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第十五章「悠久なる邂逅」7
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「今日はスペシャルゲストをお呼びしました。
目が不自由でありながら、現役大学生として慶誠大学に通いながら保育士を目指す、前田郁恵さんです!
今日はオーストラリアで四年間修業した成果を披露していただきます、どうぞよろしくお願い致します!」
指揮者を務める晶子さんの旦那様、佐藤隆之介さんからの紹介があり、私はステージに上がり、晶子さんにエスコートされながらグランドピアノへと誘導された。
一体どんな紹介のされ方をするのだろうと不安に思っていたけど、ちょっと盛った紹介をされてつい嬉しさ交じりに苦笑いを浮かべてしまう。
半分以上は合っているから紹介された後で訂正を挟むことはしないが、それにしても妙に期待が大きくなるような紹介だ。
余計に緊張を与えられた気がしないでもないが、もう私はこの場の雰囲気を楽しもうといつも以上に気合を入れて、着飾った白いドレスで舞台上を歩き、真っ黒なグランドピアノのピアノ椅子に着席した。
熱を持った照明に強く照らされる。これがこの舞台上に上がった演奏者に注がれる光なんだと私は感じた。
晶子さんが「それじゃあよろしくね、ゲストさん」と囁いて手を離すと一気に演奏の始まりを予感させられた。
観客が見守る中、静寂に包まれるホール。精神を研ぎ澄まして十本の指を鍵盤に伸ばして息を整える。
フェロッソと先程交わしたお手のおまじないを信じて合図を待つ。
そして、オーケストラ全体で決めた合図と共に私は演奏を開始した。
私が去年、華鈴さんとクリスマス演奏会で披露した思い出の曲『くるみ割り人形』をオーケストラを加えて演奏する。
楽器構成を紹介するとまずは木管楽器にフルートとクラリネットが美しくも繊細なメロディーを奏でていく。
金管楽器はトランペットにトロンボーン、ホルンが二人と充実した構成で低音から高音まで安定した演奏を披露する。
弦楽器はバイオリンにチェロ、最低音を弾き鳴らすコントラバスが魂を揺さぶり、心を掴むようにさらに情緒的に演奏を盛り立てる。
その他にもシンバルやカスタネット、グロッケンシュピールまでが細かい演出を盛り立て、人形と共に夢の世界を旅する物語を演出する。
それぞれが自分の役割を果たし絶妙なハーモニーを作り上げ、どこまでも壮大なオーケストラの演奏を携えて私は至福の時間を送る。
バレエを踊るように、鳴り止まない音楽はいつまでも心地よく、私の寂しい心を満たしてくれる。
音楽は聴くよりも演奏する方がずっと幸せである。
そんな言葉を誰かから聞かされたことがあるが、本当にその通りだと思う。
多くの演奏者と一つの音楽を作り上げるこの瞬間全てが価値を生み出し、感謝で一杯な時間となった。
私はそれから晶子さんとピアノデュオを演奏した。
今回、選んだのはヨハネス・ブラームスの『ハンガリー舞曲』、オーケストラでの編曲もされているが、最初はピアノ連弾のために書かれ、爆発的な人気を博した舞曲だ。
全二十一曲あるこの舞曲集の中でも特に有名なのは第五番で映画などでも使用され、演奏家たちに限らず、多くの人に愛され続けている。
そのテンポの速い、活発的なメロディーは一度記憶すると頭から離れない程で、練習の時から晶子さんと合わせるのが楽しくて仕方なかった。
二人で一つの曲を奏でる旋律は、それはもう音に満ちた幸福で、このコンサートの集大成となってコンサートホールに響き渡った。
生まれて初めての大きなホールでの演奏をやり遂げ、盛大な拍手を受け万感の想いで控え室に戻ると、私は露出度の高い慣れないドレス姿のままフェロッソを抱き締める。
柔らかく大きな抱き心地の良い大きな身体は毛布のように温かく、緊張から解き放たれ、満足感に満ちた私の疲れた身体を癒してくれる。
私はリラックスできたところで化粧台に手を置こうとすると、控え室にいた時にはなかった花束を見つけた。
「……あの、この花束はどなたへの贈り物なのでしょうか?」
目の見えない私は誰へのプレゼントなのかもわからず助けを求めた。
すぐに駆け寄って確かめてくれる晶子さん。
そして、晶子さんは驚くべきことを私に告げた。
「これは……あなたへの花束みたいね。サルビアやカーネーションの花で彩られていてカラフルで綺麗な花束ね」
立派な花束であると分かる晶子さんの説明と同時に、私は驚きを隠せなかった。
「私に……ですか?」
他の方へとプレゼントだと思い込んでいた私は驚いてしまい、花の種類を気にする余裕もなく確認を取ってしまう。
明日の喫茶さきがけでのクリスマス演奏会に見に来てくれる人は昨年に引き続きいることは聞いているが、今日ここでの演奏会を聴き来てくれる人の見当は付かない。それも花束をプレゼントしてくれるような相手なんて……。
「「一体、どなたが私に贈ってくれたのでしょう?」」
「メッセージ用紙には”親愛なる前田郁恵様へ、メリークリスマス、桜井海人より”と書かれているわね」
「そうですか……ありがとうございます」
桜井海人……すぐに思い出せないが引っ掛かる名前だ。
私は何とか頭を振り絞り、思い出そうと記憶を掘り返した。
桜井という珍しい苗字からある程度推測を立てることは出来る。
そして、考え抜いて浮かび上がった答えは、予想外の人物だった。
「花束を持ってきた相手に見当が付いたみたいね」
考えていることが顔に出てしまったのか、晶子さんは考え込んでいた私に冷静に声を掛けた。
「はい、でも困ったことにまだ会ったこともない相手なんです」
興奮冷めやらぬ中、花束を受け取った私はその意味を考えてしまい、そう言葉を返すのが精一杯だった。
きっと、この花束を贈ってくれた人は、往人さんのお父さんに違いないだろうから。
目が不自由でありながら、現役大学生として慶誠大学に通いながら保育士を目指す、前田郁恵さんです!
今日はオーストラリアで四年間修業した成果を披露していただきます、どうぞよろしくお願い致します!」
指揮者を務める晶子さんの旦那様、佐藤隆之介さんからの紹介があり、私はステージに上がり、晶子さんにエスコートされながらグランドピアノへと誘導された。
一体どんな紹介のされ方をするのだろうと不安に思っていたけど、ちょっと盛った紹介をされてつい嬉しさ交じりに苦笑いを浮かべてしまう。
半分以上は合っているから紹介された後で訂正を挟むことはしないが、それにしても妙に期待が大きくなるような紹介だ。
余計に緊張を与えられた気がしないでもないが、もう私はこの場の雰囲気を楽しもうといつも以上に気合を入れて、着飾った白いドレスで舞台上を歩き、真っ黒なグランドピアノのピアノ椅子に着席した。
熱を持った照明に強く照らされる。これがこの舞台上に上がった演奏者に注がれる光なんだと私は感じた。
晶子さんが「それじゃあよろしくね、ゲストさん」と囁いて手を離すと一気に演奏の始まりを予感させられた。
観客が見守る中、静寂に包まれるホール。精神を研ぎ澄まして十本の指を鍵盤に伸ばして息を整える。
フェロッソと先程交わしたお手のおまじないを信じて合図を待つ。
そして、オーケストラ全体で決めた合図と共に私は演奏を開始した。
私が去年、華鈴さんとクリスマス演奏会で披露した思い出の曲『くるみ割り人形』をオーケストラを加えて演奏する。
楽器構成を紹介するとまずは木管楽器にフルートとクラリネットが美しくも繊細なメロディーを奏でていく。
金管楽器はトランペットにトロンボーン、ホルンが二人と充実した構成で低音から高音まで安定した演奏を披露する。
弦楽器はバイオリンにチェロ、最低音を弾き鳴らすコントラバスが魂を揺さぶり、心を掴むようにさらに情緒的に演奏を盛り立てる。
その他にもシンバルやカスタネット、グロッケンシュピールまでが細かい演出を盛り立て、人形と共に夢の世界を旅する物語を演出する。
それぞれが自分の役割を果たし絶妙なハーモニーを作り上げ、どこまでも壮大なオーケストラの演奏を携えて私は至福の時間を送る。
バレエを踊るように、鳴り止まない音楽はいつまでも心地よく、私の寂しい心を満たしてくれる。
音楽は聴くよりも演奏する方がずっと幸せである。
そんな言葉を誰かから聞かされたことがあるが、本当にその通りだと思う。
多くの演奏者と一つの音楽を作り上げるこの瞬間全てが価値を生み出し、感謝で一杯な時間となった。
私はそれから晶子さんとピアノデュオを演奏した。
今回、選んだのはヨハネス・ブラームスの『ハンガリー舞曲』、オーケストラでの編曲もされているが、最初はピアノ連弾のために書かれ、爆発的な人気を博した舞曲だ。
全二十一曲あるこの舞曲集の中でも特に有名なのは第五番で映画などでも使用され、演奏家たちに限らず、多くの人に愛され続けている。
そのテンポの速い、活発的なメロディーは一度記憶すると頭から離れない程で、練習の時から晶子さんと合わせるのが楽しくて仕方なかった。
二人で一つの曲を奏でる旋律は、それはもう音に満ちた幸福で、このコンサートの集大成となってコンサートホールに響き渡った。
生まれて初めての大きなホールでの演奏をやり遂げ、盛大な拍手を受け万感の想いで控え室に戻ると、私は露出度の高い慣れないドレス姿のままフェロッソを抱き締める。
柔らかく大きな抱き心地の良い大きな身体は毛布のように温かく、緊張から解き放たれ、満足感に満ちた私の疲れた身体を癒してくれる。
私はリラックスできたところで化粧台に手を置こうとすると、控え室にいた時にはなかった花束を見つけた。
「……あの、この花束はどなたへの贈り物なのでしょうか?」
目の見えない私は誰へのプレゼントなのかもわからず助けを求めた。
すぐに駆け寄って確かめてくれる晶子さん。
そして、晶子さんは驚くべきことを私に告げた。
「これは……あなたへの花束みたいね。サルビアやカーネーションの花で彩られていてカラフルで綺麗な花束ね」
立派な花束であると分かる晶子さんの説明と同時に、私は驚きを隠せなかった。
「私に……ですか?」
他の方へとプレゼントだと思い込んでいた私は驚いてしまい、花の種類を気にする余裕もなく確認を取ってしまう。
明日の喫茶さきがけでのクリスマス演奏会に見に来てくれる人は昨年に引き続きいることは聞いているが、今日ここでの演奏会を聴き来てくれる人の見当は付かない。それも花束をプレゼントしてくれるような相手なんて……。
「「一体、どなたが私に贈ってくれたのでしょう?」」
「メッセージ用紙には”親愛なる前田郁恵様へ、メリークリスマス、桜井海人より”と書かれているわね」
「そうですか……ありがとうございます」
桜井海人……すぐに思い出せないが引っ掛かる名前だ。
私は何とか頭を振り絞り、思い出そうと記憶を掘り返した。
桜井という珍しい苗字からある程度推測を立てることは出来る。
そして、考え抜いて浮かび上がった答えは、予想外の人物だった。
「花束を持ってきた相手に見当が付いたみたいね」
考えていることが顔に出てしまったのか、晶子さんは考え込んでいた私に冷静に声を掛けた。
「はい、でも困ったことにまだ会ったこともない相手なんです」
興奮冷めやらぬ中、花束を受け取った私はその意味を考えてしまい、そう言葉を返すのが精一杯だった。
きっと、この花束を贈ってくれた人は、往人さんのお父さんに違いないだろうから。
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