視えない私のめぐる春夏秋冬

shiori

文字の大きさ
107 / 135

第十六章「ホワイトテレパス」2

しおりを挟む
 ――12月25日

 次の日の朝、一緒にベッドで添い寝をしていたペンギンのぬいぐるみをギュッと抱き締めた体勢のまま目を覚ました。

「疲れてたから熟睡できたのかな……でも、よだれが垂れてる……」
 
 プレッシャーを感じていた大きなホールでのクリスマス演奏会が無事に終わり、その解放感からなのか随分と寝相が悪かったらしい……。
 寝ている間に往人さんを抱き締めていたこともあるため(ギュッと力を込めて絞め付けていたが正確かもしれない)、ちょっと反省をしつつ手探りでスマートフォンを探す。
 布団の中でくるまっているのを無事に見つけて、メッセージアプリに通知があり、往人さんからの連絡が届いていることに気付く。

 フランスにあるシャルル・ド・ゴール国際空港に到着して無事に搭乗手続きを済ませたからもうすぐ会えるという連絡だった。

 パリ市外にある国際空港から直通便に乗れば十四時間前後で関西国際空港に到着できると往人さんは話していた。

 直通便以外だともっと時間がかかるが、直通便でも半日以上掛かるのは、それだけ離れたところに往人さんが今いる証だった。

 長い間、会えるのを楽しみにしていた私は、今晩に帰って来てくれる往人さんの無事を祈った。
 
「そういえば、飛行機に乗ると機内の気圧の変化のせいで耳が痛くなっちゃうんだよね……。往人さん大丈夫かな……」

 往人さんは私よりも年上で以前にもフランスに行ったことがあると聞いているから、経験豊富なのは知っているけどちょっと心配だ。

 私は身体を起こして洗面所で顔を洗うと、何となくテレビの電源を入れた。
 そうしてコーンフレークに冷蔵庫から取り出した牛乳を注ぎ簡易的な朝食にすることにした。

 朝食が終わり、フェロッソが食べたドッグフードのお皿を片付ける。
 今日も元気いっぱいのフェロッソをギュッと抱き締める。
 まだ、毛布の中にいるような微睡を覚えて身体を離す。
 危うく眠りに落ちるところだった……。
 大型犬は一緒にマンションで暮らすには敷居が高いが、盲導犬であるフェロッソは私に大きな安心感をもたらしてくれる。
 だから……欠かすことの出来ない家族であり、パートナーであり続けている。
 

「今日も頑張って行こうか、フェロッソ」

 夜の間にすっかり雪が降り積もった今日はホワイトクリスマス。
 マンションのベランダの手すりにも白い結晶が出来ていて、小さな雪玉を作ることが出来る程に外は白い大地に染まっている。

 そんな日に、喫茶さきがけで私は去年と同じ一日を繰り返す。
 往人さんがきっと帰って来ることを願って。
 それが私が望んだ大切な行事だ。

 こんな寒い日に、いっぱい我慢してきた私のことを抱き締めてくれたならどんなに幸せなことだろう……。

 想像するだけで胸がいっぱいになり、愛おしい感情が熱を持って私の心を欲求で焦がす。

 今、往人さんは飛行機の中でどうしているのだろう……。
 私と今晩会うことを楽しみにしてくれているだろうか。

 一年前の今日、私は勇気を振り絞って往人さんに告白して交際を始めた。
 その記念日の日を幸せに彩るために、私は喫茶さきがけへと向かった。

 喫茶さきがけに着くと去年同様にクリスマスサンタの衣装に着替え、ケーキの販売を手伝う。
 すっかり私のことを覚えてくれている常連さん達にケーキの入ったビニール袋を手渡していると、自然な笑顔が零れている私がいた。

 往人さんがいないとダメな自分。
 往人さんがいなくても大丈夫な自分。
 それが、両方自分の中で共存しているような妙な心地だった。

 二年目ということもあって、息ピッタリの演奏を披露して華鈴さんとのクリスマス演奏会は幕を閉じた。
 多くの経験をさせてもらったピアノ演奏もこれで年度納め。
 保育士になるために習い始めたピアノだったけど、私の人生をより豊かなものにしてくれた。本当にここまで続けてきて良かったと心から思える。
 
 立食パーティーに移り、私はグランドピアノに蓋をして、いつもの自分の席に戻ろうとすると、知らない男性の声で話しかけられた。

「私は桜井海人という名の者だ。前田郁恵さん、素晴らしい演奏だったよ」

「えっ?」

 昨日、花束を贈ってくれた往人さんのお父さん……。
 目の前にその人が立っているのだと気付くと、途端に私は頭が真っ白になった。
 
「無理もないか、驚かせてしまってすまないね……」

 反応の悪さを見て、申し訳なさげに男性は謝る。
 突然の出会い。目の前に立っているのが往人さんのお父さんなのかと思うと心が落ち着かない自分がいた。

「いいえ……?」

 信じられない気持ちで確認の為、もう一度聞き返す。
 無意識に相手の腕を掴み、姿が見えないということの不安を私は久々に感じた。

「あぁ……

 その言葉の意味を噛み締めた時、私は本当に目の前にいるのが往人さんのお父様なのだと自覚した。

「……初めまして、こんな失礼な姿ですみません。
 前田郁恵です、ずっとご挨拶したいと思っておりました」

 往人さんと交際を始めて一年が過ぎ去った今日。
 私は初めて往人さんの家族と対面した。
 これが運命だというのなら、私はしっかりと向き合わなければならない。
 そんな想いで私は足を揃えて大きくお辞儀をした。

「君ならそう言ってくれると信じていた。確かに演奏を披露する姿を伺いながら大胆な衣装をしていると思ったが……そうか、実に可愛らしいお嬢さんだ。我が息子が離さないのも納得のいくところだな……」

「はぁ……お恥ずかしい限りです。普段はもちろん、こんな服を着たりしませんよ」

「分かっているよ。私はここのオーナーや娘さんとも古くから交流がある、随分と気に入られてしまっているのは見ていれば分かるよ」

 初対面であるにもかかわらず、この状況を冷静に観察している海人さん。
 店長のことをオーナーと呼ぶところや、華鈴さんのことを娘さんと呼ぶ辺りも昔馴染みの古い友人である印象を受けた。

「あの……この格好でいると目立ってしまうので、後程お話ししませんか?
 立食パーティーの合間にお店の外に出ますので」

 私は出会ったばかりの海人さんに失礼のないよう、ちゃんと話し合いたい一心で提案した。
 
「今になってやってきた私を受け入れてくれるとは……感謝するよ」

 私のことをどう見ているのか、まだ冷静になれない私には分からなかったが、話す機会を得たことを今は喜ぶことにした。

 恵美ちゃんや華鈴さんと会話を交わし、「私は家で往人さんの帰りを待ちます」と伝え、早めに立食パーティーを抜けさせてもらうことにした。

 休憩室で着替えを済ませ、ダッフルコートにリュックサックを背負い、フェロッソを連れて店の玄関を出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

Lucia(ルシア)変容者たち

おまつり
恋愛
 人は、ときに自分の中に「もう一人の自分」を抱えて生きている。  それがもし、感情の揺らぎや、誰かとの触れ合いによって、男女の姿を入れ替える存在だったとしたら――。  カフェ『リベラ』を営むリアと、雑誌編集者の蓮。  二人は、特定の感情を抱くと性別が変わる「性別変容者」だった。  誰にも明かせない秘密を抱えながら生きてきた彼らは、互いの存在に出会い、初めて“同類”として心を通わせていく。  愛が深まるほど、境界は曖昧になる。  身体と心の輪郭は揺らぎ、「自分とは何者なのか」という問いが、静かに迫ってくる。  一方、過去に囚われ、自分自身を強く否定し続けてきたウェディングプランナー・景子と、まっすぐすぎるほど不器用な看護学生・ユウ。  彼らもまた、変容者として「変わること」と「失うこと」の狭間で、避けられない選択を迫られていく。  これは、誰の記憶にも残らないかもしれない“もう一人の自分”と共に生きながら、 それでも確かに残る愛を探し続けた人々の、静かなヒューマンドラマ。 ※毎日20時に1章ずつ更新していく予定です。

お前が愛おしい〜カリスマ美容師の純愛

ラヴ KAZU
恋愛
涼風 凛は過去の恋愛にトラウマがあり、一歩踏み出す勇気が無い。 社長や御曹司とは、二度と恋はしないと決めている。 玉森 廉は玉森コーポレーション御曹司で親の決めたフィアンセがいるが、自分の結婚相手は自分で決めると反抗している。 そんな二人が恋に落ちる。 廉は社長である事を凛に内緒でアタックを開始するが、その事がバレて、凛は距離を置こうとするが・・・ あれから十年、凛は最悪の過去をいまだに引き摺って恋愛に臆病になっている。 そんな凛の前に現れたのが、カリスマ美容師大和颯、凛はある日スマホを拾った、そのスマホの持ち主が颯だった。 二人は惹かれあい恋に落ちた。しかし凛は素直になれない、そんなある日颯からドライブに誘われる、「紹介したい人がいるんだ」そして車から降りてきたのは大和 祐、颯の息子だった。   祐は颯の本当の息子ではない、そして颯にも秘密があった。

処理中です...