神様のボートの上で

shiori

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アフターストーリー2「夏の終わり、変わったこと、変わらないこと」2

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 ラーメンを一緒にお腹いっぱいになるまで食べて、宿題の続きをして、最後の夏休みの1日はあっという間に暮れていった。

 
 猫になる逃避行を始めてから今日まで、いや、もっと前、お父さんが麻生一家殺しの濡れ衣を着せられてから、本当に色々あった日々が過ぎ去っていく。


 高校生の私にはあまりに壮絶な日々を送って、こうして裕子と一緒にまた再び過ごすことが出来るだけで幸せでいっぱいだった。


 お風呂に入って、汗を流してから、それからいつものように一緒の布団に入った。
 
 裕子の家はかなり暮らすには狭くて、庶民的な感じだ。私の家もそんなに大きくは変わらないけど、そういえば新島君の家は5人家族だけあって、勝手なイメージだけど、かなり広くてスペースを持て余す感じだった。

 一番豪華なのは山口さんの実家で決定だけど、人を集めてお茶会を開くほどだから……、私たちのような庶民とはスケールが違い過ぎる。


「”ねぇ、今日1日過ごしてみて私は昔と変わらなかった?”」


 電気を消して一緒の布団入って、囁くような声でも聞こえる距離で私は裕子に聞いた。

 昔というほど季節は多く流れていないのかもしれないけど、私にとってはこんな日が来るなんて信じられないほどだったから、長く感じてならなかった。

 パジャマ姿の裕子とTシャツに下着だけの私、女二人だからするような格好だけど、裕子が相手だと何も心配することがないので、私はこうするのが気兼ねなく過ごせてよかった。


「”うん、全然変わらなかった。昔とあまりにも変わらなくて、何回途中で泣きそうになったか”」


「そっか、随分今まで心配かけさせちゃったね。
 私っていつも無鉄砲で勝手に突っ走っちゃうから」

「”いつも”じゃないよ。ちづるが一方的に巻き込まれてるだけだよ。
 いつだって、そうだったと思う」


 これは”全部答え合わせ”していたら長くなるなぁと私は思った。
 
 そういう話しで1日を埋めてしまうのも、楽しいだろうからいいけど、全部話してしまえば楽しい話ばかりじゃないから複雑だ。


「夏祭りの前から、もう私は私だったんだけど、こうしてゆっくり話すのは初めてだものね」

 
 私は父が釈放され、事件の終わりと共に元の身体に戻った。
 きっかけも含めて何から何まで、すべては新島君のおかげであり、新島君のせいだけど、こうして夏休みの終わりに晴れやかな気持ちになれたのは嬉しかった。


「うん、懐かしい感じ。本当に今までの事が虚構のように思えちゃった。
 信じられない事って、世の中いっぱいあるんだね」

 新島君と私が入れ替わっていたこと、私の父が裁判にかけられて、最終的には釈放されることなったこと、そして、私はちゃんとこうして元気に記憶も取り戻してここにいること、全部信じられない事ばかりだ。

 私は事前にメールで自分の身体に戻ったことを裕子に伝えていて、二人でゆっくり過ごしたいと告げて、残っていた宿題をするのと一緒に裕子の家を訪れた。


「でもさ、あたしも悪いところはたくさんあったの。
 ちづるのことを試すような質問を何度もして、意地悪なことをした。
 ちづるになってた新島君にもね。
 全然、ちづるのこと信じてあげられなかった。親友なのにね」

「心配してくれてたんでしょ? 仕方ないよ。
 私が私でなくなったら気が気でならなくなること、それは親友として当然のことだと思ってるよ」

「そっか……、ちづるはやっぱり優しいね、許してくれるんだ」

「うん、だって、隠し事ばかりしてきたのは私だから、悪かったのはいつも私の方だよ」

 隠さないといけないことばかりが増えていく、親友にも家族にも。そういう自分が、そんなことばかりに巻き込まれてしまう自分が、本当はたまらなく嫌で、自分を嫌いになる理由にもなっていたと思う。


「あたし、ちづるがあの雑誌を見つけてしまって、ショックを受ける姿を見て、なんてあたしは罪深いことをしたんだろうってずっと後悔してた。
 あんなもの、あたしが所有する理由もなかったのに……、興味本位でも持っていい物じゃなかったのに。
 本当に、酷いことした、ゴメンね、ずっと謝りたかったの」


 そういえば、裕子とまともに会話をしたのは、あの日が最後だったかもしれないと思った。
 だって、あの後に私は新島君と入れ替わることを柚季と計画して、実行に移してずっと猫の姿でいるようになったから。

「今更気にしてないよ。思い出したくないことを思い出して、自暴自棄になったのは本当だけど」

 そうだ、今日は心に決めていたことを私は話さないと……、今まで”ずっと閉じ込めて来た、真実を”


 誰にも話してこなかった、自殺をしようとした本当の理由を。


「裕子、聞いてくれる? 贖罪って言ってしまうと大事になっちゃうけど、私がずっと心の奥にしまってきたこと。

 まだ、新島君や家族を含めて誰にも話してないこと。

 一番この話をして、話しを理解できるのは裕子だと思うから、話すなら裕子にしようって決めてたんだ。

 本当は墓場まで持っていくような話だけど、こんなこともあるんだぁってくらいに、心に留めておいてくれれば嬉しいなって思うの」


「そこまで前置きされると身構えちゃうけど、聞くよ、ちづるの話しなら。

 何だか、思い返せばちづるの事情はぶっ飛んだものばっかりな気がするから、それでも驚くような話って、怖いというよりドキドキしちゃうけど、あたしでよければ、遠慮しないで。

 ちづるがこうして帰ってきてくれたんだもの。もう、それだけで十分あたしは幸せなことだから」

 
 囁くような声も、恥ずかしい感じの声色も、二人きりの布団の中では、秘密の女子トークをしているようで、面白い気分になった。

”こんな話しが出来るくらいに”私たちは大人に向かって成長したっていうことだろう。

 13歳の誕生日の日にした”性交同意年齢”の話しをした頃なんて、本当に色恋沙汰なんてまるでなくて、対岸の話しだったのに……、あの頃は本当に若気の至りか? ロクな知識もないのに好き勝手討論したものだ。

 雑学みたいな話しだけど、欧米各国に比べて日本は性交同意年齢が明らかに早くて、少女の性暴力の報道が加速すると、それを改善しようと議論になって、試案が出るほどなのだ。

 そんなことは置いておいても、すっかり恋愛話が言い争いのタネになるまでになっているのは成長著しいことだと思う。

 女子はみんなして恋バナが好きだから、浮いた話しはすぐ広まるのだけど、そういうことはこの際無視していいかな……、裕子相手だから話すのだから。それでも自分たちがどこかで色恋沙汰を話すことを楽しんでいるのは否定できないのだと思う。

 偉そうに恋バナで妄想する女子を蔑んだって、自分たちだって大して中身は変わらないって諦めてるから。
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