C-LOVERS

佑佳

文字の大きさ
30 / 126
HOPE

6-4 childhood's hopes

しおりを挟む
        ♧


「それさァ──」
 初めにそうして訊ねたのは、祖父じいさんへだった。
「──こうしてこう、で、合ってる?」
 俺の手元を眺めていた祖父じいさんは、明らかに目を丸めて、息を呑んだ。わずかに言葉に迷ったような反応を見せてから、そっと一言をこぼす。
「マジかよ。コピーしたみてぇに出来るじゃねぇか」
 緩く、シワの寄ったほうれい線を、そうして持ち上げた。しわくちゃの手で、ちっぽけなガキだった俺の頭をガシガシとなでくりまわし、やがてカラカラと笑った。

 祖父じいさんが笑うと、俺も少しずつ笑えた。
 祖父じいさんが「いいぞ」と言うだけで、向上心が芽を吹いた。

「俺も芸人に、なれるかな」
 それからしばらくして、ボソリと本音を呟いてみた。
 滅多に望みなんて言わない内向的な俺を気遣ったんだろう。祖父じいさんは「どうだかな」と言いながら、反面で肯定的な意見を添えてきた。
「サイレントパフォーマーなんつーキザな芸人も居るくらいだ。言葉扱わなくたって、芸だけで魅せるのもカッケーと思ったな」
「サイレント、パフォーマー……」
 それなら俺にも、出来る気がする。変な自信がついた。


        ♧


 日本──枝依西区、柳田探偵事務所。


「わかりません」
「わ、か、れ」
「見えません」
「見えるっつの」
「いい加減、細かいとこ教えてくださいよ!」
「だァらっ、いい加減盗めっつってんだろ!」
「だあーっもう! 盗めないって言ってんじゃないですか!」
 そんな堂々巡りを続けて、かれこれ二〇分。
 不意に見せた良二のマジックを、穴が空くほど見つめるも、「さっぱりわからない」とお手上げの若菜。

 良二は、初めて若菜がやって見せたトランプカードマジックを、極上に上手くやって見せた。しかも呼吸をするかのように滑らかに、自然に、そしてとても品良く。
 そんな良二の手さばきに、自らの行うそれとの相違点ばかりが目についた若菜。じわじわと気力を失いかけていたため、壮大な「はあー……」を吐き出すこと六回目を迎えている。
「じゃ、わーった。こう言やいいだろ」
 整った山にしてあるトランプカードを、良二は若菜へと手渡す。
「テメーは全部の動きがぎこちねんだよ」
「ほうほう」
 差し出されたトランプカードを受け取りつつ、がくがくと頭を上下に振る若菜。
「『上手くやってやろう』だの『失敗は許されない』だの考えて、身体からだ全部に力が入りまくってんのは、マジックをやる上で一番あっちゃなんねぇ」
「どうしてですか?」
「演者が力んでっと、観客も力むからだ」
 意外な解説に、若菜は「へぇ?」と吊り上がった目尻を見開いた。
「観客が力むと、その眼は純粋な興味だの好奇心だのじゃあなくなる」
「ほうほう、つまり?」
「好奇心は、簡単に粗探しに変わる」
「粗、探し」
 若菜は身に覚えがあった。良二のマジックをリラックスして眺めたときと、ギラギラと目を見開いて観察するときとでは、感じ方に差がある。
「力んだパフォーマーは、粗探しの標的にしてくださいって言ってるようなもんだ。だからまずテメーは力を抜くことから始めるこった」
「力を抜く、かァ」
 右手に持ったトランプカードの山札。それをそっと眺め、深呼吸をひとつする若菜。
「そっと、めくる。一枚目の、カード」
 ボソボソ、小声で呟きはじめたそれは、まるで自らへ言い聞かせているような声色。良二は事務机に頬杖をつき、若菜の手元を見守る。
「ナチュラール、ナチュラール」
 目を閉じ、歌うようにそう言った若菜。「呪文か」というツッコミが口腔内で待機する良二。しかし呑み込む。
「『はーいこのカード覚えてくださいねー』とかなんとかァー、流れるようにィー」
 そうしながら、若菜の身振り手振りが変に滑らかに変わっていく。本気で力の入っていない動きを続ける若菜の様子に、良二はきゅ、と目頭を細めた。

 吹き出して笑ってしまいたい──珍しく良二は『笑いを』こらえていた。しかし、笑いには変えない。笑ってやるものかという意固地の精神が先に立つ。

 胸元から取り出したタバコへ火を点け、良二は見えないように一ミリだけ口角を上げた。


        ♧


 ある事象をきっかけに、祖父じいさんは新聞やら雑誌を片っ端からかき集めて、小さな小さな記事を見つけてスクラップするようになる。
「そんなの集めてたのかよ」
 低く問えば、祖父じいさんは背中で曖昧に「あぁ」と相槌あいづちを返してきた。
「そんなクズみたいな記事、嬉しいかよ」
 スクラップブックは一向に次のページへ進まなかった。記事が小さすぎて、全然嵩張かさばらないんだ。それが少しだけ歯痒かったのかもしれない。俺は、わざとそうして訊ねたんだ。
「別に」
 予想外の返答。ピクリ、左眉が上がる。
「生死確認がとれた証拠だから、別になんでもいんだよ。この際内容なんざ飾りだ」
「…………」
「生きてるなら、それでいいんだ」
 微かな舌打ちを口腔内に収める。引き際がわからずに、言葉を続けてしまう俺。
「ネットのがデケェの載ってんじゃねぇの」
「ネットだァ? ハン、あんなもん俺がわかるかよ。ジジイに『ハイテク』は触れねぇ」
「…………」
 年寄りの甘えだと思った。昔から柔軟な対応をする祖父じいさんだったが、さすがに歳を重ねて頑固になってきたんだろうと勘繰る。
「ま、さぞかしデケー記事がネット様にあるっつんなら、オメーが調べて印刷してきてくれよ」
 思い付いたように、祖父じいさんはくるりと俺を振り返った。
 それは力ない笑み。どことなく、体調が悪そうだ。
「どこで」
「高校でいいだろ」
「いいのかよ? 私用目的でそゆことやっても」
「相変わらずバカ真面目だな、オメーは。先生様の目ェ盗むのも、生き方のお勉強よ」
 カラカラと乾いた笑いが向けられる。そんなもんだろうか、と視線を逸らす。
「わーったよ。印刷してくりゃいんだろ」
「オメーも心配なんだろ?」
 細く問いかける祖父じいさん。そうやって簡単に俺自身の『見たくない本音』を、勝手に掬い上げてわざわざ見せてくる。
 いつもそうだ。祖父じいさんも、アイツも。
 俺は大層な間を空けてから、祖父じいさんに背を向けた。
「んなワケにねぇだろ」
 音もなく閉めるふすま。ピシャンとやると、祖父じいさんがうるさいから。
「んなワケ、ねんだよ」


        ♧

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─

石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」 貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。 「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」 かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。 ときどき舞い込んでくるトラブル。 慌ててミーナを探しているルカ。 果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。 甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。 *サイトより転載になります。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

二百年の眠り姫は、五人の薔薇騎士と龍に溺愛される

七海美桜
恋愛
旧タイトル:五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです! フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...