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第三節 友だちのエチュード
#38 うその笑顔と遊園地事件 ②
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「中司さん……ちょ、ちょっと、休憩してもいいかな」
「えー、早く次並ばないと。全部制覇した後でもっかいジェットコースター行きたいし」
「……」
笑顔も思わず引きつりそうだ。勝行は心の中で勘弁してくれ、とぼやいた。
ジェットコースターなら既に二回も乗った。空いているうちが狙い目だと、通りすがったアトラクションほぼ全て待ったなしに搭乗させられ、身体を何度も宙に舞わされ、三半規管がどうにかなってしまいそうだ。
呑気に構えていた勝行は、甘く見ていた……と心底思った。女の子との遊園地デートがトラウマになりそうだ。
「ひ、光のことがちょっと気になるんだ」
「置いていけって向こうが言ったんだから、ほっとけば?」
「まあそうなんだけどさ」
友人をだしに使う言い訳も通じない。藍はそれどころか、昨日の光の武勇伝らしきものを延々語っては「見たかったのになあ」とまだ言っている。
「あ! もしかしたら、ベンチでチンピラに絡まれたりして、返り討ちにしてるかも」
「……そんなことないと思うけどな」
だが藍は目を輝かせながら「もしかしたらそうかも。今西くんの様子を見に行こう」と進行方向を変える。連続乗り物酔いはなんとか避けられたが、違う意味で困ったものだ。
本人は全くもって悪気がないだけに、なんとも言いようがない。半分は真実で、半分は彼女の空想論。だがその空想には、憧れにも似た夢フィルターがかかっているようで、壊しがたい。
「喧嘩してる時の今西くんは本当にカッコイイんだけどなあ。普段は寝てばっかりでぼーっとしてて、ちょっと冴えないと思わない?」
「はは……」
「はー、今日は蒸し暑いねえ!」
返答に困る質問をされて、勝行は苦笑するしかなかった。
通りすがりに見つけた売店で、ソフトクリームを買って藍にプレゼントする。
「わー、ありがとう相羽くん。エスコート完璧すぎ」
「そんなことないよ。暑そうにしてたから」
その店でオレンジジュースを見かけた。思わず一つ注文し、自分用にアイスコーヒーも買う。
「どうして二つ買ったの?」
「今西くんにあげようかと思って。こんなに暑いのに、ベンチで寝たまんまじゃ、脱水症状起こすだろ」
「すごい。相羽くんのフォロー、完璧すぎる……。私、医者の娘なのに……そんなのこれっぽっちも思いつかなかったわ」
「親はそういうの、関係ないと思うよ。ていうか中司さんの家ってそうなんだ?」
「そう、結構この辺では有名かな。駅前の総合病院だし、学校もわりと近いから。相羽くんちはどうなの」
「うちは公務員だよ。転勤だらけの」
「そっかあ。だからこんな時期に引っ越し。受験どうするの?」
「高校に入ったら親は単身赴任するらしくて。俺は東京に戻る」
「へえ、元は東京の人なんだ」
互いの家庭事情をぽつぽつと語りながら、勝行と藍はスタート地点だったベンチの近くに戻ってきた。だがベンチが見えてきたところで、勝行は思わず立ち止まった。
「なんだ、あれ……」
「何、どうしたの」
後ろからついてきた藍にはまだ見えていないようだが、ベンチの傍に光以外の誰かがいる。寝ていた光が強引に腕を掴まれているように見える。引率の先生か誰かだろうか。
「中司さん、あれ……見て。誰か知ってる?」
「え? ……先生じゃないと思うけど。ちょっと遠くてよくわからない」
「でも、大人だよね」
「今西くん、何やらかしたんだろう」
「……」
――やらかした?
改めて様子をよく見るも、朝別れたきり、特に何かしていた様子は見受けられない。むしろ本気で寝ていたんだろう。相手の男らしき人間に腕を無理やり捕まれ、嫌がっている姿が見える。
更に何やら、酷く咳き込んでいるような――。
「中司さん、これ持ってて」
「え?」
ふいにオレンジジュースを渡され、藍はぽかんと首を傾げた。勝行はそれから、と言いながら一歩下がり、藍の耳元で囁いた。
「あいつ喘息の発作出てる。西畑先生、呼んできて」
訳がわからないまま、『発作』の単語に思わず頷いた藍は、踵を返して走り出した。この広い敷地内で先生を探して呼んでこいなんて話、正直言うと無茶ぶりも同然なのだが、彼女ならきっとどうにかしてくれるだろう。
走り去る藍の姿を確認して、勝行は足音を立てないまま光に近づいた。その途中、ポケットに入れていた携帯電話を一度開いて、緊急コールのショートカットボタンも一つ押しておく。
「ゲホッ、ゴホゴホッ」
「ほらあ君、大丈夫じゃないじゃないか。おじさんと一緒に行こう」
「いや……だ……っ……はなせ……っ」
「救護室に連れて行ってあげるよ。って思ったより大きいな、君」
「ひあ……っ」
そう言いながらも軽々と光を持ち上げた男は、にたあと笑みを零しながら光の耳元で何かを囁いている。光は顔を真っ赤にしたまま何度も咳き込み、逃げようと抵抗していた。けれど男の身体はびくともしないし、ずんずんと奥まったところへ進んでいく。
その方向に、医務室や事務室といった適切な救護施設はない。怪しげに周りを見渡しながら、男は抱き上げた光ごとベンチ裏の鬱蒼とした茂みに忍び込んだ。
(やっぱりあいつ……!)
勝行は意を決して飛び出した。
「中司さん……ちょ、ちょっと、休憩してもいいかな」
「えー、早く次並ばないと。全部制覇した後でもっかいジェットコースター行きたいし」
「……」
笑顔も思わず引きつりそうだ。勝行は心の中で勘弁してくれ、とぼやいた。
ジェットコースターなら既に二回も乗った。空いているうちが狙い目だと、通りすがったアトラクションほぼ全て待ったなしに搭乗させられ、身体を何度も宙に舞わされ、三半規管がどうにかなってしまいそうだ。
呑気に構えていた勝行は、甘く見ていた……と心底思った。女の子との遊園地デートがトラウマになりそうだ。
「ひ、光のことがちょっと気になるんだ」
「置いていけって向こうが言ったんだから、ほっとけば?」
「まあそうなんだけどさ」
友人をだしに使う言い訳も通じない。藍はそれどころか、昨日の光の武勇伝らしきものを延々語っては「見たかったのになあ」とまだ言っている。
「あ! もしかしたら、ベンチでチンピラに絡まれたりして、返り討ちにしてるかも」
「……そんなことないと思うけどな」
だが藍は目を輝かせながら「もしかしたらそうかも。今西くんの様子を見に行こう」と進行方向を変える。連続乗り物酔いはなんとか避けられたが、違う意味で困ったものだ。
本人は全くもって悪気がないだけに、なんとも言いようがない。半分は真実で、半分は彼女の空想論。だがその空想には、憧れにも似た夢フィルターがかかっているようで、壊しがたい。
「喧嘩してる時の今西くんは本当にカッコイイんだけどなあ。普段は寝てばっかりでぼーっとしてて、ちょっと冴えないと思わない?」
「はは……」
「はー、今日は蒸し暑いねえ!」
返答に困る質問をされて、勝行は苦笑するしかなかった。
通りすがりに見つけた売店で、ソフトクリームを買って藍にプレゼントする。
「わー、ありがとう相羽くん。エスコート完璧すぎ」
「そんなことないよ。暑そうにしてたから」
その店でオレンジジュースを見かけた。思わず一つ注文し、自分用にアイスコーヒーも買う。
「どうして二つ買ったの?」
「今西くんにあげようかと思って。こんなに暑いのに、ベンチで寝たまんまじゃ、脱水症状起こすだろ」
「すごい。相羽くんのフォロー、完璧すぎる……。私、医者の娘なのに……そんなのこれっぽっちも思いつかなかったわ」
「親はそういうの、関係ないと思うよ。ていうか中司さんの家ってそうなんだ?」
「そう、結構この辺では有名かな。駅前の総合病院だし、学校もわりと近いから。相羽くんちはどうなの」
「うちは公務員だよ。転勤だらけの」
「そっかあ。だからこんな時期に引っ越し。受験どうするの?」
「高校に入ったら親は単身赴任するらしくて。俺は東京に戻る」
「へえ、元は東京の人なんだ」
互いの家庭事情をぽつぽつと語りながら、勝行と藍はスタート地点だったベンチの近くに戻ってきた。だがベンチが見えてきたところで、勝行は思わず立ち止まった。
「なんだ、あれ……」
「何、どうしたの」
後ろからついてきた藍にはまだ見えていないようだが、ベンチの傍に光以外の誰かがいる。寝ていた光が強引に腕を掴まれているように見える。引率の先生か誰かだろうか。
「中司さん、あれ……見て。誰か知ってる?」
「え? ……先生じゃないと思うけど。ちょっと遠くてよくわからない」
「でも、大人だよね」
「今西くん、何やらかしたんだろう」
「……」
――やらかした?
改めて様子をよく見るも、朝別れたきり、特に何かしていた様子は見受けられない。むしろ本気で寝ていたんだろう。相手の男らしき人間に腕を無理やり捕まれ、嫌がっている姿が見える。
更に何やら、酷く咳き込んでいるような――。
「中司さん、これ持ってて」
「え?」
ふいにオレンジジュースを渡され、藍はぽかんと首を傾げた。勝行はそれから、と言いながら一歩下がり、藍の耳元で囁いた。
「あいつ喘息の発作出てる。西畑先生、呼んできて」
訳がわからないまま、『発作』の単語に思わず頷いた藍は、踵を返して走り出した。この広い敷地内で先生を探して呼んでこいなんて話、正直言うと無茶ぶりも同然なのだが、彼女ならきっとどうにかしてくれるだろう。
走り去る藍の姿を確認して、勝行は足音を立てないまま光に近づいた。その途中、ポケットに入れていた携帯電話を一度開いて、緊急コールのショートカットボタンも一つ押しておく。
「ゲホッ、ゴホゴホッ」
「ほらあ君、大丈夫じゃないじゃないか。おじさんと一緒に行こう」
「いや……だ……っ……はなせ……っ」
「救護室に連れて行ってあげるよ。って思ったより大きいな、君」
「ひあ……っ」
そう言いながらも軽々と光を持ち上げた男は、にたあと笑みを零しながら光の耳元で何かを囁いている。光は顔を真っ赤にしたまま何度も咳き込み、逃げようと抵抗していた。けれど男の身体はびくともしないし、ずんずんと奥まったところへ進んでいく。
その方向に、医務室や事務室といった適切な救護施設はない。怪しげに周りを見渡しながら、男は抱き上げた光ごとベンチ裏の鬱蒼とした茂みに忍び込んだ。
(やっぱりあいつ……!)
勝行は意を決して飛び出した。
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