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第二話「流れゆく季節の中で」3

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 三人は各クラスの名簿が書かれた紙を確認して真っすぐ3年生の教室へと向かう。

 凛翔学園最後の一年を共に過ごす教室には既にほとんどの生徒が到着をしており、ホワイトボードに書かれた仮なのか決定なのか判断の付かない座席表を見て三人は席に着いた。

「なんだか、今年も代わり映えしないね」

 中高一貫制を取る凛翔学園りんしょうがくえんに、はや5年も通っていれば、代わり映えのしないことは体感済みなことだった。
 今更になって突っ込みを入れるほどでもないのが現実であり、それでも愚痴のような意味合いで唯花のような言葉が出てしまうのは致し方ないと言える。

「クラス替えのたびに妙な緊張感とかストレスを味合わなくて済むから、これはこれでいいんじゃないか」
 
 浩二はこの状況に対して率直な意見を述べた。

「同感だね。交友関係に時間を取られて、学業や部活がおろそかになってしまうのはこちらとしても本意ではない。それにこの大学受験や就職も控えた一年間においては代わり映えしないというのもまた一興であろう」

 既に進路の方向性の決まっている達也が浩二の後に言葉を続けた。
 浩二と達也らしい物の考え方に唯花はいつもの日常が戻ってきたと感じた。

「ふふっ、私は三人でまた同じクラスでいられるだけで不満も何もないんだけど」

 最後に唯花は嬉しそうな口調でそう言って、照れくささを感じさせるほどに浩二と達也を和ませた。

 改めてクラスを見渡すと、すでに見知ったメンバーが大半で、気を遣うことも少なそうだと改めて把握できた。

 目立った特徴として”部活を主体”とする学園であることから、珍しく私服登校が許されている凛翔学園。
 
 日本が近年になって極端な少子高齢化社会を脱却したおかげもあり、生徒数は全国平均よりも多く450人程度在籍している。

 初日から8割近くの生徒が私服姿で教室に集まり、動きやすいラフな格好をしている生徒もいれば、周りの目を意識して流行りものを取り入れた服装に着飾った生徒もいる。

 大学に似た雰囲気のする中には、髪を染めてアクセサリーを幾つも付けている生徒もいる。

 これは自由な校風と言えば聞こえはいいが、実際のところは身辺調査などが行き届いているからこそ成立していることだという現実的なところもある。

 そうこうしている内に一人の男子生徒が三人の元に近寄って来た。それは三人もよく知る人物だった。

「おはよう。また同じクラスみたいだね、よろしく」

 親し気な口調で話しかけたのは、小柄な外見と中性的な声色《こわいろ》をした、水原光《みずはらひかり》、その人であった。

「あら、水原くん、元気にしてた?」

 席についてすぐに挨拶をしてくれた光に唯花が一番に会話に入った。

「おかげさまで、何事もなく」
「水原の健康は毎度の不安材料だからな、しっかり頼むぜ」

 そう口にする浩二の言う通り、光はたびたび学園を病欠しており、それは去年の文化祭でも一悶着を引き起こす要因ともなっている。

「我々としても君の健康は心配しているところであるからね、これからも気軽にうちの診療所に来るといい」
 
 頼りがいのある風格で達也は光に言った。その言葉に光は恐縮してしまい、苦笑いを浮かべてお世話になりますとお辞儀をしてみせた。

「そういえば例の映画、昨日観てきましたよ、浩二くん」

 今度は浩二に話しかける光、浩二はすぐに反応した。

「何?! 初日から観に行ったのか! なんと羨ましい……、こっちは昨日、真奈の入学式だったから、そんな暇はなかったぞ」

 光と浩二の話に、唯花も「いいねいいね」と同意した。その映画はハリウッドで有名なSFアクション映画の続編で、全米ではすでに公開済みであったが昨日からついに日本でも公開する運びとなり、今話題の映画であった。

「いや、本当にかっこよかったですよ、前作の伏線の回収も見事で、文句のつけようがない名作でしたよ」
「くううぅ、そう言われると早く見に行きたいぞ……」

 以前から興味を持っていた作品だけに光の自慢げな表情に悔しがる浩二。
 その賑やかな姿を見て唯花はいい機会だと思い、浩二を誘ってみることにした。

「まぁまぁ、浩二、今度の休みにでも行きましょう」
「それがいいです、こういうのは旬の時期に行くのが一番だからね」

 流行り廃りの早い若者文化であればこそ、少しでも早く行くに越したことはない、浩二もそれには納得するところだった。

「でも前作での大統領暗殺からの対抗組織の抹殺、CIAの暗躍からの同時多発テロで、主人公は完全に空気になってたけど、一体今作でどうなってるんだ……」
「まぁまぁ、そこは期待してもらっていいですよ、主人公にもちゃんと見せ場がありますから」

 浩二にとって光の言葉を信じてよいものかはわからなかったが、脇役の方に注目がいきがちな前作には賛否両論であった。
 予算も莫大で、続編が続くたびに期待値が上がるシリーズだけに心配してしまうのがファン目線としてある。
 浩二的には主人公が大統領の秘書という地味な役柄に問題があったのでは? と、余計なお節介を覚えるものの、それなりに今作には活躍の機会があると言われると、確かに興味をそそるところであった。

「でも、映画は三時間越えなんで、なかなかにぶっ通しで見ると頻尿になりますよ、展開も早いので途中で抜けようにも抜けれないですからね……」
「大作映画にありがちな異様に長いやつか……」
「そういうのが一時期流行った頃もあったから……、その名残かな?」

 映画の満足度というのは、重要なパラメータの一つであることは言うまでもないが、映画の上映時間がその満足度と比例していて、長い映画ほど満足度が高いというビッグデータがあった。
 
 その理由は映画製作に掛かる予算の高騰による価格高騰や大作であることが好評となる傾向があるなど、様々な考察がなされているが、上映時間が長い作品が横行する時代があり、今作もその名残の中にあるものだった。

 前作に張られた伏線あっての期待感から生まれた上映時間だが、どの映画を観ても同一価格であることから、上映時間の長い作品は映画館にとってまったく迷惑なことである。

 上映館としては映画の上映時間は短くしてもらった方が回転率は上げられるわけで、人気映画に長い尺を取られてしまうと、それはもう、大変な事態になってしまうのだった。

「おーい、席につけー! 始めるぞ」

 そんなことを話していると担任の漆原先生うるしばらせんせいが教室に入り声を上げ、生徒達は自分の席へとバタバタと戻っていく。
 

 漆原先生うるしばらせんせいはまだ三十代でありながら、すでに貫禄のある風格を持ち合わせた男勝りな女教師で、その口調から強烈な圧を感じるところがある。とはいえ、ねちっこい人間は嫌うというその実直なところはクラスメイトからは支持されており、ノリもよければ長い話もしない辺り、生徒の心情をよく捉えていて、相談をすれば真面目に対応するので、生徒からは信頼されている教師であった。

 光は話し足りない気分だったが席に戻る。光の席は教室に入って入り口側の一番前の席で、三人は真ん中辺りの席を前から達也、浩二、唯花の順番で座っているという、偶然ではありえない席並びになっている。

 クラスメイト達が席に着いたところで、すぐさま漆原先生うるしばらせんせいの話しは始まった。

 浩二はそこで思わぬ人物がクラスの中にいるのを発見し、先生の話しを聞くどころではなくなってしまった。


(あれ……、まさか……、羽月も一緒のクラスなのか……)


 信じたくない心境で見間違いではないかと、つい視線が釘付けになってしまう浩二。
 ほとんどの生徒が二年生の頃と同じクラスである中、そうではない人物がそこに一人。

 目に留まったその人物、それは浩二にとっては関係の深い八重塚羽月やえづかはづきであった。

(どうして羽月が同じクラスに……、偶然か? それともまさか漆原先生の気まぐれな人選が発動したか……?)

 先生を疑いたくなるほどの思わぬ事態。先生の思惑であれば、それは浩二にとって大変に危険な香りが漂う事態であるが、今は単なる偶然であることを期待するしかない。そうでなくては、浩二にとってこの事態は精神衛生上よろしくないものである・

 そのよろしくない理由、それを一言で言えば羽月は浩二の”元カノ”であるからだ。

 しかも別れたのは一月の寒い季節のことで、別れてから日が浅いだけでなく、これといった仲直りといったことも果たしておらず、話そうとすれば微妙な空気が漂うことは容易に想像できた。

(厄介なことになったな……、いや、今日まで仲直りもせずヅルヅルやってきてしまったことに気まずいと感じる原因があるわけだが……)

 相手の気持ちが分からない現状、始業式である登校初日から憂鬱な事情を抱えることになり、浩二としては頭を抱えたくなるほどに由々しき事態であった。

 その後、体育館で朝礼が終わり、また教室に戻ってきてから、漆原先生は浩二にとって大変に影響のあることを口にした。

「後、報告だがクラス委員長は八重塚にしてもらうことになった。
 昨年まで生徒会副会長をやっていた実績もある、これといってお前らも問題はないだろう。
 意見のあるものは直接私のところに勇気を持って来るように。皆忙しい年頃だろう。こういうことはスマートに済ませておきたいからな、そういうことでよろしく。

 それと、彼女からの希望で、副委員長は樋坂に決まったから、それもついでよろしく!

 では、詳しいことは次回のホームルームで話し合うことにして、今日はこれまで、それじゃあ解散!!」

(えっ?! はぁぁあぁぁ!!?)

 漆原先生のマシンガンの如き言葉を聞き、思わず浩二は急な話しについていけぬまま、心の中で叫んだ。

 頭の中が真っ白になるほどのあまりに身勝手な決定、しかも反論する隙も浩二にはなく、今日のホームルームは終了となった。
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