C-LOVERS

佑佳

文字の大きさ
75 / 126
TRUST

2-5 colors has meaning

しおりを挟む
 二日後水曜日──若菜自宅上階 衣装作成部屋。


 若菜は悶々としていた。
「んー」
 『蜜葉の提案事項』に関する作業を進め終わり、はたと『あること』を思い出したのが、蜜葉がすっかり帰ってしまった後。慌ててその別件の作業に切り替え、黙々とそれに取りかかっていた。
「いや、けど……うーん」
 出来上がって間もない『それら』を目の前に眺めては、そうしてうんうんと唸ること三〇分。
「そもそも、これ『だけ』でいいのか?」
 口に出せば、一週間前に顔を真っ赤にして吐き出された「別に深い意味はねぇんだかんな」の言葉が、脳内をかすめた。
「私も特に、ふっ、『深い意味はありません』だし、充分すぎるでしょっ」
 カアッと顔の熱が上がり、ブンと振る頭。不意に時計に目がいく。
「あれっ?! ウソマジ?!」

 点いたままの照明。
 夕方に、蜜葉によって閉められたカーテン。
 時計の針が指すのは、しかし『朝』の六時五六分。

「徹夜じゃんっ!」
 ガタン、と立ち上がると、立ち眩みでめまいがした。へなへなとそのまま椅子へ舞い戻る。
「あーあー、無理すぎる」
 カシカシと頭を掻き、若菜は深々と溜め息を吐いた。
 というのも、良二は徹夜に関して厳しく、睡眠不足を許さない。徹夜などもってのほかだろうと察していたためで。

 この日、張り込みを終えた良二が、一週間振りに帰ってくる。ただし、戻ってくる時間などの詳細は一切伝えられていない。良二からの連絡は無いし、若菜もまた連絡をしていない。

 徹夜がバレたら怒られるのかな──若菜は苦い顔をして、作業台になっている目の前のテーブルへ突っ伏した。ごん、とひたいが鳴る。
「眠たくはない。けど、このままだったら寝る気がする」
 まばたきが少なくなって、やがて上下のまつげがくっついている時間の方が長くなる。あっという間に微睡まどろみへ溶けていく意識。落ち着いた深い呼吸がゆったり繰り返されて、吐く息と共にその瞼は固く閉ざされていく。

 ピンポンピンポンピンポンピンポーン

「どぅわっ!」
 来客インターホンが連打されている。ビクリと全身を跳ね上げ、上体を起こし、玄関へとソロリソロリ。
「なに、誰、怖ァ……」
 恐る恐るドアスコープを覗く若菜。「げっ」とその先の人物に顔を歪め、若菜は慌てて玄関扉を開けた。
「は、はひっ、あのっ」
「てんめぇー……」
 そこには、態度最悪状態の良二が立っていた。張り込み用の荷物がその右肩に掛かったままで、いたるところに疲れが見てとれる。
「や、なぎ田さん……」
 若菜はおずおずと、上目遣いで口角を引きつらせた。一週間振りの再会にもかかわらず、今にも噴火しそうなほどにグラグラ煮たっている良二を警戒する。
「なんでこの時間にここに居やがる」
「とりあえず、まだ朝早いので入ってください。廻りに声が響きます」
 コソコソと話す若菜は、良二を玄関に招き入れた。扉を閉めて、良二の睨みの視線から顔を背ける。
「戻ったから早く知らせてやろうと思ってテメーの家行ったのに、全っ然出て来ねぇしよ。外出てここの窓よく見りゃ、そこのカーテンの隙間から明かり漏れてっしよ」
 頼みもしないのに、ネチネチと始まる良二の嫌味。若菜は居心地悪そうに肩を縮め、黙っている。
「んで、極めつきにその顔だ」
 そうして左人指し指を向けられ、若菜は顔を上げた。ギュン、と筋が寄る、良二の鼻筋と眉間。顎を上げ、ワナワナと唇が震えている。
「徹夜しやがったな、テメー」
「むっ、無意識っ。無意識なんです! しようと思ってしたわけじゃなくって!」
「まぁた没頭してたのか! そーゆーのやめろって言ったろーがっ!」
「ごっ、ごめんなさいっ。でも今回はその、依頼品で徹夜になったわけじゃあないんで、無かったことノーカンにしてくださいっ!」
「あ? 依頼品じゃねぇってなんだ」
 ハテナと共に、良二は上げていた顎を引く。
「えっとだから、その。しゅ、趣味で、というか」
「趣味ィ? 何やってた」
「あああ、編み物です」
「編み物だァ?」
 声を裏返す良二。そろりそろり、若菜は作業台が良二に見られないよう、三歩分摺り足で横移動。
「何作ってたんだよ」
「はへ?! ぬゎっ、なんで柳田さんに、言わなきゃならんのですか」
「言えねぇようなモン作って徹夜したのか、テメー」
 そう言われてしまっては、言い返しもままならず。若菜はぐぬぬと言葉に詰まり、奥歯をギリギリとさせた。
「ケッ、くだらねーな。まさか、今日休みだとか思ってたんじゃねーだろうな」
「おっ、思ってませんよ。むしろ、柳田さん何時頃帰ってくんだろーって思ってました」
「は……はァ?」
 ギィ、と固まる両者。
「ちっ、違っ、事務所が開かないからですっ! 事務所開くまでどうしてようかなーって、昨日の夕方から考えててっ、だからっその」
「わっ、わーってるっつの。だっ、だからって、ここにこもって徹夜していい理由にはなんねーだろ」
「だあっ、無意識だったんですって。謝ってるじゃないですか」
「謝るくらいなら、なに作ってたのか教えろ」
「ええっ?! なっ、なんっ」
 なぜそんなにも固執するのだろう、と冷や汗がダラダラの若菜。しかし、隠していてもいずれは良二へ見せることになるのだから、と考え至り。
 ふはぁ、と脱力し、「わかりましたよう」と溜め息を混ぜて良二へ背を向ける。ポテポテと作業台であるテーブルへ近寄り、完成させた『それら』を後ろ手に持って、良二の元へと歩み戻る。
 大あくびをかましていた良二。つられてあくびを漏らす若菜は、ズズッと鼻を啜ってから良二へ向き直る。
「あのっ。ふ、深い意味はありませんから」
「あん?」
「こっここ、この前のカツだっ、カツ丼の代わり、ですからっ」
 そう言いながら全力で顔を逸らし、後ろ手に持った物を、良二の薄い胸板にバンと押し付ける若菜。良二が手に取ったと感覚で確認すると、右を向いた若菜は平たい胸の前で腕組みをした。
「柳田さんて、いっつも同じのしか着けないしっ。かっか簡単に編み上がる物って思ったらっなん、なんかその、そういうのがいいかなー、って思っただけですからっ。つつ、着ける着けないは別に、どうでもいいっていうか。ま、どうせ着けても私に毎度絶対に見られちゃうわけですからちょっと気まずいかもしれないやっぱり返してください別のにしますっ!」
 心臓ばくばく状態で向き直り、前のめりに良二の手に渡してしまったそれらを掴まえようとする若菜。しかし、あっさりと良二にかわされてしまい、若菜は空気をひと掻きしたのみ。
「ちょ、柳……」
 良二を下から窺う若菜は、良二の顔面を見てしまったことで、その目を見開く。

 高くかわした右手に握り締めるは、渡してしまった『編み物』。
 左掌が覆うは、その高い鼻の下からシャープな顎まで。
 眉間にシワは無く、視線は尖った黒い革靴の先を向いている。
 何より良二のその目元は、見たこともない柔らかさで充ちていて。

 爆速で打ち鳴る心音。
 掌のじっとりとした汗。
 互いの赤面。
 俯き合う両者。

 固まっフリーズしたままの良二に、ペラペラと早口で若菜が補足を差し込む。
「ネネ、ネクタイ、です。編めるんですよ簡単に、たまにはいいかなーと思って、そんな色も。だっ、顔だけはまぁいい方じゃないですか柳田さんて、だーらなんでも似合うと思い、ます、けど」
 艶やかな肌触りの綿とアクリルの併せ糸で、かぎ針編みをしたネクタイが三本。既製品とまったく同じ形に整い仕上がっている。
 菫色ヴァイオレット木蔦色アイヴィ、若草色のそれらは、どれもが普段、良二が着けたことのない落ち着いた色味。アクセントとして別の色がちらほら編み込まれ飾られているものの、悪目立ちしていない。
 編み目もシンプルなもので、しかし手編みなのかを疑うほどに美しく均等。とても素人しろうと趣味のクオリティーではない、と良二はぐらり。
「あのだかっカツ丼、のお礼、ですから。せめてもの、的な」
 消えるように細い声で、再びそう強調しておく若菜。
「……ん」
 顔を逸らしたまま、小さく呼応する良二。やがて左掌を顔面から剥いで、若菜へ背を向けた。
「きょ、今日はだな、ぶっちゃけその、俺も、寝てなくて」
「え」
「だっ、からその、やす、臨時休業、にする、から」
「臨、時休……」
「そっそれ言いに来た、だけっつーか、ホントは」
 毒気の抜けた『柳田良二』。困惑から、顔面ぐんにゃりな若菜。
 玄関の扉が、良二によってそっと開けられる。
「デッ、ザ、イナー来るまで、その、オマエも家で寝ろ。いいな」
「今日っはマジでその」
「寝るのが、業務だ」
 顔のみで半分振り返り、そう言い残した良二。玄関扉がバタンと閉まり、若菜が一人きりに戻る。
「…………」
 その場にヘナヘナと腰を落とせば、猛烈な眠気が襲いかかった。
「いやこれ、マジにマジのやつ……?」
 ひとりごちた若菜が下階に帰る気持ちになれたのは、それから三分も経ってからのことだった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

二百年の眠り姫は、五人の薔薇騎士と龍に溺愛される

七海美桜
恋愛
旧タイトル:五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです! フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

絡みあうのは蜘蛛の糸 ~繋ぎ留められないのは平穏かな?~

志位斗 茂家波
ファンタジー
想いというのは中々厄介なものであろう。 それは人の手には余るものであり、人ならざる者にとってはさらに融通の利かないもの。 それでも、突き進むだけの感情は誰にも止めようがなく… これは、そんな重い想いにいつのまにかつながれていたものの物語である。 ――― 感想・指摘など可能な限り受け付けます。 小説家になろう様でも掲載しております。 興味があれば、ぜひどうぞ!!

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

処理中です...