視えない私のめぐる春夏秋冬

shiori

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第十六章「ホワイトテレパス」4

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「寒かったですね……お茶でも淹れますね」

 家の中に入り、冷え切った身体がやっと救われた心地だった。
 私はいつものようにフェロッソの足を拭いて玄関を上がる。
 海人さんがどんな表情をして、どんな気持ちで私達の家に上がったのか分からないが、私は丁重におもてなしをするためにコートを脱ぎ、暖房を付けてからキッチンに立ってお湯を沸かした。

「慣れているんだね……」

 一連の動作を見ていたのだろう、海人さんは淡々とそう言った。

「それはもう、この家に八か月も暮らしていますから」

 往人さんとの同棲生活をもう八か月も続けている。
 それを父親である海人さんに告白していると思うと緊張してしまうが、私は自然体を装い答えた。
 海人さんはその言葉に感心することなくさらに言葉を続けた。

「そうではない、目が見えないことに対してだよ」
「海人さんがそれを言いますか……」

 同じく視覚障がいを持っているからとは思いたくないが、配慮の見えない容赦のない言葉に私は抵抗感を覚えた。

「私は弱視で年々視力は低下していっている。本当のところは不安でいっぱいだよ。でも、君はそうではないのだな」

 ”大人であるからか”、達観した物言いで、そう発言をする海人さん。
 それでも私は惑わされることなく言葉を返した。

「私には往人さんもフェロッソもそばにいてくれますから。
 これが幸せでないなら、もっと苦しんでいる方に申し訳が立ちません」

「そうか……立派な考えだ。私も見習いたいものだな……」

 私の揺るぎない信念を感じたのか、海人さんの声のトーンが下がった。
 初対面だというのにムキになってしまった自分……。
 そこまで感情的になったのは、相手が往人さんの肉親だからなのか。まだ、緊張したまま落ち着かず、判断が付かなかった。

 先にソファーに座ってもらった海人さんにお茶を出して、私は黙々とフェロッソのお世話をした。
 最初は難しかったフェロッソのお世話。
 日本にやって来て、寮生活とはいえ一人暮らしを始めて一番心配だったのがフェロッソのお世話だ。
 それを乗り越えてきたことで、私とフェロッソの信頼関係はより強固な絆で結ばれている。

 飛行機に搭乗する時に連絡をくれてから、往人さんからの連絡は未だない。
 機内モードにしないといけないから、飛行機に乗っている間は電波を使えないことは分かっているけど不安なことには変わりない。
 まだ……日本に到着していないのだろうか……。
 海人さんと一緒にいても、往人さんのことが心配で仕方なかった。

 自分の分のお茶を用意して、何とか会いたい気持ちを紛らそうとしている自分がいた。
 お茶を淹れ終わり、ソファーに座ろうと海人さんに近づいていくと、壁に掛けた砂絵の方に私の意識が向いた。 

「壁に掛けた砂絵サンドアートをご覧になっているのですか……?」

 無意識に吐いていた言葉。
 私は言い終わった後に、言葉通りのことを自分で感じ取った。

「分かるのか?」

「何となくです……息を潜めて何かを見つめているような気配を感じましたので」

 互いに触れていいのか戸惑っているような違和感を覚える。
 どんな言葉を掛ければいいのか分からず、海人さんの反応を待つ。
 そうすることしか今の私には出来なかった。

「本当にこの砂絵がここにあることを確かめると、感慨深く何も言えないな……」
 
「それは……これは海人さんにとっても大切なものだと思いますから」

「あぁ……そうだな、今でも深愛が自殺したことが嘘であったらいいのにと思う。私はこれでも深愛のことを今でも愛しているのだよ」

 往人さんの話しでは再婚をしているという海人さん。
 その上で海人さんが今でも深愛さんのことを愛していると語るのは、とても重たい心情が胸の奥にあるのだと感じた。

「そういえば……せっかくのケーキを喫茶さきがけに置いてきてしまいました。
 申し訳ないですが、今から取りに行って参ります。
 往人さんが帰って来るまでには戻りますので、このままここにいて頂けますか?」

「君がそれでいいのなら、そうさせてもらおう。
 ここの空気は私の住む家の中とは違い、何とも尊い」

「はぁ……それでは、行ってきますので、部屋でお待ちください」

 再びフェロッソにハーネスを着せて、私はダッフルコートを着てマフラーを巻く。リュックサックは背負わず荷物は軽装にして、私は玄関へと向かった。

 手探りで探すことなく玄関ドアに触れて、ドアを開いた瞬間、海人さんの意味深な言葉が私の耳まで聞こえた。


 往人がいると会わせてはくれないだろうから、往人が不在であることを知ってね。
 昨日の演奏会のチケットも友人である君の父から送られてきたものだ。
 とてもいい演奏だったよ、前田郁恵さん」

 完全に足が止まったまま、海人さんの言葉を聞き終える。
 同じ海人さんとは思えないような信じられない内容だった。

「私に往人さんのお母様が……?
 何を言っているんです、私は私です! 
 絵の描けない、目の見えないただの大学生です。
 私は深愛さんにも、深愛さんの代わりにもなれません!」

 センチメンタルな感傷に浸っていたわけではなかったのか。
 命を落としてしまった深愛さんの魂の在処を探して、私の下にやって来たというのはオカルトに等しい。

 確かに私は往人さんにとって色のある姿で見える唯一の人間。
 しかし、コンプレックスがあるわけではないが、深愛さんとは全く違い、私はまるで絵の描けない目も見えない大学生だ。

 海人さんの心の内を知り、どうしようもなく受け入れがたい感情が湧き上がり、私は無粋に言葉を吐き捨てて玄関を出て立ち去った。
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