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七冊目 恋の悩みもラジオにのせて

……③

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慣れない仕事に苦手なジャンル。本番が近づくにつれ、ストレスがじわじわ溜まっていくのが分かる。

勝行は幼少期より、本番にとにかく弱かった。
バイオリンやピアノの発表会があるたび、トイレと友だちになったり寝込んだりする典型的なあがり症。
学生時代、吹奏楽部でオーケストラ指揮がすんなりできたのは、客に背を向け見慣れたメンバーだけを見ていられたからかもしれない。音楽にさえ没頭できれば、割と記憶も吹っ飛ぶほどに楽しめるのだが、とにかく一人きりのステージや、最初の立ち上がりが大の苦手である。

思えばよくこれでバンドのボーカルなんてやってられるよな、と自分でも不思議でしょうがない。

それに対し、いついかなる時も自由気ままな光はどんな場面にいても変わらない。変わらなさ過ぎて演奏がはちゃめちゃになるのは困りものなのだが――。

そんな理由《わけ》で、ライブの冒頭は必ず光のピアノソロで始まる。
イントロダクションのピアノで会場が湧き、サポートメンバーの立ち上がりを聴いて、すべてを耳と体感で捉えながらギターを重ねて歌い始める。
それでもかなり緊張するが、このパターンだからこそできるようなものだ。アカペラで始まる歌を歌えと言われたら、胃に穴が開くかもしれない。

精神的に弱るとすぐ腹を壊す勝行を案じ、光は胃に優しい献立を用意してくれた。
ラジオ本番を明日に控え、今宵は勝行も好きな鶏だしの塩こうじ鍋。少しばかりのしょうがを入れ、二人で身体を温めながら夕食をとっていると、光がそういえばと切り出した。

「お前が勉強してる間に、タモツから電話あった」
「何か言ってた?」
「ラジオのリスナーからのメール、だっけ? なんかいっぱい届いてるから、目を通しておけって。お前に送ったってさ」
「……ああ……うん、わかった。食べ終わったら見るよ。光も一緒に見る?」
「んー。片付けが終わったら合流する。そろそろ麺入れるか?」
「うん、あ、待って。光の好きな鶏肉残ってるよ」
「おお、今手がふさがってて取れねえ、くれ!」

光はあーん、と口だけ開けて肉待ち体制をとる。鍋に入っていた肉なんて、熱くてすぐに食べられないだろう。そう思い、急いでふーふーと冷ます仕草をしていたら、口が直接肉を奪いに来た。寸でのところで、互いの唇が当たりそうになる。

「……あっふっ」
「ばか、当たり前じゃないか、せっかく冷ましてやろうと」

行儀の悪い光を嗜めるも、熱い肉を出し入れするその口元から見える舌遣いや色づく唇が、前に見た己を愛撫する時のそれに似ている気がして、勝行の心臓は跳ね上がった。

(え……エロ……)

そんなことを考えてしまうほどに、どうやら疲れているようだ。疲れている時ほど勃ちやすいらしく、最近の勝行のそれは反応がすこぶる早い。
何事もなかったかのように光は「これ絶対美味いし腹に優しいから、スープまで飲めよ」と語りかけてくる。
テーブル下の攻防は、とてもじゃないが見せられない。
しっかり下半身がビンビンに反応してしまった己に呆れつつ、勝行は懸命に自分の器の中身をかっこんだ。

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