神様のボートの上で

shiori

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第十五話「もう一度同じ空の下で」1

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 事件の詳細が報道されたのは翌日の夕方になってからだった。
 
 内容に驚きを隠せなかったのはみな同じだった。

 それから裁判が中断されたり事情聴取を受けたりとバタバタとした日々を過ごすこととなった。

 私たちは少しずつ日常を取り戻しつつ、事件の詳細が明かされ、事態が進むたびに答え合わせや推理をするべく情報交換した。

「それでまとめると、葛飾は麻生一家の殺人を自供した直後に逃走、白糸医師の車を乗っ取ったうえで、白糸医師を拘束、その上で葛飾は山の上の崖から飛び降りて自殺した。翌日になって警察は車の中にいた白糸医師を保護した、それで合ってるよね?」

 喫茶店で私たちは話し合っていた。私の隣には礼二さん、正面には赤月さんが座り、私のバッグの中にはちづるも来ていた。一応喫茶店はペット入店禁止なのでそういうことになった。ちづるは猫になってこういうバッグに入ったりできる身軽なところを気に入っているのかもしれない。

「警察の報告によれば白糸医師は警察に捜査協力するために警察署まで来ていたようだ。
 白糸医師は発見当時ロープで縛られた状態で発見され、車内には壊された手錠も発見された。崖から海に落ちたという葛飾の遺体は未だに発見されていないが、この2点により白糸医師の証言は確実のものとして警察内ではみられている」

 赤月さんが詳しく説明してくれた。話の辻褄はあっている、でも何かが引っかかる、あの時白糸医師に取材で”会っていなければ”そんなことは考えなかっただろう。面識があることでさまざまな憶測を考えてしまう。

「出来過ぎているように思うのは疑い深い私の性分かもしれませんが、白糸医師はそれだけ警察に信用されているということですか?」

「そうだろうな、日頃の行いというやつだろう。捜査協力をかなり前々から続けていたそうだ、そういうわけで警察への協力は惜しまなかったようだからな、疑いの目を向けられなかったのだろう」

 あの時、赤月さんと一緒に面会をした時、白糸医師は私のことを知っていた。

 それは白糸医師が私を発見し病院まで送り届け、そのまま担当医を務めたからで・・・、そういう事実をから推測するに白糸医師は私のことをよく知っている、きっと入れ替わりの力のことや柚季のことも・・・、その白糸医師がもし悪い人だったら・・・? それはあまりにも恐ろしく、不気味で嫌な想像だった。


「警察はどうしてか重要視していなかったが、分かったことがもう一つある。まだ中学生の頃、両親を亡くして家族を失った葛飾蓮舫を引き取ったのは白糸医師だったようだ」


 赤月さんは真剣な目で私たちに言った。
 衝撃的な内容だった。

「えっ・・・、それじゃあ?」

「そういうことになるな・・・」

 ますますよく分からない、真実がどこにあるのか、不可解な事だらけだ。本当に警察の報道が正しいのか、それともほかの真相が残っているのか。


・・・」


 礼二さんがあの時と同じ言葉を呟いた。私はビクリとして礼二さんの方を見た。

「白糸医師の自家用車は白いワゴン車だったよな?」

「ああそうだ、葛飾が乗っ取った車は白糸医師の白いワゴン車だった」

「思い出したことがある。俺は麻生家の玄関で倒れているところを見つかる前に、白いワゴン車で白糸医師と会っている」

「それは本当ですか?」

 私は驚いてすぐさま聞いた、それが本当ならとんでもないことだ。

「ああ、俺は道路で具合が悪くなったところを白糸医師に保護され白いワゴンに乗った、そしてしばらく話をした後、意識を失った。話している最中に手渡された飲み物を飲んだ記憶がある」

「まさか睡眠薬・・・」

 妄想や想像に過ぎないと思っていたさまざまな感情が、繋がりを持ち始めたことに動揺を隠せなかった。

「礼二さん、一体いつそんな重要なことを思い出したんですか? 本当に今更過ぎますよ」

 もっと早い段階で聞いていれば、そんな気持ちが私の口を滑らせた。

「いや、本当に今思い出したことだ。白いワゴン車や白糸医師のことはずっと頭の中で引っかかっていたが、こんなにはっきりと思い出せたのは初めてだ。今、自分でも驚いている」

 一体どういうこと? 私の中で謎が膨らんでいく。

「いや、単純な睡眠薬ではない、脳の神経細胞に働きかけ、記憶障害を起こす類のものだろう」

 赤月さんはすぐさま頭を働かせ、そう推理して言った。

「そんな・・・」

 私は赤月さんの言葉にさらに驚かされた。

「本当に白糸医師が飲ませたというなら、そういった類の物だという可能性は十分にある」

 赤月さんの言葉が私の頭の中でも次第に説得力のある推理となって浮かび上がってくる。
 それなら、白糸医師に対する底知れぬ恐怖が浮かび上がった。

「だがここまで分かったとしても、白糸医師を追い詰めるのは無理だろう。あまりに証拠がなさすぎる・・・」

「その時に使った薬でも見つかれば事態は変わってくるでしょうけど・・・、そう都合よく見つかりませんよね・・・」

「彼の慎重のところを見ると、簡単に差し出したりはしなさそうだな」

 警察なら強制捜査も出来るだろうが、私たちの推理を警察の人に信じてもらうのは難しいだろう。

 私たちが考えた仮説からすれば、白糸医師は葛飾蓮舫をスケープゴートに使った可能性が高い。白糸医師が依頼主で裏で手を引いていたとなればすべての辻褄が合う。

 事件の日に葛飾と麻生家の玄関で倒れていた礼二さんを見たという裕子、事件の真相を追い白糸医師とも会った私、その両方を消そうしたなら、この前の葛飾の襲撃の一件にも説明がつく。
 葛飾には明らかに協力者がいた。それは夜に襲撃してきたときに何者かが逃走を手助けしたところからも確実だ。

「まだ葛飾の死体も上がっていないのに、時期早々すぎたかもしれないな」

 赤月さんは納得いかない様子で言った。
 私自身も同じ気持ちだった。

「後は裁判の行方だな」

 赤月さんは話題を変えるために言った。白糸医師に関しては手詰まりなところであるが、重要なことは他にある、裁判の行方だ。私たちは礼二さんの代わりに身になっている柚季さんを助けなければならない。

「裁判の中断は決まりましたけど・・・、すぐに釈放されることになるでしょうか?」

 私としては早く柚季さんが解放されてほしい。そうでないと礼二さんの代わりに裁判に出廷しているのが不憫で仕方ない。

「それはわからないが、このまま裁判を継続するのは難しいだろう」

 赤月さんは複雑そうな表情をしていたが、今は裁判が棄却され、すぐに終わることを信じるしかないだろう。
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