しょっぱい恋

ある

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しょっぱい恋

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生まれてこの方、彼女なる者が私の横にいた事は無いのだ。願わくば!と幾度と欲したものもやはり私はこの17年間、付き合うと言う甘く美しい至福を味わったことは無いが味わい深そうだと日々に熟考を重ねに重ねている。そんな私に天が、神が与えたチャンスを此処に書き綴ろうと思う。私の最後を刮目せよ。

×

目覚まし時計は今日もまた変わらずにやかましい。
私を起こすことを日課に持つなんという外道。と私は自分でセットした目覚まし時計に悪態を付く。目覚まし時計からすれば八つ当たりも過ぎるとすぐさま抗議を叫びたいたいだろうが叫びようも無いのが現実だ。私は重く怠い身体をまだ温もりの残る布団から起こし、今日の訪れを小鳥共の朝のさえずりで実感する。いつもと変わらない朝だ。私は頭をかき、暗くじめじめとした部屋に朝の陽射しを取り入れるべくカーテンを開いた。窓には結露がしたたっていた。
今日もまた、いつもと変わらぬ部屋から朝陽を放つ太陽を見、そしてまた夕陽が沈む様をこの四角い窓から見るのだ。携帯の電源を入れるもののむさ苦しく友人達(男)のおはようの連絡や深夜に届いたくだらない下ネタが届いていた。期待はするだけ無駄であり女子からのメールなどありもしなかったのだ。そう、これが私の朝なのだ。

×

軽く朝食を済ませ、部屋の戸締りをしっかり確認した私は学生らしく学校へ登校する。
通り慣れすぎて飽きてしまった長い1本道の通学路。普通だ。途中で友人と合流し下らない下ネタで盛り上がる。ここも普通だ。目の前を黒猫が通り過ぎる。有りきたりだ。そして学校に近づくにつれ前方に女子達を見つけては私はそわそわし今さら服装をチェックする。そしてその女子達の中に私がただ今絶賛片想い中の坂城さんを発見する。坂城さんは学校の人気者なのだ。私は目視しただけであるのに心臓が唸りを上げ脈拍が急上昇する。はやく近くに行きまじまじとその美顔を見てみたい。
私が足を少し早めると、突如、坂城さんが振り向いた。私は点と点で結ばれた線の如く熱い熱い視線を送っていたため、目が合ってしまう。
その瞬間は周りの時が止まったかのように永遠にも感じられた。この瞬間を吟味しながら、再び動き出そうとする時間に私は行かないでと懇願するも虚しく坂城さんはすぐさま顔色を変える。
それもそうだ。向こうは学校で1番美しくそしてまた人気であるまさにアイドルだ。
だがどうであろう。私は坂城さんからすれば道端の石ころにも等しい。私などを認識しているかすら怪しい。否、もはや私を人として認識してくれているかも怪しい所この上ないのである。そんな私にまじまじと顔を眺められてはたまったもので無いだろう。
そして当然の如く坂城さんは周りに一瞥し、走り去ってしまった。
あぁ、私は完璧に嫌われた。絶望だ。
ここは少し、普通でも有りきたりからも外れる。
だがこんな普通や有りきたりから外れた状況は嫌だ。

×


私はげんなりと気持ちが萎え友人達の後ろをとぼとぼ歩いていた。やがて私の通う高校が見えてきた。私が住む県内でもとても大きく部活から勉強面まで幅広く力を注いでいるのだ。生徒会や部活動生が清掃活動をしている横を通り過ぎ、自分の靴箱へと向かう。坂城さんに嫌われてしまったであろうことを悲しく思い、私は心の中で大粒の涙を流し胸中はたちまち洪水になった。まぁ嫌われたところで嫌われなくとも好かれることは無いのだろうが。
そんな事を頭の中でボヤきながら私は自分の上履きの入っているロッカーを開ける。
するとその中から何かがポトリと私の足元に落ちる。そして私はその落下物を不可思議に思い拾い上げまじまじと見ると、それはおよそ漫画や映画の中でしか見たことのないような、雪のように真っ白な長方形の封筒の手紙と思わしきものだった。
そして裏には美しい筆跡で、坂城と書いてあった。
え?ドッキリですか?

×

私は友人からその手紙を隠し、自分の教室へ走り、荷物を降ろし、また走り、そしてトイレへ閉じこもった。鼻息をふんすふんすと鳴らしながら私はその封筒をゆっくりと開ける。丁寧に、丁寧に、誕生日に貰ったプレゼントの包を開けるよりも丁寧に時間をかけ開ける。そしてその中に入っている、蜜柑色の便箋を取り出す。その便箋は夕日をモチーフにされているように思える。そしてその便箋にはとても美しい字で
「突然のお手紙をお許しください。貴方にとても大切なお話がありますのでお1人で放課後、校舎の裏へいらして下さい。突然の失礼お許しください。追伸、出来ることならば手紙、並びに放課後の件は内密にお願い致します。」

×

坂城さんは全国の硬筆だったか書道だったか、はたまたその両方かで全校生徒の前で表彰され、風呂敷の如く大きな賞状と美しい麦色のトロフィーを貰っていた記憶がある。
そんな坂城さんの文字はどこか、人とは違って見え、人離れした惹き込まれる文字だったのを今でも覚えている。私は確信する。この文字は、この手紙は坂城さんが書いたものだ。たがまだ喜ぶのは早い。坂城さんの性格をあまり知らないが、よもや私の様な石ころに対して手紙を渡しては、あははははは。こいつ本当に来たぜ。などと馬鹿にするような性格だとは考えたくはないし考えられない。そしてもっとも可能性のあるのが、私に対して普通の用事なのだ。私はこの手紙を読み勝手に坂城さんがもしかしたら私のことを、と思い込んでいるだけであり存外、普通の用事の可能性の方がアルプスの山よりも高く思える。だがそのアルプスの山と同じ高さほど、坂城さんが私に対して好意を寄せているという夢を見たい。
私はトイレの中で熟考していたがホームルームの始まりの予鈴が聞こえすぐさま教室へ戻り、席に着く。
そして1日が始まるのだが、私の頭の中は手紙のことでいっぱいだ。

×

そして結局、授業は頭に入って来ず1日が終わる。
放課後に近づくにつれ私の希望的観測の観測結果は素晴らしきものだと妄想してしまっている。
やっと私も甘くかぐわしい青春の蜜が味わえるのだと思い、鼻息が荒くなる。
トイレで歯を磨き、髪を整え服を正し、いざ、約束の地へ。

×

我が高校の校舎裏にはいつから設置されているのか、2人掛け用のベンチが置かれている。ここで日々、現実を充実している輩共がイチャイチャしているのだと思うといつもは腹が立ってそこら辺の石に八つ当たりするのだが今日はそんな気持ちは沸き上がらない。そして私は校舎裏へ行く道を通り抜けると、ベンチに1人の女子生徒が座っていた。彼女は束ねていない艶のある黒髪を冬風に揺らせ、私を待っていた。
私の心臓は坂城さんにも聞こえるほどに音を立てていた。そしてゆっくりと坂城さんが口を開ける。
「いきなりごめんね。」
そして
「私と、付き合ってくれない?」

×

もう既に私の頭はパンクしていた。顔を茹でられたタコのように真っ赤に赤らめ、頭からは湯気が上がるほど熱くなっていた。私は衝撃と喜びのあまり、口をぱくぱくさせている。だが坂城さんは私の返事を待っているようだ。今朝に疑っていた自分が目の前にいるならば殴ってやりたい。私は勝った。学校1のアイドルに好かれたのだ。
そして私は上がった声で
「よろしくお願いします」
そう答える。
坂城さんはほんのり赤くなった。

×

私は坂城さんと一緒に帰りながらいろいろな疑問を投げかける。いつから私に好意があったのか、何故私なのか、私のことを知っていたのか、などなど私はいろいろな質問をする。坂城さんはその質問に一つ一つ、優しく丁寧に答える。
私は昔、ヤンチャをしていた頃があったのだがその時に不良から強引なナンパをされている女性を助けた覚えがある。その女性こそ坂城さんらしいのだ。坂城さんはそんな私に好意を持つようになり、同じ高校に進学を決めたらしい。私の中では黒歴史で忘れていたい記憶だったがそんな忘れたい私に今の私は救われた。ありがとう。阿呆な昔の私よ。
そして坂城さんの家の前に到着する。
坂城さんはやや赤らめた頬をはにかませ、ありがとうと言った。美し過ぎる。将来はモデルにでもなるのかと聞きたくなるほどに美しく可愛い。
そして坂城さんは周りを確認したかと思うと
突然私の視界が暗くなった。
坂城さんの黒髪が、顔が私の目の前まで近ずき、そして私の口になにか柔らかく甘いものが当てられる。
坂城さんの唇だった。

×

坂城さんの唇はグミのように柔らかく、そして甘かった。坂城さんの髪からはシャンプーの香りが漂っている。私はどうすることも無くただされるがままだったがそれでも離さないように唇を当てる。
すると私の口の中に何かが入ってきた。
ネットリと濡れた、何かが。
が、
が、
が、
が、
が、
が、
が、
が、
が、口の中を這い、そして喉の奥へと入って行く。
すぐさま坂城さんの唇から私の唇を離す。
すると長く白いものが坂城さんの口から私の口へ入っていった。私は酷くむせ、涙を流しながらげほげほと咳をする。
何が起きのか私はわからず坂城さんを見る。すると彼女は優しく丁寧に語り始める。
「前の彼氏にね、私は「ソレ」を移されたの。ソレは、経口接触でしか移せないの。早くソレを人に移さないと身体を突き破って死ぬみたいよ。頑張ってね。優しい不良くん。」
そう言って彼女は1人暗い路地に消えていった。
私は訳が分からずその場に固まったが喉の奥の蠢く「何か」が怖く、大変恐ろしく思え、すぐさま自宅へ帰る。走って走って走って、息が切れても、冬の冷たい空気で喉が冷えても走り続けた。
そして私は自宅へ戻り、鏡で口の中を確認すると、喉の奥からナメクジが顔を覗かせていた。

ーー早くソレを人に移さないと身体を突き破って死ぬみたいよ。

彼女のなめかましい言い方で脳内でリピートされる。

×

そして食事を取ろうにも気持ち悪く吐いてしまい、水は少しづつしか飲めない。夜は喉の奥で動く「何か」が気持ち悪く眠れない。呼吸すら難しい。自分の呼吸を数えては意識してしまい、眠れない。
早く、早くこの「何か」を誰かに移さないと。この「何か」に殺される前にストレスで自殺してしまいそうだ。

そして私は、歳下の幼なじみに久しぶりに連絡を取る。彼女が今でも私の事が好きならば、良いのだけれども。
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