C-LOVERS

佑佳

文字の大きさ
66 / 126
TRUST

1-2 confidential information

しおりを挟む
 ぽっかり開けた口を閉じてから、スンと白い目を向ける私──服部若菜。
「ゴ来客デスケド」
「あ?」
 人の気持ちだの微塵も知らないで、のんきに戻ってきた柳田さん。その無駄に広い背中に『タラシ要素アリ 激ツン朴念仁』って刺繍でもしてやろうかしらねぇ!
「…………」
 無言で、右腕を一人がけ応接ソファへ向ける私。その先の、制服をお上品に着こなしている彼女は、私に指されていることに気が付いて、ソファからシャキンと立ち上がった。
「あああの、こんっこんに、ちは」
「あん? ……げ」
 声をかけられて、柳田さんはやっと彼女の存在に気が付いたみたい。半開きのやる気の削がれた目を極力見開いて……ん? なんか、びっくりしてない?
「そ、その節は、あの、すみませんでした」
 彼女は、ソファを挟んで向こうの柳田さんを向いて、小さくお辞儀した。いいよいいよお辞儀だの謝罪だのなんてしなくて。私は見損なったよ、こんな奴!
「そう言うっつーことは、もう勘違いしてねーってことな? その……『柳田』の件」
「は、えと、はい。すぐにあの、ご説明受けまして」
「フーン。で、今日は、アイツに言われてここに来たのか」
「えっ、は、そう、です」
「あの件、だな」
「は、はいっ」
「ワリーがアイツはまだこっちに戻ってねぇ。今日は代わりに俺から伝える」
「そ、そうなん、ですね」
 柳田さんの言ったことが、逐一きちんとわかっているみたいな返事。余計なことがひとつもなくて、私だけが阻害的。なんだか柳田さんも、私より彼女の方が扱いやすそう。
「あの、わたし……」
 かと思いきや、彼女のそんな言葉の続きを無視する柳田さん。無視したその足で、ツカツカとかかとを鳴らし、なぜか私に近寄ってくる。何? なんなの。思わず眉間を寄せて、身構えてやる。
「な、何ですかっ」
「話がある。テメーもそこ座れ」
「なっ、どど、どーしてですか」
「業務として関係ある話だからだ」
「私、探偵業務できませんっ」
「バァーカ。誰がテメーみてぇなアンポンタンに探偵業務やらすかよ」
「じゃ、じゃあ秘書なので、依頼人にコーヒーを出したら退出するって契約ですし、退出しますっ」
「その契約した俺様がいいって言ってんだ。訳わかんねぇこと言ってねぇで早く座れ」
「だ、大体っ、今までどこ行ってたんですか。隠し子のところですか?」
「ハァ? 何の話だ」
「だって。彼女が『子どもと出かけたのかも』って!」
「あん?! ……あぁー、バカ、ちげーよ。自宅にタバコのストック取りに行ってただけだ」
「ええー、ホントですかぁ?」
「嘘言ってどーすんだよ」
「フーン! ていうか、曖昧な時間指定して依頼人待たせるなんて、ホント最近どうかしてませんか?」
「それ、俺じゃねんだって」
「はぁ? 彼女を呼びつけたのは柳田さんでしょ? この前のべビードレスのとき、私には探偵事務所の品位がどーのって言ってたくせにっ」
「あああーっ、たく!」
 そこまでぶつくさと言ってやったら、柳田さんは細い目を更に細くして、おでこにかかる前髪をぐしゃぐしゃかき混ぜた。
「テメーには、ちゃんとイチから説明しねぇとなんねぇことがあんだよ」
 かき混ぜていたその右手で、柳田さんは私の左手首をぎゅむりと掴んだ。
「来い」
「え?! や、ヤダ、何ですか?!」
 ちくしょう、振りほどけん。掴む力は強いのに痛くないっていう謎の掴み具合。ムカつくー!
 そうして引っ張られて、彼女の隣に連れてかれた私。ぐっと肩を押さえ付けるようにして座らせられる。もう、意味わかんない!
 どっかり、向かいの三人がけソファの中央に腰を下ろす柳田さん。
「何なんですかっ。公開処刑ですか?!」
「黙っとけ、許可無しに口開くな」
「んなっ」
 ムッカつくぅー! ピギピギと青筋の寄るこめかみ。
 柳田さんは、チッとひとつ大きく舌打ちをしてからモモに腕を乗せて前のめりになった。
「まず、アンタ」
「はっ、はい」
 ピッと彼女へ向けられる、柳田さんの刺すような視線。同時に、柳田さんの左親指が上向きにぐいっと私を指す。
「今からこのアンポンタン秘書にいろいろ説明する。アンタは情報の重複になっけど、復習だと思って黙っててほしい。いいか」
「わか、りました」
 カクカク小刻みに頷く彼女。それを見届けてから、柳田さんの視線がぐっとこっちを向いて、私と睨み合うみたいになった。
「あのな。今から言うことは、テメーにだけじゃなくて、そもそも世間様に知られるのが恥だと思ってるから黙ってたことだ」
「で?」
「だァら、今まで気付かなかったテメーが悪いとか、言わなかった俺が悪いとかの話じゃねぇ。そこんとこほじくってくんなよ。わかったか」
「よくわからないけどわかりました」
 「どっちだよ」っていうツッコミを待ってたのに、柳田さんは何も言わなかった。もうっ。さっきからテンポがズレて持ち直せない。
 柳田さんは五秒で吸って八秒で吐き出してから、低く言葉を発した。
「結論から言うと、『柳田さん』っつーのは二人居る」
「…………」
 目も口もたらりーんと見開いて、思わず固まった私。
 いや、マジで何言ってんのか理解できない。私は今まで、柳田さんが二種類なのに気が付かなかったってこと?
「あの、私もしかして、二人の柳田さんに交互に……」
「ちょ、バカ! 黙っとけっつってんだろっ」
「い、今はどっちの……っあ、もしかして! この前『手ェ出してきた』のがまさか」
「んなっ?! ばっ、誤解招く言い方すんじゃねぇっ!」
 柳田さんを真っ赤にさせると、ちょっと気持ちが満足した。フン、せいぜいJKにきたないものを見るような目を向けられたらいいわ!
「まず、ひとつ目っ」
 ダン、とひとつ足を踏み鳴らした柳田さんは、ガシガシと頭を掻きむしって、左人指し指をピンと立てる。
「その、なんだ、アレだ」
「どれですか」
 さっきまでの勢いはどこへやら。キョロキョロしながら言い淀む柳田さんを、じっとりと観察する私。
「や、その、だァら、だな」
「そんな言いにくいことですか?」
 眉間を寄せて、ジト目を向ける。
 数秒もすると、何かを覚悟したみたいに、柳田さんは私を向いた。
「俺には、その。ふ、双子の兄貴が、居んだよ」
「へぇ」
「…………」
「…………」
「え、ふたっ、双子?!」
 遅れてやってきたリアクションの波に、がばりと立ち上がる私。言葉を失って、あんぐり開けた口を向ける。
 柳田さんは、その高い鼻先を俯けて、ハアーと大きく溜め息を吐いた。
「だァら、彼女が言ってる『柳田』と俺は、別人だっつー話だ。俺自身が二人いるだとか、そういう話じゃあねぇっつーこと」
 なにそれ、なにその展開。柳田さんて、めちゃくちゃファンタジーじゃん! えっ、似てんのかな、すんごい似てたらゲラゲラ笑っちゃうんだけど!
「わ、わかりましたけどくふふふふふ、そんっなに似てるんです? プスススス」
 やば、笑いが漏れてしまった。まぁいいや、柳田さんそこまで気が廻ってなさそうだし。
「いや。一卵性だが、もう顔は似てねぇよ。似てねぇとは思ってたんだが──」
 息を吸うのと同時に、彼女を一瞥いちべつした柳田さんは、ふわっと眉間を緩めた。
「──まっさか、アンタに間違われるたー思わなかった」
「え。双子の兄貴と会ったことあるんですか?」
「え、ええ。このま──」「ふたつ目」
 彼女の言葉をわざわざ遮って、続きだと威圧してきている。あぁ、ホントに一気に言ってしまいたい事柄なんだな。
 黙ってることにした私は、ソファに腰を落ち着ける。
「子持ちっつーのは兄貴アイツの方だ。テメーも知ってるとおり、俺は独身。隠し子なんつーのも無い」
「あぁ、それで……」
 なるほど、と顎に手を添えながら、私は左隣の彼女をチラリ。
「最後に。その兄貴っつーのがだ」
 また目を逸らして言いにくそうにしてる。そんなに兄貴が嫌なのかな? まぁ「恥」って言っちゃうくらいだしね。
「…………」
 沈黙を置いてから、柳田さんは観念したように、呆れたみたいな声で吐き出した。
「俺の兄貴は、YOSSY the CLOWNだ」

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...