23 / 106
三冊目 眠れない夜のジュークボックス ~不器用な少年を見守る大人たち
……⑥
しおりを挟む
**
「え。渋谷って、去年の春にライブ観に行った、でっかいハコ?」
「ううん、そこじゃなくて、もっと大きくて有名な場所があるんだ。新人ロックバンドが出演するイベント枠に、WINGSも出演しないかって誘いのメールが来てるんだけど」
休日。
午後からのスタジオ出動に備えて腹ごしらえをしようとしている時だった。勝行からのふいな仕事相談に、光はきょとんと首をかしげた。
「ふうん……勝行がやるって決めるなら、俺も行くぜ」
「そうか……」
「なんだよ難しい顔してんな。イヤな奴からの誘いなのか?」
「そういうわけじゃないんだけどね」
「まあ、無理して悩みすぎんなよ。俺はお前の決断を信じてるし。ああ、待ってろ、今うまいもん作ってやっから」
普段と変わりない光の反応を見た勝行は、口元に手を当てしばし黙り込んだ。
ビジネスだの外部交渉だの、難しいことはよくわからないからと言って、光は勝行の決めたスケジュールに滅多と反論しない。
デビュー前からセルフプロデュースしてきた勝行が、WINGSの活動マネージメントも兼ねている。仕事を流してくれる保のツテで最近芸能事務所に所属したものの、そこはあくまでも外部との窓口代わりになってくれているだけで、実質ほとんどの活動計画は自分の仕事だ。
だからこそ、間違った選択はしたくないのだが、慎重派過ぎる故、今までも何度か活躍のチャンスを逃してきた。
(客席2000人超のライブなんて……俺たちまだやったことないし、セカンドシングルがTVCMで流れてる今、まさに一大勝負なんだけど……)
普段は世話になっているオーナーの小さな店で、ドネーション制のゲリラライブしかしたことがない。初めて自分たちのバンド名でチケットを捌くライブを興行するには、うってつけのキャパシティと立地。誘ってきた相手はオーナーの店で知り合った大物バンドマンの一人だ。偶然聴いたWINGSのライブをいたく気に入ってくれて、別の場所でもライブをやらないかと熱心に誘ってくれている。興味があると一言返した途端、あっという間に出演枠までセッティングされていたので、出演希望すれば二つ返事で次の予定が舞い込んでくるだろう。
実際にはその有名バンドの『前座』扱いで、あくまでも客寄せパンダの一員にしかならない。それでも、今の自分たちの実力からいって当然の立ち位置だし、普段とは違う場所で名前と音楽を売り出すにはぴったりの好条件だ。
まだWINGSを知らないたくさんの人々に、光の生み出す音楽を、勝行の創り出す歌を聴いてもらえる。
(でもな……)
勝行は即答したい気持ちを抑えて、自宅の台所に立つ光を見つめた。
いつも通り、変わらぬ姿で休日のランチを作る彼は、一見元気そうに見える。だが時折、乾いた咳を零したり、気怠そうに額の汗を拭く様子が、ひどく疲れているような気がした。
「お前の体調次第……かな……」
思わずそうぽつりと零してしまい、あっと口元を抑え込んだ。
幸いその呟きは当人には聴こえなかったようだ。じゅうっ、と乾煎りするフライパンに肉や野菜を投入していくところだったおかげで、勝行の失言はかき消されていた。
リズムよく飛び跳ねる鍋の中身は、光が紡ぎ出すピアノの調べそのものに見える。
(ここ最近、自分の不安定な体調のせいで、やりたかったライブを何度も断ってること、悔しがってたからな。プレッシャーになるようなことは言わない方がいい)
自責の念に囚われて精神的に参ってしまうと、余計に体調を崩してしまうだろう。
そう考えると、少々無理のあるスケジュールを組んでしまって、ライブという名のご褒美をチラつかせ、意地でも元気でいてもらった方がかえって気分的にいいのかもしれない。
(保さんが出演許可をくれたら、出てみよう)
勝行はそう覚悟を決めてスマホを取り出すと、プロデューサーの名前のアイコンをタップした。
「え。渋谷って、去年の春にライブ観に行った、でっかいハコ?」
「ううん、そこじゃなくて、もっと大きくて有名な場所があるんだ。新人ロックバンドが出演するイベント枠に、WINGSも出演しないかって誘いのメールが来てるんだけど」
休日。
午後からのスタジオ出動に備えて腹ごしらえをしようとしている時だった。勝行からのふいな仕事相談に、光はきょとんと首をかしげた。
「ふうん……勝行がやるって決めるなら、俺も行くぜ」
「そうか……」
「なんだよ難しい顔してんな。イヤな奴からの誘いなのか?」
「そういうわけじゃないんだけどね」
「まあ、無理して悩みすぎんなよ。俺はお前の決断を信じてるし。ああ、待ってろ、今うまいもん作ってやっから」
普段と変わりない光の反応を見た勝行は、口元に手を当てしばし黙り込んだ。
ビジネスだの外部交渉だの、難しいことはよくわからないからと言って、光は勝行の決めたスケジュールに滅多と反論しない。
デビュー前からセルフプロデュースしてきた勝行が、WINGSの活動マネージメントも兼ねている。仕事を流してくれる保のツテで最近芸能事務所に所属したものの、そこはあくまでも外部との窓口代わりになってくれているだけで、実質ほとんどの活動計画は自分の仕事だ。
だからこそ、間違った選択はしたくないのだが、慎重派過ぎる故、今までも何度か活躍のチャンスを逃してきた。
(客席2000人超のライブなんて……俺たちまだやったことないし、セカンドシングルがTVCMで流れてる今、まさに一大勝負なんだけど……)
普段は世話になっているオーナーの小さな店で、ドネーション制のゲリラライブしかしたことがない。初めて自分たちのバンド名でチケットを捌くライブを興行するには、うってつけのキャパシティと立地。誘ってきた相手はオーナーの店で知り合った大物バンドマンの一人だ。偶然聴いたWINGSのライブをいたく気に入ってくれて、別の場所でもライブをやらないかと熱心に誘ってくれている。興味があると一言返した途端、あっという間に出演枠までセッティングされていたので、出演希望すれば二つ返事で次の予定が舞い込んでくるだろう。
実際にはその有名バンドの『前座』扱いで、あくまでも客寄せパンダの一員にしかならない。それでも、今の自分たちの実力からいって当然の立ち位置だし、普段とは違う場所で名前と音楽を売り出すにはぴったりの好条件だ。
まだWINGSを知らないたくさんの人々に、光の生み出す音楽を、勝行の創り出す歌を聴いてもらえる。
(でもな……)
勝行は即答したい気持ちを抑えて、自宅の台所に立つ光を見つめた。
いつも通り、変わらぬ姿で休日のランチを作る彼は、一見元気そうに見える。だが時折、乾いた咳を零したり、気怠そうに額の汗を拭く様子が、ひどく疲れているような気がした。
「お前の体調次第……かな……」
思わずそうぽつりと零してしまい、あっと口元を抑え込んだ。
幸いその呟きは当人には聴こえなかったようだ。じゅうっ、と乾煎りするフライパンに肉や野菜を投入していくところだったおかげで、勝行の失言はかき消されていた。
リズムよく飛び跳ねる鍋の中身は、光が紡ぎ出すピアノの調べそのものに見える。
(ここ最近、自分の不安定な体調のせいで、やりたかったライブを何度も断ってること、悔しがってたからな。プレッシャーになるようなことは言わない方がいい)
自責の念に囚われて精神的に参ってしまうと、余計に体調を崩してしまうだろう。
そう考えると、少々無理のあるスケジュールを組んでしまって、ライブという名のご褒美をチラつかせ、意地でも元気でいてもらった方がかえって気分的にいいのかもしれない。
(保さんが出演許可をくれたら、出てみよう)
勝行はそう覚悟を決めてスマホを取り出すと、プロデューサーの名前のアイコンをタップした。
0
あなたにおすすめの小説
マネージャー~お前を甲子園に連れて行ったら……野球部のエース♥マネージャー
夏目碧央
BL
強豪校の野球部に入った相沢瀬那は、ベンチ入りを目指し、とにかくガッツを認めてもらおうと、グランド整備やボール磨きを頑張った。しかし、その結果は「マネージャーにならないか?」という監督からの言葉。瀬那は葛藤の末、マネージャーに転身する。
一方、才能溢れるピッチャーの戸田遼悠。瀬那は遼悠の才能を羨ましく思っていたが、マネージャーとして関わる内に、遼悠が文字通り血のにじむような努力をしている事を知る。
全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話
みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。
数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品
病んでる愛はゲームの世界で充分です!
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。
幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。
席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。
田山の明日はどっちだ!!
ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。
BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。
11/21
本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
【完結】俺とあの人の青い春
月城雪華
BL
高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。
けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。
ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。
けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。
それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。
「大丈夫か?」
涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。
彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!
恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする
愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ!
月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる