ギースレイ

杉森 岬

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激戦

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「恐れちゃ駄目。アイツは蛹に過ぎないんだから」
 美實は自分に言い聞かせた。
「ああ、美實の言うとおりだ。ゴラスは前哨戦に過ぎない。ザグロスに孵化ふかする前に片付けないと」
「ですね。長引くとやっかいな事になりそう」
「フィアリスちゃんは俺が護るから大丈夫だ」
 するとゴラスは、目を閉じた。
「何だ?寝足りなかったのか?」
 笙の軽口を塞ぐかのように、次の瞬間、目の前に数百体の鎧兵士が現れた。
「皆!レイドールで一斉攻撃して!」
美實が大声を上げると、三人はそれに応えた。
「成程、こいつらで時間稼ぎって訳ね。クロノレイ、お願い!」
「ギースレイ頼む!」
「ズィアスレイ、宜しく!」
「任せろ!」
 三体は同時に行動を開始した。先ずはクロノレイ、背中のハイペリオンリングが七色に輝き出し、その光は水平に傾き、初速から音速で兵士の群れに向かって、ブーメランのように弧を描くように飛び、一気に半分以上の兵士を斬り裂いた。
 ギースレイとズィアスレイは飛行し、一気にゴラスに向かった。だが、どんなに剣で切り裂こうとしても、傷一つ付かなかった。
「何て硬い外殻だ。ビクともしない」
「考えてみりゃ当たり前か」
 ゴラスは再び突風を放ち、ギースレイとズィアスレイを壁に叩きつけた。
「くそっ」
倒された兵士は消え去り、減った分補充される。
「これじゃあ、限が無いわ」
 美實は一瞬、呆然とした。
「でも、涓滴岩けんてきいわをも穿うがというじゃない。何回もやってれば、その内なんとかなるかも」
「…今は、それしかないな」
 クロノレイが兵士達を斬り裂き、ギースレイとズィアスレイがゴラスに斬撃を加える。偶に兵士補充の合間を縫ってクロノレイがゴラスを攻撃。ルナレイにエネルギー補充して貰う、その繰り返しが功を奏したのか、僅かだが血らしき雫が一筋流れた。
「やった!意外と楽勝かも」
 笙が喜びの声を上げた。だが美實は冷静に、ただ傷が付いたに過ぎない、喜ぶのは早いといさめた。どちらが年上か分らなくなる遣り取りだった。
 ゴラスは、今度は自分の半分サイズの緑色の怪物を出現させた。メタボ体型、胴長短足、腕は棘の付いた鞭、肩は長い毛で覆われている。

「あれは…ラーザ、植物神が作り出した生物兵器…」
 美實の呟きを聞いた勇一は、ギースレイに向き直った。
「ギースレイ、追加された、アレを」
「分った。チェンジ!ガイアレイ!」
 ギースレイが、そう叫ぶと、目映い光がギースレイの身を包んだ。そして、赤を基調とした戦士、ガイアレイの姿に変身した。この姿は、最大十分間しかたない上、再度ガイアレイになるには24時間かかる、いわば最終手段だ。だがその分、能力が桁違いに上がる。
 ガイアレイは両手から、直径十10㎝程の7色に輝く光球を作り出し、それをラーザに投げつけた。だがラーザは、その体型からは想像も付かない速さでかをし、一気に間を詰めてきた。そして腕の鞭をしならせ、ガイアレイに打ち付けた。だがガイアレイはこれを瞬時に張った物理攻撃用バリアーで防ぎ、そのままラーザの頭上へ上昇した。しかしこれを見越していたのか、ラーザは腕を無数の茎の檻に変化させ、ガイアレイを空中で閉じ込めた。
「残念だったな。内側からは、どう足掻いても抜け出せんぞ」
 ラーザは、低く濁った声で言った。
 それを見たクロノレイとズィアスレイが動いた。クロノレイは瞬間高速移動し、全てのリングから光を放ち、その光を槍状に形成し、ラーザの膝に突き刺した。これがクロノレイのカッシーニの間隙。距離を最小限度にまで詰めてから放つ攻撃の総称。クロノレイは飛行能力が無い代わりに、三回だけ1㎞の範囲で瞬間移動が出来る。これでラーザが蹌踉よろけた。その隙を突いて、ズィアスレイが右手から光弾を連射した。茎の檻は炎上し、ガイアレイは解放された。
「おのれぇぇぇ」
 ガイアレイは両腕から直径50㎝くらいの大きな光球を作り出し、それを投げつけた。光球はラーザに当たった瞬間、大爆発を起こした。辺りが煤を含んだ黒い煙に包まれる。クロノレイは光のリングを縦に放ち、ラーザを真っ二つに斬り裂いた。続いてズィアスレイが冷凍光線で凍らせ、ガイアレイが高熱線を発射して燃やし尽くした。ラーザは消滅した。
 その瞬間、ゴラスの全身に罅が入り、無数の黒い光が放出され、辺り一面が闇に包まれた。そして、赤い小さな光が二つ現れた。
 美實は直感した。あれはザグロスの目だと。
 闇が吸い込まれ、現れたのは、ゴラスより巨大なみにくい獣のような邪神の姿だった。長い首、深く裂けた二つの口、頭に生えた三本の角、爛々らんらんと光るあかい瞳は、妙な美しささえ湛えていた。邪神と言うに相応しい、禍々まがまがしい姿と威厳、圧倒的な威圧感。美實は背筋に冷たい物が走り抜けるのを感じた。ただ立っているだけなのに、何なのだろう、この無力感、敗北感は。ゴラスが蛹に過ぎなかった事を、嫌でも改めて感じさせられる。

「おお、久し振りの外界だ」
 ザグロスは辺りを見回した。
「どうやら、忌まわしいシャルラとザネットもいないようだ」
 ザグロスは視点を足下に向けた。
「お前らか、俺を目覚めさせたのは」
 ザグロスの目が更に強く光ると、目を合わせた全員の全身が痺れ、脱力した。ただ、レイドールと、反射的に目を閉じた美實には無効だった。
(体が動かない…)
 全身が麻痺状態の為、声も出せない。
「マスターに指示を出されなければ、俺たちは何も出来ない。真面に動けるのはルナレイだけ…」
「ズィアスレイの言う通りだ。こんな時俺たち全員に一括で指示が出せる人がいれば………待てよ?あっ」
「どうした?ギースレイ」
「忘れたのかクロノレイ、総括指示者であるキリオスの設定だ」
「いや、忘れてはいないが、あれは博士でなければ解除できない筈」
「何言っているんだ。臨時であればルナレイが解除できる」
「あっそう言えばそうだ」
「美實、頼む」
「うん」
 美實は頷き、息を吸い込んだ。
「ルナレイ、キリオスの機能制限の解除を!」
「はい!只今より、臨時キリオスは恋瀬川美實!解除!」
 ルナレイが叫ぶと、レイドール全員の体が黄金に光り、それが消えると、レイドールが一に美實の方を向いた。
(凄いプレッシャー…でも私がやらなきゃ)
 美實は腹を括った。
「みんな!全力で攻撃よ!」
 その声を聞いた瞬間、先ずはクロノレイが、その俊足で距離を詰めると同時に、カッシーニの間隙を放った。ただ、当然の事だが、ザグロスには傷一つ付かない。今度はギースレイ。両手から光剣を発し、十字に斬り裂いた。だがこれも傷一つ付かない。最後はズィアスレイ。背中の翼のようなパーツが前方に開き、外れ、一つに接続された。そしてその上にズィアスレイが乗り、浮上、飛行して間隔を詰め、風速300mの突風を放った。だが当然ながら身動ぎもしない。それどころか、笑っているかのようだった。
「予想はしてたけど、これじゃあ打つ手が…」
「終わったか、ではこちらの番だ」
 ザグロスは両手から放電し、ギースレイ達に命中させた。
「ぐあぁあっっ」
改めて邪神の凄まじいまでの力に、美實は膝から崩れた。
 ガイアレイは背中のパーツを取り外し、長い柄の先に円形の小型チェーンソーのような物が付いた武器に組み立て、両手に持った。
「そうか、魔法攻撃は効かなくても実体攻撃なら」
 ガイアレイは飛び上がり、ザグロスの首元で、先端の細かい刃を高速回転させた。僅かに傷はついた。確かに魔法攻撃以外は通じるようだ。だが、対抗する程では無い。実際、掠り傷にもなっていない。併し、攻撃の糸口は見えた。
「クロノレイ、ズィアスレイ、あなたたち実体攻撃は無いんですか?」
 漸く体が動くようになったフィアリスが二体に訊いた。
「いや、ザグロスにダメージを与えられる程の物は…」
「そんな事訊いていません!有るか無いか。それだけで結構です!」
「は!あります」
 珍しく語気を荒げたフィアリスに、プラングメンバーは驚いた。
「じゃあ美實、お願い!」
「うん。全レイドールに告ぐ、ガイアレイ、ズィアスレイ、クロノレイは実体攻撃のみ、ルナレイは修理と補給に徹して行動開始!」
 

 その掛け声と同時に、ガイアレイとズィアスレイは飛行し、クロノレイは高速移動で距離を詰めた。クロノレイは、背中のハイペリオンリングを手にし、素早く斬り裂いた。同時にズィアスレイが、鋭く尖った爪先で蹴り込み、突き刺した。
 確かに傷は付く。併し決定打にはならない。ザグロスが反撃してこないのがその証拠だろう。中の肉まで届いていないからだ。恐らくササクレ程度の痛みと思われる。
 三体は根気強く攻撃を続けていたが、遂に時間切れとなり、ガイアレイはギースレイに戻った。そのタイミングを見計らって、ザグロスは腕から突風を放ち、再度全員を壁に叩きつけた。
 その時だった。辺りが白くなり、ザグロスの姿も見えなくなった。そして、どこからともなく、男女の声が聞こえてきた。そして次の瞬間、白と黒の鎧の男と、赤と白の鎧の女の姿が浮かび上がった。
「美實。我はシャルラ、こちらは妻のザネットだ。今、我々は時間を止めている。この場で動けるのは、私たちと、お前と、勇一だけだが仲間達の心配はしなくていい。」
 美實が横を見ると、確かに勇一が立っていた。
「これからレイドールを一時的に一体化させ、ザグロスと対等の力を与える。それでザグロスを封印してほしい」
「はい、勿論」
 二人は同時に頷いた。
「では、これを受け取って下さい」
 ザネットが小さな光球を右手掌に四つ作り出し、二つずつ美實と勇一に渡した。
「それをレイドールに埋め込めば一体化し、神のレベルまで強化されます」
「分りました」
「では時間を解放するぞ」
 辺りから白さが消え、元に戻った。二人は素早く4体のレイドールの胸に光球を埋め込んだ。すると、4体は七色の光に包まれ、空中に浮かび上がった。そして眩しい光の爆発が起こり、中から、一体のレイドールが現れた。炎をモチーフにした姿をしている。

「まるで太陽のような…そうだ、貴方はイリョスレイよ」
「はっ」
 イリョスレイと名付けられたレイドールは、美實の足下にひざまずいた。そして振り返り、ザグロスをにらみ付けた。その場の全員が(ギバースさえも!)イリョスレイに一縷いちるの望みを託した。
「たかが人形風情が、姿が変わったからとて、何になる。喰らえ!」
 ザグロスは広範囲に熱線を放った。だがイリョスレイはこれを正面から浴びながら飛び上がり、左右に薙いだ。すると先程までは傷一つ付つけるのがやっとだったのが、今回は首の一部を切り裂いた。ザグロスが悶狂もんきょうの叫び声をあげる。
「おのれ…調子に乗るな!」
 ザグロスは巨大な腕を横に薙いだ。だが、イリョスレイには掠りもしない。
 イリョスレイは両腕を水平に伸ばし、熱線を放った。
 ザグロスは両腕を交差させ、これを防いだ。だが、腕の一部が焼け単爛ただれ、異臭を放ち始めた。ザグロスは腕を下ろし、三本の角から波状熱線を撃ち出した。これはイリョスレイに直撃し、イリョスレイは床に背中から落ちた。だがすぐに立ち上がり、再び放たれたザグロスの波状熱線を素早く躱した。
「鬱陶しい奴め…」

 イリョスレイの背中に、{ほのお}の文字が浮かび上がり、額の宝玉から無数の光が発散された。
「プロミネンス・エクリクスィ!」
ザグロスの肩に直撃した直後に爆発し、両肩の防具を破壊した。
「ザグロスに拮抗きっこう、いや、寧ろ優勢かも」
 美實が呟く。神二柱の力が宿っている上に、四体の力も併せ持っているのだ。ザグロスを凌駕してもおかしくはない。
 人間達は趨勢すうせいを見守る事しか出来ない。勇一は美實に覆い被さるようにして、笙は逆に自分の後ろにフィアリスを隠れさせ、時折降ってくる瓦礫がれきから護っている。
「笙さん、大丈夫?」
「当たり前よ。こんなの屁でもねぇぜ」
 正直痩せ我慢だった。しかし、フィアリスが無事ならそれで良かった。
「大丈夫か?美實。お前はリーダーとしてよく頑張っているのに、こんな事でしかお前を護ってやれなくて」
 美實は首を横に強く振る。
「ううん。嬉し過ぎて泣きそう。どれだけ惚れさせれば気が済むのよ」
そう言って微笑んだ。
 一方ザグロスは、背中から触手を伸ばし、イリョスレイを絡め取っていた。
「ぐあぁあっっ」
 触手がイリョスレイを締め上げる。そして身動きの取れない状態で、冷気を浴びせかけた。
「ふふふ。凍結させてやるぞ」
「イリョスレイ!」
 美實が叫ぶ。
「大丈夫ですよ、キリオス様。ザグロスは大変な勘違いをしていますからね」
「何だと?何をだ?」
「この程度の冷気で太陽が凍る訳ないだろう」
「ぬぅぅぅっおのれぇぇぇぇ」
   ザグロスは更に冷気の温度を下げた。
 壁や床が凍り、勇一の背中、笙の体には霜が積もっている。寒さで意識が朦朧とし始める。
(このままではキリオス様達が!よし、一気に片付ける)
 イリョスレイは全身の温度を一気に上げた。すると触手から煙が立ち始め、火が点き、燃え上がった。
「くそっ」
   ザグロスはたまらずイリョスレイを解放した。この瞬間を待っていたイリョスレイは、ザグロス以外の全員に、防御膜を張り、残りの全エネルギーを熱エネルギーに換えた。するとイリョスレイは真っ白に光る姿となり、そのまま体当たりした。スペルノヴァ(超新星)だ。まさしく星が終わりを告げる爆発のような、威力と閃光だった。
「ぎょああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ」
   ザグロスは消滅した。
   全エネルギーを使い果たしたイリョスレイは、元のレイドール四体に戻り、膝から崩れた。
「みんな!」
 美實が最初に駆け寄り、勇一、笙、フィアリスが続いた。
「大丈夫ですよ、キリオス様。全員動くエネルギーが殆ど無くなっただけですから。なあクロノ、ルナ、ズィアス」
 ギースレイの言葉に、他のレイドールが頷く。
「じゃあ、ポケットサイズになる位のエネルギーは残ってる?」
「勿論」
「じゃあお願い」
   レイドールは瞬時に、全身を縮小させ、掌サイズになった。そして美實達は夫々のポケットにレイドールを入れ、ギバース達に向き直った。いつの間にかフレイアンとエースも合流していた。ゴラスやザグロスの邪念が消えた為か、彼らからは怨讐えんしゅうの色が消えていた。ギバースは、マスクと鎧を脱いで消滅させた。他の全員もそれにならった。暫し沈黙が流れる。重苦しい空気が辺りを支配していた。最初に口を開いたのは、ギバースだった。
「我々はゴラス、いや、ザグロスの邪念に操られていたのか…遡って考えれば、両脚を失ったあの時から…」
「私たちはギガントに入った事で、その邪念に取り込まれた」
「ロアーの言うとおりだ。思えばバードニックフォース殲滅に躍起になっていたのも、それが原因だろう」
「でもファヴラー、俺やエースはそんな事あまり考えなかったし、割と中立でいられたけどな」
「個人差はあるだろうな。効くヤツと効かないヤツもいるだろうし。それにお前達二人はこの中に居ることが少なかったからな。だからだろう」
 ギバースはそれだけ言うと、跪き、両手を床に付け、頭を下げた。
「本当に申し訳ない。謝って許される事ではない事は分っている。これから出頭し、どんな裁きでも甘んじて受ける覚悟だ」
 その言葉に、ギガントメンバー全員が頷いた。そしてギバースがきびすを返した途端、背後から笙が声を掛けた。
「訊いてもいいか?」
「何だ?」
「地底人だけでは地底から地上には移動できない。なのに、どうやって殲滅しようとしていたんだ?そもそも何故殲滅しようと思ったんだ?」
「確かに僕もそこが分らなかった」
 ギバースは二人を凝視し、瞼を閉じ、息を吸い込んだ。
「それを語るにはまず、或る真実から話さなければならない。それを聞く覚悟はあるか?特に大甕勇一」
「えっ僕?」
「そうだ」
「ああ、聞かせてくれ」
 ギバースは一瞬黙った。そして、ゆっくり話し始めた。
「そうか。これは墓場まで持って行こうと思っていたが…分った。大甕勇一、私が他のメンバーの名前を知らないのに、お前だけ知っているのは何故か?それはな、お前が私の息子だからだ」
 勇一は衝撃のあまり、絶句した。
「私は昔、地上人の女性と恋に落ちた。激しい恋だった。結婚は出来ないと分かっていた。その当時は、どんな裏技を使っても、地底人を地上人には出来なかったからだ。だがそれでも私たちは愛し合った。そして子供も出来た。それがお前だ、勇一。だが、誰かが密告したのだろう、すぐに発覚し、子供は妻の元へ、私は大罪人として、両足を切断される刑を受け、妻は私の記憶を全て消された。大甕は妻の姓、勇一は妻が付けたのだろう。それは人づてに聞いていたし、顔を見て確信したよ。だから始めからお前と戦う気は起こらなかった。ヴェスンなら話は違っただろうがな」
「だから割りとスンナリ、ゴラスの元へ案内してくれたのか」
「それもあるが、あの時はゴラスが私を操っていたからな、早く連れてこいという事だったんだろう」
「成程」
「これで全部洗いざらい喋った筈だ。勇一。大人になったお前を目にする事が出来ただけで、もう思い残すことは無い。恐らく私は極刑に処されるだろう。さらばだ、勇一」
 そう言い残し、ギガントのメンバーはその場から立ち去った。勇一たちは呆然と見送るしか無かった。
「あれ?」
 美實が何かに気付いた。
「そう言えば、地底から地上に、地底人が行けないのって、ザグロスが支配下に置くためだったはず。ブラックバーン・ランカスターがしるした神学書や、セーヌ・シャンパーニュが編纂へんさんした神学論文集に書かれていたわ」
「と言うことは…!」
「勇一さん、そうよ。地上人も地底人も自由に行き来できるようになったのよ。恐らく、レイドールさえ叩いておけば、自分が復活しても安泰、盤石になるから、レイドールだけ呼ぶつもりだったんじゃないかな。それがシャルラとザネットが干渉して、マスターまで一緒に転送されてしまった。それがザグロスの誤算だったんじゃないかしら。でも、何故博士も一緒に召喚しなかったのかな?そこが疑問なのよね」
「なるほど。頭いいな、美實ちゃんは」
 笙は本気で感心した。美實はそんな事無いと謙遜しながら照れている。
「でもシャルラとザネットって伝説上の存在じゃなかったんですか?」
「フィアリス、ザグロスやゴラスだってそう言われてたけど、実際戦ったじゃ無い。それに、私と勇一さんは二柱に直接会って、レイドールをパワーアップしてもらったんだから」
「急にガイアレイたちの姿が変わって、圧倒的な強さになったのは、そう言う訳だったのか」
 笙が呟くように言うと、フィアリスも頷いた。時間が止められていた為、二人には急激な変化に感じられたのだろう。
「では帰ろうか、誰か転移魔法が使える人は?」
 と笙が言った途端、フィアリスが手を挙げた。
「私、使えます。基本レベルですけど」
 転移魔法は上級になると、別の場所にいる複数人をそれぞれ好きな場所に同時に転移させられる。フィアリスが使えるのは、今居る場所からグループを転移させるものだ。因みに最低レベルだと自分一人しか転移させられない。
「流石フィアリスちゃん。頼むよ」
「じゃあ、行きますね。みんな、近くに寄って、輪になって」
全員、フィアリスに言われた通りに集まって円陣を組んだ。
「メタースタシィ・オマーダ」
 一瞬で、周囲の景色がミーティングルームに変わった。
「すっ…すげー!もうプラングに戻ってる!」
「笙さん、大した事無いですよ。でも皆さんの力になれて良かったです」
 フィアリスは照れくさそうに、少し下を向き、前髪を掻き上げた。

 戦いは終わった。神の力が無ければ全滅していただろう。美實は心から安堵し、そのまま寝落ちした。勇一は美實を抱え上げ(いわゆるお姫様だっこで)、仮眠室まで運び、布団をかけ、部屋から立ち去った。

 そして全員、夢の中へと落ちて行った。

終焉

   その夜、プラングメンバーが集まり、戦いから解放され、無事に戻れた事を祝う会が開かれていた。和気藹々と会が進み、えんたけなわとなった頃、美實が突然、「勇一さんに話があります」と切り出した。その場の全員が黙った。美實は真剣な表情で、息を呑んでから切り出した。
「勇一さん、私と結婚して下さい」
 勇一も真顔になり、手にしていたコップを置いた。
「ずっと、ずっと好きでした。あの日、地底でのイベントの時から」
 美實の顔は紅潮し、体は震え、涙も滲んでいる。恋人と言う過程をすっ飛ばしていきなり夫婦にと言うのは、美實らしいと、氷華は無言で頷いた。
 勇一は、表情を和らげ、「僕で良ければ」と言って、美實の体を抱き寄せ、キスをした。

 美實は一瞬の驚きの後、心から幸せそうな笑顔となった。涙が頬を伝った。盛大な拍手の渦が、二人を包み込んだ。
「おめでとう」
 氷華は二人の手を両手で握った。
 パーティが再開され、先程よりも更に盛り上がり、それは夜更けまで続いた。

翌日、バードニックフォース全体に激震が走った。ヴェスンが恐喝、資金私的流用容疑で逮捕されたのだ。設立から運営までの資金は、企業のトップや政界人の弱みを握り強請る事で供出させていたのだ。それがリークによって素っ破抜かれた形だ。

緊急会議が行われ、時期将軍に指名されたのは、他の幹部からの推薦も多かった、美實だった。ザグロスを消滅させた功績と、チームを引っ張り、纏めた実績が評価された。美實は一度断ったが、勇一や、周囲の薦めもあり、これを承諾した。
 プラングの所長は、アスラングが退職、妻の原田栞が就任。レイドール部門も本部に移され、当然総責任者は氷華となった。フィアリスは補助魔法の筆頭講師となり、勇一は美實のサポートをする為、本部長に。笙はプラングの主任となり、新体制が始まった。

 リナン国でも大事件が起きていた。リナン国王の実子二人が、毒殺されたのだ。犯人は直ぐに逮捕、即死刑が宣告され、翌日、スピード執行された。
   後日、美實はリナン国王に招聘された。全く呼ばれる心当たりが無いながら、美實はリナン国王の下に赴いた。
豪奢な宮殿を思い描いていたが、瀟洒で洗練されたデザインの宮殿だった。
    美實はいきなり国王執務室に通された。リナン国王は美實と目が合うと、座るように促した。
「初めまして陛下」
「うむ。突然呼びつけて申し訳ない」
 向かい合って着席する。暫時、沈黙が流れる。それを破ったのは、国王の方だった。
「実は君に重大な事を告げなければならなくなった為に、来て貰ったのだ」
「重大な事、ですか?」
「ああ、実は君は私の実子なのだ」
「御冗談を」
「こんな場で冗談を言うほど、私は野暮では無い」
「失礼致しました」
 国王は立ち上がり、美實に背を向けて、話を続けた。
「君は私が正妻ではない女性に産ませた子供なのだ。恥ずかしい話だが、私の側近がスキャンダルを恐れて、路地裏に置き去りにした。母親は消息不明だ。私はずっと後悔していた。だから、その事実を知った時から、贖罪の意味もこめて、可能な限り君をサポートする事を誓った」
 フッと、国王の表情が緩んだように見えた。しかし視線は遠いままだった。
「私にはもう跡を継がせる子は、君しかいないのだ」
 目を閉じ、絞り出すように話を続けた。
「傲慢勝手は承知、恥を忍んで、私が亡き後、国王を継いで貰いたいのだ。勿論、それに関わる煩雑な作業は全て引き受ける」
 国王は美實の前に跪き、頭を下げた。
「頼む。頼む…」
 衝撃の事実。それ以上に一国の国王が、ここまでしている現実。美實は混乱していた。何を言われているのか、頭が追い付かない。
 美實は深呼吸して、気持ちを落ち着けた。一瞬、天を仰ぐ。そして視線を国王に戻す。国王は平伏したまま微動だにしていなかった。
「お話は分かりました。よく考えてからお返事させていただけますか?」
 国王は顔を上げた。
「ああ、それは当然だ」
「では、答えが決まりましたら、こちらに再度伺わせて頂きます」
「分かった。宜しく頼む」

 美實は、帰ると直ぐに勇一に相談した。勇一は黙ったまま一頻り聞いた後、王位を継ぐように促した。
「どうして?バードニックフォースの事もあるし、いっぱいいっぱいだよ」
「僕もサポートするからさ、大丈夫だよ。それに、これを機に、地上と地底が和解出来るかも知れないだろう?ザグロスの念があったとはいえ、お互いの差別意識やわだかまりはくすぶっていると思う、いや、確実にある。それを払拭したり、橋渡し出来る良い機会だと思う。それが出来るのは、地底人と地上人、両方の苦悩を知る美實だけだと思う。僕からもお願いする」
 勇一の真剣な眼差し。美實は頷いた。心を決めた。
 
 翌日、再び王宮に向かい、今度は顔パスで執務室に通された。
 向かい合う。最初に口を開いたのは国王の方だった。
「一晩でより凜々しくなったな。余程の覚悟を決めたと見える」
「生半可な気持ちで決める事ではありませんから」
「そうだな。うん。その通りだ。で、結論は出たのだろう?」
「はい。夫とも話し合った結果、お受けする事に致しました」
 それを聞いた国王の表情は、今までの緊張した表情から、一気に和らいだ。
「そうか、良かった。有り難う。約束通り、継承に纏わる煩瑣な手続きや根回しは全て引き受ける。就任式までは、今まで通りの生活をしていて構わない。是非、リナンを盛り立ててくれたまえ」
「こちらこそ宜しくお願い致します」
二人は笑顔で握手した。

    数年後、国王が崩御し、美實が新国王に収まった。美實はまず、魔法が使えなくても、地上から地底へ、地底から地上へ誰でも自由に行き来出来る通路を300ヶ所造った。そして地上に蔓延る差別意識を変える為の講演や、国内の差別に関する法整備、子作り政策、学習環境の拡充、同性婚、夫婦姓の選択権を実現した。これを何と一年で成し遂げたのだ。国民に寄り添い、威圧せず、安寧秩序な世の中を造った功績とアイドル的人気から、何時しか美實は国母と呼ばれるようになっていた。
   また、バードニックフォースに於いても、差別意識の撤廃、実力と人格重視の登用制度、プラングをメインに据え、国立軍に対する武器製造供与、地底にも支部を作るなど、バードニックフォース自体の戦力強化により自衛力を格段に上げ、国王とバードニックフォースのトップの二足の草鞋を、見事に全うした。それもたった数年で。そんな荒唐無稽とも思えるチートな偉業が達成できた裏には、精神的な支えとなった勇一や子供達の存在が大きかった。彼女一人の力では不可能なのは言うまでもない。
   ギガントは、プラングの直属部隊になる事を条件に、実刑を免れた。

   新たなる時代が、今、此処に始まったのだ。

          完
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