆえに本音が引き出されているのだろうか。
握られた手がどんどん熱くなる。女性に耐性の無い俺の手のひらからは、汗が流れだして止まらない。
思わず俺の動悸は速くなり、顔も熱く緊張してしまう。
「さぁサトー……もっと顔を近づけてください……もう一方の手もわたしに触れて……」
「あわわわっ! もしかして自分お邪魔虫ッスか!? 表に出てましょうか!?」
「ば、馬鹿野郎!! こんな恥ずかしい空間に俺を置いていくな!」
ピピピピピッ!
おかしな雰囲気になりかけた空間に電子音が流れた。
パプカに加えさせていた体温計が計測を終えたようだ。
「きっとパプカは高熱でどうにかなってるんだ。こんな流れで関係を持っても嬉しくないだろ」
「だから支部長さん童貞なんスよ」
「ほっとけよ!!」
アヤセは体温計を取り上げた。
「で、どうだ? あんまり体温高いなら解熱剤も用意しないと……」
「えーっと…………37.1度っス」
「微熱じゃねぇか!!」
いくら何でもその体温でこのありさまは大げさすぎる。
辛いと言っても、意識が朦朧とする体温では無いだろう。
「おいパプカ……本当は正気なんだろう? なんだ? 何が目的でその言動をしているんだ?」
「そんな……ははっ……目的なんてありませんよ。ほら、アヤセさんも一緒に手をつなぎましょう……」
怪しい。
確かに、病気の辛さなど本人にしか分からないだろうから、本当に風邪で朦朧としているだけなのかもしれない。
だが相手はパプカである。逆の意味で信頼性のある彼女のねじ曲がった性格を鑑みて、何か真の目的があるのではと勘繰った。
────だが、おかしな点もある。
微熱と出た体温計だが、俺の手を握るパプカの手は熱を帯びているのだ。体の末端とはいえ、それほどの熱を帯びているのであれば、それは尋常ならざるものだろう。
「もしかして体温計が壊れてるんじゃ────ん?」
改めて手を見てみると、何やらぼんやりと光っているのが見て取れた。
それはこの世界ならでは現象。俺自身にはあまりなじみは無いが、職業柄その現象には見覚えがあった。
そう────魔力の光である。
「──って、これエナジードレインじゃねぇか!!」
エナジードレイン。
触れた相手の魔力を吸い取ると言う魔法で、言ってしまえば生命力を奪う行為である。
自己治癒力を高め、枯渇した魔力を回復できる魔法のため、どのようなクラスでも魔法使いなら基本的に持っている技術だ。
そしてその効果から分かる通り、吸い取られた側はただではすまない魔法でもある。
「てめぇ!! やけに俺に触れたがってたのはこれが目的かよ!! 離せコラァ!!」
「ふははははっ!! 逃がしませんよぉ! 風邪を治すにはこれが手っ取り早いんです! おぉ……早速回復してきましたよ気持ち良ぃー!」
「ぐぅっ……倦怠感が────いや、待てパプカ! 魔力が必要と言うのならアヤセにしとけ! ゴーストってのは魔力の塊だ! 一般人の俺よりも良質な魔力が吸い取れるはずだ!!」
「ちょっと支部長さん生贄に差し出さないでくださ──ああっ!? もう掴まれてる!?」
パプカは残った手でアヤセの腕を掴んでいた。
俺は一瞬パプカの手が緩んだ隙に脱出。無事アヤセに事態を押し付けることに成功した。
「うおおっ!! 自分ゴーストなのになんで掴めるんスかぁ!! だあああぁ!? 体の不透明度が下がって行くッスー!?」
「すまないアヤセ!! お前の雄姿は忘れない! ギルドの隅にお前の名で表彰状を飾っておいてやるからな!!」
「いやそんなの要らな……うごごごっ」
不透明度を下げ続けるアヤセと、アヤセから高笑いをしながら魔力を吸い取るパプカを背に、俺は女子寮から脱出したのであった。
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