視えない私のめぐる春夏秋冬

shiori

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第十四章「砂の上の銀河」2

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 ――7月7日

 同棲生活が板につき、それぞれの役割分担が出来てきた頃には小暑を迎え、大暑を迎える前にも関わらず、照り付ける太陽のせいで恐ろしいくらいに暑さ全開の陽気になっていた。

 盲導犬のフェロッソは俺にもすっかり懐くようになり、喫茶さきがけや師匠のアトリエから帰ると、玄関まで尻尾を振りやってきて出迎えてくれる。
 休日は郁恵の代わりに散歩に出かける日もあり、他の動物も含め、犬のお世話をしたことがなかったが、郁恵に教えてもらいながら手慣れていった。

 訪問看護に頼って来たチラシや封書の代読なども俺がするようになり、日々の買い物も一緒に行くようになった。

 郁恵は協力し合う中で徐々に自然体へと変わり、俺のことを信頼して頼ってくれるようになった。
 俺は察するばかりではなく、郁恵とコミュニケーションを取る中でより多くことを学び、知ることができた。

 二人でいられる時間の貴重さが身に染みていく中で、郁恵も一人暮らしを続けてきた経験を活かして積極的に家事をしてくれた。
 俺は郁恵がいつまでも笑顔でいられるように、悲しい顔を浮かべなくて済むように支え合い、寄り添っていった。

 郁恵は三回生になり、社会福祉学科の専門科目が増えてきたことで勉強にも精が出ている様子で、忙しくも充実した表情を浮かべていた。

 俺は相変わらず喫茶さきがけで華鈴さんの愚痴を聞きながら、時に同棲生活の報告を無理やりさせられ、うんざりしながらも厨房に立っている。
 

 そんな日々を過ごしてきて、七夕の日を迎えると、俺は花柄の明るい浴衣を着た郁恵を連れて手を繋ぎ七夕風鈴まつりの会場へと出掛けた。
 京都府から出て、遠出をするのは久々のことで郁恵は実に機嫌よく電車で移動する間も興奮気味だった。

 赤髪に、遮光眼鏡付けた俺一人でも目立つというのに、浴衣姿の綺麗な郁恵と一緒にいると、周りからは注目の的だった。
 周りからの視線を浴びて俺は落ち着かなかったが、郁恵は郁恵らしく終始、気にすることなくマイペースに笑顔を振りまいて過ごしていた。
 

 午後になるとジリジリと照り付ける陽射しが一段と強くなり、帽子と遮光眼鏡を着けて日射し避けをしていても全身から汗が滲み出て来る。正常な思考さえも奪いかねない強い日差しは修行をさせられているかのようだ。
 風に吹かれて優しい音を奏でる風鈴と隣にいる郁恵の存在が無ければすぐにでもへばって座り込んでしまっているところだろう。

「あぁもう……ようやく陽が落ちて来たか……」

 人混みの間を掻き分け続けたせいもあって、力なく俺は呟いた。

 屋台を回っている間に時が経ち、祭囃子が鳴り続ける神社では陽が落ち始めるとライトアップが点灯された。
 遥か頭上では月が顔を覗かせ、少しずつ忌まわしい暑さが和らいできた。

「やっぱり無理させすぎちゃったね……毎日暑くて、フェロッソにも往人さんにも優しくないなぁ……」
 
 休憩がてらにベンチに座り、暑さに強い郁恵が平気な顔をして茹だる様な暑さに苦しむ俺を団扇で仰いでくれる。
 お祭りに出掛けるのは楽しいが、一緒に外を歩くだけで心配させてしまうというのは心苦しかった。

 白黒映画の中の世界のように灰色に見える俺の視界。
 狐の面を被った浴衣姿の郁恵が”ちょっと一人で歩いてみる”と言って立ち上がり、返事を返す間もないまま俺の手を離し白杖と団扇を両手で握り歩いて行く。

 ネックストラップにスマートフォンをぶら下げ、草履を履き自信満々に先を歩こうとする郁恵はすぐに人混みの中に消えていった。

 俺は嫌な予感がして何とか人混みを搔き分け、この世界でただ一人色彩を纏った郁恵の姿を発見するが、血の気の引いた青白い顔をしてその場にしゃがみ込んでいた。

「大丈夫か?」
「うん、人混みにうなされちゃったみたい」

 苦笑いを浮かべ、妙な言い回しをして俺の手を掴み何とか立ち上がる郁恵。先程まで着けていたお面は外していて、寂しげな表情を浮かべていた。

「せっかく一人で歩く歩行訓練してたのに……」
「もう、無理に一人で歩く必要ないんじゃないか?」
「ダメだよ、頼ってばかりじゃ、上手にこの世界を泳げないよ」

 郁恵はいつもどこかで自分自身と戦っている。それはずっと変わっていない。
 これは支援を受けるたびに感謝の念を抱き続けてきた郁恵だからこその感性なのだろう。

 夕刻に差し掛かったところで屋台は段々と片付けを始めているが、人通りの多さは相変わらずだ。久々にフェロッソを家に置いての外出。今日の郁恵は少しでも自信を付けたかったようだ。

「私ね……ちょっと寂しかった。自分だけがどんな屋台が並んでいるかも分からなくて、どこまで道が続いているのかも分からなくて。
 本当はもっと、自分が思い付かないようなものと出会いをしたいなって……」

 非日常的な賑やかさは体感できても、ガイド役なしにこういった祭りの場を楽しむのは郁恵には難しい。
 自分が好きなものがどこにあるかを聞けば連れて行ってもらうことはすぐに出来るが、そうでないものと出会うにはハードルが生じる。
 知見を深め、色んな事に興味を示してきたからこその問題意識と言えるだろう。

「焦らず、ゆっくり見て行けばいいんじゃないか? 俺が一緒にいるんだから……」

 一人真っ暗な世界で迷子になってしまう郁恵の寂しい姿は見たくない、俺はずっとそう思っていた。

「ダメだよそれじゃ……あっという間にこの楽しい時間が終わっちゃう。もっと楽しみたいのに」

 それだけ今日を楽しみにしていたということだろう。
 三回生になってゼミや講義で忙しい郁恵とこうして遊びに出掛けるのは久々のことだった。 

「そうか……俺も郁恵と過ごす時間は楽しい。
 危険なことをしてほしくないが、今を一緒に大切にしていこう」

 俺の言葉を受け止めて掴んだ手を握り返してくれる郁恵。
 潤んだ瞳を拭い、立ち上がった郁恵を俺はさらに連れて歩くことになった。
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