C-LOVERS

佑佳

文字の大きさ
71 / 126
TRUST

2-1 create for you and one

しおりを挟む
 翌日、火曜日──柳田探偵事務所裏手アパート 三階。


 ワンルームのがらんとした一二畳で、ベージュを基調にした洋内装。それが、この度若菜と蜜葉へ与えられた『衣装製作作業場』である。
 部屋の壁際に、ミシンが乗った簡素なテーブルと、簡素な椅子が二脚。どこにでもあるようなレースのカーテンが下がる掃き出し窓からは、最寄り駅である『西山線 西大学街駅』が遠くに見えた。

「柳田さんから聞いたんだけど、YOSSYさんたち、三週間以内にもう一回日本に来るんだって」
「そうなんですね。あ、じゃあそれまでに、仕上げておいた方が……」
「いいってことだな」
 言葉を引き継いだ若菜がにたりと笑むと、蜜葉は猫目の形状の目尻を柔らかく細めた。
「大体二週間内には仕上げたいな。二週間でもかかりすぎ感はあるけど、パフォーマンス用だし、時間もあるし、しっかり作り込みたいとこだと思う」
「賛成です。例えばバレエなど、のように、激しく動いても、支障ないような作り、を、わたしも想定、しています」
「うんうん、なるほど」

 そんな会話から始まった初日は、針や糸ではなく紙と鉛筆での作業になった。
 良二が善一から伝達されたサムとエニーの採寸表を元に、若菜は難なく型紙を作り始める。
 実に事細かく書かれたこの採寸表には、数字がびっしり書いてあった。情報過多だと思える反面、採寸した箇所の細かさに、若菜は笑えた。いかに善一が双子に愛や心血を注いでいるのかが、一目見るだけでじっくりと伝わる。沸々と込み上げる愛おしさで、胸が詰まる。

「それならここ、もう少し厚手の生地に変えるのはどうだ?」
「二重や三重では、どうでしょう」
「んー、生地に負担かかんないかな……。まぁ、ちょっとやってみるか。ダメそうだったら厚手の買いに行こ」
「はいっ。やってみましょ!」

 向かい合って座る若菜と蜜葉は、そうして頭を突き合わせ、前日に買ってきた生地を実際に合わせていく。
 生地を重ねるだけで、新たなアイディアが沸き起こる。蜜葉はそこからいくつかを提案し、それが若菜の作業に反映できるかを相談していく。
 穏やかに、そして適度な緊張感のもと、時間はさらさらと流れていった。

「若、若菜さんは、いつ頃進路、決められました?」
 型紙用紙を押さえていた蜜葉は、はらりと垂れ下がってきた一束の髪を右耳にかけながら、向かいの若菜へと訊ねた。実際に服飾関係の学校を出た人物から話を聞くいい機会だと、実はジリジリと狙っていた。
 顔を上げて「うーん」と唸った若菜は、時間をかけて再び採寸表を確認する。
「具体的に何になりたいって決まったのは、蜜葉と同じくらいのときだったな。それまでは何も思い描いてなんてなかったよ」
「家政科、というお話を、聞きました。エニーちゃんたち、から」
「あぁ、高校自体がな、たまたまそういうとこだったんだ」

 学費面で若菜の進学できる学校がそこしかなかった、というのが真相であるが、若菜はその事実を沼の底に沈めている。

「裁縫だとかなんだとかを専門的に学びながら、でもいつも楽しくなかった。誰の特別にもなれそうになくて、何やってんだろって、いつも思ってた」
 普通科に通っている蜜葉だが、若菜のその過去の想いが今の自らがぴたりと重なる。キリリとする、胸の奥。若菜の鉛筆の先は、迷いなく滑り行く。
「でも高校二年の秋に、たまたまサーカスを観に行ったのがキッカケで、私の道はこっちじゃないって、思い込んじゃったんだよね」
「サー、カス?」
「うん。フランスの『レーヴ・サーカス』。そこに、デビューしたてのYOSSYさんが居たんだ」
 にんまりと笑い、手を止める若菜。ハテナの浮かぶ蜜葉へ、言葉を続ける。
「あのときの美しいパフォーマンス、華麗な身のこなし。出演者はみんなそうだったけど、YOSSYさんはただそれだけじゃなくて、なんだかやけに胸に刺さって抜けなかった」
 右手に握っていた鉛筆を置く。中空に当時を思い出せば、若菜は自然と口角が上がった。
「気が付いたら滝みたいな涙流して感動しててさ、私。で、『YOSSYさんみたいになりたい』って、いつの間にか決めてたの。もともとお笑いはスゴく好きだったし、『だったらやってみよう』って思ってな」
「えと、でもどうして今、探偵の柳田さんの、秘書を?」
「あぁ、マジックを教わる目的で、事務所に突っ込んでったの」
 「突っ、込んだ?」と驚きなぞる蜜葉。真ん丸の黒目がちな瞳がコロンとする。
「YOSSYさんに芸を教わりたくて、門前払い覚悟でYOSSYさんの楽屋に頭下げに行ったんだ。そしたらまぁ、いろんな話をした挙げ句、柳田さんを紹介してくれて。マジックで柳田さんを唸らせられたら、私を弟子にしてくれるって話でさ」
「あぁ、それで……」

 YOSSY the CLOWNの名刺を『ただ渡す』ではなく、巧妙なマジックを通して直接蜜葉へと渡してきたこと。
 作業場の鍵を『ただ渡す』ではなく、万国旗を長々と引き連れさせて若菜へ渡したこと。

 蜜葉が目の当たりにした良二のマジックは、芸としては小規模ながらも、確実に高揚した気持ちを抱かせた。それだけ惹き付けるものがあり、技術が確かだという証明であり。

「柳田さんのマジックは、本気でスゴい。桁違いのパフォーマンス技術、力量。そんで、いつだって柳田さん自身がマジックを楽しんでるから、こっちも惹き付けられる」
「楽しんでるから、惹き付けられる……」
「あのYOSSYさんが『世界で通用するレベルだ』って柳田さんを讃える意味も納得できる。あんなのには到底敵わないなって、ひしひし思うもん。……まぁだからこそ、ハッキリした目標に出来てるんだけど」
 困ったように、くしゃりと笑んだ若菜。
「何が道で、どれがやりたいことで、何をやるべきなのかなんて、大人になったハタチ越えたって私にはわかんない。でも、行きたい道だって思えた道が見えたら、腹くくって『誰に何言われようと絶対に進んでやる』って気持ちがなきゃダメだなーとは思ってる。たとえ行き止まりに辿り着いたとしてもさ」
 若菜の感性は、蜜葉にはない感覚だった。蜜葉が見てきた大人や他人にはいない種類で、まばたきをして景色が改まる度に、若菜がキラキラと光って見える。
「他人の目、とか、気になり、ませんでしたか?」
「そりゃ気にするよ、私も。『普通こうする』とか『失敗したらどうするんだ』とか、テンプレみたいなことたくさん言われたしな。でもさ──」
 くん、と向かいの蜜葉へ前のめりになる若菜。
「──普通の道進んだって『私は』失敗するかもしんない。だったら『私がやりたいこと』で失敗したり行き止まった方が、まだマシかなーって思って」
「やりたいことで、失敗、ですか」
「そしたら悔しくても、後でちゃんとバネにできるかもしんないじゃん?」
 目から鱗だった蜜葉。若菜の放つ眩しさに、目が眩みそうになる。
「結局私は、家政科を進路未定で卒業して、お笑い養成スクールを受験した。まぁ、全部に落ちまくって、巡り巡ってYOSSYさんのところに行けたわけだけど」
 ひひ、と若菜は笑ったので、つられるようにして頬が上がった蜜葉。
「若菜さんは、スゴいです」
「え、ええっ?! いや、そんなこと……」
 褒められるとに不馴れな若菜は、蜜葉からこぼれた一言に首まで真っ赤に染め上げた。
「全然関係ないものに、次々に挑戦できるのは、わたしは、若菜さんの才能、だと思います」
 どこか寂しげに笑んでいる蜜葉を見て、若菜の脳内で一週間前の良二の言葉が再生リプレイされた。


  俺にとっちゃ、マジックのが当たり前で、ソージにサイホーのが能力に見えてんだよ──


 良二のように後頭部に手をやると、若菜は蜜葉へ「ありがと」と漏らした。
「わたし、若菜さんみたく、自信を持って、『この先進みたい道』を、決めたいです。誰に、何を言われても、簡単には諦めたくない……そんな風に、見据えたい」
 ほんのわずかながらも、笑う回数の増えていく蜜葉を見ていると、若菜の飢えていた心が充足感で埋まっていった。『上手く笑えない誰かを笑顔にしたい』──またひとつ、形が違えど叶うような気がして。
「蜜葉なら決めれるよ、大丈夫」
 そうして若菜自身も上手く笑えるようになっているとは、本人が一番気が付かない。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...