ザコまで含めNPCみんな女子!

あんどこいぢ

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ガーリー大陸ラヴクラスト

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 狭い印象の部屋だったが、実は八畳あるのだという。木造平屋の屋敷の奥の、離れにも似た空気感の部屋だ。
 積みあがったブルーレイ、DVD、CDのケース群……。令和のこの時代に紙の雑誌まで相当数見受けられる。そうしたモノたちのジャングルの向こう側は、どうやら遮光カーテンのようで、LEDは点いてはいたが、昼なお暗い、といった印象だった。
 その部屋の中央にドーンッと横たわった“ロク”──。Tシャツの腹が妙に目立っている。天井を向いた顔のうえにヌーッと屹立しているVRゴーグルよりも……。
 鑑識課員・美里修二の耳に、廊下にでた刑事たちの聞こえよがしといっていい雑談が流れてくる。
『典型的なオタク部屋だよな。オマケにもう五十の子供部屋オヂサンだってよッ』
『両親同居なのに死後三日は経ってるって話だぜ……』
『ゲームマニアですかね? ゴーグル着けっ放しでポテトチップス食い続け……。死にゲロまで吐いてやがるッ』
 しかし、美里の背後にピッタリ張りついたベテラン刑事の“浦さん”は、こんな“ロク”を前にしてもデカの心を失っていないようすだ。
「美里さん、やっぱこれも、れいのゲームかね? 妙なウワサも広まっているようだが……」
 その声に視線をあげる美里──。
 ヌーッと屹立するVRゴーグル──。背景を形成する腹の脂肪の水平線──。そしてさらに先に、14インチのモニターと並んでツインタワーシェイプと呼ばれるゲーム専用PC=X98000のビルディング状ボディが暗がりに沈んでいる。
 美里は“浦さん”に、
「さぁ……。円盤抜いてみないと分からないっすねぇ……」
 と応じる。以上の会話からも明らかなように、実は美里も、ヲタクといっていい存在だった。体形もこの“ロク”に似ていなくもないので、自分ならTシャツなど絶対着ないのにな、……などとも思う。先ほどの刑事たちの聞えよがしの雑談も、美里への揶揄が含まれていただろうか?
 ゴーグルを外すと、“ロクは”はを剥いている。苦悶の表情だ。白眼の充血の状態なども写真に収め、胡坐が崩れた感じの下半身なども一通り調べ、いよいよツインタワーの左の“棟”の下ほうの、光学ドライブの開閉ボタンに指を伸ばす。いや実際にはその手前に、口飲みのコーヒー牛乳の紙パックなどが置かれていたりしたのでそれらのサンプルを採ったりなどなど、ヲタク部屋の捜査は、ハッキリいって面倒クサい。ヲタクのヲタク嫌いが生じてしまう所以である。
 光学ドライブの開閉ボタンを押すと、ウィイイイ~ンッと見覚えのあるピンク基調のラベルがでてくる。CD‐ROMだ。背後で“浦さん”が身を乗りだす気配がした。
「浦さんの読み通り、『ガーリー大陸ラヴクラスト』ですね」
「オイ、このロクで八人目だぞ?」
「ええ、でも……。疾っくの疾うに販売禁止になったソフトですし……。それでも一応、注意喚起なんかはしているんでしょう?」
「ああ……。まぁな……」
「今回はまだ良かったほうですよ。これでプリンタブルディスクの白ラベルになんかでてこられたんじゃ、署に帰って、実際にプレイしてみなきゃ分からないって話になるでしょう? 取り敢えずこれ、メーカー純正品のようですよ」
“浦さん”も溜め息混じりに「そうだな……」と呟く。そして背後に声を張りあげる。
「やはりれいのゲームだッ。れいのッ」
『ガーリー大陸ラヴクラスト』……。
 制作会社の規模からいえば同人ソフトといっていいコンピュータRPGなのだが……。しかしその一人称視点の画面は大手のソフトのレベルえだった。さらに音楽、効果音、ステータス表示の抜群のフィット感などなど、没入感が半端でなかった。それは、
『まだ観ぬVRMMOここにあり!』
 と、うたわれたほどだ。
 とはいえそこには同人ソフトレベル特有の危うい面もあり……。
 同ソフトのシナリオ面でのウリは、“NPC全員女子!”というものだった。さらに“雑魚モンスターまで含め、本当に全員!”と続く。
 事実、レベルアップのため現われるゴブリンやコボルト、スケルトンやオーガーまで、全員可憐な美女たちなのだった。
 これは一体どういうことだろうか? 要するに、ファンタジーRPGの名を借りたリョナRPGといったところだ。それを抜群の没入感の一人称視点で愉しむ……。炎上必至なゲームだった。そして現在販売、転売ともに禁止で、規制以前からのユーザーたちにも最寄りの警察署への提出の義務が課せられている。
 ところでプレイ中、PC本体にCD‐ROMなどという古クサいメディアの挿入が必須な点からいっても、このソフト自体はもう、なん世代も前のソフトだった。にも拘らず未だに多くのユーザーたちを抱え、ウェブ上の仮想世界=ラヴクラスト大陸には常にプレイヤーキャラクターたちがひしめき合っている。X98000自体なん世代も前のハードなのだが、現在同機のユーザーたちは、同ゲーム世界に“没入”するため、それを所有し続けているといった面さえあった。
 さらに美里自身、実はそんなユーザーたちの一人なのだった。
 ゆえに彼は、心中密かに思うのだった。
(このロクが、クリフさんだなんてこたァねえんだろうなぁ……)
 昨夜も彼はラヴクラスト大陸の南東部に“没入”していた。ステージとしてはまだまだ初級、ユーザーたちのあいだで“サイヘン&ラムドス編”と呼ばれるシナリオ群の主な舞台、“呪われた島サイヘン”の東端に……。
“始まりの町ポロン”の居酒屋<ゴアゴア亭>で、すぐにその日のメンツが揃った。
 人間の戦士クリフ──。同じく人間の魔法使いハイメル──。リザードマンの神官バルカス──。そして美里はエルフの精霊使いサンドラインだった。
 リョナゲーであり、なおかつヤリゲーでもある『ガーリー大陸ラヴクラスト』でエルフ女性をプレイする美里は、没入感最高のゲーム世界を愉しもうとする“禁欲派”で、その彼からすれば昨夜のメンツは、少々不安なメンツだといえたかもしれない。もっとも彼の“禁欲派”も今回は、といったところで、前回第5ステージまでいった際には現在プレイ中のエルフの美女たちを散々苛めたものだ。
<ゴアゴア亭>の奥のテーブルで自己紹介の会話を楽しみながら、“クリフさん”が訊いてきた。
『サンドちゃんはひょっとして、禁欲派ですか?』
『ええまあ……。でもそういったシーンからは眼を逸らしていますから、皆さんはどうぞ、御勝手に……』
 魔法使いハイメルもエルフのアバターに興味津々だ。
『いやいやサンドちゃん、なかのひとはM女で、実は凌辱希望? なんてことは?』
『ウ~ン? それはちょっと、ないんじゃないかな~?』
 だが手塩にかけ生成したアバターを敢えて第三ステージのステージボス、ミノタリアに負けさせレズらせるユーザーだっているのだ。
 リザードマンのバルカスは当初、“禁欲派”の仲間のように思えた。
『なかのひとを探るような話は、一応マナー違反ですぞっ』
 しかし町の外の荒野にでて、最初にリョナシーンを演じてみせたのは彼なのだった。ゴブリンの美女の頭を喰い千切り、何かのアニメで同種族のキャラがいっていた台詞を、絶叫したのだ。確かもとネタのほうはチーズを食べたときそんな台詞をいっていたようだが……。
 ラヴクラスト時間で一刻ほど──。リアルワールドでは午前三時といったところか?
 皆少々焦れた感じだった。
 リザードマンの神官が探知の魔法をかけつつ叫んだ。
『右後ほうッ、モンスター感知ッ』
 だが戦士と魔法使いがハーモニーで応じたのは──。
『『なんだいまた、プラチナスライムが現われた、かよ~~ッ』』
『また、……ですと? さっきのは普通のスライムでゴザるよ。今度はいきなり、シルバーを飛び越えプラチナスライムでゴザるぞッ』
 それでも戦士クリフは一応前にでた。
 プラチナスライムは一体どこがプラチナなのだろうか? 髪がプラチナブロンドなのだ。そして装備はいわゆるビキニアーマー、ラウンドシールド、加えて得物はシミターだった。
 剣を合わせ苦戦しながらも、戦士クリフは、どこか投げ遣りだった。
『手間取るな~ッ、意外とっ──』
 取り敢えず、第3ステージに多くでてくるモンスターだった。第1ステージの彼らのレベルではない。
 とはいえボスキャラというわけではないので……。
 ハイメルの攻撃魔法、バルカスの回復魔法、さらにサンドライン、……つまり美里の精霊魔法の決めワザ=“北風のロンド”まで総動員し、どうにかこうにか決着をつけた。
 クリフがその場にガクッと膝を突いた。剣を杖に上体を支え、駆け寄った仲間たちを、なんとか観あげている。
『思っていたより、殺られっちまったようだ……。悪ィ……。あとはお前たちだけで、愉しんでくれや……』
 そして彼の姿がスーッと霞み始め、やがて粉雪の輝きを数秒間残し、最後は完全に消えてなくなってしまった。
 一歩さがって見ていた美里の前で、人間の魔法使いとリザードマンの神官とが顔を見合わせる。
『彼ちゃんと、還れましたかね……』
『れいのウワサの話ですな? ラヴクラストであまりアコギなマネをすると、ログアウトできなくなってしまう……。それではこのスライムむすめ、情けをかけて逃がしてやりますか?』
『御冗談を──。彼の分まで倍返しですよ……』
 二人は大の字になって倒れているプラチナスライムの足もとに立った。股間を観あげるロケーションだ。
 そのときスライムは人間の女騎士のような台詞を吐いた。
『クッ、殺せッ──』
 彼女の言葉に残酷に応じたのは、当初“禁欲派”の仲間のように思えた、リザードマンの神官のほうだ。
『ええ、ええ、殺して差しあげますとも──。ですが、その前に──。フンッ!』
 美女の形をしたプラチナブロンドのスライムが、絹を裂くような悲鳴をあげた。
『キャアアアアアアァッ……』
 リザードマンが再たび、『フンッ!』──。
『キャアアアアアアァッ……』
 プラス二回──。それは合計四回続いた。
 リザードマンがその錫杖の石突きで、プラチナスライムの四つの先端、──手の先、足の先を潰したのだ。
 振り返った彼がいった。
『エルフ殿、そのお腰のレイピアで、ビキニアーマーのパンツの細いとこ、斬っていただけますかな?』
『構わねっけど、その、凌辱すんの? 珍宝、溶かされちまわねっかなぁ……』
 ついつい美里の地がでた科白になった。
 今度は魔法使いのほうが応えた。
『ヘッヘッヘ……。突っ込むのはこの杖の先っぽですよ。そうして火球のスペルを唱え、あとは、どうなるか? フフフフフッ……。ハハハハハッ……』
『あんたたちいつも、そんなゲスなことやってんですかッ?』
 とはいえ美里にもスライムを丸裸にした経験ならあった。彼女たちの着衣は主の身体から離れると、まさにスライムとなって溶け、土に染み込んでいってしまうのだった。
(なんかミミックみたいな感じだったよなぁ……。実際スライム類ってなぁ、合成に失敗した魔法生物の残り滓だって設定もあったしなぁ……)
 彼が風前の灯のスライム美女の前に立つと、潰された手の先や足の先が、記憶のなかの衣服同よう、グジュグジュ溶けているのが見えた──。
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