拝啓、冬将軍の治める地より。

00 いつかの夢、そして現実

　これは、呪いだ。

「あい、してる……シ、ド……」

　誰より、何より大切だったものが、最期の吐息で私の名前を呼んだ。
　どうしようもなく、大切そうに。そんな声で呼ぶなと、叫び出したくなるくらいに。

　そろそろと、伸ばされた指先が頬に触れる。
　戦場の泥に塗まみれたそれは、ひどく冷たくて……そして、紛れもない死の匂いがした。

「アル……アル……っ」

　言葉を忘れたように彼の名前を繰り返す私の声が、どこか遠くに聴こえる。
　縋り付いた指先が空を切り、今も剣戟けんげきと怒号に満ちているはずの世界が凍りつくように音を失う。もう何も、見たくない。聞きたくもない。息も、出来ない。

　膝をついた泥濘ぬかるみに、どろりと生温かい血溜まりが広がって行く。
　氷のような指先に反して、燃えるような命の熱は、北の大地に触れて瞬く間に温度を失って行く。こぼれて行く雫が……時間が、この先に待ち受ける果てない孤独を私に教えた。

　ちゃり、と。

　震える手が、私の手の平に小さな鋼鉄の板を落とす。
　私達の生きた証であり、死んだ証でもあるそれは、人生の全てを委ゆだねるにはあまりにちっぽけなものだった。

「生き、ろ……」

　最期の瞬間、お前はどんな顔をしていただろう。何を望んでいただろう。
　お前が私に託した生を、お前が隣にいない世界を、どうやって歩いて行けば良い？

　二度と返ることのない問いを拳に握り、まだ私はこの場所に立ち続けている。
　どこよりも死に近い、最果ての地で。永遠に――

　＊