疑わしきは

青木倫

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欲望

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目の前の背中に段々近づいている。対象を目と鼻の先まで追い詰めたとき、僕は急に大きな疑問に襲われた。こいつを追う必要は無いのではないか。
確かにこいつは俺を見て逃げた。だが、それが僕がカエルをいたぶっていたのを見た。には繋がらないのではないか。そもそも、それを見られていたとしても僕に害は特に無いのではないか。僕はその考えを即座に否定した。それが自分の意思による決定なのかは分からない。ただ分かることは、小学生のときの「疑わしきは罰せろ」の概念によって投げ掛けられた蔑んだ視線がトラウマとして残っており、少なからずその影響を受け、目の前の男に対して即決で有罪判決を下した。
そのようにして全て過去のせいにできればよいのだが、自分が受けた辛さを他人にも分かって欲しい。そんな自分の中の弱さがあることもまた、否定できない事実であった。
僕は男の背中に追いついたことを確認すると、まだカエルの粘液でベタつく腕で、その後頭部を殴り倒した。僕は地面にのたうち回っている男に馬乗りすると、近くにあった石ブロックを大きく振りかぶり、何度も降り下ろした。血と乾いてきたカエルの粘液の臭いが混じりあい、鼻孔から不快感をくすぐり、僕の衝動を更に駆り立てた。
降り下ろす対象が生き物から骸に変わっていたことに気がつくにはかなりの時間を要した。

人を殺した。その事象が現実であり、実行したのが自分であることに気がつくのにはそれほど時間を要しなかった。
かといって後悔の念や罪悪感で、押し潰されそうになったり、ということは全くもって無かった。
むしろ、達成感を感じながら、体にまとわりついた血とカエルの粘液の臭いを洗い流していた。
特に死体は隠蔽していないので明日には見つかり、突発的な行動だったので、すぐに僕だと特定されるだろう。常人なら悩み、狼狽えるような状況で僕は呑気にシャワーを浴びている。
僕が世間とは少しずれた価値観を持っており、その原因が小学生のときに浴びた視線だということはとうに気づいている。それでも変わろうとは思わなかった。だって人間の理性じゃ欲望を全て抑えることは出来ないのだから。
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