視えない私のめぐる春夏秋冬

shiori

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第十七章「Dear Mermaid」2

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 大空を飛び立つ航空機の中、俺はこれから会いに行く大切な人のことを思い浮かべていた。


 いつも明るく振る舞い、楽しそうに笑顔を浮かべる郁恵は思った以上に強情で好奇心旺盛で寂しがり屋だった。

 十二月の頭、俺が師匠やアトリエの仲間と一緒にフランスへと向かわなければならない日、朝から郁恵はソワソワしていて、時折目を細めて泣き出しそうな寂しげな表情を浮かべて辛そうにしていた。

 大勢の仲間と空港で待ち合わせをしていたから郁恵を連れて行くわけにはいかず、俺は玄関先で郁恵に「行ってくるよ」と優しく声を掛けた。

 その別れ際、一度覚えたことには積極的になる郁恵は、別れを惜しみ涙を浮かべてギュッとマーキングをするように寄りかかってきた。
 仄かな甘い香り漂わせる郁恵のことを抱き締め返してしまうと余計に別れが辛くなると分かっていた。
 でも、堪えられない気持ちは俺も同じだったから、素直に抱き締め返して、熱いキスを交わした。
 郁恵の柔らかな身体も優しい温もりを帯びた体温も、瑞々しく甘い味のする唾液を滴らせる唇も、全てが俺を愛おしくさせた。

「頑張って来てね、私も頑張るから」

 離れたくないとその触れ合う肌が主張していたが、郁恵は一時の別れを受け入れて俺のことを応援してくれた。

「あぁ……寂しいのは俺も一緒だから。
 絵本作りも進めながら、頑張って来るよ。
 期待して待っていろよ」

「うん、楽しみにしてるよ。
 私の夢のために、頑張ってくれていつもありがとね」

「気にすんなよ、もう俺の夢でもあるんだから。
 演奏会の練習に勉強と忙しいだろうが無理せず頑張ってな」
 
 別れの挨拶を交わし、惜しみながら熱を帯びた身体を離す。
 いつもは一度抱きつくと引っ付き虫のように嫌がってなかなか離そうとしない郁恵も今日に限っては素直に応じた。

 完成へと近づく絵本は俺と郁恵が初めて作る共作だ。
 郁恵の書いたストーリーを基に絵本を仕上げていく過程は今までやって来たどんな作品よりもやりがいを感じさせてくれるものだった。
 一ページ毎に互いの想いがいっぱいに詰まった思い出の絵本に仕上がりつつある。
 俺は完成した絵本を郁恵に渡すのが今から楽しみでならなかった。

 何とか明るく振舞おうとする郁恵の顔を最後に覗き込む。
 これから一か月近く会えなくなるのかと思うと、胸が張り裂けそうだった。
 それほどに同棲生活を始めてから俺と郁恵は一緒にいることを大切にしてきた。
 順調であればあるほど、離れ離れになってしまうのが耐え難いものになる。
 そんな当たり前のことを、俺はこの歳になって気付かされた。


 遥か雲の上を飛翔する航空機。
 翼を広げて自由に飛び立つ鳥とは対称的に飛行機は人類の英知の結晶で文明の象徴の一つでもある。
 空の上に浮いているような感覚もすることから安全性が心配になることもあるが、自動車に比べればずっと安全であることがデータで証明されている。

 俺はシャルル・ド・ゴール国際空港から直通便で約十三時間かかる日本までのフライトをもう少しリラックスして過ごそうと力を抜いた。
 
 多くの時間を絵を描くことに割いてきたせいで肩や腕が悲鳴を上げ、疲労感が伝わって来る。俺はもう今日までに十分頑張って来たと言い聞かせてアイマスクをして目を瞑った。
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