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四冊目 りんごあめと白雪王子 ~絶対恋愛関係にならない二人の最後の夏休み
光の小さな決意と、キスと……③
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景色が目まぐるしく変わる世界。
見たこともない、不思議な街並み。
だんだん見えてくる田舎じみた緑一面の景色は、どこか懐かしさを覚える気がして、光はいつまでも外を見つめたり、窓を開けて顔にぶち当たる風を楽しんでいた。
いつも後部座席でただ送迎してもらっていただけの同じ道を行き来するドライブではない。
知らない道。知らない街。
そして、壮大な山々の景色。
見るものすべてが真新しくて、楽しい。
山道に差し掛かかると、すれ違う車も徐々に少なくなってくる。
カーステレオから流れてくるのは、自分たちが作った初めてのアルバムCD曲。まだ発売前のデモ音源を音楽プレイヤーに入れて、勝行が再生してくれたものだ。勝行の歌声が、光のピアノが次々と流れるたび、光の指も一緒になって膝の上を飛び跳ねる。
「アルバムアレンジ、結構いい感じにできてんじゃん」
「ああ、でもさ、ドライブで聴くんだったら、ここのアレンジはもうちょっとテンポ上げてもよかったかも」
「じゃ、今度のライブでやろうぜ」
「そうだね。あ、もう着くよ」
カーナビで目的地を何度か確認しながら、迷わずなんとか目的地にたどり着くことができた。勝行はスピードを緩めながら慎重に駐車場内に車を停める。小高い山の中腹にある小さな山荘に、他の客は見当たらなかった。
砂利道に降り立ち、山の空気をめいっぱい肺に吸い込むと、光は楽しそうにあたりをきょろきょろ見渡し、街が一望できる丘を見つけて飛び出していった。
「うわ……すげえ、こんなに高いとこまで登ってきたのか」
「意外と早く着いたね」
腕時計を確認しながら、勝行も後を追うようにやってきた。
「海まで見える……ビルがちっせえ……」
「うん」
「風、気持ちいいなあ……」
「そうだね」
「俺らの家、全然わかんねえな」
「逆にわかったらすごいよ」
感動の言葉ばかり述べる光を愛おしそうに見つめる勝行の視線の先にあるものは、壮大な景色ではなく、楽し気にあちこち見て回る光の姿ばかりだ。
「あ、今日お祭りがあるのは、この山のふもとだから、もっと手前の下の方。見える?」
「んん……よくわかんねえな……そこまでどうやっていくの」
「お前の体調を考えると車移動かな。まあでも、歩けない距離ではないよ。山の中を通れば20分くらいかな」
別荘には予想よりも早く着いた。目的地までの往復を兼ねてのんびり散歩するにはちょうどいい距離でもあった。
「へえ……じゃあ歩こう!」
「大丈夫か?」
「平気平気、俺こういうとこ歩いてみたかったんだ」
ぶっちゃけた話、森林浴も光の療養のために考えた計画の一つだ。散歩が好きな光が嬉々として徒歩を選ぶのも予想の範疇内だったようで、勝行は優しく光の頭を撫でながら、この後の予定を順を追って説明した。
「じゃあ、一旦別荘に入って、浴衣に着替えて、それから行こう。ほら、せっかくだから、この前撮影の仕事でもらった浴衣、片岡さんが入れといてくれたんだ。あれ着ていこう」
「ああ……お前が白で、俺が黒のやつ?」
夏休み前の仕事でファーストアルバムのジャケット撮影があった。着せ替え人形のようにあれこれ着替えさせられたが、その時新曲用衣装として着用したデザイナーズ浴衣を記念にもらったのだが、ちゃんとスーツカバーに入れた状態で後部座席にぶら下がっていた。それは吸水速乾に優れた特殊な綿生地を使っているらしく、真夏の山道を散策するにはちょうどいいらしい。
「そう。下駄で山道はさすがに危ないけど、まああの浴衣だったらスニーカーで行っても変じゃないと思うんだ」
「ふーん。なんかよくわかんねえから、お前に任せる」
「ん、わかった。じゃあ行こう」
犬みたいに撫でられた頭を嫌がることもなく、気持ちよさげに受け入れた光は、勝行の後について歩きだした。
景色が目まぐるしく変わる世界。
見たこともない、不思議な街並み。
だんだん見えてくる田舎じみた緑一面の景色は、どこか懐かしさを覚える気がして、光はいつまでも外を見つめたり、窓を開けて顔にぶち当たる風を楽しんでいた。
いつも後部座席でただ送迎してもらっていただけの同じ道を行き来するドライブではない。
知らない道。知らない街。
そして、壮大な山々の景色。
見るものすべてが真新しくて、楽しい。
山道に差し掛かかると、すれ違う車も徐々に少なくなってくる。
カーステレオから流れてくるのは、自分たちが作った初めてのアルバムCD曲。まだ発売前のデモ音源を音楽プレイヤーに入れて、勝行が再生してくれたものだ。勝行の歌声が、光のピアノが次々と流れるたび、光の指も一緒になって膝の上を飛び跳ねる。
「アルバムアレンジ、結構いい感じにできてんじゃん」
「ああ、でもさ、ドライブで聴くんだったら、ここのアレンジはもうちょっとテンポ上げてもよかったかも」
「じゃ、今度のライブでやろうぜ」
「そうだね。あ、もう着くよ」
カーナビで目的地を何度か確認しながら、迷わずなんとか目的地にたどり着くことができた。勝行はスピードを緩めながら慎重に駐車場内に車を停める。小高い山の中腹にある小さな山荘に、他の客は見当たらなかった。
砂利道に降り立ち、山の空気をめいっぱい肺に吸い込むと、光は楽しそうにあたりをきょろきょろ見渡し、街が一望できる丘を見つけて飛び出していった。
「うわ……すげえ、こんなに高いとこまで登ってきたのか」
「意外と早く着いたね」
腕時計を確認しながら、勝行も後を追うようにやってきた。
「海まで見える……ビルがちっせえ……」
「うん」
「風、気持ちいいなあ……」
「そうだね」
「俺らの家、全然わかんねえな」
「逆にわかったらすごいよ」
感動の言葉ばかり述べる光を愛おしそうに見つめる勝行の視線の先にあるものは、壮大な景色ではなく、楽し気にあちこち見て回る光の姿ばかりだ。
「あ、今日お祭りがあるのは、この山のふもとだから、もっと手前の下の方。見える?」
「んん……よくわかんねえな……そこまでどうやっていくの」
「お前の体調を考えると車移動かな。まあでも、歩けない距離ではないよ。山の中を通れば20分くらいかな」
別荘には予想よりも早く着いた。目的地までの往復を兼ねてのんびり散歩するにはちょうどいい距離でもあった。
「へえ……じゃあ歩こう!」
「大丈夫か?」
「平気平気、俺こういうとこ歩いてみたかったんだ」
ぶっちゃけた話、森林浴も光の療養のために考えた計画の一つだ。散歩が好きな光が嬉々として徒歩を選ぶのも予想の範疇内だったようで、勝行は優しく光の頭を撫でながら、この後の予定を順を追って説明した。
「じゃあ、一旦別荘に入って、浴衣に着替えて、それから行こう。ほら、せっかくだから、この前撮影の仕事でもらった浴衣、片岡さんが入れといてくれたんだ。あれ着ていこう」
「ああ……お前が白で、俺が黒のやつ?」
夏休み前の仕事でファーストアルバムのジャケット撮影があった。着せ替え人形のようにあれこれ着替えさせられたが、その時新曲用衣装として着用したデザイナーズ浴衣を記念にもらったのだが、ちゃんとスーツカバーに入れた状態で後部座席にぶら下がっていた。それは吸水速乾に優れた特殊な綿生地を使っているらしく、真夏の山道を散策するにはちょうどいいらしい。
「そう。下駄で山道はさすがに危ないけど、まああの浴衣だったらスニーカーで行っても変じゃないと思うんだ」
「ふーん。なんかよくわかんねえから、お前に任せる」
「ん、わかった。じゃあ行こう」
犬みたいに撫でられた頭を嫌がることもなく、気持ちよさげに受け入れた光は、勝行の後について歩きだした。
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