視えない私のめぐる春夏秋冬

shiori

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第十五章「悠久なる邂逅」4

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 ――少し時を遡って6月6日、私がインフルエンザにかかり、大学を休ませなければならなくなり、病床に伏すことになる一週間前の土曜日のことだ。

 私は毎年欠かさず行くことにしていたノーマライゼーション絵画展に出掛けた。
 本当は往人さんと行くつもりでいたが、別の展示会に参加しなければならない用事があり、私は久々に経験豊富な川崎翠かわさきみどりさんにガイドヘルパーを頼み、現地まで連れて行ってもらうことになった。

 川崎さんは私達の家まで住所を頼りにやって来くると、ちょっと緊張気味に「ここが前田さんの暮らす愛の巣なのね……」としみじみとした口調で落ち着きなく言った。
 私はそれを聞いて途端に恥ずかしい気持ちが湧き立ち、鳥肌が立ってしまった。

 そんな妙なやり取りもありつつ、連れて行ってもらった絵画展。
 
 資金団体の援助や個人や企業からの寄付金によって成り立つ絵画展は、今年も例年同様の賑わいを見せていて、多くの作品が展示されている。

 今年は私にとっても特別なことがあり、ピアニストの四方晶子しほうあきこさんのお誘いで名誉なことにピアノ演奏会に参加させてもらうことになり、盲導犬のフェロッソを連れて会場に入ると、周りからは興味津々な様子で話しかけてくれる。

 毎年ここに来ていることを知っている方もいて居心地よく私は挨拶を交わした。
 今日は気楽に見学をして帰るだけのご身分ではない。
 本番が近づくにつれて否応なしに緊張してしまう私がいた。

「来てくれてありがとう。楽しみにしているわね、今日の演奏」

 早速、晶子さんから歓迎の挨拶を受ける。
 晶子さんは同い年の旦那さんとご一緒していて、川崎さんが言うには西洋ファンタジー世界に出て来る金色の髪をした王子様のような外見で、気品ある佇まいで私に接してくれた。

「こちらこそお誘いいただき感謝でいっぱいです!」
 
 フェロッソと繋がったリードを握る私は慌てて大きなお辞儀をした。

 東日本で起きた大震災の際に被災して入院生活を送ることになり、一度はこえを出せない障がいを患うことになったことがあるという四方晶子さん。
 今は完治して普通の日常を送っているが、その時の辛さを今も覚えていて、その経験があって障がい者への支援のためにチャリティー活動を続けているそうだ。
 同じような苦しみを背負っている人々の助けになりたいと、この絵画展の運営委員会にも寄付を送っていて、晶子さんはピアニストであるだけではなく、この絵画展を金銭面でも支えている立派な方でもあるのだ。

「本来、この場所はあなたのような人が日々の鍛錬を披露するためにあるところなの。だから、自信を持って演奏してちょうだい」

 尊敬する晶子さんから優しい言葉を掛けられた私は気持ちが高ぶった。
 重度軽度じゅうどけいど、様々な障がいを背負った人が集うノーマライゼーション絵画展の中で、私はこれまで仲間意識を強く持つことはなかった。
 けれども、こうしてお誘いを受けて演奏を披露する機会を得てようやくこの場が存在する意義を再認識することが出来た。
 目隠しの世界で生きる私を温かく迎えてくれる場所がある。障がいの有無にかかわらず、環境の変化によって生きやすさは変わるのだ。
 その意味を改めて見つめ直して、私は今ここにいる。

 多くの拍手を受けながらピアノ椅子に座り、グランドピアノに向き合い、想いを込めて私は心行くまで弾き鳴らした。

 晶子さんはオーストリアで家族と過ごしていて、昨年のクリスマス演奏会を見に来ることが出来なかったが、華鈴さんから演奏した映像音源を貰って聞いてくれた。
 そうした縁があって実力を認められここで演奏する機会を得ている。

 私は晶子さんの想いに応えるためにも、チャイコフスキーの『ピアノ協奏曲第一番』を力の限り披露した。

 初めて私の演奏を聞いた人が多い絵画展の会場の中で、私は大きな拍手を浴び、誰かのためにピアノを弾くことの出来る幸せを噛み締めた。
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