113 / 126
LOVE
4-5 crazy for you
しおりを挟む
一七時五分──枝依中央ターミナル駅 南改札口前。
「今日はありがとう。日本に帰ってきて一番初めににキミに会えて、嬉しかった」
「わ、わたしこそ、です!」
カフェを出て、のんびりと再び上階を廻り、突き当たったがために解散を選んだ善一と蜜葉。コインロッカーに預けた荷物を取りに行く道中の雑踏で、そんな風に言葉を交わしたところで。
「柳田さんにお付き合いいただけて、嬉しかったです」
「……うんっ」
間を空けてしまってからの首肯は、YOSSY the CLOWNのものに、ひとまずはなった。
「柳田さん」と呼ばれることを、途中から訂正しなくなった善一。公的な態度と仮面を着けられず、ゆえに訂正が出来ないでいる。
「あの」
「ん?」
耳までをカアッと赤く染めて、立ち止まり俯く蜜葉。
「また、その、今までのように、ご連絡、するのは……えっと」
つられて足が止まる善一。努めて上げていた口角から力が抜ける。
「あ、あのほら。サムくんエニちゃんにも、お話しなくちゃ、ですが。やな、柳田さんがご迷惑でなければ、あの、たまにこうやってその、会う、とか」
細く途切れていた言葉は、繋げずとも意図が理解できる。
公的な繋がりは一旦切れるも、私的な連絡は取ってもいいか──。
俯き赤くなっていく蜜葉の様子から、『欲』を発して照れ恥じらっていることは明白で。
「あー……」
プツン、と切れる、善一の中の『なにか』。
「はぁー」
ガクンと天を仰いで、両掌で顔面を覆う。
「もう無理、限界」
普段の声量でそう発した善一。サングラスの向こうの両目を閉じているがために、「え?」と蜜葉が顔を上げたことには気が付けない。
「ちょ、こっち来て」
「ふぇ?」
左掌で鼻から下を覆い隠し、右手の細長い五指で蜜葉の左腕を強引に引き浚う。今だけは、雑踏など無いようなもの。蜜葉の戸惑いまでも、そこに消える。
一本の支柱の影になるように、ハテナだらけの蜜葉の背を壁にそっと押し当て、掴まえていた彼女の左腕を解放。しかし、空いた善一の右腕は、蜜葉の左側を塞いだ。
それはいわゆる、『壁ドン』に近しい体勢。目を真ん丸に見開き、蜜葉は彼の距離の近さに心臓を跳ね上げる。
「あっ、の、やな」
「悪いけど、今この瞬間から完全に『私的な話』するからね」
ドキリとし、反射的に口を引き結ぶ。
彼の声色が、わずかに低い。そこで初めて、良二と似ている声であると気が付いて、緊張がはしる。
「俺、本名は善一。柳田善一。だから『ヨッシー』」
蜜葉が永く知りたかった、『俺』のときの本名。喜びでふるりと背筋が震える。
「善、よ」
「ねぇ蜜葉ちゃん」
囁きに似た声で呼ばれると、腹の底がきゅんと縮み上がったように疼いた。
「キミは俺のこと、結構な頻度で掻き乱してるんだけど、自覚ある?」
「かっ、掻き、乱?!」
見つめられている薄い灰青色レンズの奥のまなざしが、まっすぐに突き刺さる。照れてしまうほどに整った真顔がちの彼からは、しかし全く視線が逸らせない。
「キミくらいだよ。こんなナチュラルに、俺を翻弄してくるの」
「そ、そっそんなっこ」
「最初、ノートに向かうキミの姿に惹かれたんだ。楽しそうに自分の世界をノートに閉じ込める姿から、目が離せなくなって」
初めて声をかけられたときの話であると、浅い呼吸の合間に気が付く蜜葉。
「でも正直、いつものことかもって思ってたから、ビジネスのままを徹そうとして、ずっと何度も『YOSSYだ』って必死に直してたんだよ。なのにキミは無視して『柳田さん』て呼んでくるしさ」
「あっ、その」
「その度に俺、YOSSYの顔で居られなくなっていくんだよ。蜜葉ちゃんと居るときは、素の自分じゃないと逆に不自然、みたいに感じることのが多くなって」
明かされる、善一の素の本心。霧が晴れていくような、目の前が明るくなるような。
カチャリ、小さく音が鳴る。それは、愛用の薄い灰青色レンズのサングラスが外された音。左手で丁寧に外し、『OliccoDEoliccO®️』のジャケットの胸ポケットにスルリと差し込んで、あらわになった裸眼が初めて蜜葉を向いて。
「今、怖がらせてたらごめん。いろいろダメだってわかってるんだけど、もう、どうにもなんなくて」
揺らめきが見える、善一の白銀の双眸。その美しさに吸い込まれそうだと思った蜜葉は、言葉を失ったまま弱く首を振る。
「キミは自分に自信がなくて、自分のこと全然信じてなくて。なのにいつだって、真面目に突き進もうとする。誰に何を言われても自力で起き上がって、あまつさえ周りを引っ張る力すらも見せてくる」
「いや、そんな」
「いつもそうやって蜜葉ちゃんは、俺の予想の遥か上を行くから、見失わないようにどうにか繋ぎ留めたくて、必死になるんだよ。気が付いたらビジネスでだとか、どうでもよくなってしまうほどに」
ひやりと触れたのは、細長い指先。蜜葉の胸の前にあった右手が、善一の左指先と絡んだ温度。
「好きだよ、蜜葉ちゃん」
「んっ?」
「会えなくなんのがキツいのは、俺の方。夢を応援するのはマジだけど、キミとずっと接点がないまま何年も待つなんて、正直無理。耐えられない」
ぱたりとひとつまばたきをした蜜葉は、そこまで耳に入れて、ようやく「告白されているのでは?」と考え至る。
「と、えっ」
「こんな風に言うなんてかなり格好ワリーのはわかってるし、すんげぇ柄じゃない。でもそんなの気にしてらんないほどキミが好きで、離したくないんだ」
かけられた言葉の意味がずんずんと体に頭にのし掛かり、キューッと頭の先から順に赤くなっていく蜜葉。
「蜜葉ちゃんに何とも想われてないんじゃないかって考えただけで、怖い。ていうかそんなの、今まで女の子に対して考えたこともなかった。でもキミは『違う』から、全然」
蜜葉の赤が移ったように、善一の頬も耳も染まる。
「蜜葉ちゃんの気持ちが読めなくて、俺ずっと、こう、モヤモヤすんの」
壁に寄りかけた右腕が、ググと力む。
猫のような目尻も、丸く澄んだ瞳も、その清純さを壊したくなる衝動も、歯を食い縛り腕を壁に押し付けることで、善一は懸命に堪え続ける。
「蜜葉ちゃんの正直な気持ち教えて」
「えっ」
「俺がこう想うの迷惑? 怖い?」
そうして、くしゃと真顔が崩れた善一を見て、震える唇で言葉を絞り出した。
「そんなこと、思わないですっ」
息を呑んだがために上下した善一の喉仏に、蜜葉は釘付けになる。
「柳田さんを、そういう目で見てはいけないと、いつも思ってました。えと、色恋の目、という」
「うん」
「でも、だんだんそういう目で、見てしまってて。その度に、ダメだダメだと、その、たくさん我慢したり、して。わたし『も』」
繋ぎ方をぎこちなく変える。善一の指先を、やっとの気力で、両手で包むに至る。
「わたしだって、会えなくなるの、嫌だから。離れてしまうなんて、ホントは嫌です」
声が細く揺れる。俯いていってしまう蜜葉の頭部。
「いつも何考えてるのかな、とか、どうしてわたしに優しくしてくれるのかな、とか。ずっと、ずっとずっと、知りたかったんですからっ」
「……うん」
「今日お帰りになるまで、何度も何度も、なんて理由つけて、電話しようかなとか、メッセージ送ろうかなとかっ。悩んだり、して」
涙の気配と共に、全身が震えだす。たまに裏返る、蜜葉の声。
「わ、わたしの方がっ、きっと……いや絶対、すす、すっ、好き、です」
「本当に意味合ってる? 俺の好きは、恋愛の方だよ」
「あ、合ってますっ」
「強引な俺に流されてるわけでもない?」
「もうっ!」
眉を寄せて、顎を上げて、揺らめく白銀の瞳を蜜葉は見つめ返す。
「柳田さんだって、全然ご自身のこと信じてないっ」
流れ出た蜜葉の言葉に、ぎくりと背筋を凍らせる善一。
「釣り合う人になりたいと焦がれたり、堂々とずっと傍に居る理由を進路にしてしまうくらい、大好きなんですよ。『善一』さんのことがっ」
蜜葉の目に、いっぱいに溜まっていた涙粒。そこに鏡写しに、情けない表情をした自分自身が映っていた。
「夢を頑張り続けるために、善一さんに傍に居てもらえたらいいのにって、欲張りなこと、思ってるんですからっ」
ガクンとブルーアッシュのベリーショートのストレートヘアが地を向いて、彼女の涙を胸に抱き、自慢のスーツへと吸わせる。
「ひゃっ」
「だから、ヤバいって。そういうの」
力を込めていたはずの左腕は、ズリズリズリ、と垂れ下がった。それはそのまま彼女の背中へ回され、力任せに引き寄せて。
思っていたよりも柔らかい、彼女の躯体。
胸元の厚み、柔らかな頭髪。
自らの体内へ取り込んでしまいそうなくらい、肩も腰も強く抱き締める。
ようやく出来たひと呼吸目は、互いの匂い。善一はそっと目を閉じて、その白くか細い首筋に、鼻先と頬を押し当てる。
「あと三年くらい余裕で待てるとか思ってたんだけど、三秒だって無理だったなぁ」
「三年?」
「三年経ったら成人でしょ? そしたらいろいろ、気負わなくて済むようになるから」
首筋にかかるその囁きに、くすぐったさと恥じらいをおぼえる。
「じゃ、じゃあ」
「ん?」
「三年未満で、今よりも離したくないと、思っていただけるデザイナーに、なりますね」
そっと離れる、一五センチ。
「成人するより早く、一人前になればいい、ってことですよね?」
その悪意のかけらもない無垢すぎる上目遣いは、善一を下心ごと滅するほどの破壊力を持っていて。
「はー、マジで無理。完敗」
うっかり泣いてしまいそうになった善一は、「この娘はやっぱり俺の好みだ」と胸に抱いた。脱力したように、再び蜜葉の肩口に頭を埋めていく。
「あの、善一さん」
「ハイ」
「声に出てます……」
「あ」
「今日はありがとう。日本に帰ってきて一番初めににキミに会えて、嬉しかった」
「わ、わたしこそ、です!」
カフェを出て、のんびりと再び上階を廻り、突き当たったがために解散を選んだ善一と蜜葉。コインロッカーに預けた荷物を取りに行く道中の雑踏で、そんな風に言葉を交わしたところで。
「柳田さんにお付き合いいただけて、嬉しかったです」
「……うんっ」
間を空けてしまってからの首肯は、YOSSY the CLOWNのものに、ひとまずはなった。
「柳田さん」と呼ばれることを、途中から訂正しなくなった善一。公的な態度と仮面を着けられず、ゆえに訂正が出来ないでいる。
「あの」
「ん?」
耳までをカアッと赤く染めて、立ち止まり俯く蜜葉。
「また、その、今までのように、ご連絡、するのは……えっと」
つられて足が止まる善一。努めて上げていた口角から力が抜ける。
「あ、あのほら。サムくんエニちゃんにも、お話しなくちゃ、ですが。やな、柳田さんがご迷惑でなければ、あの、たまにこうやってその、会う、とか」
細く途切れていた言葉は、繋げずとも意図が理解できる。
公的な繋がりは一旦切れるも、私的な連絡は取ってもいいか──。
俯き赤くなっていく蜜葉の様子から、『欲』を発して照れ恥じらっていることは明白で。
「あー……」
プツン、と切れる、善一の中の『なにか』。
「はぁー」
ガクンと天を仰いで、両掌で顔面を覆う。
「もう無理、限界」
普段の声量でそう発した善一。サングラスの向こうの両目を閉じているがために、「え?」と蜜葉が顔を上げたことには気が付けない。
「ちょ、こっち来て」
「ふぇ?」
左掌で鼻から下を覆い隠し、右手の細長い五指で蜜葉の左腕を強引に引き浚う。今だけは、雑踏など無いようなもの。蜜葉の戸惑いまでも、そこに消える。
一本の支柱の影になるように、ハテナだらけの蜜葉の背を壁にそっと押し当て、掴まえていた彼女の左腕を解放。しかし、空いた善一の右腕は、蜜葉の左側を塞いだ。
それはいわゆる、『壁ドン』に近しい体勢。目を真ん丸に見開き、蜜葉は彼の距離の近さに心臓を跳ね上げる。
「あっ、の、やな」
「悪いけど、今この瞬間から完全に『私的な話』するからね」
ドキリとし、反射的に口を引き結ぶ。
彼の声色が、わずかに低い。そこで初めて、良二と似ている声であると気が付いて、緊張がはしる。
「俺、本名は善一。柳田善一。だから『ヨッシー』」
蜜葉が永く知りたかった、『俺』のときの本名。喜びでふるりと背筋が震える。
「善、よ」
「ねぇ蜜葉ちゃん」
囁きに似た声で呼ばれると、腹の底がきゅんと縮み上がったように疼いた。
「キミは俺のこと、結構な頻度で掻き乱してるんだけど、自覚ある?」
「かっ、掻き、乱?!」
見つめられている薄い灰青色レンズの奥のまなざしが、まっすぐに突き刺さる。照れてしまうほどに整った真顔がちの彼からは、しかし全く視線が逸らせない。
「キミくらいだよ。こんなナチュラルに、俺を翻弄してくるの」
「そ、そっそんなっこ」
「最初、ノートに向かうキミの姿に惹かれたんだ。楽しそうに自分の世界をノートに閉じ込める姿から、目が離せなくなって」
初めて声をかけられたときの話であると、浅い呼吸の合間に気が付く蜜葉。
「でも正直、いつものことかもって思ってたから、ビジネスのままを徹そうとして、ずっと何度も『YOSSYだ』って必死に直してたんだよ。なのにキミは無視して『柳田さん』て呼んでくるしさ」
「あっ、その」
「その度に俺、YOSSYの顔で居られなくなっていくんだよ。蜜葉ちゃんと居るときは、素の自分じゃないと逆に不自然、みたいに感じることのが多くなって」
明かされる、善一の素の本心。霧が晴れていくような、目の前が明るくなるような。
カチャリ、小さく音が鳴る。それは、愛用の薄い灰青色レンズのサングラスが外された音。左手で丁寧に外し、『OliccoDEoliccO®️』のジャケットの胸ポケットにスルリと差し込んで、あらわになった裸眼が初めて蜜葉を向いて。
「今、怖がらせてたらごめん。いろいろダメだってわかってるんだけど、もう、どうにもなんなくて」
揺らめきが見える、善一の白銀の双眸。その美しさに吸い込まれそうだと思った蜜葉は、言葉を失ったまま弱く首を振る。
「キミは自分に自信がなくて、自分のこと全然信じてなくて。なのにいつだって、真面目に突き進もうとする。誰に何を言われても自力で起き上がって、あまつさえ周りを引っ張る力すらも見せてくる」
「いや、そんな」
「いつもそうやって蜜葉ちゃんは、俺の予想の遥か上を行くから、見失わないようにどうにか繋ぎ留めたくて、必死になるんだよ。気が付いたらビジネスでだとか、どうでもよくなってしまうほどに」
ひやりと触れたのは、細長い指先。蜜葉の胸の前にあった右手が、善一の左指先と絡んだ温度。
「好きだよ、蜜葉ちゃん」
「んっ?」
「会えなくなんのがキツいのは、俺の方。夢を応援するのはマジだけど、キミとずっと接点がないまま何年も待つなんて、正直無理。耐えられない」
ぱたりとひとつまばたきをした蜜葉は、そこまで耳に入れて、ようやく「告白されているのでは?」と考え至る。
「と、えっ」
「こんな風に言うなんてかなり格好ワリーのはわかってるし、すんげぇ柄じゃない。でもそんなの気にしてらんないほどキミが好きで、離したくないんだ」
かけられた言葉の意味がずんずんと体に頭にのし掛かり、キューッと頭の先から順に赤くなっていく蜜葉。
「蜜葉ちゃんに何とも想われてないんじゃないかって考えただけで、怖い。ていうかそんなの、今まで女の子に対して考えたこともなかった。でもキミは『違う』から、全然」
蜜葉の赤が移ったように、善一の頬も耳も染まる。
「蜜葉ちゃんの気持ちが読めなくて、俺ずっと、こう、モヤモヤすんの」
壁に寄りかけた右腕が、ググと力む。
猫のような目尻も、丸く澄んだ瞳も、その清純さを壊したくなる衝動も、歯を食い縛り腕を壁に押し付けることで、善一は懸命に堪え続ける。
「蜜葉ちゃんの正直な気持ち教えて」
「えっ」
「俺がこう想うの迷惑? 怖い?」
そうして、くしゃと真顔が崩れた善一を見て、震える唇で言葉を絞り出した。
「そんなこと、思わないですっ」
息を呑んだがために上下した善一の喉仏に、蜜葉は釘付けになる。
「柳田さんを、そういう目で見てはいけないと、いつも思ってました。えと、色恋の目、という」
「うん」
「でも、だんだんそういう目で、見てしまってて。その度に、ダメだダメだと、その、たくさん我慢したり、して。わたし『も』」
繋ぎ方をぎこちなく変える。善一の指先を、やっとの気力で、両手で包むに至る。
「わたしだって、会えなくなるの、嫌だから。離れてしまうなんて、ホントは嫌です」
声が細く揺れる。俯いていってしまう蜜葉の頭部。
「いつも何考えてるのかな、とか、どうしてわたしに優しくしてくれるのかな、とか。ずっと、ずっとずっと、知りたかったんですからっ」
「……うん」
「今日お帰りになるまで、何度も何度も、なんて理由つけて、電話しようかなとか、メッセージ送ろうかなとかっ。悩んだり、して」
涙の気配と共に、全身が震えだす。たまに裏返る、蜜葉の声。
「わ、わたしの方がっ、きっと……いや絶対、すす、すっ、好き、です」
「本当に意味合ってる? 俺の好きは、恋愛の方だよ」
「あ、合ってますっ」
「強引な俺に流されてるわけでもない?」
「もうっ!」
眉を寄せて、顎を上げて、揺らめく白銀の瞳を蜜葉は見つめ返す。
「柳田さんだって、全然ご自身のこと信じてないっ」
流れ出た蜜葉の言葉に、ぎくりと背筋を凍らせる善一。
「釣り合う人になりたいと焦がれたり、堂々とずっと傍に居る理由を進路にしてしまうくらい、大好きなんですよ。『善一』さんのことがっ」
蜜葉の目に、いっぱいに溜まっていた涙粒。そこに鏡写しに、情けない表情をした自分自身が映っていた。
「夢を頑張り続けるために、善一さんに傍に居てもらえたらいいのにって、欲張りなこと、思ってるんですからっ」
ガクンとブルーアッシュのベリーショートのストレートヘアが地を向いて、彼女の涙を胸に抱き、自慢のスーツへと吸わせる。
「ひゃっ」
「だから、ヤバいって。そういうの」
力を込めていたはずの左腕は、ズリズリズリ、と垂れ下がった。それはそのまま彼女の背中へ回され、力任せに引き寄せて。
思っていたよりも柔らかい、彼女の躯体。
胸元の厚み、柔らかな頭髪。
自らの体内へ取り込んでしまいそうなくらい、肩も腰も強く抱き締める。
ようやく出来たひと呼吸目は、互いの匂い。善一はそっと目を閉じて、その白くか細い首筋に、鼻先と頬を押し当てる。
「あと三年くらい余裕で待てるとか思ってたんだけど、三秒だって無理だったなぁ」
「三年?」
「三年経ったら成人でしょ? そしたらいろいろ、気負わなくて済むようになるから」
首筋にかかるその囁きに、くすぐったさと恥じらいをおぼえる。
「じゃ、じゃあ」
「ん?」
「三年未満で、今よりも離したくないと、思っていただけるデザイナーに、なりますね」
そっと離れる、一五センチ。
「成人するより早く、一人前になればいい、ってことですよね?」
その悪意のかけらもない無垢すぎる上目遣いは、善一を下心ごと滅するほどの破壊力を持っていて。
「はー、マジで無理。完敗」
うっかり泣いてしまいそうになった善一は、「この娘はやっぱり俺の好みだ」と胸に抱いた。脱力したように、再び蜜葉の肩口に頭を埋めていく。
「あの、善一さん」
「ハイ」
「声に出てます……」
「あ」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる