上 下
33 / 63
第三節 友だちのエチュード

#33 親密度を上げろ!街中セッション ①

しおりを挟む
**

「あ、あった。日本最古の石橋、眼鏡橋……ってどこ行くんだよ光、こっちだってば!」

目を離せばすぐどこかに行ってしまう光の手を何度も引きながら、勝行と中司藍は市内をうろうろと歩き回っていた。
班行動で市街地にある三か所以上の観光スポットを見学するのが今日の行程だ。
勝行と藍は事前打ち合わせができなかった分、しおりを見て適当に近場のスポットを周回するつもりだった。が、移動中のほとんどが「すぐどこかに消え、すぐ足が止まる今西光を連れ歩く」ことに費やされていた。
今も少し目を離したすきに、光はいなくなった。なんと、途中道の地べたに座り込んでいる。

「ちょ……何やってんの。しんどい?」
「今西くん、ちゃんとついてきてくれないと困るんだけど!」

女王様気質の藍は、その見た目通りキビキビ行動するタイプなのでとにかく足が速い。光どころか勝行さえも置いていく勢いでずんずん先を進む藍は、そのうち通りすがった仲良しの女子友だちに誘われ、半ば引きずられるように別の班へと行ってしまった。

「ごめーん相羽くん、あと頼む!」
「いいよ、俺たちはのんびり行くから」

どうせ自由散策の班行動なんてこんなものだ。見ればすでにメンバーが入れ違いになり、男女に分かれている班もちらほら見受けられる。
ひとまず藍のおかげで三か所はどうにか廻れたから問題ないだろう。しおりを確認しつつ、勝行は道端に座り込む光の元に戻った。

「西畑先生のところに行く?」
「……」

不貞腐れた顔で重要文化財の前に座り込む光の真上では、よく生い茂った柳の枝葉がほどよい日陰を作っていた。

「ここでいい、涼しいし」
「そうはいっても、思いっきり人が通るところだから、ここは」
「うっせえな」
「もう少しそっちに詰めて」
「は?」

訝し気に見上げる光の身体をぐいぐいと川沿いに追いやると、勝行はその隣に座り込んだ。

「ここなら、あまり歩行者の邪魔にならないし。重要文化財がちゃんと見える」
「……」

石橋の映える風景写真を数枚携帯電話で撮っておくと、勝行はそのままカメラを空に向けた。さっきまで、光が見ていた景色だ。澄んだ水色に、時折流れる白い雲。
初夏に近い五月の青空は、強烈な紫外線を放っている。

「光って、あまり身体強くないんだろ。無理しなくていいよ。中司さんはもっと回りたいみたいだったから、他の班に行ったし。俺は別に、レポートさえ出せればそれでいいし、のんびりしよう」
「……いいのかよ」
「うん。どうせなら、世間話とかさ」
「……なんで」
「友だちだから?」
「まだそうじゃないって言ってんだろ……」

呆れたように顔をそむけるも、光のその言葉にあまり覇気はない。

「お前の朝ごはんの食べっぷり、すごかったなあ。俺、あんなにバイキングで食べる奴見るの初めて」
「そうなのか」
「すごい食べるのに、光って全然太ってないね。運動してる感じもしないのに」
「うっせーなあ。食っても全然体重増えねえんだよ」
「それは……女の子に言ったら恨まれるやつだな……」
「金いらねえんなら、食えるとこまで食っとかねーと、もったいねえだろ」
――そういえば最後にオレンジジュース飲み損ねた……クソッ。

眉間に思いっきり皺を寄せ、舌打ちしながら語る内容がまさかのオレンジジュース。

「オレンジジュース好きなの」
「100%は高いからな……そう簡単には買えねえ高級品だ」
「へええ……」
「牛乳は腹が痛くなるからダメだ」
「ああ、それはわかるかも」

ドスのきいた口調で物々しく述べるが、内容は食べ物とお金のことばかり。このギャップがたまらなく可笑しい。
くすくすと笑いながら、勝行は立ち上がってズボンの砂埃を緩く叩いた。そして左手を差し出し、不思議そうに見上げる光の腕を掴んで引き上げた。

「よし、じゃあオレンジジュース、買いに行こうか」
「は? だから俺、金持ってねえって何度言えば」
「それぐらい奢ってやるよ。そしたら少しは元気になれるだろ?」
「……おごり?」

明らかに不審そうな顔で反復する光の手を引いたまま、勝行はもう一度空を見上げた。謎めいたこの不良少年の秘密がひとつわかるたびに、映る雲が減っているような気がした。

「ちゃんと寄り道せずに俺と歩けばジュース奢るよ。行こう」

しおりを挟む

処理中です...