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序章 きみが灰になったとしても
第20話 赤き眼を持つ論理
しおりを挟むノウトが正式に魔皇の部下になってから数日、それはノウトがフィーユ達との今日の仕事を終えた時だった。
「メフィが呼んでる?」
「はい」
シファナがこくりと頷いた。
「なんでも、ノウトきゅんに見せたいものがあるとか」
「俺に見せたいものか……」
最近、彼女から神機の魔法構築や論理構造について学ばせて貰っているのだが、それとは別のことだろうか。或いはゴーレム関連のことか。まぁ、行ってみないことには分からないな。
「分かった。取り敢えず行ってみるよ。ありがとうシファナ」
「いえ。これが私の仕事ですので」
二年経ってもシファナは堅いままだし、ノウトのことを『ノウトきゅん』と呼ぶのも変わっていない。その呼び方に慣れすぎてもはや違和感の欠片すらない。
「じゃ、じゃあわたしも一緒に行こうかしら」フィーユがノウトの顔をちらっと見た。
「ふふーん。それじゃチナチナも行くにゃ」
「そ、それじゃあたしも」ミャーナが手を挙げた。
「お、おう。みんな行くんだな。まぁいいんじゃないかな。メフィなら許してくれそうだし。シファナはどうする?」
「私は仕事が少し残ってますので──」
「そう言わずに行くにゃ!」
チナチナに首根っこを掴まれて、無理やりシファナも行くことになった。呼ばれているのはノウトだけだが、別にこの子達がいても問題は特にないだろう。
「お邪魔しまーす」
三回扉をノックしてから扉を開けた。みんなして仄暗い部屋に入る。エムブレムの光が光源となって辺りを少しだけ照らした。
「相変わらずホコリっぽいところにゃ~」
「行儀悪いし失礼だよー、チナチナ。メフィス様はこの国を支えてる凄いひとなんだから」ミャーナが自分のことのように誇らしげに言った。
歩いていると、袖が引っ張られて、ノウトは振り返った。
「つ、掴んでてもいいかしら」
「もちろん。なんなら手繋ぐか?」
「はぁ!? 何言ってんのバカにしないで!」
「してないけどね」
「ほんとにフィーユは怖がりにゃ~」
「このくらいで怖がってては生活もままなりませんよ」
「もう、本気で怒るわよ」
「……フィーユは正直じゃないんだから」
「ふん。ミャーナ、わたしの何が正直じゃないってわけ?」
「素直にノウト様と手繋ぎたいって言えばいいのに」
「はぁっ!?」フィーユが一際大きい声を出した。
「誰がこのお人好しの変態と手を繋ぎたいってぇ!?」
「まぁまぁ、平穏にいこうぜ。みんな」
「あなたは黙ってて!」
「……はい」
しょんぼりとしながら暗い部屋を進むと、いつもの机が見えた。
「メフィ」
「おお、ノウト……それに猫耳族の子たちも来たのじゃな」
「こんにちは」とそれぞれがメフィに挨拶する。
「連れて来て大丈夫だったか?」
「まぁ、……うむ。問題はないじゃろう」
メフィは言葉を少し濁した。なんだか彼女らしくない。
「それで、俺に何の用なんだ?」
「見て欲しいもの──いや、会って欲しい人が居ての」
「会って欲しい人?」
「うむ。こればかりは見てもらった方が早いか……」
メフィは本棚の上の方、誰かいるようには思えない方向に向かって、
「ミカエル」
と誰かの名前を呼んだ。すると、
「わっ」
ミャーナが小さく声を漏らした。彼女の前にすとん、と白い何かが落ちてきたのだ。
ノウトは目を凝らした。そこにいたのは、白くて耳の長い動物のように見えた。
顔は猫に近く、耳は兎に近い。尻尾がふさふさしていて、それが左右に揺れている。目が赤くて、ぎらぎらと光っているように見えた。不思議なところは身体を覆っている体毛のようなものだ。
毛のようにも棘のようにも見えて、またそれが陽炎のように揺らめいているようにも見える。
「「……か、かわいい」」
フィーユとシファナの言葉が重なった。
「猫ちゃんかな。可愛いね」ミャーナが手を伸ばす。
『僕は猫じゃないよ』
「「「……え?」」」
突然、どこからか声が聞こえてノウト達は首を傾げた。少年のような声だ。ここに、それに該当する声を持つ者はいない。
「……いま、誰か喋った?」
「いや、誰も……」
「えっ、チナチナはこの子が喋ったように見えたにゃ」
『はははっ。なんだか新鮮でおもしろいね』
「普通はこういう反応をするものじゃからの」メフィが白い猫兎に向かって話し掛けた。
『あなたの場合が特殊なだけだよ、ふふ』
「え? もしかして……──」
「ああ、彼は見た目に反して意思疎通が可能な存在じゃ」
ノウト達は彼を見つめた。ただの動物じゃないというわけか。
『はじめまして。僕はミカエル・ニヒセフィル』
「こちらこそ初めまして。ノウト・キルシュタインだ」
ノウトが直ぐに対応して挨拶を返したからか、少しだけ驚いたように見えた。
『君も適応力が高いね。褒めてあげよう。ぱちぱち』
ミカエルはちょこんと座って、ノウトを見上げている。
『それじゃ、混乱しないように初めに言っておくよ。僕は君たちが言うところの凶魔ってやつさ』
「君が、凶魔?」
『そうだよ』
ミカエルはその小さな頭でこくりと頷いた。
ノウトは凶魔を三度ほど見たことがある。
だが、そのどれとも彼は似つかない。まず凶魔は会話出来ないし、それにこんなに知性は無いはずだ。見た目もノウトが見たものは真っ黒で、白くはない。形も不定形でドロドロしているイメージだ。
『ここに来るまでもなんだかずっと頭がぼーっとしてたんだけど、メフィ女史に介抱されてね。今はこうして自己を保てているのさ』
「そういうことじゃな」
「そういうこと……って」
メフィが凄いのは知っていたが、これは流石に驚かざるを得ない。
「わたしまだ信じられないんだけど」
「あ、あたしも」
『まぁ、信じろって言う方が難しいかもね、うん』
「撫でても宜しいでしょうか」
『もちろん。背中を撫でるのがおすすめだよ』
「では」シファナが手を伸ばしてミカエルの背中を撫でた。
「……もふもふです」
『ふふふ。自慢の毛並みなのさ』
「あ、あたしもいいですか?」
『もちろん』
ノウトは泡を食った顔をしているだろう。
それも当然だ。凶魔が友好的で、しかも会話、意思疎通が出来るなんて。
そんな話どこでも聞いたことがない。
凶魔は凶暴で人を本能で襲う。だからこそそれを使役出来ている連邦には一歩劣っていると思っていたが……。
ふと、ノウトはそこである事象を思い出した。あれは二年前、魔皇とした会話だ。
『そもそもあのゴーレムってどういう原理で動いてるんだ?』
ノウトが聞くと魔皇がこう言ったのだ。
『私の管轄ではないのだが、メフィに聞いた話、凶魔が埋め込まれているとか何とか』
そうだ。メフィはここ何年もゴーレムについて研究していると言っていた。それはまさか……。
「ミカエルがゴーレムの主だってことか?」
『わっ。君って賢いんだね。気に入ったよ』
「そうじゃ、ノウト。二年前のあの戦いでゴーレムの中にいた凶魔、それがミカエルじゃ」
「そういう事か……」
ノウトは腕を組み、ひとつの仮説を考えた。
「もしかしてミカエルには、その時の記憶がないのか?」
『無責任な話だけど、そうなんだよね。誠心誠意謝るよ。でも、いくら謝っても亡くなった人は帰って来ないよね』
「しょうがない、って言葉はあまり好きじゃないけどこの場合は仕方ないだろ。ミカエルもあの灰森族の少女に無理やり戦わせられてたんだろうし」
『……その事について、ノウト、君に相談があるんだ』
ミカエルはノウトを見上げた。
『僕をその人のところに連れて行って欲しい』
「その人って、灰森族の子のところか?」
『そう。僕は彼女と共に居た時のことをほとんど覚えていないけど、ひとつだけ覚えていることがあるんだ』
ミカエルが遠くを見るように目を薄めた。
『彼女はいつも僕を優しく撫でていた』
想いを馳せるその瞳には確かな意志を感じさせた。
『僕の家族は君らが言うところの連邦王国にいる。だから──』
「話は分かった。俺がなんとかしよう」
『まぁ、無理だよね。知ってたよ……って、え?』
「帰りたいんだろ?」
『う、うん。まぁそうだけど。まさかこんなに簡単に肯定されるなんて思ってなかったな……』
「いつになるかは分からないけど、俺が必ず連れてくよ」
『その言葉、信じていい?』
「ああ、信じてくれ。なぜなら俺は勇者だからな」
ノウトははっきりとそう告げた。口から出任せではない。頼まれたらそれら全てを遂行するのがレスキュー部のやり方だ。……って、あれ? 不思議と頭に出てきたけど、レスキュー部って、なんだ……?
『ユーシャってのが何なのかは知らないけど、キミはメフィ女史が言ってた通りの人だね』
「ま、まぁな」
ノウトはかぶりを振って、奇妙な違和感を振り払う。今はどうだっていいことだ。
「すまんの、ノウト。わしには荷が重い案件だったから、おぬしに託したのじゃ」
「おう。ま、俺個人としては大丈夫だ。それと真面目な話になるけど、連邦に連れてくとなると準備が必要になるし、帝都を空けてもいいような余裕がある時しか向かえないから時間はかかると思う。ミカエル、そこは平気か?」
『もちろん。こちらも全力でノウトたちをサポートするよ』
ミカエルが彼なりの笑顔を見せてくれた。
「ノウト、あなたほんとに会わしてあげられるのよね?」
「もちろん。凶魔の友達なんて初めてだから俺としても願ったり叶ったりだよ」
「どうなることやら」フィーユが肩を竦めた。
『ともだち……?』
ミカエルが首を傾げた。
『それってなんだい?』
「ミカエルさんは知らないのですか?」
『うん。どうやら僕の中にその単語は記憶されてないみたいだ』
ミカエルはまるで他人事のように言った。
「改めて考えると……」ミャーナが呟いた。「友達って、なんだろうね」
「なにって、チナチナ達のことにゃ」
「それの言語化じゃな」
「一緒にご飯を食べ合える人、かな」
「ミャーナは食いしん坊ですね」
「べ、別にいいでしょ」
「ノウトきゅんだったらなんて答えますか?」
「俺は──」
ノウトは目線を下ろして、それから周りを見回した。チナチナ、シファナ、ミャーナ、フィーユ、メフィ、それにミカエルがノウトのことを見ていた。その瞬間ノウトは、これだという答えが頭に浮かんだ。
「『信じられる人』のことだと思う」
ノウトは信じられる人が友達だと、心のどこかでそう確信している。
「俺はミカエルを信じてる。だからミカエルは友達だ」
「んな一方的な……」フィーユが小声で言った。
『そうか。……なるほど。それならノウト、キミは僕のともだちだ』
「これで成立だな」
「相変わらずめちゃくちゃな理論じゃな……」
ミカエルが手を出して、それをノウトが握った。小さくて、もふもふしていてチクチクもしている。ただ、動物とは違ってひんやりしていた。
『ノウト、キミから学べることは多そうだ』
ミカエルはぴょんとノウトの肩に乗って、嬉しそうに言った。ミカエルのその質量が、彼が確かにそこに存在していることを証明していた。
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