両翼少年協奏曲~WINGS Concerto~【腐女子のためのうすい本】

さくら怜音/黒桜

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三冊目 眠れない夜のジュークボックス ~不器用な少年を見守る大人たち

……⑥

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「え。渋谷って、去年の春にライブ観に行った、でっかいハコ?」
「ううん、そこじゃなくて、もっと大きくて有名な場所があるんだ。新人ロックバンドが出演するイベント枠に、WINGSも出演しないかって誘いのメールが来てるんだけど」

休日。
午後からのスタジオ出動に備えて腹ごしらえをしようとしている時だった。勝行からのふいな仕事相談に、光はきょとんと首をかしげた。

「ふうん……勝行がやるって決めるなら、俺も行くぜ」
「そうか……」
「なんだよ難しい顔してんな。イヤな奴からの誘いなのか?」
「そういうわけじゃないんだけどね」
「まあ、無理して悩みすぎんなよ。俺はお前の決断を信じてるし。ああ、待ってろ、今うまいもん作ってやっから」

普段と変わりない光の反応を見た勝行は、口元に手を当てしばし黙り込んだ。
ビジネスだの外部交渉だの、難しいことはよくわからないからと言って、光は勝行の決めたスケジュールに滅多と反論しない。

デビュー前からセルフプロデュースしてきた勝行が、WINGSの活動マネージメントも兼ねている。仕事を流してくれる保のツテで最近芸能事務所に所属したものの、そこはあくまでも外部との窓口代わりになってくれているだけで、実質ほとんどの活動計画は自分の仕事だ。

だからこそ、間違った選択はしたくないのだが、慎重派過ぎる故、今までも何度か活躍のチャンスを逃してきた。

客席キャパ2000人超のライブなんて……俺たちまだやったことないし、セカンドシングルがTVCMで流れてる今、まさに一大勝負なんだけど……)

普段は世話になっているオーナーの小さな店で、ドネーション制のゲリラライブしかしたことがない。初めて自分たちのバンド名でチケットを捌くライブを興行するには、うってつけのキャパシティと立地。誘ってきた相手はオーナーの店で知り合った大物バンドマンの一人だ。偶然聴いたWINGSのライブをいたく気に入ってくれて、別の場所でもライブをやらないかと熱心に誘ってくれている。興味があると一言返した途端、あっという間に出演枠までセッティングされていたので、出演希望すれば二つ返事で次の予定が舞い込んでくるだろう。

実際にはその有名バンドの『前座』扱いで、あくまでも客寄せパンダの一員にしかならない。それでも、今の自分たちの実力からいって当然の立ち位置だし、普段とは違う場所で名前と音楽を売り出すにはぴったりの好条件だ。
まだWINGSを知らないたくさんの人々に、光の生み出す音楽を、勝行の創り出す歌を聴いてもらえる。
(でもな……)
勝行は即答したい気持ちを抑えて、自宅の台所に立つ光を見つめた。
いつも通り、変わらぬ姿で休日のランチを作る彼は、一見元気そうに見える。だが時折、乾いた咳を零したり、気怠そうに額の汗を拭く様子が、ひどく疲れているような気がした。

「お前の体調次第……かな……」

思わずそうぽつりと零してしまい、あっと口元を抑え込んだ。
幸いその呟きは当人には聴こえなかったようだ。じゅうっ、と乾煎りするフライパンに肉や野菜を投入していくところだったおかげで、勝行の失言はかき消されていた。
リズムよく飛び跳ねる鍋の中身は、光が紡ぎ出すピアノの調べそのものに見える。

(ここ最近、自分の不安定な体調のせいで、やりたかったライブを何度も断ってること、悔しがってたからな。プレッシャーになるようなことは言わない方がいい)

自責の念に囚われて精神的に参ってしまうと、余計に体調を崩してしまうだろう。
そう考えると、少々無理のあるスケジュールを組んでしまって、ライブという名のご褒美をチラつかせ、意地でも元気でいてもらった方がかえって気分的にいいのかもしれない。

(保さんが出演許可をくれたら、出てみよう)

勝行はそう覚悟を決めてスマホを取り出すと、プロデューサーの名前のアイコンをタップした。
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