視えない私のめぐる春夏秋冬

shiori

文字の大きさ
103 / 135

第十五章「悠久なる邂逅」7

しおりを挟む
「今日はスペシャルゲストをお呼びしました。
 目が不自由でありながら、現役大学生として慶誠大学に通いながら保育士を目指す、前田郁恵さんです! 
 今日はオーストラリアで四年間修業した成果を披露していただきます、どうぞよろしくお願い致します!」

 指揮者を務める晶子さんの旦那様、佐藤隆之介さとうりゅうのすけさんからの紹介があり、私はステージに上がり、晶子さんにエスコートされながらグランドピアノへと誘導された。

 一体どんな紹介のされ方をするのだろうと不安に思っていたけど、ちょっと盛った紹介をされてつい嬉しさ交じりに苦笑いを浮かべてしまう。
 
 半分以上は合っているから紹介された後で訂正を挟むことはしないが、それにしても妙に期待が大きくなるような紹介だ。
 
 余計に緊張を与えられた気がしないでもないが、もう私はこの場の雰囲気を楽しもうといつも以上に気合を入れて、着飾った白いドレスで舞台上を歩き、真っ黒なグランドピアノのピアノ椅子に着席した。

 熱を持った照明に強く照らされる。これがこの舞台上に上がった演奏者に注がれる光なんだと私は感じた。

 晶子さんが「それじゃあよろしくね、ゲストさん」と囁いて手を離すと一気に演奏の始まりを予感させられた。

 観客が見守る中、静寂に包まれるホール。精神を研ぎ澄まして十本の指を鍵盤に伸ばして息を整える。

 フェロッソと先程交わしたお手のおまじないを信じて合図を待つ。
 そして、オーケストラ全体で決めた合図と共に私は演奏を開始した。

 私が去年、華鈴さんとクリスマス演奏会で披露した思い出の曲『くるみ割り人形』をオーケストラを加えて演奏する。

 楽器構成を紹介するとまずは木管楽器にフルートとクラリネットが美しくも繊細なメロディーを奏でていく。
 金管楽器はトランペットにトロンボーン、ホルンが二人と充実した構成で低音から高音まで安定した演奏を披露する。
 弦楽器はバイオリンにチェロ、最低音を弾き鳴らすコントラバスが魂を揺さぶり、心を掴むようにさらに情緒的に演奏を盛り立てる。
 その他にもシンバルやカスタネット、グロッケンシュピールまでが細かい演出を盛り立て、人形と共に夢の世界を旅する物語を演出する。
 
 それぞれが自分の役割を果たし絶妙なハーモニーを作り上げ、どこまでも壮大なオーケストラの演奏を携えて私は至福の時間を送る。
 バレエを踊るように、鳴り止まない音楽はいつまでも心地よく、私の寂しい心を満たしてくれる。

 音楽は聴くよりも演奏する方がずっと幸せである。
 そんな言葉を誰かから聞かされたことがあるが、本当にその通りだと思う。
 多くの演奏者と一つの音楽を作り上げるこの瞬間全てが価値を生み出し、感謝で一杯な時間となった。

 私はそれから晶子さんとピアノデュオを演奏した。
 今回、選んだのはヨハネス・ブラームスの『ハンガリー舞曲ぶきょく』、オーケストラでの編曲もされているが、最初はピアノ連弾のために書かれ、爆発的な人気を博した舞曲だ。

 全二十一曲あるこの舞曲集の中でも特に有名なのは第五番で映画などでも使用され、演奏家たちに限らず、多くの人に愛され続けている。

 そのテンポの速い、活発的なメロディーは一度記憶すると頭から離れない程で、練習の時から晶子さんと合わせるのが楽しくて仕方なかった。

 二人で一つの曲を奏でる旋律は、それはもう音に満ちた幸福で、このコンサートの集大成となってコンサートホールに響き渡った。

 生まれて初めての大きなホールでの演奏をやり遂げ、盛大な拍手を受け万感の想いで控え室に戻ると、私は露出度の高い慣れないドレス姿のままフェロッソを抱き締める。
 
 柔らかく大きな抱き心地の良い大きな身体は毛布のように温かく、緊張から解き放たれ、満足感に満ちた私の疲れた身体を癒してくれる。

 私はリラックスできたところで化粧台に手を置こうとすると、控え室にいた時にはなかった花束を見つけた。

「……

 目の見えない私は誰へのプレゼントなのかもわからず助けを求めた。

 すぐに駆け寄って確かめてくれる晶子さん。

 そして、晶子さんは驚くべきことを私に告げた。

「これは……あなたへの花束みたいね。サルビアやカーネーションの花で彩られていてカラフルで綺麗な花束ね」

 立派な花束であると分かる晶子さんの説明と同時に、私は驚きを隠せなかった。

「私に……ですか?」

 他の方へとプレゼントだと思い込んでいた私は驚いてしまい、花の種類を気にする余裕もなく確認を取ってしまう。
 明日の喫茶さきがけでのクリスマス演奏会に見に来てくれる人は昨年に引き続きいることは聞いているが、今日ここでの演奏会を聴き来てくれる人の見当は付かない。それも花束をプレゼントしてくれるような相手なんて……。

「「」」

「メッセージ用紙には”親愛なる前田郁恵様へ、メリークリスマス、桜井海人さくらいかいとより”と書かれているわね」

「そうですか……ありがとうございます」

 桜井海人さくらいかいと……すぐに思い出せないが引っ掛かる名前だ。
 私は何とか頭を振り絞り、思い出そうと記憶を掘り返した。

 桜井という珍しい苗字からある程度推測を立てることは出来る。
 そして、考え抜いて浮かび上がった答えは、予想外の人物だった。

「花束を持ってきた相手に見当が付いたみたいね」

 考えていることが顔に出てしまったのか、晶子さんは考え込んでいた私に冷静に声を掛けた。

「はい、でも困ったことにまだ会ったこともない相手なんです」

 興奮冷めやらぬ中、花束を受け取った私はその意味を考えてしまい、そう言葉を返すのが精一杯だった。

 きっと、
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

Lucia(ルシア)変容者たち

おまつり
恋愛
 人は、ときに自分の中に「もう一人の自分」を抱えて生きている。  それがもし、感情の揺らぎや、誰かとの触れ合いによって、男女の姿を入れ替える存在だったとしたら――。  カフェ『リベラ』を営むリアと、雑誌編集者の蓮。  二人は、特定の感情を抱くと性別が変わる「性別変容者」だった。  誰にも明かせない秘密を抱えながら生きてきた彼らは、互いの存在に出会い、初めて“同類”として心を通わせていく。  愛が深まるほど、境界は曖昧になる。  身体と心の輪郭は揺らぎ、「自分とは何者なのか」という問いが、静かに迫ってくる。  一方、過去に囚われ、自分自身を強く否定し続けてきたウェディングプランナー・景子と、まっすぐすぎるほど不器用な看護学生・ユウ。  彼らもまた、変容者として「変わること」と「失うこと」の狭間で、避けられない選択を迫られていく。  これは、誰の記憶にも残らないかもしれない“もう一人の自分”と共に生きながら、 それでも確かに残る愛を探し続けた人々の、静かなヒューマンドラマ。 ※毎日20時に1章ずつ更新していく予定です。

お前が愛おしい〜カリスマ美容師の純愛

ラヴ KAZU
恋愛
涼風 凛は過去の恋愛にトラウマがあり、一歩踏み出す勇気が無い。 社長や御曹司とは、二度と恋はしないと決めている。 玉森 廉は玉森コーポレーション御曹司で親の決めたフィアンセがいるが、自分の結婚相手は自分で決めると反抗している。 そんな二人が恋に落ちる。 廉は社長である事を凛に内緒でアタックを開始するが、その事がバレて、凛は距離を置こうとするが・・・ あれから十年、凛は最悪の過去をいまだに引き摺って恋愛に臆病になっている。 そんな凛の前に現れたのが、カリスマ美容師大和颯、凛はある日スマホを拾った、そのスマホの持ち主が颯だった。 二人は惹かれあい恋に落ちた。しかし凛は素直になれない、そんなある日颯からドライブに誘われる、「紹介したい人がいるんだ」そして車から降りてきたのは大和 祐、颯の息子だった。   祐は颯の本当の息子ではない、そして颯にも秘密があった。

処理中です...