182 / 182
序章 きみが灰になったとしても
第57話 その情動を縫いつけて
しおりを挟むミドラスノヴァの都市から脱出したノウトたちは帝都に向かって、ひたすらに歩き続けていた。
その土地の人に出してもらったとはいえ、ノウトたちは脱獄をしてしまったわけで、おそらく今頃ミドラスノヴァ内では上層部で騒ぎが起きていることだろう。
カミルの姉であるフレイヤはミドラスノヴァの中でも有数の有権者であるため、事態の収束を担ってくれるらしいが、それでも少し心配だ。
カミルについても正直言えば初めの方は心配事がたくさんあったが、ノウトたちを逃がしてしまった以上、もうミドラスノヴァにいられないのは事実だ。ノウトがカミルについては責任を負う必要がある。
ノウトを殺して紋章を奪うという任務に失敗してセンドキアには戻れないニコと、それからノウトたちの脱獄の一助となったカミル。ふたりは似てないようで、どこか似ているかもしれない。
カミルは一見かなり真面目に見えるが、話してみると冗談も通じるし、案外面白いやつだということが分かった。
例えば、カミルが樹木を操る能力をどうして持っているのか質問した時のことだ。
「その、カミルが樹を生み出して操ってるのって森人族全員ができることなのか?」
「いえ、これが出来るのも森人族の中じゃ僕だけだと思います」
カミルが言うと、ニコが首を傾げた。
「そーなの?」
「僕の心臓には〈樹〉の神機《樹木葬画匣》が埋め込まれてるんです」
そう言ってカミルは手のひらからツル植物のようなものを生やして動かしてみせた。
体内に神機を埋め込む手法については見聞があった。例えば大陸に伝わる見聞にこのようなものがある。〈剣〉の神機を体内に宿した剣豪覇者の話や〈氷〉の神機を埋め込まれた怪物の話など、多くの逸話がこの大陸にはある。だが、そのどれもが人々は伝説やただの昔話だと思っている。
神機の研究者であるメフィもそれについてかなりの時間を費やし研究していたらしいが、彼女の手を持ってしても駄目だったらしい。
それもそのはずだ。体内に神機を埋め込むなんて医療技術や魔法をどんなに駆使しても埋め込まれた側はどうあがいても大きな苦痛を被ることになる。体内に異物があって、生き物がそう長く生きられるわけがないのだ。
カミルの身体にも大きな負担がかかっているのは明白だ。
「僕はその体内の神機の力を借りて、この能力を使ってるんです」
「じゃあ、ボクと同じだね」
ニコはさも当然のように言った。その顔には笑顔も怒りもくっついていなかった。いつもの、いつも通りの表情だ。
「同じ?」
「ボクも神機で力を使ってるからさ。似たもの同士だ」
カミルはニコのセリフに否定も肯定もしなかった。彼はただ、手で鼻をこすって、それから顔を伏せていた。
その日の晩だった。ノウトたちはミドラスノヴァの森の中で一晩休むことにした。ニコが「寝る」とただそれだけ言って横になったので、ノウトとカミルは交互に見張りをしようという話になった。ただ、どちらもそこまで眠気がなかったから少しだけ雑談をすることにした。
「なかなか森を抜けられないな」
「ミドラスノヴァ全域が大樹でつくられた要害ですからね。ユニにたどり着くまで抜けられませんね」
「そうだなー。あとどれくらい歩くことになるんだろ。二日とか、そのくらい?」
「都市はミドラスノヴァの中央にあるので、そこからだとあと最低三日は歩くことになりそうですね」
「まぁ、そんなもんだよなぁ」
なんて、意味のない会話を延々と繰り返していた。
それから、お互いの昔話をした。ノウトは自分には勇者として召喚される以前の記憶がないことや出会ってきた人達のことを話した。
カミルは生い立ちをノウトに伝えた。彼は死産だった際に〈樹〉の神機を埋め込まれて息を吹き返したらしい。またカミルの姉であるフレイヤはカミルに対して度を越した過保護で母同然の存在なんだとか。そんな彼女がカミルをノウトたちの同伴を許したのはそれだけノウトを信頼しているということなのだろう。ノウトもそれに応える必要がある。カミルもニコも、ノウトが守らないと。
雑談を続けていて、ふと、ノウトは思ったことを口に出した。
「カミルは俺たちをさ、助けてくれたじゃん?」
「え、ああ、そうですね。改めて言われると凄いことしたなーって感じですけど」
「ほんとだよな。カミルがいなかったら俺たち、本当にあそこで終わりだったから」
「そんな大げさな」
カミルは両手を振ったけど、ノウトはカミルの行動に敬意を示している。
脱獄に手を貸すなんて、失敗したら確実に殺される。成功したとしても、もうその国にはいられない。カミルは文字通り、命懸けでノウトたちを救けたのだ。
「それでさ、俺たちを助けたその真意を教えてよ」
「真意? 言ったじゃないですか。あなたたちがあそこで死ぬのは理不尽すぎるって」
「でも、カミルはこうも言ってたよな。『これじゃ、助け損じゃないですかまったく!』……みたいにさ」
「ノウトは……何を言いたいんですか?」
ノウトはすぐに答えを言わずに、ニコの方を少し見てからカミルを向き直した。
「なんだか、もどかしいな」
「え、何がですか?」
「カミルはニコが好きだから俺たちを救けてくれたんだろ?」
「はああああああぁあぁぁぁぁぁ!?」
カミルは声を張り上げたが、寝ているニコを一瞥して起こさないように声のトーンを下げた。
「いくらなんでも飛躍すぎでしょ!? 召喚されて三年しかこの世界に生きてないくせに想像の翼広げないでくださいよ! ああまったくそれにしても僕のことも何も知らないのによくそんなこと言えますね! 好きですって!? そんなわけの分からない情動を僕が持っているとでも!? まったくもって意味わかんないですけどね! 好きとか嫌いとかそんな人間らしい劣情を心臓に神機を埋め込まれた僕が少しでも抱いていると思ったら大間違いですよ!」
カミルはノウトに当たり散らして、それからひとつ息をついて、髪をかきあげた。
「……確かに、僕はニコさんが好きなのかもしれない。ノウトたちをツルで操って拘束した時も、無いはずの心臓が温かくって熱くって、胸が苦しかった」
カミルは目を伏せた。
「……それは極めて情動的で、その全部がくだらない感情です。でも、それは確かに僕を支配している」
そして、彼は胸を強く抑えた。
「僕にはミドラスノヴァを再興したいという自国愛の感情と、それからノウトたちと共に旅をしたい気持ちと、最後にくだらない劣情が存在している。こんな気持ちで一緒にいていいのかずっと分からなくて、姉さんにも申し訳なくなって──」
「いいんじゃないかな、それで」
カミルが目を丸くしてノウトを見た。ノウトは足元に目線をやる。
「いろんな感情を抱いているのが人なんだしさ。今のカミル、すごく人間味があって、俺は好きだけどな」
カミルはノウトから目線を逸らして、目を瞑った。ノウトはカミルを見て、口を開いた。
「ニコに好きだって言えばいいんじゃないか?」
その言葉を聞くと、カミルは呆れたようにため息を吐いた。
「……あなたには分からないんですよ」
カミルは歯を食いしばった。
「この社会では今の関係を失うと、もう取り返しがつかないかもしれないんです」
「取り返しなんて、いつだってつかないよ」
ノウトの言った言葉を聞いて、カミルは目をみはった。
「今こうしてる全てが取り返しがつかない。失ったひとも、ものも、なにもかも全部。でも、俺らは取り返しがつかない選択を繰り返して幸せを掴むしかないんだ」
ノウトはにっ、と笑ってみせた。そして、恥ずかしそうに頬をぽりぽりとかいた。
「受け売りの言葉だけどね」
「………なんだか……」カミルは抑えていた胸から手を離した。「ほんの少しだけ、胸が軽くなったような気がします」
「それは良かった」
ノウトが言うと、少しの間その空間に静寂が訪れた。かすかに聞こえる木の葉の擦れ合う音が妙に心地よかった。静寂を破ったのはカミルだった。
「……ノウトは、おかしいって思わないんですか?」
「おかしいって、なにが?」
「僕が、好きになったのはニコさんですよ?」
「うん」
「だからっ……」カミルは少しだけ声を荒らげた。「……ニコさんは神機で、……つまり機械だから……でも僕は森人族で……。それって、……おかしいと思いませんか?」
「別におかしくないよ。俺はニコと一週間くらいしか一緒にいないけど、それでも分かる。ニコは普通の女の子だ」
「ははっ」
カミルは笑いだした。大声で笑った。腹を抱えて笑っていた。
「……えっ、今の笑いどころだった?」
ノウトが困惑しているとカミルは笑い涙の浮かぶ眦を手でこすった。
「あなたは変な人だ」
「それは、ほんとによく言われる」
「ノウトは、好きな人はいないんですか?」
「いるよ」
「帝都に、ですか?」
「いや、帝都にはいないかな」
「じゃあどこに?」
「彼女は───」
ノウトは天を衝くかのような大樹の先の方を仰いだ。
「あの人は、故郷にいるんだ」
「じゃあ、早く戻らないとですね」
カミルは言ったが、ノウトはなんだか妙な思いになっていた。何か。何かが、おかしい。
「その人は、なんて名前なんですか?」
「彼女の名前は……」
ノウトはそこまで言って、自らの額を手で覆った。
あれ、なんだ、これ。あの人の名前だ。名前だよ。名前。名前。何か。何かが変だ。
彼女の名前は──……ロメリー? 有栖? アリス? アヤメ? アイリス? 違う。どれもが違う気がする。
三年前に、ノウトが自ら手をかけた彼女の名前だ。炎に包まれて、灰になってしまった彼女の名前。思い出せ。思い出せ。思い出せ。
「思い出せない……」
「え、どうしたんです?」
「……思い出せないんだ。名前を……。彼女の名前を……」
なんで、どうして。ノウトはあの人を愛していたはずだ。それなのに。どうして。どうして思い出せないんだ。そうだ。そういえばここ三年近く彼女の名前を口に出していなかった。それにしても変だ。思い出せないなんて。ありえない。現実的じゃない。
気がつかなかった。違和感を今まで感じていなかった。
あの時にノウトが失ってしまったのは、灰になってしまった人の名前は、ロメリーでも、有栖でも、アリスでもない。
今まで、忘れていたことを忘れていたのだ。
だめだ。思い出せない。
「ノウト……?」
ニコが目を覚ました。
「あ、悪い。うるさかったよな」
ニコは首を振った。
「ノウトたちも早く寝なよ。明日も朝早いし」
そう言って、ニコは横になった。ノウトとカミルは二人して少し笑った。もう、その時には思い出せないことを忘れてしまっていた。
「ノウト、僕は君の全てを理解してはいませんが、何かあればいつでも助けになりますから」
カミルはそう言って笑ってみせた。
ノウトはそれに頷いて答えつつも、胸に残る微かな違和感を覚えていた。
まるで、胸に穴が空いてしまったみたいだ。
それとも、この胸にぽっかりと空いた穴を指でなぞれば、それが何かを思い出せるのだろうか。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界で大往生した私、現代日本に帰還して中学生からやり直す。~最強の補助魔法で、冴えないおっさんと最強美女を操って大金持ちになります~
タカノ
ファンタジー
異世界へ転移し、聖女として崇められ、愛する家族に囲まれて88歳で大往生した……はずだった。 目が覚めると、そこは現代日本。 孤児の中学2年生、小金沢ヒナ(14)に戻っていた。
時間は1秒も進んでおらず、待っていたのは明日のご飯にも困る極貧生活。 けれど、ヒナの中身は酸いも甘いも噛み分けたおばあちゃん(88歳)のまま!
「もう一度、あの豊かで安らかな老後(スローライフ)を手に入れてみせる!」
ヒナは決意する。異世界で極めた国宝級の【補助魔法】と【回復魔法】をフル活用して、現代社会で大金を稼ぐことを。 ただし、魔法は自分自身には使えないし、中学生が目立つと色々面倒くさい。 そこでヒナがビジネスパートナー(手駒)に選んだのは――
公園で絶望していた「リストラされた冴えないおっさん」と、 借金取りに追われる「ワケあり最強美女」!?
おっさんを裏から魔法で強化して『カリスマ社長』に仕立て上げ、 美女をフルバフで『人間兵器』に変えてトラブルを物理的に粉砕。 表向きはニコニコ笑う美少女中学生、裏では彼らを操るフィクサー。
「さあ善さん、リオちゃん。稼ぎますよ。すべては私の平穏な老後のために!」
精神年齢おばあちゃんの少女が、金と魔法と年の功で無双する、痛快マネー・コメディ開幕!
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
お子ちゃま勇者に「美味しくないから追放!」された薬師、田舎でバフ飯屋を開く
風
ファンタジー
現代日本から転生した味覚オタクの薬師ユージンは、幼い勇者パーティの“保護者枠”として命を守るため口うるさくしていたが、「薬が苦い」「うるさい」と追放される。
田舎ミズナ村で薬膳小料理屋「くすり香」を開いた彼の“バフ飯”は冒険者を覚醒させ、村を救い、王都の薬利権すら揺らす。
一方、追放した子どもたちはユージンの真意を知って大泣きするが、彼は戻らない──自分の人生を取り戻すために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる