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第二章 蹉跌の涙と君の体温
第28話 君の手を
しおりを挟む「───セ! ナナセってば!」
動悸。
心臓が耳の中にあるように鼓動が鳴り響く。
胸に触れて、そこに心臓があるのを思わず確かめる。
しばらくしてから、アイナがナナセの肩を揺らしながら、ナナセの名を呼んでいることに気が付いた。
「アイ、……ナ……?」
「いきなりぼーっとして、どしたの?」
その声に心の底から安堵するのが分かる。
「アイナ………なのか? アイナ、だよな?」
「へ……? う、うん。アイナ、……だよ?」
「……よかった……よかったっ…………」
呟いて、目をつぶる。
両手で顔を覆った。
「ほんと、……マジで………あぁ、アイナぁ………」
ナナセは崩れるようにアイナの両手を強く握った。
「はぁっ? ナナセ、あんたほんとにどうしたの……?」
崩れ落ちそうになるナナセの顔をアイナは慈愛の篭った目で見つめた。
「…………ナナセ、もしかして無理、してたの?」
「へ?」
アイナがナナセの頬に手を伸ばした。その手には微かに水滴が乗っていた。ナナセはそうしてようやく自分がぽろぽろと涙を零していることに気が付いた。
「……普通だったらさ。お母さんとお父さんがいて、それで普通に過ごして、普通に生きてるはずだったんだよね」
アイナが目を伏せて、もじもじと両の手を絡ませる。
「でも、記憶を消されちゃって、それでわけのわかんないこと命令されて、─────」
ばっ、と顔を上げてナナセの顔を見て、
「不安だとは思うけど、少なくとも私がついてるから………その、大丈夫だからっ!」
「う、うん」
アイナは何か勘違いしているようだが、まぁ説明する気はハナからなかったので、これでいいだろう。
時間が来れば自分が死んでしまうなんて事実を伝えてしまうほど、ナナセは馬鹿じゃない。
目を閉じれば、あの時の光景が瞼の裏に映る。
正午の鐘が鳴り響き、その直後、突然、アイナの身体が焼け始めた。
そして、ナナセは《永劫》で世界の時を止めて、それから───
そこから先を思い出そうとすると頭痛が酷くなる。なんだ、これ。
……まぁ、今は、その事はいい。大事なのは今だ。
明らかに時が遡っている。俺が、アイナを取り戻せたんだ。
ステイタスを見なくとも頭で理解していた。
《克刻》
アイナが命を落とした時、時間を巻き戻すスキル。
相も変わらず不便さは変わらないが、ナナセにとってはこれで十分だった。アイナを絶対に失うことの無い能力。
───待て、待て。……そうだ!!
「い、今! 何時!?」
「えっ、今? え~と」
アイナは窓の外に見える街の中心に聳える巨大な時計塔を見やった。
「11時56分だけど」
「ごじゅう、ろく分……っ!?」
宿の部屋の中にいたことを察して予想していたことではあったが、これではあまりにも───
正午までは、タイムリミットまでは、あと4分。あと4分でアイナは焦げ、焼けて命を落としてしまう。
短い。短すぎる。
与えられた時間はこんなにも短いのか。
でも、やるしかない。
4分は傍から見たらほんの短い時間だろう。だが、ナナセと、そしてアイナにとっては4分は無限で、永劫に等しい。
もう二度とアイナに痛い思いを、苦しい思いをさせてたまるか。
俺が、運命を捻じ曲げてやる。
「まずは、原因の追求だよな……」
独り言を呟くナナセを怪訝そうな顔で覗き込むアイナ。アイナと話したいのもやまやまだが、今は違うことに時間を割いてる暇はない。《永劫》で世界の時を止めて、思考する。
自然発火、みたいなことは無いだろうから、これは明らかに作為的なものだ。
誰がやったか。
それを見つけられたら、アイナの死を止められる。
こんな異次元的な力を発するのはこの世界では、魔人か、もしくは勇者だろう。人間領の人間がそんなこと出来るなんて一切、これっぽっちも聞いたことがない。
魔人だと仮定すると、なぜ、このタイミングなのか。という疑問が浮かぶ。〈封魔結界〉を通り越して勇者を攻撃出来るならば、とっくのとうにやっているはずだ。
次に、勇者と仮定する。
勇者ならば、何時だってこんなことは出来る。
ただ、出来ると言えるだけで動機が分からない。ナナセを放ってアイナを殺す動機が。
「はぁっ……」
《永劫》で世界を止めるのは、息を止めている感覚に近い。限界が来れば自ずと分かる。限界が来て、強制的に解除されたら、一呼吸を置いてもう一度《永劫》を使う。これを繰り返す。
それだけで4分は何分にも、何時間にも拡張されて、膨張される。
ナナセが時間を止めて、アイナが瞬間移動を使う。
これをすれば、時間がない、なんて些細な問題に過ぎない。
しかし、どうだろう。どうしたって考え続けても分からないことはある。
公式が分からなければ、計算問題を解くことが出来ないのと同じように、少しの答えの欠片もなければ、答えに辿り着くことは出来ない。
ナナセはアイナを熱した犯人が誰か、全くこれといって検討もついていなかった。ナナセが一周前───ここでいう一周前はアルバートの生きていた世界のことを指す─────の記憶を持ち得ていたとしてもそれは、夢のようにファジィで曖昧模糊な記憶だ。
アルバートやその他衝撃的な出来事以外のことがぼんやりとしていて、霞のように薄れている。他の勇者についての情報はほぼ分からない。
息を吐くように《永劫》を解除する。
「落ち着け……」
大丈夫だ。まだあれから10秒しか経ってない。
「アイナ、炎を使う能力を持った勇者、誰か知ってないか?」
「えっ、炎? う~ん………」
アイナが腕を組んで考え込む。
「ごめん、私が知ってる限りは分からないかな」
そこまで聞いたところで一度《永劫》で世界を止める。
ここまでで35秒。
あと、3分半近く。
アイナは知らない。それは分かっていた。ナナセが知らないのであれば、基本的に一緒に行動していたアイナも必然的に知らないはずだ。
他の勇者に聞く他ない。
そんな時間、あるのか、あと3分だぞ、と頭の中で煩悩が囁く。
やるしか、ないんだ。
《永劫》を解除し、一呼吸置いてからアイナに向かって、
「フウカ達に会おう!!」
「へ、うん、そのつもりだけど。待ってたらここに来るでしょ?」
「そんな暇はない!!」
ナナセの大声にアイナはびくりと身体を震わせた。その様子を見て、ナナセははっ、と我に返る。そうだ。アイナからして見ればいきなりナナセが豹変したようにしか見えない。でも、説明している暇なんてない。これもアイナを救う為だ。
「……アイナ、いきなりごめん。でも、俺を信じて欲しい」
その言葉にアイナは息を呑んで、そして、こくりと黙って頷いた。
ナナセはその様子を確認してから、アイナの手を取って、
「ちょっ! はぁっ!?」
窓から飛び降りた。
「アイナ! 飛べ!!」
「ちょっとぉ! もう!!」
瞬きをした次の瞬間には道の上に立っていた。
「後でちゃんと説明してもらうからね」
「わかったわかった」
そして《永劫》でまたしても世界の時を止めて、思考する。
目的はアイナを殺した犯人を見つけること。
つまり炎を操る勇者を見つけることだ。魔人という線もまだ完全には捨てていないが、八割──いや、九割は勇者の仕業だと確信している。
犯人を見つけて、止めなければいけない。
まずは誰でもいい。探すんだ。炎の勇者の情報を。
《永劫》を解除したと同時に息を思いっきり吸い込んで、
「誰か!! 勇者のナナセ・トキムネだ!! フウカ!! シャルロット!! いやこの際誰でもいい!! 勇者の誰か居ないか!?」
喉が掻き切れんばかりに叫ぶ。隣にいたアイナが耳を両の手で塞ぐ。周りにちらほらと立っていた民衆もナナセの方へ視線を向けてざわついていた。
「なに!? フウカ達に会うんじゃないの!?」
「変えた!! やっぱり誰でもいいんだ!! アイナ、ちょっとずつ移動しながら他の勇者を探すぞ!!」
ナナセはアイナの手を取って、声を上げて叫び続けた。
「もう~~」
アイナは文句を垂れつつもナナセの指示に従って街を移動し続けた。民にも目撃情報がないか聞いて回った。
だが、しかし。なんでだ。
なんで、見つからない。
街は異様に大きい。宗主国アトルの王都アカロウトと比べたらその大きさは半分程度だが、それでも尚大きい。くそ。情報を聞いて終わりじゃなくて、その先だってあるのに。
あと2分。
ナナセの中ではとてつもない焦りが生じている所だった。
ロークラントの西区で声を張り上げている時、返ってくる言葉があった。
「わっ、ナナセ、どうしたの?」
ミカエルだ。その隣にはスクードとエヴァも立っている。皆、生気が感じられないような、そんな顔をしていた。
「炎を操る勇者、知らないか?」
「炎……。スクード、エヴァ、知ってる?」
「炎、……っすか。いや、知らないっす。強いて言えばフリュードを襲った災害の中に炎の球が空から落ちてきたってのがあったくらいってくらいすかね」
「それはフェイがやったヤツだな。違う、そうじゃなくて、〈炎〉の勇者が誰か知らないかっていうことで────」
「えっ、いま、なんて……」
「だから〈炎〉の勇者を探してて」
「いやそこじゃなくて、フェイが、やったって」
「あ、ああ。えっとこの際伝えておくとあのフリュードを襲った災害。あれフェイがやったんだ」
「………は?」
スクードとミカエルが泡を食った顔をする。
「えっ、ちょっ、意味がよく……」
「いやそれは今どうでもいいんだ。エヴァはどうだ? 炎を使う勇者を知らな───」
「どうでもいいわけないじゃないっすか!! どこ情報なんすかそれ!? あれはノウトが起こしたんじゃないんすか!?」
「あーっ、だから違うんだよ、それは───」
ゴオオオオオオン。
正午を告げる鐘が鳴る。
「───嘘、だろ……」
「ナナセ、そろそろ聞かせてよ。なんで躍起になってんの?」
「そ、れは」
教えられない。これから君は焦げて、焼けて、死ぬんだ、なんて。
───そうだ。ここから離れれば助かるかもしれない。
そう思ってアイナの手を取る。否、取ろうとした。一歩遅かった。
すでにアイナの中で何かが燻り、その身を焦がし、焼いている。アイナの悲鳴が周囲に叫び渡る。ああ。あああ。またしても、アイナを───
「あっづぁァァァァ!!! な、んすか、これエ!?」
驚くべきことが起きてしまった。
近くにいたスクード、ミカエル、エヴァもアイナと同じように焼けて焦げて叫んで、踠いて。
ああ。肉の焦げる臭いが周囲に漂う。
おかしい。おかしい。アイナだけじゃなかったのか。
これは、勇者の全滅を狙った攻撃だとでも言うのか。ナナセの頭は混乱で満たされていて、《永劫》で世界の時を止めるという考えすら放棄していた。もちろん、ここで《永劫》を使ったところでこの場を解決できるような術なんて思いつかなかっただろう。
ああ、駄目だ。
アイナ、もうその手を離さないと誓っていたのに。
ナナセはアイナの手に向かって、手を伸ばした。アイナの手をしっかりと握る。
熱くて、熱くて、頭がおかしくなるくらいに熱い。アイナの目から零れ落ちた涙が昇華して、霧散してゆく。
そして、彼女は、命を落とした。
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