C-LOVERS

佑佳

文字の大きさ
31 / 126
HOPE

7-1 crispy croissant

しおりを挟む
 それから三日後のフランス──某所アパルトマン。


 寝起き三〇分後の、午前八時半のこと。
「提案がありまぁーす」
 キッチンから戻って来たヨッシーが、そんな風にぽやんとした声を朝のダイニングテーブルに浮かべたから、ボクとエニーはぴたりと動きを止めた。サクッサクのクロワッサンにかぶりつこうとしていたんだけど、丁度オアズケを食らってる感じ。あんが、と開いた口を無理矢理閉じる。
「昨晩、飛び込みゲリラパフォーマンスの場所を決めましたー」
 つき立つ右人指し指。なかなか椅子へ座ろうとしないヨッシー。ああ、カッコつけたいんだろうな、フフ。
「それって、先週イギリスからこっちに来る飛行機の中で言ってた件?」
「そうそう」
「どこ、で、やるの?」
 エニーの小さな問いかけに、ヨッシーはにぃんまり、と頬を高く持ち上げた。一〇日後にはフランス国内での舞台公演ステージパフォーマンスを控えてるし、十中八九、近くだろう。
 ヨッシーは胸を張って、手を腰にあてがって、イタズラを思い付いたみたいな口調で言った。
JAPON日本だよ」
「え」
 まばたきを、ひとつ、ふたつ。そして、顔を見合わせる、ボクとエニー。

 ええと、待ってほしい。

 だからさ、一〇日後フランスここ舞台公演ステージパフォーマンスがあるって、決まってるよね? だったらフランス国内で、まぁ行っても近郊の国で『飛び込みゲリラパフォーマンス』やれば良さそうじゃない? その方が効率良さそうだしさァ。
 それとも、日本から慈善チャリティー公演の話が来たのかな? だからわざわざ飛ぶのか? あんまり時間のないこの時期に?
 あ、いや、別に、日本に行くのが嫌だとかじゃない、全然。むしろ心待ちにしてた。ご飯美味しいって話も魅力的だし、現地に行けば言語吸収のいい経験にもなるから。

「えと……」
 ボクはひとまず、ありきたりな返答をする。
「ヨ、ヨッシーの故郷だしね?」
「まぁね」
「いつ、行くの?」
「今日の夕方の飛行機に乗っちゃおうかなーって」
「や、あの……」
 バスとか電車感覚で言うなよ、と思ってしまったボク。
「ん?」
「ううん、何でもない……」
 浮かぶ、ボクの苦笑い。
 ヨッシーって、良くも悪くもフットワーク軽いと思う。『思い立ったらすぐの人』なんだな、とは気が付いてたけど、まさかここまでとは。
「あとね、俺の親族にも会いに行こうかなと思ってるんだ。キミたちをちゃんと紹介したいから」
「し、親族?」
 びく、と固まってしまうボク。右隣のエニーは、クロワッサンをお皿の上に落としちゃった。
「大丈夫。安心して。もうたった一人しか血縁は残ってないんだ。他はみんな、死んじゃって」
 えっ、と瞼が上がる。ヨッシーの顔をまじまじと見つめる。
 「みんな死んじゃって」なんてあっけなく言ったけど、それってかなり寂しいことじゃないのかな。ヨッシーのこの笑顔、なんとなく、哀愁っていうか悲壮っていうか、そういうのを隠す笑い方に見えて仕方がない。
「そ、そう、なんだ……」
 無言に耐えかねて、ヨッシーの発言をボクのそれでひとまず包んでおく。

 人の生き死にに関して、どんな言葉で触れたり寄り添ったらいいのか、ボクにはまだわからない。わからないけど、ヨッシーの傍で、元気が出るような何かはしてあげたいって思ってる。

 横目でエニーの様子を窺うけど、ピクリとも動かない。うう、ボク本当になんて言っていいかわかんないよ。
「たくさん、ツラい、想いした? ヨッシー」
「はは、まぁ、そうだね」
 エニーの小さな問いに、ヨッシーはちょっと──いやそこそこ、困ったみたいにやっぱり曖昧に笑った。
「二度と会えないのはやっぱり悲しいし、何より、そうだなぁ……むなしいよ」
「虚しい?」
「うん、虚しいね。死んでしまった親族の誰にも、僕の功績を見てはもらえないんだから」
 そういう、ことか。

 ヨッシーは、きっと死んでしまった中の誰かに、今こうして『立派に』やってることを褒めてもらいたかったのかもしれない。それこそ、この前の夜に話してくれたお祖父さんグランパとか。
 今のヨッシーは発信するだけで、だけどきっと受け皿が無い状態なんだ。虚しいと言ってしまうのも納得かも。

「お墓に報告に行くのは、ダメなの?」
 ふと、思ったことを口にしたボク。ヨッシーはくるりとボクを見つめる。
「日本は火葬して骨にするけど、その後はみんな同じお墓に入るんでしょ? 養護施設の本で読んだよ。お墓のみんなに、ボクがヨッシーのスゴさを報告してあげるよ」
 それじゃ嫌かな、と顎を引く。
「お墓に、ご挨拶。一緒に行こ、ヨッシー」
 エニーも静かにひとつ頷いて言う。
 ビックリしたみたいに固まってるヨッシー。え、もしかして思い付かなかったの?
「あ、はは、そうか、墓参り。なぁんだ。うん、そうだよね」
 しばらくして、石化から解けたように動き出すヨッシー。咳払いを挟んで、右拳を口へあてがう。
「えっと、では。今回も俺のワガママに、付き合ってくれるかな」
 照れたみたいに、ヨッシーがはにかむ。ボクたちよりもずっと子どもみたいだ。
「もちろん」
「当たり前」
「『今はボクたちがヨッシーの家族だよ』って、ちゃんと伝えるからね」
「うん、アタシも」

 ヨッシーのために、日本へ行く。
 ヨッシーのかつての家族にも、たった一人の血縁者血のつながりにも、しっかり会いに行くんだ。

 そう思うだけで、日本行きがますます楽しみになってきた。
「ありがとう、二人共」
 グレーのグラデーションレンズの奥で瞼を伏せて、優しく微笑むヨッシー。ヨッシーにも甘えたいときがあるんだから、今ボクが出来る『満面の笑み』を向けて、安心させてやらなくちゃ。
「ねえねえ、その『たった一人』は、どんな人なの?」
 ボクは質問を投げかけて、おあずけ状態だったクロワッサンを一口頬張る。もう無理我慢できません。乳製品好きのボクが、バターの芳ばしい香りがしてるのに、これ以上待てるわけないでしょ!
 サク、バリ。
 ワオ、最高!
 バターの薫り高さ、唇にぺたぺた貼り付く薄い生地、中身の薄皮みたいに白いヒダ! 歯触りも軽快で、ずっと何度もこの「サクッ」を聴いて感じていたい!
「んー、そうだなぁ」
 ボクがガツガツと頬張る様を眺めながら、ヨッシーはそっと椅子へ腰かける。
「俺がしない表情を、全部してくれる人だよ」
 両掌を胸の前でパチリと併せて、「いただきます」と日本語で呟くヨッシー。いいなぁ、ボクも日本語喋りたい。
「ヨッシーがしない表情?」
「そんなの、ある?」
 交互にボクとエニーが問うと、ヨッシーは「あるさ」と楽しそうに笑った。
「逆に、俺がする表情をその人はしてくれないね」
「へぇ」
「早く会いたいな、その人に」
「アタシも」
「フフ、俺もっ」
 ヨッシーが楽しそうにそうして笑ってくれるだけで、まばたきの次の瞬間を楽しみに思える。少しだけ、ヨッシーのフットワークの軽さの意味に気が付けたような気がした。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

秘められた薫り

La Mistral
恋愛
エブリスタにて、トレンド#恋愛で最高位 55位を獲得した作品です。 「愛しているよ」という夫の言葉が、今の美咲には虚しい空気にしか聞こえない。 欠けていたのは、理性を焼き尽くすような衝動。 ​クライアントの慎吾と交わす視線。ビジネスという仮面の下で共有される、剥き出しの欲望。 指先が触れる。名前を呼ばれる。ただそれだけで、美咲の積み上げてきた「良き妻」としての世界は音を立てて崩れ去る。 ​完璧なアリバイ、塗り固めた嘘。 夫の隣で微笑みながら、心は別の男の指先を求めている。 一度知ってしまった濃厚な「薫り」は、もう彼女を元の場所へは戻してくれない。 ​守るべき家庭と、抗えない本能。 二つの世界の境界線で、美咲が選ぶ「最後の一線」とは――。 欲望の熱に浮かされた女の、美しくも残酷な堕落の記録。

追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─

石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」 貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。 「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」 かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。 ときどき舞い込んでくるトラブル。 慌ててミーナを探しているルカ。 果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。 甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。 *サイトより転載になります。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

二百年の眠り姫は、五人の薔薇騎士と龍に溺愛される

七海美桜
恋愛
旧タイトル:五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです! フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

処理中です...