C-LOVERS

佑佳

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HOPE

2-8 collusion from negotiation

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「柳田さん。ひとつお訊ねしたいことがあるんですけど」
「なんだよ」
 顎を引き、じろじろと服部若菜を観察する柳田良二。
 服部若菜は、センターテーブルの上にヒラリと乗っていた一枚のチラシを拾い上げ、柳田良二へ向けた。
「ここのワンルームって、どこの不動産屋ですか?」
「あ?」
 眉を寄せ、チラシへ頭を寄せる二人。
 印字されている部屋は、築年数もそれなりに経っているアパートだった。1Kと1DKで成り立っている建物の情報に、柳田良二は片眉を上げる。
「なんで」
「な、なんでって、そのォ……」

 服部若菜は、落語家の師匠に破門されてからホームレスになってしまっているが、その実二日目と日は浅い。
 それ以前に住んでいたアパートに関して言うと、家賃滞納で追い出され、電化製品の多くは担保として前の大家に人質にとられている。払えなければ三ヶ月にひとつずつ売り払われてしまう約束で、果たしてあといくつ残っているのだろう。もう無いかもしれない。

 後半部分はなんとしてでも隠したい──瞳孔が開いた服部若菜は、ぎこちない笑みをニタァリと浮かべた。
「ち、近いじゃないですか、ここから! 私、朝弱いから……そう! ここで働くんなら、近場に? 住みたいなァ、なんて」
「ふうん」
「で、今から不動産屋行って訊いてみようかなァー? なんて」
 そうペラペラと嘘と本音を行き来しつつ、柳田良二の顔色をしっかりと窺う。
「近いってか裏だぞ、ここの」
「えっ」
「やっぱ丁度いい話になってきやがった。ずっと空き家でヤベーなぁとは思ってたからな」
「『思ってたから』、とは」
 柳田良二はチラシから目を上げ、スックと立ち上がった。
「ここ、俺が所有してる不動産。つまり、俺様が管理人兼大家」
「えええ?!」
 服部若菜が声を裏返すと、柳田良二は不気味にニタリと口角を上げた。しかし目は細く鋭いまま。これは決して『笑っている』のではない。『優位に立ったことをよろこんでいる』のだ。
 そんなことはお構いなしに、持っていたチラシをぐしゃりと歪め、服部若菜は食ってかかる。
「お、お家賃はっ、おいくらで?!」
「あ? 住む気か」
「もちろ──あ、いや、その、気になったから、訊いてるだけです」
「本当は」
「す、住みたいっス……」
 顔を、耳を、首を真っ赤に、服部若菜はおずおずと申し出た。柳田良二はわざと首を捻り、彼女の表情を意地悪くジロジロと眺める。
「んじゃ給料から引いてやんよ。月三万」
「マジ?! ──ですか?!」
 驚きの安さに、ズンとしていた気分が軽くなる服部若菜。
「敷金礼金は無しでいい。代わりに俺様の指示には今後絶対に逆らうな。ほんでキッチリ働け、いいな」
「あーあー、もう屋根がありゃなんでもいいです!」
「返事は」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
 マジックも傍で教われて、家もある上給料も貰えるなんて──服部若菜が当初思い描いていた道とは順路が変わってしまったものの、ひとまずどうにかなりそうだと胸を撫で下ろす。
「早速契約しましょ」
「テメー、ハンコ持ってきてんのか?」
「いえ、持ってません」
「本気で身ひとつなのかよ……」
「血判でもいいですか?」
「血の契約、か」
「何それ、すげー厨二ですよ、柳田さん」
「るせー、バァカ。貸さねぇし早速解雇すんぞ」
「あっ嘘、嘘! ゴメンナサイ!」


        ♧


 二日後。
 YOSSYヨッシー the CLOWNクラウンは、単身で渡英した。

 今回彼が日本で行ったことは、枝依市民会館での公演と、近隣の街での慈善事業チャリティー。それらの合間に数件のテレビ出演と、雑誌の取材もこなしていた。思い付きで、突発的に路上ストリートパフォーマンスも行い、集まったおひねりにご満悦なYOSSY the CLOWN。
 彼はいつも、そこ各所で寄付金を募り、必要な施設へそれを譲渡している。また、手元に残す金銭と、慈善事業チャリティー基金を分け携えて、世界各地を飛び回る。
 これが、YOSSY the CLOWNのパフォーマーとしての行いのあらましだ。舞い込む依頼は、無謀なものでない限りは比較的になんでも受けているのも、慈善事業チャリティー基金を増やすため。

 YOSSY the CLOWNは、降り立ったイギリス国内の空港でさっさとタクシーを捕まえ、依頼をしてきた児童養護施設へと向かった。
 現地の天気は曇り。日本の曇天の灰色とはまた違った色と匂いに、わずかばかり背筋も伸びる。
「兄さん。アンタ、YOSSY the CLOWNだろ? フランスの『レーヴ・サーカス』で道化師クラウンやってた」
 タクシーの運転手が、バックミラー越しにそうしてにこやかに話しかけてきた。『OliccoDEoliccO®️』の薄い灰青ウェッジウッドブルー色のレンズを透し、YOSSY the CLOWNは「ええ」と微笑む。
「いかにも。僕があの世界的有名パフォーマー、YOSSY the CLOWNですよ」
「いやー。三年前に田舎で家内と見に行ったんだ。あのサーカス公演には、えらく感動したよ」
「お褒めあずかり光栄です、Signoreシニョーレ
ソロ独立になったんだってな? ニュース見たよ」
「ええ、そうなんです。merciありがとう
「行き先の施設には、公演か何かかい?」
「ええまぁ、そんなようなものです」
 真意を濁す、YOSSY the CLOWN。細長い足を高く組み、窓の外へと目をやった。
「あそこはいい施設だぜ。子どもたちの心身ケアから、里親事業なんかもしっかりやっててな。何せ施設長グランマがお堅い方だからねぇ!」
 タクシーがガタンと揺れる。YOSSY the CLOWNは、ふぅんと口角に笑みを残して、相槌を返した。
「あー、あのよう、ミスター」
「はい?」
「後でよ、サイン、くんねぇか? うちの家内が、アンタのファンでよ」
 バックミラー越しに、恥ずかしそうに鼻を掻く運転手。
「フフ、ええもちろん。お名前をどうぞ」
 YOSSY the CLOWNはそうして小首を傾げた。
 手荷物の中から、色紙と油性ペンを取り出す。ツラツラとそこへサインをし、運転手とその妻の名を訊ねて列ねる。

 タクシーに乗り込んで以来、ジワジワと迫ってくる恐怖心がYOSSY the CLOWNを覆っている。それはなかなか拭い切れない。
 児童養護施設の依頼内容が、彼のトラウマとニアミスしてしまったためだ。たったそれだけのことでこんなに怯えるのは、幼い自分自身インナーチャイルドが癒えていない証拠であって。

 YOSSY the CLOWNは、利き手の右手にありったけの力を込めてみる。
「大丈夫だ、大丈夫。出逢う彼らは、良二じゃない」
 小さく小さく、日本語で呟く。
「『僕』なら出来る。世界中が笑顔になる。『僕』の芸で、世界は笑顔で充ちていく」
 暗示のような、その言葉。運転手の耳には届かない。
「どうか……どうか今回もきっと、上手くいきますように」

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