C-LOVERS

佑佳

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TRUST

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「おれのあにきはよっしーざくらうんだ?」
 マヌケになぞる私──服部若菜。
 いやいや、なーに言っちゃってんのかな、柳田さん。さすがにこのボケはツッコミに困るっていうか。
「…………」
 柳田さんが、まっすぐに私を睨み見てくる。
「…………」
 左隣の制服の彼女を盗み見てみたら、やっぱり私へ真顔を向けて、すんごく小刻みにカクカク頷いていて。
「えええっ、ええっ?!」
 思わず張り上げた声と共に立ち上がる。
「ルセェな、いちいち立ち上がるな。雛壇芸人かテメー」
「あ、全く同じこと思ってました」
 チッ、と舌打ちを向けてくる柳田さん。そんな柳田さんの顔をじっと眺めながら、想像でYOSSYさんの顔を横に並べてみる。

 ニコニコ笑顔のYOSSYさん。ピースまでして、青いストレートの髪の毛がサラサラで、いつもの青いレンズのサングラス。そしてフワッと薫るのは、エスニックなお香の魅惑的にいい香り。

 片や、目の前の柳田さん。ズンと寄ってる眉間に、半開きで睨んでくる目。赤茶の癖っ毛と、目の中の黒茶のカラコン。そしてフワッと横切るのは、その身に染みついた安いタバコの副流煙。

 あぁー、うーん。確かに、背格好も肉付きも、顔の小さい感じとかも、似てる? のかな。二人が前に事務所の入り口で並んだとき、見事に同じ高さのビルみたいだった。
 電球ピカリ。サムエニが私の脳内を横切った気がしたから。
「ああっ、じゃあさっきの『子ども』って」
「九九パー、アイツらだろ」
 ソファの背もたれにズムリと背を預けた柳田さんは、なんだか重たい荷物を下ろしたような、気の抜けた声色だった。相変わらず眉間にシワだし、機嫌が悪そうな態度ではあるけれど。
 ぐっ、と上半身を左隣へ寄せる私。
「ねぇ」
「は、はいっ?!」
 大人しく座っていた彼女は、びっくりしたように上半身をよじった。
「本当に『あの』YOSSYさんと、『この』柳田さんを間違えたんですか?」
「は、はい。その、うっかり」
「うっかりするほど似てないですよ。YOSSYさんのがオシャレだし、ニコニコしてるし、キレイにしてるし!」
「悪かったな。洒落っ気ねぇわムスッとしてるわ小汚ねぇわでよ。いや小汚くねぇよ! つーかそんな話はどーでもいんだよっ」
 彼女とそれぞれ柳田さんに向き直って、続きを聞こうと姿勢を整える。
「こっからはアンタも話に参加しろ。意見があるときゃ、手ェ挙げてから発言すんのがルールだ。いいな」
「わ、はいっ」
「テメーもまだ話続いてんだかんな。ちゃんと聞け、いいな」
「え、はーい」
 すんごいふんぞり返って、やたらと偉そう。こういう態度、いつも依頼人に苛つかれないのかって不安になる。
「じゃあまず──」
 ついに痺れを切らして、よれたタバコを一本胸ポケットから取り出した柳田さん。おいおい、JKが居る前でそれはちょっと!
「あー待ってください。禁煙にしてください」
「あー?」
「制服に副流煙が染み込むと、自分で洗濯してもなかなか落ちなくて困るんです。お高めのクリーニング代を彼女に渡すんなら、別ですけど」
 昔困った私が言うんだから間違いない、と腕を組む。柳田さんの眉と目がめちゃめちゃくっつくほど近付いて──ていうか既にくっついてない? まぁそのくらいイヤーな顔をされる。
 舌打ち混じりに、思いっきり渋りつつ、取り出したてのよれたタバコを元に戻す柳田さん。代わりに左脚を高く組んだ。
「いいか。この前、あのクソ兄貴から依頼があった。内容は、アイツらの衣装作りだ」
「衣装、作り?」
 柳田さんの細長い左人差し指が、まず私に向く。
「テメーが作る。双子の推薦だと。で、デザインはアンタ。アイツの推薦」
 流れるように、その指が彼女にピッと向く。彼女は肩をびく、とさせて背筋を伸ばした。
「間違いねぇな?」
 確認する柳田さんの眼が、なんだかいつにも増して冷淡で、ちょっと怖いくらいの気迫がにじんでいる。
「……はい」
 彼女が小さく首肯しゅこうで返す。
 次は私の番だとばかりに、柳田さんが刺すようにこっちに眼球を動かした。
「まずテメーに訊く。どーする、この案件。引き受けるか、受けねぇか」
「え? 選んでいいんですか?」
「アイツには、俺が勝手にどうこう言えることじゃねぇって言ってあるからな。作るのはテメーだ、俺じゃあない」
 柳田さんは、眉間をほんのりと緩めた。あ、この前の、ちょっと寂しそうなあの表情に近くなってる。勝手に心拍数が上がる私。
「テメーにとってこの案件を引き受けるっつーのは、イコール、一時的でもまた『ミシンを使うこと』ンなる。それに対して、テメー自身がマイナス要因抱えてたり、抵抗あったりすんのかに寄るんじゃねぇか? ……と、思ったっつーか」
 目を逸らした柳田さん。それを合図に、ゴトリ、と私の中で、何かが動いた音がした。

 柳田さんが『私の気持ちを優先して』、すぐにYOSSYさんに返事をしなかったってことだ。きっと今までだったら、「仕事がきたからやっておけ」くらい言っただろうに。

 視線が戻ってくる。
「俺は俺で、テメーが断ったときのための依頼も言われてる。だからテメーが決めねぇと、この話は止まったままだ」
「私、次第?」
「あぁ。突飛な話で、呑み込めねーかもしんねぇけど」
 気遣う言葉が、柳田さんから飛び出した。目を真ん丸にした私。

 やっぱり、柳田さんはちょっと変わった。
 『身近な誰か』をわかろうとする気持ちが、柳田さんに増えたんだと思う。少なくとも、私の気持ちを汲み取ろうとしてくれているらしいことがわかる。
 なんか、じんわりくるなぁ。まるで私の涸れ果てていた涙腺の源泉に、潤いが戻ったような。

「はい」
「ん」
 低く、胸の前で手を挙げる私。顎で指してくる柳田さん。
「あの、私は大前提として、柳田さんの秘書です。柳田さんの役に立つなら、極力なんでも引き受けます。それがYOSSYさんとの、初めの約束でした」
「ん」
「だから柳田探偵事務所にきた依頼で、どうしても柳田さん自身が出来ないことなら、代わって私が勤めます。それが私なりの『柳田さんの役に立つ』だと思ってます」
 生唾をゴキュリと呑んで、絞り出すように声を出す。
「だけど、柳田さんがちょっとでも嫌なことなら、私もやりたくないです。柳田さんが嫌がることは、したくないからです。でもそうじゃなくて、もし──」
 膝の上で握った拳を、今一度ギッと握り締める。
「──もし、柳田さんが私を『頼ってくれてる』んなら。そのときは、それ相応の覚悟と心積もりで、私は真剣にのぞみますっ」

 きっと、柳田さんは知りたいんだ。私の熱意が、どこを向いているのかを。

「今回私は、私の能力をかってくれたサムエニに、全力で応えたいと思います。私が楽しい楽しくないじゃなくて、すべては『サムエニに喜んでもらうために』です!」
 言い切ったら、吸い込んだ空気が涼やかで、爽やかだった。目の前が、星が散ったようにキラキラした。

 ああ、この感じ、私知ってる。
 いまの私、目標が明確になって、すんごくわくわくしてるんだ。
 柳田さんが期待をかけてくれることが、いまの私にとって一番嬉しいことなんだ。

「よし、わかった」
 満足したのか、フッと視線を逸らして、ひとつだけ頷いた柳田さん。もう一度目を上げたときには、いつもの半開きのやる気の抜けた目にすっかり戻っていた。
「今からこの件の製作部分については、テメーに一任する。正式に……その、探偵事務所が請け負った業務としてな」
 ポワンと赤く染まった、柳田さんの耳。真正面から私を頼るのが照れくさかったかな。まぁいいや、私はすんごく嬉しいから。
 にんまり、と口角を上げて、私は「はいっ!」と大きく返した。
「で、次」
 柳田さんの視線が、私の左へと移る。
「アンタの番だ。デザイナーさんよ」

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