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暗闇

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 「今日は天気がいいな。」
学校の屋上で冷たくなってきたばかりの風に揺れる長い髪。柵を超え、るなが下を覗き込んだ時、「ガチャ」っと扉の開く音がした。
「あ~!もえちゃんだ~」そう言ってるなはいつものように柵を飛び越えて駆け寄ってくる。
「もえちゃんじゃなくて、『もえ先生』って呼びなさい。」
「え~もえちゃんのほうが言いやすいのに。っていうかまた邪魔しに来たの?」
「生徒の自殺を止めるのも先生の役目です。」そうきっぱり言った。
(ふ~ん。まだ先生じゃないくせに…)「それだけのために来たの?暇なんだね~」
「誰かが見てないと死のうとするでしょ?」
「人なんだからどうせいつか死ぬでしょ。それがただ自分で命を絶つってだけじゃん。それに僕が死んだって誰も悲しまないもん。」「まあいいや。僕帰るね!」一瞬で表情を変える、るなは、まるでいくつものお面をかぶったピエロみたいだった。

 るなは端正な顔立ちをしていて、笑顔が絶えない。そのおかげで、入学当初は友達がたくさんいた。しかし、その友達も一か月もしないうちにみんな離れてしまった。るなは『裏切り者』として学年のほとんどから嫌われるようになった。いじめもひどかった。教科書は捨てられ、机には落書き、制服は何度買い直したかわからないほどだ。もちろん先生たちは知っているが、なにもしない。小学校からの親友も、味方にはなってくれなかった。両親は家にいないことがほとんどで、だれにも助けを求められなかった。
るなの笑顔は素敵だったが、少し怖かった。感情を読み取らせないあの、張り付けた感じ…
るなが作り笑いをするようになったのは、幼稚園の時。
いつも家にいない両親の代わりにお手伝いさんが三人ほどいて、行事などは毎回お手伝いさんが見に来てくれていた。幼稚園最後の運動会は両親に見に来てもらう約束をしていたので、とても楽しみにしていた。なのに、急遽来られなくなってしまった。泣いて頼んだがそれでも来てはくれなかった。仕事なら許せたが、その時両親は旅行に行っていた。そこから何にも期待しなくなり、心から笑うことができなくなってしまった。当時、るなは友達が多く信頼していた。友達は裏切らないと信じていた。そんな思いがかき消されたのは、中学の時。今まで問題なかったはずの人間関係が一気に崩壊したのだ。本人もショックが大きかったせいで何があったのか覚えていないらしい。そして、そこからいじめが始まり卒業の時には名前も知らない人に嫌われてたらしい。気づいたら、自分の感情も生きる意味も分からなくなっていたんだって。
この学校に、養護教諭の教育実習で来たばかりのころは、いじめがあるなんて思わないくらい仲がいいイメージがあった。なのにここ最近は、屋上にるなが行かないように見張っている毎日だ。るなが屋上に行くことのなにがまずいかというと、自殺をしようとするからだ。今はすべて止められているが、止めるだけではなにも意味がない。わかってはいるのだがなにをしたらよいのか、なんと声をかけたらいいのかさっぱりだ。そもそもこの学校がいじめ対策などしていなさすぎるし、この学校は普通じゃない。るなの見張りを頼まれたとき、先生方は「この学校でいじめがあることが世間に知られたり、自殺者が出て学校のイメージが下がったら困る。」と言っていた。目の前でいじめられていてもスルー。いじめの隠蔽に、口止めをしてくる始末。だからスクールカウンセラーの方なんていないし、雇用する考えもない。SNS社会の今、だれが情報を流すかわからない。この学校は、お金持ちの家系だけが通える学校。生徒が自分たちの家に迷惑がかかることはしないと先生方はわかっているので、生徒以外に注意をはらっている。
そしてこの学校は、学校内での政略結婚が当たり前で、しなければ落ちこぼれ扱いになる。るなもこの学校の誰かと結婚するのだが、最も可能性が高い人物が、るなの元親友であり、今ではいじめの主犯格である『たくま』だ。そういう意味でもるなは、死にたいのかもしれない。
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