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樽回し
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ディオゲネスはいつものように樽の中で眠りこけていた。日はすでに高くのぼり、あたりは活気に満ちている。考えているとき、眠るとき、この二つの時間のほかこの浮浪の哲人がどう生活しているかは誰も知らなかった。誰も気に留めなかったのである。ディオゲネスはのんきに日々を過ごしていた。時には贋金造りに心血を注ぎ、牢の中に放り込まれることもあったが、この日の彼は気持ち良さそうに眠るばかりであった。
すると、いつのまにやら樽の出口がふさがれ、樽はディオゲネスを入れたまま運び出された。が、彼はそんなことにもとんと気付かないままでいた。
ふと彼が目を覚ますとあたりが暗い。それまで日光を入れていたはずの樽の片側がすっかり覆われている。ディオゲネスはここで初めて事の異変に気付いた。
「むむ、なんということだ。一体何が起きたのだろう。まるで見当がつかん」
彼はそう呟きながら身を起こした。樽のつくりは頑丈で運ばれるくらいではびくともしない。ところどころ樽のすきまからは光が漏れ出ていた。ディオゲネスは樽のすきまから外を覗こうとしたが、幅が狭すぎて覗こうにも覗けない。彼は諦めて、外の物音にじっと耳を澄ますことにした。ゴトゴトという荷車の音らしきものに混じって、市場の雑踏のような音がする。
「おうい、ここから出してくれ、中に俺がいるんだぞ」
ディオゲネスはそう叫んでみたが無駄だった。御者の耳には届いてないのか、荷車の絶え間ない振動は依然として続いている。それは寝ているときにはさして気にならないものだったが、いざ起きてみるとすわりが悪くて仕方の無いものだった。
「フン、どうにでもなれだ」
彼はふてくされながら、この荷車の行くに任せてみることにした。実際、それ以外はどうしようもなかったのである。
どれくらい時が経ったのかは分からないが、樽から漏れる光はだんだんと薄暗くなってきた。あたりの雑踏の音も消え、荷車の音だけが響いている。ディオゲネスは喉の渇きを覚えた。そしていつ終わるとも知れぬこの単調な運行に、彼は次第に眠気を誘われていった……。
ふと目を覚ますと、目の前が明るかった。おや、と思って起き上がると、いつの間にかあの居心地の悪い振動も消えてなくなっている。樽の片側は、ふさがれていたものが取り除かれ、以前のように口が開けていた。
ディオゲネスは注意深く樽の出口に近付き、中から外の様子を窺った。そこにはいつも彼が樽の中から眺めていた風景があった。
彼はキツネにつままれたような気分になった。内心自分はどこへ運び去られていくのだろうと思っていたので、それが元の場所だと分かって拍子抜けしたのだ。
彼はしばらく考え込んでいたが、やがて樽の外へ出て陽の光を浴びた。樽の脇には彼が夜に外を出歩くときのためのランプがあった。彼はこのランプを愛おしそうに眺めたあと、中に火を灯し、それを手に提げた。
ひと伸びしてから、ディオゲネスはランプを片手に歩きだしていった。陽はさんさんとこの浮浪者を照らしつけていた。
すると、いつのまにやら樽の出口がふさがれ、樽はディオゲネスを入れたまま運び出された。が、彼はそんなことにもとんと気付かないままでいた。
ふと彼が目を覚ますとあたりが暗い。それまで日光を入れていたはずの樽の片側がすっかり覆われている。ディオゲネスはここで初めて事の異変に気付いた。
「むむ、なんということだ。一体何が起きたのだろう。まるで見当がつかん」
彼はそう呟きながら身を起こした。樽のつくりは頑丈で運ばれるくらいではびくともしない。ところどころ樽のすきまからは光が漏れ出ていた。ディオゲネスは樽のすきまから外を覗こうとしたが、幅が狭すぎて覗こうにも覗けない。彼は諦めて、外の物音にじっと耳を澄ますことにした。ゴトゴトという荷車の音らしきものに混じって、市場の雑踏のような音がする。
「おうい、ここから出してくれ、中に俺がいるんだぞ」
ディオゲネスはそう叫んでみたが無駄だった。御者の耳には届いてないのか、荷車の絶え間ない振動は依然として続いている。それは寝ているときにはさして気にならないものだったが、いざ起きてみるとすわりが悪くて仕方の無いものだった。
「フン、どうにでもなれだ」
彼はふてくされながら、この荷車の行くに任せてみることにした。実際、それ以外はどうしようもなかったのである。
どれくらい時が経ったのかは分からないが、樽から漏れる光はだんだんと薄暗くなってきた。あたりの雑踏の音も消え、荷車の音だけが響いている。ディオゲネスは喉の渇きを覚えた。そしていつ終わるとも知れぬこの単調な運行に、彼は次第に眠気を誘われていった……。
ふと目を覚ますと、目の前が明るかった。おや、と思って起き上がると、いつの間にかあの居心地の悪い振動も消えてなくなっている。樽の片側は、ふさがれていたものが取り除かれ、以前のように口が開けていた。
ディオゲネスは注意深く樽の出口に近付き、中から外の様子を窺った。そこにはいつも彼が樽の中から眺めていた風景があった。
彼はキツネにつままれたような気分になった。内心自分はどこへ運び去られていくのだろうと思っていたので、それが元の場所だと分かって拍子抜けしたのだ。
彼はしばらく考え込んでいたが、やがて樽の外へ出て陽の光を浴びた。樽の脇には彼が夜に外を出歩くときのためのランプがあった。彼はこのランプを愛おしそうに眺めたあと、中に火を灯し、それを手に提げた。
ひと伸びしてから、ディオゲネスはランプを片手に歩きだしていった。陽はさんさんとこの浮浪者を照らしつけていた。
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