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TRUST
6-1 cook for their
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枝依中央区──某タワーマンション最上階。
引っ越したての自宅にて昼食を共にすることになった、善一、サム、エニー、そして蜜葉。
「わあ、素敵ですねっ」
「気に入った? 蜜葉も」
「はいっ。柔らかい、朝の陽射しが、この額縁から、暖かく射してきそうな」
リビングで一番広い壁の、目線高に飾られた水彩画。エニーが蜜葉をそこへ連れていき、見て欲しいととせがんだのは、ベルギー在住の後藤という若い画家のあの作品。
「蜜葉もそう思う?! ボクもこの陽射し好きなんだ!」
跳ねるように告げるサム。
「このパン屋さんのマーマレードが美味しいんだって、シュースケ言ってたよ。ボクも食べてみたいんだよねぇ」
「お知り合い、なんですか?」
「ヨッシーが、今度、合同公演、するの。それで、連絡取ってたの」
目を丸くする蜜葉。台所にて、鼻歌混じりに昼食準備をこなす善一をこっそりと眺め、もう一度絵へ目を戻す。
「シュー、スケ、ゴトー、さん。日本の方、かな」
帰ったら調べてみよう、と名を覚えた蜜葉。YOSSY the CLOWNとの合同公演の件についても、気にはなるところで。
昼食を終え、サムとエニーが九〇分間の昼寝に入った。いいタイミングだと思った蜜葉が帰宅を告げようとするも、しかし「寝つくまで待っていて欲しい」と三人に言われ、リビングの黒い本革ソファの端にて遠慮がちに座り、待つことになってしまう。
「お待たせ」
五分が経つ頃には、幼い二人の寝室から善一が戻ってきた。ピキンとした緊張で、蜜葉は肩を縮める。
「すぐ寝入っちゃって、びっくりした」
「お、お疲れだった、んですよ。あんなにたくさんの、視線を、お受けになってましたから」
「かもねぇ」
柔く笑んでいる善一を、視線で追う蜜葉。
「まだダンボールまみれなのに連れてきちゃって、ごめんね」
「い、いいえ! むしろすっかり、居座ってしまって、すみません」
「とんでもない。キミが居てくれるだけで、こっちは充分ハッピーですよ、Signorina」
そして適用される、公用笑顔。それを向けられ、顔を真っ赤にして照れた蜜葉。
一方で。
そんな純情な蜜葉の緊張感から、なにやら物言いたげな雰囲気に、あらかじめ気が付いていた善一。蜜葉が切り出し方に困っているのだろうと覚るも、「無理に聞き出さないよ」と広場で告げてしまった手前、進むに進めずにズルズルと引き留めてしまっていた。
「なんか飲む?」
「あ、いえ。えと、あの……」
「帰る」とすぐには言わないことを加味し、ひとつ提案をしようと試みる。
「この後、なんか用事ある?」
「えっ、と、特に……あっいえ、その」
「ね、よかったらちょっと手伝ってくれない? 簡単なことだから」
「か、簡単、な?」
にぃんまり、と笑んで、善一は再び台所へ入った。
♧
「出来ました」
「どれどれ? なぁんだ、上手く使えてるよ。平気平気」
「そ、そうでしょうか」
「うん。じゃあ次は交代」
「はい」
まな板に並ぶライム、レモン、オレンジの三種のフルーツ。
ライムとオレンジは、今しがた蜜葉によってそれぞれ三枚分だけ輪切りにされた。残ったうち、オレンジは実を少量分ダイスカットされ、あとは善一によって綺麗に果汁を搾られた。
レモンも善一にすっかり搾られたのちに、皮をピーラーで削ぎ落としたところ。
次に、お洒落際立つ瓶に注がれたミントシロップを取り出す、善一。搾ったばかりのライム果汁をそこへ加え、ミント葉を漬け込む。
「ミントは一旦掌の上で叩いてから、シロップに入れてくれる?」
「叩く、んですか?」
「うん。そうすると、匂いが増すわけ」
手本を見せる善一。叩き落とした方の右掌を蜜葉の鼻先へ寄せると、まるで採れたてのようにミントが薫り立った。
「わっ、スゴいです! 知らなかった」
「フッフーン。お兄さんが何でも教えてあげましょうね」
冗談めかすウインクにすらも、やはり顔を真っ赤に照れ恥じらう蜜葉。
同じ種類の色違いの瓶がもうひとつ。そこへはパイナップルジュースとオレンジジュースが三分の一量ずつ注ぎ併せてある。
「こっちには、オレンジの果汁とダイスカットした実とレモン果汁を入れておいてくれる? 俺その間に片付けしちゃうから」
「わかりました」
よく混ぜたのち、蓋をきっちりと閉め、ふたつは冷蔵庫の中へ戻される。
「ありがと。ひとつ終わったよ」
「今のは、何をお作りに?」
ワクワクと訊ねる蜜葉。善一は優しく笑んで素直に答える。
「サムとエニーへ、今日のデビューのお祝いの品をね」
パタン、と閉められる冷蔵庫扉。
「ミントの方は、ソーダで割ってノンアルコールモヒート。柑橘の方は、シンデレラっていうノンアルコールカクテル」
ほわぁ、と目の前が感動に染まる蜜葉。
「わ、な、なんかとっても、お二人っぽいですね!」
「でしょ? きっと気に入ると思って、今日の夜に出そうと思ってて」
「素敵ですっ! いいなぁ、お二人の喜ぶお顔、わたしも見たいなって、思います」
「では、後程写真をお送りしましょう」
おまかせあれ、と微笑む善一を、頬を染めて見上げる蜜葉。その笑みから、詰まるような緊張がそれなりにほぐれたと察知した善一。
フイとシンクへ向かいがてら、言葉を並べる。
「僕は情報整理のために、洗い物とか片付けをしながら、たまに考えを言葉にしてみるんだけど」
「え」
「独り言って、そういうときのためにあるんだなーっていつも思うわけ。自分のための情報整理っていうか。……取捨選択、進路希望、指針明示」
ハッとする、蜜葉。善一の遠巻きのまなざしを感じ、喉の奥が疼く。
「あ、次これ手伝ってもらってもいい?」
振り返り、渡される布巾。洗ったものを拭いてくれという意を覚り、受け取った蜜葉は左隣に並び立つ。
「…………」
「…………」
呑み込む生唾。蜜葉はようやく声を絞り出す。
「あの、こ、これは、独り言、なんですが」
泡が食器を包む様をながめながら、ぎこちなく言葉を吐き出した。
「だだだだから、その、今から言うことは、無視で、構いませんので。えっと、はは吐き出すだけ、なので」
「俺はこのまま聞いてていいの?」
浅く蜜葉へ顔を向け、わざと訊ねる。
「あっあ、あくまでもっ、わたしが一方的に、喋ってるだけ、というか、です」
頬を染めて、眉をハの字に布巾を握る、必死な蜜葉。横目で盗み見て、素直だなぁとクスッとひとつ。
顔を戻した善一は、洗い物に視線を注いだ。
「き、今日、遅れてしまったことと、泣いていたことは、わたしと家……というか、両親の、問題でして」
引っ越したての自宅にて昼食を共にすることになった、善一、サム、エニー、そして蜜葉。
「わあ、素敵ですねっ」
「気に入った? 蜜葉も」
「はいっ。柔らかい、朝の陽射しが、この額縁から、暖かく射してきそうな」
リビングで一番広い壁の、目線高に飾られた水彩画。エニーが蜜葉をそこへ連れていき、見て欲しいととせがんだのは、ベルギー在住の後藤という若い画家のあの作品。
「蜜葉もそう思う?! ボクもこの陽射し好きなんだ!」
跳ねるように告げるサム。
「このパン屋さんのマーマレードが美味しいんだって、シュースケ言ってたよ。ボクも食べてみたいんだよねぇ」
「お知り合い、なんですか?」
「ヨッシーが、今度、合同公演、するの。それで、連絡取ってたの」
目を丸くする蜜葉。台所にて、鼻歌混じりに昼食準備をこなす善一をこっそりと眺め、もう一度絵へ目を戻す。
「シュー、スケ、ゴトー、さん。日本の方、かな」
帰ったら調べてみよう、と名を覚えた蜜葉。YOSSY the CLOWNとの合同公演の件についても、気にはなるところで。
昼食を終え、サムとエニーが九〇分間の昼寝に入った。いいタイミングだと思った蜜葉が帰宅を告げようとするも、しかし「寝つくまで待っていて欲しい」と三人に言われ、リビングの黒い本革ソファの端にて遠慮がちに座り、待つことになってしまう。
「お待たせ」
五分が経つ頃には、幼い二人の寝室から善一が戻ってきた。ピキンとした緊張で、蜜葉は肩を縮める。
「すぐ寝入っちゃって、びっくりした」
「お、お疲れだった、んですよ。あんなにたくさんの、視線を、お受けになってましたから」
「かもねぇ」
柔く笑んでいる善一を、視線で追う蜜葉。
「まだダンボールまみれなのに連れてきちゃって、ごめんね」
「い、いいえ! むしろすっかり、居座ってしまって、すみません」
「とんでもない。キミが居てくれるだけで、こっちは充分ハッピーですよ、Signorina」
そして適用される、公用笑顔。それを向けられ、顔を真っ赤にして照れた蜜葉。
一方で。
そんな純情な蜜葉の緊張感から、なにやら物言いたげな雰囲気に、あらかじめ気が付いていた善一。蜜葉が切り出し方に困っているのだろうと覚るも、「無理に聞き出さないよ」と広場で告げてしまった手前、進むに進めずにズルズルと引き留めてしまっていた。
「なんか飲む?」
「あ、いえ。えと、あの……」
「帰る」とすぐには言わないことを加味し、ひとつ提案をしようと試みる。
「この後、なんか用事ある?」
「えっ、と、特に……あっいえ、その」
「ね、よかったらちょっと手伝ってくれない? 簡単なことだから」
「か、簡単、な?」
にぃんまり、と笑んで、善一は再び台所へ入った。
♧
「出来ました」
「どれどれ? なぁんだ、上手く使えてるよ。平気平気」
「そ、そうでしょうか」
「うん。じゃあ次は交代」
「はい」
まな板に並ぶライム、レモン、オレンジの三種のフルーツ。
ライムとオレンジは、今しがた蜜葉によってそれぞれ三枚分だけ輪切りにされた。残ったうち、オレンジは実を少量分ダイスカットされ、あとは善一によって綺麗に果汁を搾られた。
レモンも善一にすっかり搾られたのちに、皮をピーラーで削ぎ落としたところ。
次に、お洒落際立つ瓶に注がれたミントシロップを取り出す、善一。搾ったばかりのライム果汁をそこへ加え、ミント葉を漬け込む。
「ミントは一旦掌の上で叩いてから、シロップに入れてくれる?」
「叩く、んですか?」
「うん。そうすると、匂いが増すわけ」
手本を見せる善一。叩き落とした方の右掌を蜜葉の鼻先へ寄せると、まるで採れたてのようにミントが薫り立った。
「わっ、スゴいです! 知らなかった」
「フッフーン。お兄さんが何でも教えてあげましょうね」
冗談めかすウインクにすらも、やはり顔を真っ赤に照れ恥じらう蜜葉。
同じ種類の色違いの瓶がもうひとつ。そこへはパイナップルジュースとオレンジジュースが三分の一量ずつ注ぎ併せてある。
「こっちには、オレンジの果汁とダイスカットした実とレモン果汁を入れておいてくれる? 俺その間に片付けしちゃうから」
「わかりました」
よく混ぜたのち、蓋をきっちりと閉め、ふたつは冷蔵庫の中へ戻される。
「ありがと。ひとつ終わったよ」
「今のは、何をお作りに?」
ワクワクと訊ねる蜜葉。善一は優しく笑んで素直に答える。
「サムとエニーへ、今日のデビューのお祝いの品をね」
パタン、と閉められる冷蔵庫扉。
「ミントの方は、ソーダで割ってノンアルコールモヒート。柑橘の方は、シンデレラっていうノンアルコールカクテル」
ほわぁ、と目の前が感動に染まる蜜葉。
「わ、な、なんかとっても、お二人っぽいですね!」
「でしょ? きっと気に入ると思って、今日の夜に出そうと思ってて」
「素敵ですっ! いいなぁ、お二人の喜ぶお顔、わたしも見たいなって、思います」
「では、後程写真をお送りしましょう」
おまかせあれ、と微笑む善一を、頬を染めて見上げる蜜葉。その笑みから、詰まるような緊張がそれなりにほぐれたと察知した善一。
フイとシンクへ向かいがてら、言葉を並べる。
「僕は情報整理のために、洗い物とか片付けをしながら、たまに考えを言葉にしてみるんだけど」
「え」
「独り言って、そういうときのためにあるんだなーっていつも思うわけ。自分のための情報整理っていうか。……取捨選択、進路希望、指針明示」
ハッとする、蜜葉。善一の遠巻きのまなざしを感じ、喉の奥が疼く。
「あ、次これ手伝ってもらってもいい?」
振り返り、渡される布巾。洗ったものを拭いてくれという意を覚り、受け取った蜜葉は左隣に並び立つ。
「…………」
「…………」
呑み込む生唾。蜜葉はようやく声を絞り出す。
「あの、こ、これは、独り言、なんですが」
泡が食器を包む様をながめながら、ぎこちなく言葉を吐き出した。
「だだだだから、その、今から言うことは、無視で、構いませんので。えっと、はは吐き出すだけ、なので」
「俺はこのまま聞いてていいの?」
浅く蜜葉へ顔を向け、わざと訊ねる。
「あっあ、あくまでもっ、わたしが一方的に、喋ってるだけ、というか、です」
頬を染めて、眉をハの字に布巾を握る、必死な蜜葉。横目で盗み見て、素直だなぁとクスッとひとつ。
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